「んふふ……」  
 深夜の常盤台中の調理場に怪しい笑い声が響く。電気はつけておらず、真っ暗だ。  
そんな暗闇の中、かさりと動く人影があった。  
「白井、ご機嫌だなー」  
 そんな人影に土御門舞夏は笑みを浮かべながら話しかけた。人影がビクっと反応する。  
「あ、あらいたんですの?」  
 人影――白井黒子は平静を装っているようだが動揺は口調ではっきりと現れている。  
そんな黒子に舞夏はさらに笑みを深めた。  
「メイド先輩から聞いたからなー去年の実習でもたくさんいたらしいって」  
 一拍おいて、舞夏は言う。  
「バレンタインのチョコを隠れて作ろうとする生徒が」  
 完全に考えを見抜かれていた黒子はうっと短く呻くと予想される危機に身を硬直させた。  
「大丈夫、告げ口なんてしないしない。ここに毎年いるメイドはそんな儚い恋心を持った女の子を応援するために見張りをするだけだぞー」  
 そんな黒子を楽しそうに眺めながら舞夏が言う。  
 その言葉を聞いて黒子の緊張が一気にほぐれた。  
「そんなことでしたら驚かせないでほしいですわ……」  
 緊張を解きすぎて脱力したように黒子が言った。  
「いやー本当は陰から見守ってるだけなんだけど知り合いがこうも連続してやって来たから話しかけてみたくなっちゃって」  
 なははと舞夏が笑う。  
「聞くまでもないけど一応聞くかー白井は誰のを作るんだ?」  
「もちろんお姉様のですわ」  
 舞夏の問いに、即答。それだけ黒子の中では当然のことだ。  
やっぱりと舞夏が言おうとすると、黒子が連続して言葉を続けた。  
「そして今回はこれがあるのですわ!」  
 てってけてーなノリで黒子が懐から取り出したのは試験管だ。何やら自然界では絶対ありえないような青さの液体が中に入っている。  
「うわあ……見るからに怪しそうな薬……」  
 舞夏が少し身を引いて呟く。  
「これは科学的に作られた惚れ薬ですわ。神経系に作用して、一番近くいる人間のことを猛烈に好きになってしまうという恐ろしい薬! しかも媚薬も混ぜたので効果は倍増!」  
 誰も聞いていないのに黒子は説明をはじめた。  
「どちらも学園都市製のもので入手困難でしたがなんとか間に合いましたわ。効果は数時間程度しか持続しませんが、既成事実を作ればこっちもの! これでお姉様の目を覚まさせるのです!」  
 説明にもかなり熱が入ってきたようで身振り手振りが入ってきた。  
 
 いつものことだが舞夏は危険なのでもう少し後ろに下がってみた。  
「そしてお姉様はあんな類人猿など忘れてこのわたくしと――ああ!」  
 その時、段々と激しくなっていく動作のせいで黒子の手に握られていた試験管がすぽんと飛んでいった。  
 かしゃんという小さな音を起てて試験管は誰かが開けっぱなしにしていた棚の中で割れてしまった。  
「お姉様への愛の素が!」  
 すぐに黒子はテレポートでそこに向かう。  
 そこはガス台だった。すでにチョコの入った鍋が調理途中のままで放置されている。  
 薬はその上の、本来では鍋が置いてあったであろう棚の中の空白で広がり、下のチョコの中にポタポタと垂れていた。  
「無駄にしてなるものかあ!」  
黒子は素早い動作で横にかかっていたフライパンを持つと水溜りとなっている薬の中に手を入れ、なんとそれをテレポートさせた。  
棚の上にあった液体は一瞬にして消え去り、フライパンの中に薄く広がる。  
「おおー流動体を難なくテレポートさせるとはさすが白井だなー」  
 舞夏が賞賛の声を上げる。黒子はぜーぜーと息を吐き出しながら呼吸を落ち着けていた。  
「でも一ついいかー?」  
 そんな黒子に舞夏はゆっくりと問いかける。  
「なんですの?」  
 フライパンを水平に保ちながら黒子が顔をあげる。  
「そんなに大声で騒いだら先生たちが来ると思うぞー」  
 そう言うや否や、舞夏は逃げ出した。  
その途端、かつかつという音が廊下から聞こえてくる。  
「あっ……」  
 黒子が舞夏に制止の言葉をかけようとする寸前にがらり、と誰かが戸を開けて入ってきた。  
危険を感じた黒子はすぐにフライパンを持ったままテレポートで逃げ出した。  
入ってきた人影が真っ暗な調理場を進む。  
「あれ? 私、何か割ったっけ」  
 懐中電灯を持った人影が棚の上に広がっているガラスの破片を見て不思議そうに呟いた。  
「まあいっか」  
 だが思い当たる節がないのでそう結論付けるとチョコの入った鍋をかき混ぜ始める。  
「べ、別にチョコを渡すことくらい普通よね」  
 独り言を呟きながら人影は調理を続ける。  
 その後数時間、深夜の常盤台の調理場に言い訳のような独り言が何度も響いた。  
 
