上条は目を開けると、始め、自分の知らない建物の天井が広がっているのが見えた。  
自分が仰向けに身を横たえているのは柔らかなベッド。だが、自分の両手首はその落下防止用の柵に、万歳するような格好で縛り付けられている。  
何とかして身を起こそうにも、何故か体に力が入らなくて動けない。というか、体が、熱い。瞼が……重い。  
――何だ? いったい今、何が起こっている?  
「気がつきましたね」  
独り混乱するなかを女の声が通り抜ける。  
この部屋を上条は知らない。しかし、今のが誰の声かは間違えるはずがない。  
何せ彼女とは、とうに友達以上のあれやこれやをしてしまっている関係だ。  
そしてここで目を覚ます前の最後の記憶では、上条は日本に諸事情で戻ってきた彼女に会いに行っていたのだ。  
だからこそ理解できない。  
一緒に捕まってしまっているならまだ分かる。だが、今の声はそうであるにしては平然としすぎている。  
まるで前々からこうなると知っていたかのような。いや、それより……  
「大丈夫です、貴方に飲んでいただいたのは死ぬ薬ではないですよ。ただ少し、飲んだ人は大人しくなりますけど」  
………この状況は、彼女の仕業であるかのような。  
否、もはやそれで確定だった。  
「五和……どう、して?」  
やや掠れた声で上条は少女の名を呼ぶ。  
 
すると彼女は動けない彼のことを配慮してか、ほぼ固定された上条の視界にも写るところまで動いてきた。  
「怯えなくてもいいんですよ、私があなたにケガをさせるとでも? とんでもない、私は今もあなたが好きですし」  
ふふ、と五和は笑いかける。これがデートの時とかならこちらだって幸せな気分になれただろう。  
しかし、つられて笑うには状況が異様すぎた。  
気付いていないわけはあるまい。……何故、この少女は縄を解いてくれない?  
「なあ、五和……上条さんとしてはこの逃げられない感じがどうしても怖いのですが。できるなら、まずこの縄をブチッと両断」  
「ダメです」  
即答だった。  
その時既に、五和の目には笑いとか喜びとか、そういったプラスの感情が何一つない空虚な濁りが漂っていた。  
「……女教皇様とは、昨日もお楽しみでしたね?」  
ズキン。  
……上条が感じたのは、ばつが悪い程度の『ギク』ではない。  
一瞬、心臓が止まりかけ、痛みすら覚えたほどの『ズキン』だった。  
「どうしてそれを、って顔ですね」  
光の宿らぬ目のまま、微笑む五和。  
「は、はっ……何、言ってんだ?」  
「あはは、可愛らしいトボけ方ですね。そんな風に言われたら思わず抱き締めちゃいますよ、……鼻も口も塞がって息できなくなるほどにギュウッと一時間」  
あくまでニコニコと。  
しかし機械の合成音声よりも冷たさを纏った声。  
すぐに、上条はしらを切ることすらもできなくなった。  
「わ、あ、あのっ、今のはほんの冗談ですよ、あなたを恨んでいるとかそんなことでは全っ然ないんです!」  
直後取り繕うように慌て、本当に冗談ですよ、と念を押すように付け加える五和。  
当然、上条が感じている恐怖はちっとも消えなかった。消えるわけがない。  
「……そう、恨むとすれば私自身、ですよね?」  
五和は自分の胸元に手を当て、ボソッと呟いた。  
その呟きが耳に届いた上条は目を見開いた。  
「私が腹を立てているのは自分自身ですよ。あなたが他の人へ流れていくのも、当然私にあなたを引きつけるものがないから」  
「っ………そんな……わけ……!!」  
全身の痺れが無ければ「そんなわけないだろ!!」とでも怒鳴っていたかもしれない。  
……いや、怒鳴れただろうか。  
キッカケは自分からではないとはいえ、流されるままに、他人とやってしまったのは動かぬ事実。  
俺は、この子を裏切ったのだ……そんな罪を犯してしまった俺が、強く言える立場か?  
「解決策は一つ」  
五和が小さく、しかししっかりと言い聞かせるのが聞こえ、上条は「へ?」と間抜けな声を漏らす。  
直後。上条が寝転がされているベッドの上に、少女は膝立ちで乗り込んできた。  
「な、なにをっ!?」  
「確かに私はあなたの周りの女の子たちに比べて無個性で、つまらない女かもしれません。でも、私にしかできないことだってあるんです」  
ギシッ、と膝がベッドを踏むたびに軋んだ音が響く。  
「女教皇様には、負けないんですから」  
 
