ようは、『メンバー』傘下の集団だっただけに、同等の機密で守られていたという事らしい。  
敵の構成員の情報は、細かなプロフィールはもちろん、名前や素顔なども一切不明。  
――これでどうやって捜せというのか。  
「手がかりが探知機だけって、何の冗談だよ……」  
ソファーに腰掛けた浜面は、手の中の小さな機械を見つめて、ぼやく。  
折りたたみ構造の機械には、小さな液晶画面とボタンが付いていて、一見すると携帯ゲーム機  
のように見える。その中身は、特殊な電磁波や放射線を検出する機能を備えた、簡易探知機だ。  
もしも相手組織が、学園都市から何らかのハイテク機器を持ち出しているなら、これで捜せる  
……かもしれない。  
他にも、携帯電話のような形の集音マイク、腕時計型の動体感知器(モーションセンサー)な  
ど、無駄にハイテクの粋を集めた機器が、浜面の前のテーブルに、山と積まれていた。  
午前中、浜面はこれらの機器を持たされ、炎天下の浜辺を延々と歩かされたのだ。  
どうりで、と思う。  
まともな当てがあるなら、あんな方法を取る筈がない。  
……っていうか、休憩してカキ氷突いていた事で、なんで全員に奢らにゃならんのか。  
「不条理とかいうレベルじゃねぇな」  
「何か言いましたか?」  
独り言に答えて、向かいでパソコンを叩いていた絹旗がこちらを見た。既に水着から、袖なし  
シャツにオーバーオール、下はデニムのミニスカという服装に着替えている。  
「なんでもねえよ。つか、お前はどう思ってる? 探知機もって浜辺をウロウロしてれば、  
そのうち見つかるって、本気で思ってるか?」  
「まさか。さすがにそんな超低確率な方法で見つけられるなんて、誰も思ってません。  
あと、あなたの独り言は超キモいので、やめてください」  
ねぎらいどころか、徒労をけなすような一言+純然たる罵声を喰らって、浜面は心で泣く。  
 
そこはキャンピングカーの中だった。  
『アイテム』の都市外での活動に際して貸与された装備で、アメリカ製の本格的な野営用だ。  
全長8メーターに及ぶ長大な車両。胴体の横のドアを開けて入れば、そこは4人席のリビングで、  
右手奥にベッド、左にはキッチンとトイレが備え付けてある。手狭なのは仕方ないが、住み心地  
は悪くなさそうだった。  
(この、ごちゃごちゃした機材さえ無けりゃな)  
うんざりと視線を巡らせれば、リビングが怪しげな機械で埋め尽くされている光景が、見たくな  
くても目に入ってくる。  
プラスチックの箱や、ミシンに似た機械類――実体は特殊通信機、レーダー、簡易分析機、その他、  
得体の知れない機器の類――が通路を塞いで並び、テーブルはパソコンとモニターに席巻されている。  
秋葉原あたりの、年季の入ったジャンク屋のようだ。  
その真ん中で、絹旗は3つのモニターに囲まれて、ドラムのようにキーボードを叩き続けていた。  
――速い。というか、本当に意味のある入力を行っているのか? とさえ思う。  
それは見た目だけなら、子供が面白がって、滅茶苦茶に叩きまくっている光景に似ていた。  
これは絹旗が小柄なせいもあるかもしれないが。  
「今、超失礼な事を考えましたね」  
「え、な、なにをおっしゃる」  
ジロッと、どんぐりまなこに睨まれ、浜面は小さくなる。  
小さく鼻を鳴らして、絹旗はドラムロールのような打ち込みを再開する。  
「――で、さっきから何を気にしてるんです」  
「いや、なにやってんのかな、と」  
「見てのとおり、ネット調査ですよ。連中の足跡を探してるんです」  
「分かんのか? たしか向こうも高レベル機密に守られてるんじゃ?」  
「中核情報自体は。向こうも抜け目がありませんね。『メンバー』のデータバンクにも、  
彼らの情報は見つかりませんでした。多分『メンバー』壊滅直後に、自分達のデータを  
消していったんでしょう」  
しかし、と絹旗は言葉を続ける。  
「現在も活動を行っている以上、彼らは今も、刻々と、どこかに足跡を残している筈です。  
そして彼らを守っていた『メンバー』はもう無い」  
そこまで、言葉を吐き出すと同時に、一息にコマンドを叩ききって、絹旗は顔を上げた。  
「分かりますか? 今彼らは、自分達の力だけで活動を続けているんです。それなりに隠密の  
心得もあるでしょうが、しょせん『メンバー』程ではありません。必ず綻びが出来ている筈です」  
「それを捜している、と」  
「ぶっちゃけ、こっちの方が本命です。あなたの盗撮行脚は、囮程度の意味しかありません」  
盗撮。  
あまりの言葉に目眩を覚えるが、考えてみれば、こんないかがわしい装備で一人夏の浜辺を  
うろついていたのでは、誤解されても仕方ないかもしれない。  
白く枯れる浜面を無視して、絹旗はパソコンの蓋を閉じ、立ち上がった。  
よたよたと危なげに機材を避けて、キッチンに入っていく。なにか飲み物でも淹れるつもりなのだろう。  
案の定、しばらくすると、カチャカチャと茶道具を用意する音が聞こえてくる。  
――まあいい。それよりも、そろそろ交代で偵察に出る時間だったな、と思い直して、浜面はテーブルの機材のチェックを始める。  
 