 
 二月十四日。聖バレンタインの殉教した日であり、欧米諸国では恋人同士がケーキや花などを贈りあったりする記念日である。  
 日本ではチョコレート会社の商業戦略により、女性がチョコレートを想い人の男性に贈る日となっている。  
 それは学園都市でも例外ではなかった。  
不純異性交遊を防止するために大々的なセールは行われないが、恋する女の子はチョコレートを自作し、贈るという行為が当然、行われていた。  
そんなひっそりとチョコの香りが漂うその日、上条当麻は猛烈に嫌な予感に包まれていた。  
殺気というものをこの平穏な世界で上条は初めて感じた。  
しかもそれは魔術師との決戦のときに感じるものを下手すれば上回るという素晴らしい濃度で、上条を大いに悩ませていた。  
(俺、何かしたっけ……?)  
 突き刺さるような男子諸君からの殺気。  
突き刺さるような女子諸君からの視線。  
期待。願望。恨み。妬み。さまざまな感情を宿した空気が上条の周囲で渦を巻いている。  
(やっぱり、不幸だー!)  
 心中で思いっきり悲鳴を上げながら上条はその日の授業を奇跡的につつがなく受け終えた。  
しかし放課後。一気に空気に潜む感情が増大した。  
(殺される!?)  
 直感で上条はそう感じた。  
だが、朝からの状況で上条の準備は万端だ。  
帰る準備は少しずつ終わらせていたのだ。  
完全帰宅武装を終えた上条は何故だか少し緊張したような表情の小萌教諭よりも早く教室から逃げ出した。  
「逃げたぞ!」  
 先ほどまでいた教室から怒号が響いた。  
本格的に危機感を抱いた上条は玄関から――ではなく、事前に鞄の中に入れておいた靴を取り出し、裏口から逃げ出す。  
「どこに行った!?」  
「玄関には来ないぞ!」  
「正門にも現れない!」  
「まだ隠れているのか!」  
「探せぇ! 校内を隈なく探せぇ!」  
 上条は必死に走り、学校から距離を取る。  
もう学校からかなり離れた位置にまで来たのだがまだ油断できない。あの状態になったクラスメイトの恐ろしさを上条は知っているからだ。  
必死に走る。  
「あ、アンタ」  
 必死に走る。  
「ねえちょっと待ちなさいよ」  
 必死に走る。  
「待ちなさいって!」  
 走る。  
「待ちなさいって言ってるでしょ!」  
 走る。  
「ああもう……スルーすんなあああああああ!」  
 その時、バチィっという凄まじい音と共に電撃の槍が飛来した。  
 
「うおっ!?」  
 反射的に上条は振り返り、右手で防ぐ。  
するとそこには上条の脳内比一・二倍ほどいつもよりビリビリした御坂美琴が立っていた。  
「ご、御機嫌よう」  
 いつもとは違う迫力に圧されて上条は一歩引いて挨拶をした。  
「アンタねえ……折角見つけたと思ったらなんでいつもいつもいつもいつもスルーするわけ!? この辺りを五分ほど探してる私の気持ちも考えなさいよ!」  
 ビリビリと火花が散る。五分ってほとんど労力使ってないじゃんと上条は思ったが口には出せなかった。  
「って俺を探してたのか?」  
 そこで気付いたように上条は言う。  
その瞬間、美琴の顔が高熱に当てられたように一気に赤くなった。  
「それはその……まあ……」  
 しどろもどろに答える美琴。その様子は恥ずかしがってるようにしか見えないのだが、切羽詰っている上条にはわからない。  
「……ねえアンタ、ちょっと今空いてる?」  
 美琴は控えめに、上目遣いで聞く。  
すぐに逃げ出さなければいけない上条だったが、いつもよりバチバチしてる美琴のことを考えて、  
(断ったら……何か怖いな……)  
 と決断した。  
「空いてるけど……とりあえず、ここから離れないか?」  
 上条はここから逃げ出したい一心で言ったが、よく見ると先ほどの電撃で二人は注目を浴びていた。  
それに気付いた美琴はさらに赤くなった。  
 