這うようにして上条の下半身に覆いかぶさった五和は、手際よく上条のズボンに手をかけチャックを下ろす。  
そして男根を取り出す……しかし、恐怖で竦み上がったそれは興奮の欠片も感じさせぬ小さいものだった。  
それでも、五和の顔に落胆はない。取ってつけたような笑みがあるだけだ。  
「怖いですか?……大丈夫ですよ、とても気持ちよくなりますから」  
先端が天を向くように上条の二号を左手で固定し、もう片方の右手には、湯気の出ている布がある。  
「これ、何だか分かりますか?」  
五和は上条の目前でその白い布をヒラヒラと振ってみせる。  
網目のような細かい凸凹が裏表にあり、レストランでは御冷とほぼ同時、手を清潔にするため最初に出される。  
大きな声では言えないが、男女が求め合った後の事後処理にもわりと役立ってくれる一品。  
「おしぼり……? それが、どうかしたのか?」  
「普通の人では、痛みしかありません。むしろ素手のほうがマシ……でも、私なら」  
「? 何を言って……」  
五和は右手におしぼりを被せ、しなびたままの男根に近づける。  
手袋のようにおしぼりに覆われた五和の右手は、柔らかくそれを包み込み……  
「……っ!?」  
ビクン、と上条は声をあげることも出来ず痙攣した。  
驚いたように男根もビクンと跳ね上がる。  
「如何ですか?」  
「な……なん、で……!?」  
あくまで、柔らかく『触れた』だけだった。  
ところが、上条はただそれだけで、一瞬世界が真っ白になるような感覚に襲われたのだ。  
それこそ、交わりあわねば得られないレベルの刺激が。  
「皮膚には無い繊維……これを貴方の弱いところ1つ1つに、ピンポイントで触れさせてみました。  
 具体的に言えば……余計な場所には触れず、触覚を伝える神経のみを重点的に刺激している……といったところでしょうか」  
五和はどことなく得意気に説明すると、男根を包んだおしぼりを再び動かし始める。  
「傍目には手コキ……に近いですよね」  
「う……ぁっ、あっ……はあっ!!」  
腰が跳ね上がり、身が捩れるのが止まらない。  
普通なら十秒と保たずにベッドから転げ落ちているところだ。  
だが、両手首をキツく縛める縄と、両足の腿部分に足を絡みつけて腰を下ろす五和が、この異常な快楽から上条が逃れようとすることを許さない。  
「いくら女教皇様といえど、いえ、私以外に他の誰が、こんなにも貴方を喜ばせられますか?」  
「が……ふぅあ、はぐ……ぁっ!!!」  
途切れ途切れに喋ることすら、ろくに出来ぬほどの快楽。  
縮み上がっていた男根は、とっくに勃起しきり、青紫色に浮き出た血管をビキビキと脈打たせている。  
「出ます、よね……? どうぞ、我慢なさらないで下さい……」  
「ああぁ、うっ、は……うぐあああああああああああああああああああああっ!!」  
「ンッ! あはっ、熱いです……」  
上条の絶叫と共に、暴発する男根が五和の頭から胸元まで精液を飛び散らせ、汚していく。  
「早漏なんて……馬鹿にすることはないです。むしろ、こんなに早く出してくれて、嬉しい」  
口元に粘りつく精液を舐め取っている五和に、普段の『少女』の面影はない。  
代わりにあるのは、捕食者の影。例えるなら自分が吸収できるまでジワジワと獲物の肉体を溶かす、食虫植物。  
「いつ、わ……もう、やめ……」  
「まだ終わりませんよ。他の人では満足できなくなるまで、何度でも」  
 
