case.1  
 
九月三十日。  
三時間目と四時間目の間にある十分ほどの休み時間。  
廊下の窓を開けて眠たそうな目つきで周囲を見回し、大口であくびを連発しつつ、  
「はぁー……」  
とアホ面をさらしているこの少年。  
姓を上条、名を当麻。ついた二つ名はフラグマスター。  
当人が否定しようとも、周囲は純度100%でその名にうなずく自称不幸ヤローである。さて、この上条当麻、三時間目の数学の授業が死ぬほど退屈で、休み時間が始まると同時に水飲み場で目覚ましついでに顔を洗ってきたところだ。  
そのまま何をするでもなく、窓枠に肘をつき、残暑の厳しさも引いた秋の初めの緩やかな風を浴びつつ、ポツリと呟いた。  
 
 
 
 
 
「……エロい出会いが欲しい」  
 
告げた瞬間に、上条の尻は右と左の両サイドからヤクザ蹴りを受けて廊下の壁にプレスされた。  
ドゴォ! という壮絶な音が響く。  
右からの蹴りが土御門元春、左からの蹴りが青髪ピアス。  
共に上条当麻ののクラスメイトだ。  
「のがっ、なっ、何すんですかーっ!?」  
思わず尻をさすりつつ、質問を放つ上条。というかよく骨盤が砕けぬものである。  
コレも日頃から(ピーッ)して鍛えているせいであろうか。何かは不明であるが。  
「……にゃー。カミやんが言うと嫌味にしか聞こえねんダヨ」  
「その言葉を引き金にして、そこらの教室のドアからケッタイなオナゴが転がり出てきそうやもんな。ああそうや、お前はいつもそうや! カミやんなら超電脳ロボット少女から泉の精霊風お姉様まで豊富な品揃えで何でもどうにかなっちまいそうやし!!」  
相変わらず訳の分からない事ばかり言う連中だが、とりあえず悪気はない。  
……ないのだが、受け答えをするのが上条当麻では、意味などなかったのかもしれない。  
「ばっ、ロボットやら泉の精霊とやらまではさすがに縁がねーぞ! とりあえず上条さん的マックス数はシスターさんだと訴えておきます!」  
 
……その瞬間、確かに空気が凍った。と、通りすがりの男子生徒は証言する。  
がっし、と右の脇腹から上条の右腕をロックする土御門。  
「……ほー、そーかそーか。確かにカミやん的にはシスターさんとのエロい出会いが多そうですしなー。ちょーっと屋上でそのヘン軽く尋問するかにゃー?」  
がっし、と左の脇腹から上条の左腕を固める青髪ピアス。  
「んだんだ。それにカミやん。『ロボット』やら『泉の精霊』、に関しては縁がないとゆーことやけど、それじゃあその言葉の尻尾にくっついていた『少女』や『お姉様』に関してはどれくらいエロい縁があるのかっつーのをちょーっと聞きたいねん、ボクは? ん?」  
そして土御門、青髪ピアスの二人は、ずるずると上条を引きずりはじめた。  
ばたばたばたばたばたばたばたばた。  
「え、ちょ、まマテマテ二人とも、もうすぐ四時間目始まるだろーがっ!?」  
ずるずるずるずるずるずるずるずる。  
「いやいやカミやん、それほど手間は取らせないにゃー。ただちょーっとばかりアッチ側の尋問方法っつーのを体験してもらうだけだしにゃー」  
ずるずるずるずるずるずるずるずる。  
「そうそう。それにカミやん、すぐにそんなん気にならなくなるってーか、気にしなくなるから、すぐになー」  
その光景を吃驚(びっくり)……というよりも、なんとゆーかスケープゴート(生贄の羊)を見るよーな目で眺めていく廊下の生徒たち。そして階段へと消えていく三人……。  
 
「ふ、不幸だああああっ!!」  
秋の昼空に、一人の愚か者の叫び声が上がったのはすぐのことであった。  
 
 
 