 
 
 とりあえず、ということで上条と美琴は学園都市にある公園の一つへと移動した。  
不幸慣れしている上条の提案、というよりほとんど懇願に近いオネガイで自宅のある寮の近くではない。さらに人に合う確率を減らすために人通りの多い繁華街からも離れた少し寂れた公園だ。  
現在、そこには二人しかいない。  
「で、何か用事でもあるのか?」  
 走りに走ったお陰で体力を根こそぎ失った上条はぐったりとベンチに腰掛けながら美琴に聞いた。  
「……アンタ、今日がどういう日だって知らないの?」  
 どこまでも鈍感な上条に少し呆れた顔をする美琴。  
「バレンタインだろ? まあ俺にはただの平日にすぎないけどなあ」  
 
 もしこの言葉をクラスメイトの誰かに聞かれたら上条はコンマ一秒で殺されても文句は言えないだろう。  
というか少しは制裁を受けた方がいいかもしれない。  
「アンタねえ……」  
 そんな上条に美琴は溜め息を吐く。  
「とすると……まさかお前が俺にチョコを?」  
 すると上条が思いついたように言った。  
美琴の顔が一気に緊張で強張る。  
「まあそんなこと――」  
「……そうよ」  
 あり得るはずないよな、という上条の言葉を遮って美琴が呟いた。  
「へ?」  
 思わず間の抜けた声を出す上条。  
「べ、別に今の時代、渡すチョコには色んな意味があってこういったっていう特定の意味があったりしなかったりするわけじゃないし」  
 美琴は突然、饒舌に語りだした。あまりの変化に上条はポカンと口を開けてその様子を眺めていた。  
「とにかくいいからもらいなさい!」  
 そんなボーっとした表情の上条に美琴はチョコを勢いよく突き出した。  
「お、おう」  
 一拍遅れて受け取る上条。綺麗に包装紙に包まれた箱には体温がしっかりと宿っていて、長い間手で持っていたことが窺えるのだが上条は気づかない。  
「ま、まあありがとうな御坂」  
 上条はそのまま受け取ったチョコをそのまま鞄の中にしまおうとする。  
その様子に美琴はあからさまに不快感を示した。  
「な、なんだよ……って待て、待ってください美琴せんせービリビリしないでこんな近いと俺までビリビリしちゃうからほらなんかもうごめんなさい」  
「ど・こ・ま・でアンタはわからないかなあ!」  
 バチィっという音が淋しい公園にこだました。  
 
 
 
 ちょっとしたいざこざ(上条にとっては生死に関るレベルのことだが)が数分あって、上条と美琴はまたベンチに腰掛けていた。  
二人とも息を荒くし、疲労困憊の様子だ。  
「なんか最近、お前の電撃が当たりそうなんだが……」  
 怖々と上条が言う。  
「じゃあアンタに勝つのももうすぐかしらね」  
 ニヤリと笑いながら美琴が返す。  
「それは生命的な意味で困るからやめてくれ……」  
 予想される最悪の状況に上条はぐったりとお願いしてみた。  
 