携帯じみた電子音と、カチンという陶器の音が、狭い室内に響く。  
……それに混じって、小さな声が届いた。  
「正直、今回の仕事を請ける事になるとは、思っていませんでした」  
「ん?」  
「こんな地味で、退屈で、場合によっては、たいして暴れる事も出来ないうちに終わってしまう  
かもしれない仕事、今までは請けてきませんでしたから」  
「不満ってわけか?」  
「いえ、暴れるのも嫌いじゃありません。――3度の食事やC級映画ほどではありませんが」  
だから、不満というわけではないんです、と絹旗は言う。  
「ただ、少し新鮮で、――少し、驚いてます」  
「外で遊べる口実に、飛び付いただけなんじゃねえのか」  
くすっと、笑い声が聞こえた。  
「かもしれませんね。超あり得る事です」  
そして、彼女は穏やかな調子で言った。  
「なんだか、変わりましたね」  
普段取り澄ましている彼女の印象とは違う、自然で、親しみの込められた声音。  
なにが、と問い返すべきか、浜面は少し迷う。  
絹旗は、両の手に湯気の立つマグカップを持って、こちらに戻ってくるところだった。  
「飲みますか?」  
「ん、ああ、すまね」  
夏場に熱い物はぞっとしないが、冷房の効いたキャンピングカーの中では、むしろこっちがありが  
たい。カップを受け取って、浜面は中身を確認する。  
「コーヒー……ブラックか」  
「はい。苦手でしたか?」  
「いや。ありがたく頂くよ」  
ズズッと口を付ける。  
苦いことは苦い。しかし飲めないほどではない。  
むしろ適度な酸味や、深い香りがきいてて、爽やかな味わいだ。インスタントでは、こうはいか  
ないだろう。  
「美味いな。ちょっとした喫茶店並みじゃねえのか」  
「おだてても、二杯目はありませんよ」  
すまし顔で答える絹旗の声は、やはり少し弾んでるような――。  
「……お前こそ、なんか変わったな」  
「そうですね。変わったといえば、そうかもしれません」  
カップを両手で支えて、ゆっくりと傾けながら、絹旗は一つ一つ言葉を絞る。  
 