「汚れてしまいましたね、あなたのも。すぐに綺麗にしてあげますからね……私のおしぼりで」  
……どのくらいの時間が過ぎただろう。  
そう言って、幾度も繰り返した、事後処理という名目の愛撫を再開する五和。  
「はひ、は、い、ひゃ……うあああああああっ」  
「あれ、またグチャグチャになっちゃいましたね? せっかく全部拭き終わるところだったのに」  
初めは凄まじく気持ち良い快楽。だが、休ませずに刺激を与え続ければ、尿道も勃起しようとする筋肉も、本人に凄まじい苦痛を与えるようになる。  
「が、は……五和、もう、ゆるし、」  
「ふふ、あなたは何も悪くないって言ってます。私はただ、私にしかできないこともあるって、あなたに知ってほしいだけ」  
上条の顔はもはや、叱りを受けた直後の幼児のように情けなく歪んでおり、涙の伝った跡が頬で乾いていた。  
彼に跨り見下ろす五和は満面の笑み。……明らかに何かの一線を越えた、濁りきった瞳を除いては。  
可憐な唇は、またも恐怖を紡ぐ。  
「……いっそのこと、壊れてしまいましょう?」  
「ひっ」  
背筋、骨の髄にまで吹き抜ける悪寒。  
初めて魔術師と対峙した時や、学園都市最強とされる能力者と戦った時も悪寒というものは経験している。  
「っ……!! た、たすけ、」  
しかし、今のはそれらをも軽く上回っているのではなかろうか。  
「可愛い……いつも逞しいあなたも、そんなふうに怯えることができるんですね」  
恐怖しかない今の上条の顔を、五和の右手が慈しむように撫でていく。  
「大丈夫ですよ。壊れた後も、ずっと私が可愛がってあげます。だから、ね? もう一度『ふき取って』あげましょ……」  
   
バァン!!  
   
「!?」  
「!?」  
 
その時、一室の扉が勢いよく蹴り破られた。流石に五和も驚いて扉の側に目を向ける。  
「……」  
立っていたのは、背の高い日本人の女性。長い黒髪をポニーテールにまとめ上げた、世界でも数少ない『聖人』の一人。  
五和が天草式十字凄教徒として、指導者と敬うべき相手。  
「よく此処が分かりましたね?」  
まるで彼女が来ると分かっていたかのように、動揺なく棒読みに近い口調で話しかける五和。  
女性は最初、あられもない姿で顔をクシャクシャにしている上条を見て口がきけなかったらしい。  
   
だが、やがて落ち着くと、  
「……何を、している」  
前髪のかかった両眼が、愛した少年に跨っている女を見る。  
憤怒に震える神裂が、普段の丁寧口調を忘れて五和に問いかけた。  
「何って……」  
人間を凌駕する彼女を前に、返す五和の嬉々とした笑みには怯えを隠した様子はない。  
「大切なものが、二度と私の手から零れないための対策ですよ、女教皇様。……いえ」  
一呼吸おいて、はっきりと。  
「神裂、火織」  
主従を取り払い、女として対峙するため。少女は主の本名を口にした。  
瞬間、神裂の憤怒の感情は数倍にも膨れ上がり、睨みつける顔の凄みも増す。しかし、刀に手をかけることはしない。  
それは、主従の情けとかそのような義理ではない。力で相手を打ち倒しても勝ちにはならないと、彼女は悟っていたからであった。  
縛られ、生気を奪われた少年は、かつてないこの修羅場を黙って見ていることしかできなかった。  
 

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