「それはそうとして」  
 そんな上条の願望を無視して美琴が切り出した。  
「チョコ……食べてみてよ」  
 控え目に美琴が言う。通常の彼女からはあり得ないことなのだがチョコをもらった時点でもう非常なので上条は気に留めない。  
むしろ、「ああ、さっき怒ってたのはチョコを食べてもらえないと思ったからなのか」と間違った方向に解釈するのに上条は忙しかった。  
「じゃあ、開けてみるぞ」  
「う、うん」  
 ビリビリした超絶バトルの後でも綺麗な体裁を整えているチョコの入った箱。その包装紙を綺麗に取り去り、箱の蓋を開けてみる。  
中にはうさぎやらハムスターやらを象った可愛らしいチョコが並べられていた。  
「見た目は……美味そうだな」  
 素直な感想を漏らす上条。  
「どういう意味よ」  
 美琴は新たに不満そうだ。  
「いや、なんでもできちゃいそうなお嬢様でも料理は爆発させちゃうような壊滅的状況っていうのもお約束かなって」  
 上条は不幸経験からしていた予測を言ってみる。  
「アンタ、この私に何を望んでるのよ……」  
 そんな上条を美琴はジト目で睨んでみる。  
空気が食ってみろというので上条はチョコを口に入れた。  
控え目な甘さとほんのりとしたブランデーの香りが口の中に広がる。見た目も綺麗だが味も上等だった。  
(あれ? こんな普通なイベントおかしいぞ……不幸イベントとしては見た目がよくても味が壊滅的とかが最後の砦のはず……)  
 うーん、と唸って上条は悩む。  
その様子に美琴は不安を覚えた。  
「や、やっぱり美味しくなかった……?」  
 思わず美琴は聞いてみた。  
「いや普通に売ってるものより断然美味しいんだよなあ……」  
 腕を組み、苦悩してますといった風に上条は答える。  
「じゃ、じゃあ何が問題だったの?」  
 不安が深まる美琴。上条はそんな彼女を見て、断言した。  
「何も問題がないのがおかしいんだよなあ……俺が不幸じゃないなんて逆に不安だ」  
 上条の言葉に美琴は一気に脱力する。  
「ア・ン・タねえ! 美味しいんだったらそれで素直に納得しなさいよ!」  
 そして次に美琴はビリビリした。  
やっぱり不幸だー、と上条は嘆こうとする。  
その瞬間。  
 ドクン、と心臓が強く脈を打つのが上条自身にもわかった。  
 
(な、なんだ……?)  
 体中が熱を発しているように熱かった。しかも脈は驚くほど早く、指先の感覚がなくなり始めている。  
上条はこの状態を知っていた。極度の緊張状態だ。  
(どうしたんだ、俺)  
 明らかな異常信号を体が発していた。  
「ん? どうしたの?」  
突然俯いた上条を不思議に思ったのか、美琴が問いかけた。しかし異常を美琴に悟られるわけにはいかない。  
上条は極めて普通に振舞おうと、顔を上げた。その時。  
美琴の心配そうな表情に見惚れてしまった。  
硬直する上条。美琴はさらに不思議そうな顔をする。  
「おーい、いきなりどうしたの。おーい」  
 目の前で手を振ってみたりするが効果は現れない。上条当麻は放心したように石像と化していた。  
(あれ……なんだこれ。御坂が、あれおかしいな……あれ?)  
 表面上は固まっていても上条の内部は疑念の渦が暴れていた。その反動か、やはり外面的には変化がない。  
「おーい、聞こえてるー?」  
 美琴が意思確認を図る声も届かない。  
(いやこれおかしいぞ……御坂が、御坂が……御坂美琴が、)  
「お前、」  
 何度か美琴が呼びかけると上条は魂の抜けたような声で呟く。  
「ん?」  
 やっと反応が返ってきたか、と美琴は安心したが。次の瞬間。  
「可愛いな」  
「はい?」  
 美琴が硬直した。  
「いや何で気付かなかったんだろ。お前、かなり可愛いな」  
 さらりととんでもないことを言ってのける上条当麻。一瞬遅れて言葉の意味を理解した美琴は今までで一番赤くなった。  
「ア、アンタななななにを……」  
 そして最早照れを通り越して動揺している美琴。そんな彼女に微笑みかけながら上条は言葉を続けた。  
「ああそうか、今いきなりわかったんだけどな……俺、お前のことが好きだ」  
 ボフンと、美琴の中で何かが爆発した。  
「なあ御坂、このチョコって本命だと思っていいのか?」  
 上条は吹っ切れたようにさわやかに問いかける。  
美琴は俯いたまま、蚊の無くような声で「うん……」とだけ小さく答えた。  
「そうか……じゃあ俺と付き合ってくれないか?」  
 明らかに異常な上条にも気付かない、いや気付く余裕のない美琴は真っ赤な顔のまま小さく頷く。  
「ありがとう」  
 そして上条当麻は大胆にも、美琴を優しく抱擁した。  
 
 
 
(ちょっとちょっとちょっと何これ夢? 夢?)  
 上条の腕の中で美琴は錯乱に近いくらい混乱していた。  
色々言い訳をしていたが、確かに美琴が贈ったチョコは本命という意味合いを持つ。それでもいつものことだから有耶無耶になるんだろうな、なんていう安心と不満が混じったような漠然とした予感を美琴は持っていた。  
だが事実は小説より奇なり、というか現実は夢より不可思議というべきか。美琴の予想とは百八十度違う方向に現実は進行していた。  
 