case.2  
 
「……ふつーの出会いが欲しい」  
 
「しっとパワー、プラスっ!」  
「しっとパワー、マイナスっ!」  
「「しっと・ボンバーっ!」」  
告げた瞬間に、上条の頭は右と左の両サイドからラリアットを受けて、自転車同士の正面衝突のように押し潰された。  
ガァシィン! という壮絶な音が響く。  
右からのラリアットが土御門元春、左からのラリアットが青髪ピアス。  
共に上条当麻ののクラスメイトだ。  
「ごげはぁっ!?」  
さすがにこんなもんをまともに食らっては、質問を放つこともできない上条。  
というか、かのドン・フライと殴り合った高山善廣と和製ヘラクレスことアックスボンバーの使い手大森隆男ペアがやったことがあるクロス・ボンバーを食らえばパンピーならばほぼ首の骨を折られるだろう。  
……にもかかわらず首の骨が折れてないあたり、つくづく一般人という枠から外れている男である。  
「……にゃー。カミやんが言うと壮絶に嫌味にしか聞こえねんダヨ」  
「というかやな、クラスメイト2名から始まって常盤台のお嬢様たち霧が丘のお嬢様、二万人の妹ちゃんやら風紀委員にもコレがいて、  
シスターさんらとしては腹ペコ長刀天然厚底デカチビゴーレム拘束服におしぼり娘とよりどりみどり、ついでに単語帳やらメイドさんとさりげに軸を外したり定番いたりと豊富な品揃えで何でもどうにかなっちまいそうやし!!」  
「んだんだ……ってオイコラ待て、最後のメイドさんってのは誰のことだにゃー?」  
相変わらず訳の分からない事……とはいえないかもしれない事ばかり言う連中だが、とりあえず悪気はない。多分。  
 
……多分、悪気はないのだろーが、受け答えをするのが上条当麻では、きっぱりと意味がないだろう。  
 
「とはいってもなー。あいつら無能力者の俺以上ばっかだし。たまには同レベルのっつーかふつーの子とプラトニックとかやってみたいワケですよ、カミジョーさんは」  
 
……その瞬間、世界が白黒になった。と、通りすがりの女子生徒は証言する。  
がっし、と右の肩を掴む存在その1、  
「君は。私たちでは満足できない。ということ?」  
吸血殺し(ディープブラッド)、姫神秋沙。  
がっし、と左の肩を掴む存在その2、  
「ほほう、貴様はあれほどまでに私たちに色欲にまみれた行動を取ったあげくにそんな戯言をぬかすというわけね?」  
大覇星祭運営委員、吹寄制理。  
「え、あの、ちょ、俺は単にちょっとした願望を告げただけっつーか二人とも肩! 肩に爪がってか指! 指が食い込んでいだああああっ!?」  
「「黙れ」」  
そして、肩を掴む存在たちは、そのまま上条を持ち上げる。  
「さて、この愚か者はどこに運ぼうかしら?」  
「彼女らにも。相談しよう」  
「ちょだから決して皆さんを蔑ろにするつもりは毛頭ないのであってってすみませんほんのちょっとだけでもいいからコチラの話に耳を貸して欲しいなと上条さんは思うわけですがっつーかさっきから足浮いたまま運ばれてますてか肩外してぷりーずっ!」  
そしてその状態で相談を始めるなんか黒いのたち。というかちょっとヤバい気配が漏れてきている。  
やがて話がまとまったのか、騒ぎ疲れた……というかあまりの激痛に気を失った上条を連れていずこかに向かう二匹のナニカ。  
至近距離にいたためにお互いに抱き合ってガクガク震えることしかできない土御門と青髪ピアス。  
と。  
「……ああ、そうそう貴様ら」  
「「イエス、マムっ!?」」  
びしぃっ! と吹寄に声をかけられた土御門と青髪ピアス。速攻で敬礼をするあたり、この場の力関係をよくわかっている。  
「本日をもって、『クラスの三馬鹿』(デルタフォース)解散かもしれないから、あらかじめ言っておくわね。オーケー?」  
「「イエス、マムっ!!」」  
びしぃっ! と再度敬礼の土御門と青髪ピアス。  
それを見て、満足そうにうなずく吹寄。  
「行く」  
「そうね。それで連絡は?」  
「終わった。集合。例の場所にて」  
「……ああ、あそこね。わかったわ」  
そして……そこにいた三人はいつの間にか姿が見えなくなっていた。  
 
……  
 
「……とりあえず、アレやな、つっちー」  
「……ああ、とりあえず、アレだな」  
 
「「南無ー。」」  
 
 
 
そして三時間後。  
どこかで誰かが多数の人間によって絞られ尽くした声が響くことなく上がった。  
 
 
 
case.3  
 
「……ウホッ! な出会いが欲しい」  
 
 
……………………  
 
 
「……?」  
周囲から一切の音が消えたのを不審に思った上条は、周囲を見回した。  
……さりげに尻をかばった土御門と青髪ピアス、あと一般生徒男子。微妙に上条から距離を取って。  
……さりげに頬を染めている姫神秋沙と吹寄制理、あと一般生徒女子。微妙に教室の出入り口から顔をのぞかせて。  
 
「……いや、冗談ですよ? 上条さんはちゃんとしたスケベビッチオンナスキーですから、そんな生暖かい目で見ないで下さいお願いします」  
 

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