「以前は、皆との付き合いも、あくまで仕事の一環でしたから。楽しいと思うことは無かったです」  
そう言われて浜面が思い出すのは、独立記念日の事件以前の絹旗。  
幼い外見に似合わず、常に理知的で、超然としていて、どんなに衝撃的な場面でも、厳しい局面でも  
、動揺を見せなかった少女。  
心強くはあったが、逆に仲間意識は覚えづらかった。  
(下働きのレベル0に茶を淹れてくれるなんて、夢にも思えなかったよなぁ)  
ホッと息をつき、感慨に浸る。  
実際のところ、絹旗最愛という少女について、浜面が以前よりも知り得た事はたいして無い。  
彼女がどんな過去を背負っているのか、どんな因果で『アイテム』に入る事になったのか、これから  
どうしたいのか。そういった事を、浜面はまだ知らない。  
否、それは絹旗だけに限った事ではなく、全員同じだ。  
逆に浜面の事も、本当の意味では、彼女達は知らないだろう。果たして、知りたいと思っているのか  
どうかは分からないが。  
理解しあえるような機会が、この先くるのだろうか。  
(……なるようになるしか、ならねえよな……?)  
誰に対する、何の言い訳なのか。分からない言葉を胸中で呟いて、浜面はカップの残りを干す。  
「まあ、変化という点では、むしろあなたが一番変わったんじゃないかと思いますが」  
そう言って、絹旗はニヤッと、嫌な笑い方をした。  
――なんとなく、話が苦手な方向に流れていく。  
その事に気づいて、浜面は敢えてわざとらしく、明るく言った。  
「ああ、そう言えば! 最近俺、映画見てねえんだよなぁ! なんかお薦めのって、なi」「今一番ホットなのは『突き指カンフーVS空飛ぶアイアンメイデン』ですね。ワイヤーが見えてるような、安っぽいアクションと演出ですけど、それがまた逆にいい味を出していて――」  
 
「お、そr――」  
「役者の演技はこのさい置いてください。むしろ微妙な大根演技で、前後の脈絡の無いドラマと  
活劇が繰り広げられるのがいいんです。飛び散る瓦と爆発する墓石が、この映画の全てです」  
――突如として怒涛のように切り替えされた言葉に、浜面は目を白黒させる。  
口が挟めるような勢いじゃない。決壊した川みたいに、うかつに踏み込めば巻き込まれ、押し流されてしまう。  
「同系列の作品なら『チャイニーズ・ゴースト・バスターズ』なんかもいいですね。センスがいいのか悪いのか、超微妙な演出ばかりですが、  
あの爽快な馬鹿馬鹿しさと、惜しげなく撒き散らされる火薬は、単なるいい映画では味わえないものです。あ、第一作だけに限りますよ。  
二作目以降は話になりませんから」  
「いや、その」  
「『テンプラード』もいいですね。演歌ロックなんていう、超外しまくった創作音楽をメインBGMに据えたせいで、どうしようもなく上滑りしてて、仇討ちシーンでも笑わずにいられないという……」  
…………。  
 
続く。  
・  
まだ続く。  
・  
まだまだ、続く。  
 
(――もういい、もういいから……)  
無限に続くかと思われる絹旗の喋り。  
しかしそこに前触れ無く割り込んだ音が、独演に終わりを告げた。  
J―POPの間延びしたメロディが、テーブルに放ってあった携帯から流れ出す。  
 
「――それで、何故か片手に白い鳩を、「はいぃ、もしもしぃっ!」  
 
浜面は、大急ぎで飛び付いていた。  
『……薄気味悪いくらいのハイテンションだね。まさか、なんかやらかした?』  
「なっ、ち、違う。ちょっと雑談で盛り上がってただけだ」  
『いいけどね。時間、忘れんなよ』  
言われて、浜面は時計を見た。  
内心で舌打ちする。外回りの交代時間を少し過ぎてしまっていた。思わぬ映画談義の不意打ちで、  
時間を忘れてしまっていたようだ。  
『フレンダと滝壺は、もうそっちに向かってるから。あんたは今から出て』  
「りょーかい」  
通話を切って、テーブルの上の機材を手早く身に付けると、「それじゃ、続きはまた今度な!」  
言い置いて、外へ飛び出していった。  
 