上条に抱きしめられている、その事実は当の本人に起こっていることなのに、何故か現実感が伴わない。だから美琴はこれを少しリアルな夢だと結論付けようとした。  
「なあ御坂」  
 その一言と共に上条の体が美琴から離れる。  
「な、なに?」  
 心ここに在らずといった風に答える美琴。  
「キスしていいか?」  
「えっ?」  
 一瞬、美琴は何を言われてるかわからなかった。言葉が耳の奥まで染み渡ってから遅れて美琴は理解する。  
「……うん」  
 茹ダコよりももっと赤く、これ以上はないというほど赤面しながら美琴は了承する。  
それを確認すると上条は顔を近づけた。美琴もそれに合わせて顔を近づける。  
――軽く、啄ばむように唇を重ねた。  
その感触から美琴は確信した。これは夢じゃない、と。  
そして次の瞬間、上条は美琴にとって思いもよらない行動に出た。  
なんと、そのまま舌を入れようとしてきたのだ。  
驚きに目が見開く美琴だったが、抵抗することができず、そのまま受け入れる。  
お互いに舌と舌を絡めあわせ、粘膜で繋がる二人。上条の舌が美琴の歯茎を舐め上げ、なんともいえない感触に浸されていると次の瞬間、口腔内を力強く犯す。  
どこで覚えたか知らないのだが、上条のキスは上手だった。  
ほぼされるがままの美琴だったが、次の行為には明確に否定の意思を示さなければならなかった。  
上条が美琴の胸を触り始めたのだ。  
「んんっ」  
 キスをしたまま、その手だけはきちんと押さえつけようとする。しかし上条は止まらない。  
「ちょ、ちょっと……」  
たまらず美琴は上条の唇から自分の唇を離し、拒絶した。  
「どうしたんだ?」  
 何事もなかったかのように上条は聞いてくる。  
「どうしたって……こんなところで……」  
 美琴はいつもの彼女からは考えられないほど控え目に意見する。  
「でも、我慢できないんだ」  
 そんな美琴に上条は無茶を言う。その様子はもう上条とはいえないくらい上条らしくなかったのだが、自分の予感が的中した美琴はまた異変に気付くチャンスを失った。  
「そんなこと言っても……誰か来るかもしれないし……」  
 上条が自分と結ばれたがっている。多感的な時期にある彼女にとってはその事実はハンマーで脳を直接殴られたくらいの威力があった。  
 
「大丈夫だって。ここはほとんど人が来ない公園だから」  
 実際にはもう一人到着して覗いているのだが上条は気づかない。もちろん美琴もそんな根拠のない話では納得できない。言葉では表さず、真っ赤な顔を左右に激しく振って拒否を示す。  
「……そうだ」  
 そこで美琴ははたと思いついた。こういう行為ができる、しかも二人きりになれるうってつけの場所を思い出したのだ。  
「あそこなら、いいかな」  
 
 
 
 上条と美琴が向かったのは学園都市にあるグランドホテルの一つだ。  
 外から人間が入ってくるようなイベントのない今は当然、ほぼ空室状態で予約なしでも容易に部屋が取れる。だから美琴は普段、一般人にとってのコインロッカー代わりとして利用していた。  
だが今回は違う。中に入れるのは荷物ではなく、人なのだ。  
例に漏れず、やはり部屋は滞りなく手に入った。  
部屋に入るなり、美琴は上条に押し倒された。そのまま二人は鞄を放り出し、ベッドへと倒れ込む。  
「御坂……」  
「んっ」  
 上条は熱い吐息で囁くと公園でしたように美琴の唇を唇で塞ぐ。  
そのままディープキスをすると美琴の胸に手を向ける。  
最早、美琴には拒絶する大義名分はない。なすがままに受け入れ、薄い胸を弄られる。  
存分に服の上からの感触を楽しんだ上条はキスを中断してブレザーを捲り上げた。その下は悪く言ってしまえば子供趣味、というような何とも可愛らしい下着だ。  
「……御坂、」  
「な、なによ!?」  
 混乱中の美琴なのだがこれのことだけは自覚があったらしい。無言の圧力という的確な反応で上条を黙らせようとした。  
「可愛いな」  
 しかし美琴のすべてが魅力的に感じる上条には通じず、素直(?)な感想が上条の口から漏れた。  
「そ、そう」  
 不意を突かれた言葉に一瞬、ぽかんとする美琴。その次の反応はお決まりのごとく真っ赤になることなのだが、今度は別の方向で真っ赤にならざるをえなかった。  
上条が下着をずらしたからだ。  
その下には服の上から予想される通りの小ぶりな丘があった。ただ、大きさは小さくとも形は整っていて、美乳、と表現すべきものだ。  
 
