いささか、唐突ではあるが。
幻想(おんな)殺しのレベル0。我等が上条当麻は、居眠りをしていた。
ぽかぽかとした、良い陽気である。上条さんが居眠りしているベンチの傍に咲く花々が風に揺らされる度、
なんとも癒し効果抜群な感じの花の香りが上条を包み、とてつもなく良い感じのくつろぎ空間を生んでいた。
いつも女の子……もとい、自分の為と称して他人の為に駆け回るお疲れな彼が、居眠りしてしまうのも仕方がない。
そんな彼のベンチに、歩み寄る人影一つ。
彼女の名は……
ビリっとデレる、御坂美琴(済)
フロントホック、吹寄制理
何故か巫女さん、姫神秋沙
右手で触れるな、風斬氷華
→ザ・パンダ配色、白井黒子
幸呼ぶ一人花畑、初春飾利
さりげない乙女、佐天涙子
みんなが大好き、月詠小萌
作者が大好き、黄泉川愛穂(済)
需要がないぞ、白カチュ娘 (済)
彼女の名前は白井黒子。白なのか黒なのかはっきりしろパンダカラーめ、と言いたい感じの名前の、
なんだか壊れキャラが定着しつつあるロリっ娘ツインテール(←グドンの好物)である。
彼女は何を隠そう、美琴大好きっこ。好き過ぎて「お姉様」とか呼んじゃう始末。
現在ガチ百合小説「ミコト様が見てる」を執筆してるという噂があるとかないとか。
そんな彼女は、上条当麻が嫌いである。いや、嫌いではないのだが、なんていうか、
見ていると思わず「一本いっとく?」って感じで太ももに手が伸び掛けたり、
理不尽と分かっていてもドロップキックをしなければならないような気になるのだ。
例外として、彼女の敬愛する美琴と一緒にいるときは、問答無用で排除するのに躊躇いはないが。
「? あれは……」
彼女はベンチに座る上条さんの姿を見つけたとき、何とも不思議な気分になった。
黒子にとっての上条さんのイメージは、端的に言うと「いつも走り回っている」だからだ。
事情はその時々によって様々だが、いつも誰かの為に走り回っている(実際、黒子も彼に助けられた)彼が、
こうしてベンチに一人で座っている、という状況が珍しい、というか、初めて見た。
「あら? おまけに居眠りしてますの?」
ますます珍しい、とグースカ眠る上条さんの前に屈みこむ黒子。
いつもは、わりと情けない表情をしていることが多い上条さんだが、こうして見ると……
「案外、整った顔立ちをしているんですのね……」
ぽつりと、そんなことを零した黒子は、上条さんの靴の紐が解けていることに気付いた。
「やれやれ、世話が焼けるんですの」
何となく結んでやる。まあ、気が付いたし。
すると、今度は上条さんの太もも辺りに糸くずが付いていることに気付いた。
やはり何となく取ってやる。まあ、気が付いたし。
そしたら今度は、上条さんの上着のボタンが外れていることに気付いた。
やっぱり何となくとめてやる。まあ、気が付いたし。
そうして上条さんの腹のあたりに手を伸ばした所で、
「……っは! わたくしったら何やってますの!」
自分の行動に関して、気付くのが遅すぎる。
白井黒子。案外、尽くすタイプなのかもしれない。
「わたくしとしたことが……おや?」
言いながらも、結局上条さんのボタンをとめようとした黒子の手は、
服の隙間から覗き見えた、真新しい包帯によって止まった。
「…………」
下着があるのではっきりとはわからないが、包帯に覆われているらしい上条さんの胸に、
そっと黒子は手を添える。一般人とは思えないほど鍛えられた胸板の感触に何故か赤くなりながら、
黒子はまた、上条さんの寝顔を見上げた。
規則正しい寝息をたてて眠る彼は、どこか安らいだような表情をしている気がした。
その表情を、黒子は、以前にも見たことがある。
彼が、黒子を助けだしてくれた時。黒子が初めて、彼を意識した時。
その時も、今と同じような表情をしていた。
無事で良かったと、助けられて良かったと、そんなまっすぐな思いが、込められた表情。
「なんだ……あなた、また誰かの為に無茶をしたんですの?」
眠り続ける上条さんに語りかけるように、黒子は呟いた。
以前、「虚空爆破事件」というものがあった。
ジャッジメントを標的としていた犯人は、ある時黒子の後輩、初春飾利を襲った。
しかし、初春は傷一つ負うことはなかった。その場に居合わせた美琴が、その力で爆発を抑え込んだからだ。
犯人も同じく美琴に捕えられ、一連の爆破事件は終結。記録の上では、そうなっている。しかし、後に美琴の口から語られた事実は違った。
あの爆発から皆を守ったのは、上条当麻に他ならないと。
『そういえば、私に絡んできた不良も助けてやろうとしてたっけ。
ま、結局焦がしてやったんだけどね。しかしお人好しというか、何ていうか―――』
呆れた、と言わんばかりのその言葉。けれど、果たして美琴は気付いていただろうか。
その時の美琴は、まるで綺麗な物を見つけた子供のような表情をしていたことを。
「―――格好つけすぎ、ですわね」
美琴の言葉を思い出して、知らず黒子は微笑んでいた。
多分、このどこにでもいるような少年にとって、困っている人を助ける、というのは当たり前のことなのだろう。
当たり前のことをしただけだから、誰かに褒めてもらわなくても構わない、どころか、例え誰にも気付いてもらえていなくても、
きっと何とも思わないのだろう。当たり前に手を差し伸べるのだろう。この上条当麻という少年は。
だから、きっと、この街の人々は。
「多分誰もが知らないうちに、あなたに助けられているんでしょうね」
そのくせ厄介事には突っ込んでいくのに、他人を厄介事に巻き込むまいとする。
何とも上条さんらしいといえばらしいのだが、その度に傷ついて戻ってくる彼を見て、周りの者は、どう思っているのだろうか。
そっと、黒子は胸に置いていた手を、この困った少年の頬に添えた。
「全く、馬鹿な殿方ですわね。あなたの周りにいる人達が、
あなたから助けを求められて、迷惑に感じるとでも思っているんですの?」
もし、と黒子は考える。もしも何か、大きな事件が起きて。
自分の所に、この馬鹿みたいなお人好しが、助けを求めてきたら、自分はどうするだろうと。
ありえないことかもしれない。だが、黒子の答えは決まっている。
自分は、このお人好しを助けよう。そりゃ、多少は嫌味くらい言うかもしれないが、それは愛嬌というもの。
彼には助けられた恩がある。それに、見ていて楽しい馬鹿は、嫌いじゃないのだ。
「あなたは、もっと周りを頼ってもいい。あなたは、それだけのことをしてきてるんですから」
そう、穏やかな気持ちで黒子が言い終えた直後、無粋な電子音が鳴った。
黒子のデザイン重視、利便性無視の携帯に、連絡が入ったのだ。
「はい……分かりました、直に向かいますわ」
緊急の連絡を受けた黒子は少しだけ、眠ったままの上条さんを名残惜しげに見つめた後、
指示された場所へと向かった。
途中。よく考えれば、自分が口にしていたことは酷く恥ずかしい内容ではないか、と黒子は思った。
「あれでは、まるで……っ!」
頭に浮かんだ考えを慌てて否定すると、黒子は無理やりテレポートに意識を集中した。
その頬を少しだけ、朱に染めながら。