「残念です。スコット監督の作品について、これからじっくりと語り明かそうと思ったのですが」  
閉じたドアを見て、絹旗がそっと呟いた。  
「最近のあなたは、見ていて飽きませんね」  
そう思うのは、浜面仕上という少年の変化なのか。それとも、彼を見ている絹旗自身の変化なの  
だろうか。  
「不思議ですね。ここにいる理由なんて、単なる利害の一致だけだった筈なのに」  
浜面だけではなかった。  
仲間達の変化。そして、それに対する自分の印象。  
不思議と包容力を感じるようになった麦野。  
仲間を気遣い、スタンドプレーを控えはじめたフレンダ。  
時折、自発性を見せるようになった滝壺。  
落ち着いて見つめ直せば、仲間達はずいぶんと変わってきている。  
チームとしての変革期を迎えているとも、言えるかもしれない。  
――それが、嫌いではない。  
「わたしの、居場所」  
声に出してみると、妙に面映かった。  
ガラではないですね、と呟いて、しかし絹旗の笑顔は、汗みずくに  
なったフレンダ達がドアを開けるまで、消える事はなかった。  
 
***  
 
「手が回っている?」  
「ええ、学園都市側の『掃除屋』が近くまで来ている、と」  
蛍光灯の光が白々と映える、コンクリートのうちっぱなしの部屋。  
窓の無いその場所には、3人の人間がいた。  
ジーンズにTシャツというラフな恰好の少年がもたらした報告に、黒スーツの男は唇を噛む。  
「いつかは来るだろうと思っていたが」  
「少し前からネット上での連絡を発見され、監視されていたようです。発覚後にポイントは  
全て潰しておきましたが、もはや、ここまで来るのは時間の問題かと」  
緊張に強張った少年の声に、男は舌打ちで答えた。  
「やはり馬場の助け無しでは、電子戦で勝ち目は無いか。やむを得んな、撤収の準備だ。  
場合によっては、ここを破壊する必要もある」  
「……それでは、私の要件はどうなる?」  
割り込んだのは女。それも日本人ではない、浅黒い肌に、面長の顔をした、ラテンアメリ  
カ系の女性だ。  
耳が出るくらいの短い髪は、一見すると少年のような印象を与えるが、丸みを帯びた頬の  
輪郭と、胸部の膨らみが、間違えようのない女性の特徴を示している。  
菱形様の対角線が刺繍された、青い貫頭衣――南米の民族衣装であるポンチョを身に付け、  
固く腕を組んで壁に寄りかかったまま、彼女は低く声を絞る。  
「状況が変わったので契約は中止――それでは困る」  
「イスカリさん、この状況では、学園都市への内偵を続けるのは無理です。機会を改めた方がいい」  
 
イスカリと呼ばれた少女は、目を細め、少年を見、ついでスーツの男を睨む。  
土の香りを思わせる、エキゾチックな容貌の中で、細められた瞳が黒曜石のような光を放つ。  
「ケンイチ、依頼の放棄は許すわけにはいかない。不本意ではあるが、私とてこのままおめおめと  
帰るわけにはいかないのだ。――承知しているな、ミスタ」  
「なんと言われようと、実際に敵が迫っている以上、是非もない。健一、敵の情報は?」  
「……『アイテム』、だそうです」  
少年の答えに、今度こそ男の表情が凍りついた。  
「まさか、クソッ! …いや、しかし」  
せわしなく口の中で何かを呟き続けた後、男はゆらりと顔を上げた。  
「本当に『アイテム』が差し向けられたならば、…早急に撤収準備をしなければ」  
「しかし、貨物や情報は? 放置すれば、さらに追跡を許す手がかりになっちまいます」  
「優先度Aを残して破棄だ。準備を進めろ。だが」  
言葉を切り、男は少女を見た。  
「イスカリ、あなたには『人払い』の準備をお願いする。万一の時は戦闘となる。つまらん騒ぎは  
ごめんだろう。内偵は逃げ延びた後に再開すればいい。死ぬか捕まれば、それも不可能となるぞ」  
「……致し方ないな」  
沈むような声音で言って、女は腕組みを解き、己の腕を見つめる。  
その細い手首には、双頭の蛇が絡み付いている。  
淡い緑――静謐な湖水を思わせる色の宝石で作られた、腕輪。  
「超能力者……考えようによっては、私の力がどこまで通用するかを試す、いい機会か」  
 
 
(続く)  
 

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