上条はそれに躊躇いもなくしゃぶりつく。  
「――ッ!」  
 いきなりの行動に驚く美琴だが、どんな運動も上条の行為には支障を来たさず、胸を舌で愛撫されるという未知の感触を味わう。  
「んっ」  
 しばらくすると体がその感触を快感として認識し始めた。美琴がくぐもった声を上げる。  
「あ、」  
 すると次に上条は美琴のスカート内部に右手を入れた。上条が局部を隔てて僅か布一枚のところを擦り上げると思わず美琴は声を漏らす。  
同時に、左手で優しく胸を揉む上条。  
そのまま美琴は胸と局部の三地点を愛撫され続けた。  
しばらくして、上条は手を止めた。  
美琴は息も絶え絶えといったようで真っ赤に上気させた表情だ。  
上条はその様子に満足するとズボンのチャックを開け、熱く、そして硬くなったものを取り出した。続いて美琴のスカートを捲り、中のショーツを下ろす。  
「待っ――」  
 美琴の制止よりも早く局部を空気に晒した上条はそれの状態を確認した。  
まだ前戯という前戯は胸と恥部を愛撫しただけなのだが、そこは準備を整えたとばかりに愛液で存分に濡れていた。  
空気に触れたことによりその状態が自覚できたのか、美琴は恥ずかしそうに足を閉じる。  
上条はそんな美琴に軽く微笑むと優しく足に手を添えた。  
「大丈夫」  
 何が大丈夫なのだかまったくわからないが、すべてを悟ったような上条の言葉に思わず美琴は足の力が抜けた。  
その瞬間に、上条は美琴の足を開く。  
その奥にある秘部は綺麗なピンク色でまだ穢れを知らないことが窺える。  
「は、初めてだから――」  
「わかってるって」  
 もじもじとする美琴のお決まりの台詞を上条は優しい声色で遮る。  
「力、抜けよ」  
 そして続く一言。  
「うん……」  
来る時が来た、と美琴は覚悟を決めた。  
上条は返事を聞くとゆっくりと腰を沈める。その瞬間、美琴の体を電流が引き裂いたような激痛が走った。  
「痛ぅっ」  
 力を抜こうとは思っているが、意思に反して下半身には力が籠る。  
どんなに濡れていても処女は処女だ。痛いものは痛い。  
「っ大丈夫か?」  
 上条が慌てた様子で尋ねる。  
 
そんな当然の動作に美琴は『心配されている』と実感し、何とも言えない安堵感が胸中でときめく。  
それでも、心配させてはいけない、と美琴は思った。  
「全然、余裕よ」  
 痛みに冷や汗を浮かべながら美琴が言い切る。  
心配しないで続けてほしい。そんな想いを切に籠めた笑顔でだ。  
「……わかった」  
 上条は逡巡するが笑顔を必死に保つ美琴を見て、何故だか止められない衝動に駆られた。  
いつもなら美琴の身を案じてしまうのだが、薬の効果のせいか、性欲が意思を上回りつつあるようだ。  
上条はさらに腰を押し進める。  
「あ、ぐ、」  
 堪らず苦悶の声が美琴の口から漏れる。  
しかしどんなに美琴が苦しんだ声を上げても、上条にとってはもうそれが遠くから聞こえるものと化していた。  
ずぶり、と上条の全てを飲み込んだ美琴。  
もう上条は止まらない。  
「動く、ぞ」  
 宣言に近い言葉を皮切りに上条は腰を動かす。  
美琴としては激痛に重なる激痛だ。  
初めての異物の受け入れから休みなしで続けられればたまったものではない。  
しかし、それでも美琴は快感と感じ始めていた。  
この痛みは上条当麻に選んでもらった証なのだと実感させる証拠で、何より、上条当麻から与えられている痛み。それが非常に愛しいものだと感じたのだ。  
「あぅっ、」  
 痛みに声を上げるのだが、それでもまだ、上条にはもっと強くしてほしかった。  
 それに応えるかのように上条の動きも加速していく。  
「はぁっはぁ」  
 上条の荒い息が聞こえる。  
上条の熱い鼓動を感じる。  
 美琴は来るべき限界の瞬間が間近であることをひしと感じ取った。  
「ナカに、ナカに射精して……!」  
 痛みを堪えて美琴が言う。  
「あ、ああ……!」  
 それに上条はさらに強くなる動きで答える。  
 そして、  
「射精るっ――」  
 上条は欲望の濃縮された液体を美琴の中に放った。  
「ああ……」  
結合部分から注入された体液はまるで体の隅々まで行き渡って行って、満足感を齎している擬似的感触を美琴は感じ、放心する。  
上条もやりきった様子で、ふぅ、と小さく息を吐いた。  
 
 
 
「あ、そうだ」  
 すると美琴が思い出したように言った。  
「アンタ、まだチョコ一つしか食べてなかったわよね?」  
 ベッドに全体重を預けたまま美琴は続ける。  
「そういえばそうだな」  
 それに答えた上条は収縮したモノを抜き、床に放り出されたままの鞄を開ける。  
「あっ……」  
 上条がモノを抜いた瞬間、美琴は名残惜しそうな声を上げた。  
「どうかしたか?」  
「な、なんでもない!」  
 上条が問うが、美琴は真っ赤になってはぐらかした。  
「ん、そうか」  
 少し疑念を残したままだが上条は深く追求せず、鞄の中からチョコレートの入った箱を取り出し開ける。  
その中のうさぎ型のチョコレートを口に放り込み、味わうように咀嚼する。  
「やっぱり美味いな」  
 笑みを浮かべながら言う上条。  
「そ、そう?」  
 美琴が嬉しそうに聞く。  
「ほら、お前自身も食べてみろよ」  
 もう一つのうさぎ型を口に放り込みながら上条は美琴にねこ型を差し出した。  
「あ、ホントだ」  
 それを食べながら自分でも驚いた風な美琴。  
「って自分で食べたことないのかよ」  
 すかさず上条がツッコんだ。  
「いいじゃない、美味しいんだから」  
 よもや渡せるとは思っていなかったとは言えない美琴だった。  
 しばらくチョコレートを食べる二人。「でも自分で味見してないものを食わせるなよなあ」と上条がぼやいていたが美琴は聞こえないふりをする。  
その時、上条の体にまた異変が起こった。極度の緊張と、力を失ったはずの男根が堅さを帯びてきたのだ。  
その変化は上条だけではなさそうだった。美琴も上気したように顔を真っ赤にし、目がトロンとしている。  
 
「御坂……」  
「アンタ……」  
 互いに見つめ合い、同時に近付き、二人はまた唇を重ねた。  
 
 
 ――上条当麻はどことなく体が気だるい心地で目を覚ました。  
(変な夢を見たなあ)  
 先ほどまでの記憶を振り返り、上条は思う。  
(美琴にチョコをもらって俺が告白して美琴とベッドイン、なんてすごい夢だ……)  
 欲求不満なのかなあと考えながら身を起こす上条。ベッドのスプリングがちょうどよい感触で反発し、環境的には非常に快適な寝起きだった。  
(ってベッド?)  
 普段上条が寝床としているバスタブより、それどころか上条の絶賛略奪され中のベッドより数段高級な環境なので当たり前なのだが。  
(まてまてちょっとまて)  
 もちろんそんなものは上条の家には本来ないものだ。物凄く嫌な予感を感じて、現実に目を当ててみる。  
そして確かにいつもと違う部屋を捉えた視界を、横に、何故だかぬくもりを感じる方向に、移動させる。  
そこには、全裸の御坂美琴が幸せそうに眠っていた。  
「ええええええええええええええええええええええええええええ!?」  
 思わず叫んでしまった上条はすぐに口を押さえて声を殺した。  
(やっちゃったのか!? 俺は中学生相手にやっちゃったのか!?)  
 必死に動揺を抑える上条だが、冷や汗がだらだらと背中を伝う感触からして、全然動揺が抑えられてないことに気付く。  
「ん……」  
 そんなこんなで上条が混乱していると、先ほどの叫びを聞いたのか、美琴が目を覚ました。  
「おおおおおおはよう御坂」  
 激しくどもりながら上条は一応、挨拶をする。  
美琴は眠たげな目で上条を見つめていたが、自分が挨拶されたことに気付くと幸せような表情を作って、こう言った。  
       ・ ・  
「おはよう、当麻」  
 

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