「女教皇様、お疲れ様です」
「はい、貴方達もご苦労様。ではこの件について、後の指示は任せて良いですね建宮斎字?」
「仰せのままに、なのよ」
必要悪の教会本部。
最大主教からのちょっとした依頼を後始末を残して終えた神裂と天草式は、門付近にてひとまず解散の流れを辿っていた。
「女教皇様は、これからどちらへ?」
雑談する天草式の教徒の中から一人の青年が出てきて、背を向けて去ろうとする神裂に話しかけた。
「ええ、私は明日の朝日本へ発ちますので、寮にてその準備を。前回の任務のことで少し心残りがありまして」
振り向いてそう言った神裂は、やや子供じみた笑みを浮かべている。
純粋な喜びの感情を灯した目を見て、青年はほんの少し赤面した。
「……なんだか、嬉しそうですね?」
「えっ……そ、そうですか?」
青年に指摘され、神裂は困った顔をしてこちらも同様に赤面していた。
「少なくとも自分にはそのようンググッ!?」
「はいお前引き留めない。では、また会う日までー」
が、それ以上は続かない。
青年は背後から現れた建宮に捕まり、神裂の目の届かぬところまで引きずられていった。
(な、何するんですか教皇代理!?)
(それはこっちのセリフなのよ。女性のプライベートに踏み込まないことは紳士の基本、ひいては禁欲的な生活を主とする我ら天草式にて常識よな)
(へ……?)
(まあ俺がお前に言いたいのは要すれば一言なのよ。『空気読め』)
女心が分かる漢、建宮斎字。なのよ口調は伊達ではないのかもしれない。
数日後、神裂は日本の学園都市に潜入していた。
いや、いまさら彼女にとっては潜入と言うほどのことではなく、慣れ切った身としては遊びに行くのと変わりない……とまで言うのは大げさかもしれないが。
少なくとも、以前より気苦労なく街中に溶け込めるようになったのは確かだ。
「……」
学生寮のエレベーターに乗り込んだ神裂は、普段通りの階のボタンを押す。
他の階に用はない。あの少年は、この階のあの扉の向こうにしかいないから。
チン、という合図の音が到着を告げ、彼女は開かれたドアを抜ける。
(インデックスは……今日は友人にご馳走してもらうという話でしたね)
――近いうち、私も彼女の『親友』として、食べ放題の店に連れていってあげようか。
そんなことを考える頃には、とっくに目の前が目的の扉だ。
特に何の変哲も無いインターホンのボタンを押すと、やはり鳴り響くのは簡素な呼び鈴。
コツ、と僅かに扉から人の気配を感じると、少しだけドアの前から体を後退させる。
初めて『この目的で』来た頃は、緊張のあまりドアに近づきすぎて開いたソレにまともにぶつかってしまったこともあった。
最も、今ではたまに思い出される程度の、ちょっとした笑い話にすぎないが。
――ガチャ。
扉を開けたここの家主の少年は、神裂の姿を見て軽く微笑んでみせる。
確認の言葉を交わす必要はない。
腕をドアストッパー代わりにしたままの少年に、神裂は特に躊躇する様子も無く接近していく。
背の高い彼女が、少年の顎を持ち上げ――
「――ん」
覆いかぶさるようにキス。
同時に、少年は扉を押さえていた手を、神裂の背中へ回す。
キィ……と程々に錆びた蝶番が回り、独りでに扉は閉まった。
「ん……ぅ………ちゅ………当麻……っ、当麻…………」
二人の空間となったこの部屋で、玄関に立ったまま深い口付けは続く。
「ん……。相変わらず甘えん坊だな、火織は……」
唾液を交換する合間に、少年上条当麻は父親のように穏やかな声で囁きかける。
囁きながら、自分の背に合わせて体を屈めた彼女の頭を撫でていく。
「………くぅ……ん」
言葉とも喘ぎともつかない、子犬のような声がそのたびに彼女から滴るように溢れ始める。
「おいおい、そんなふうに鳴かれたら……俺ももたないぞ?」
困ったように笑いながら、上条は彼女の顔を自身の胸板にうずめてやる。
「……それとも、早く、ってか?」
抱き締めた頭から、僅かだがハッキリと頷く気配を感じる。
上条を抱き締める両腕も、ぎゅうう、と力が込められてきた。
肯定していると確信するには十分だ。
「そうかい。本当にHな……いけない子だ」
ほんの少しの意地悪を込めて囁く。その途端、彼女の体がビクリと震えた。
返事はなく、神裂は上条にしがみついたままで何も言わない。
上条は再び手を神裂の背に回しながら言う。
「おいで、火織……いけない子のお前に、お仕置きの時間だよ」
上条に先導されるまま、神裂は寝室のベッドに腰掛ける。
普段は家主ではなく、その同居人である少女の寝床であることも彼女は知っている。
『親友』である少女が寝返りをうつベッドの上で、これから淫らなことが始まる。
その事実を反芻すると、神裂は今更初めてのことでもないくせに、未だにソワソワと落ち着かない。
「さて……」
何やらゴソゴソと部屋の奥で作業していた上条が戻ってきた。
彼の右手には、鉛筆よりやや太いぐらいの長い紐が束ねてかけられている。
いや、よく見れば紐ではない。赤色に染まっているせいで分かりにくいが、これは頑丈に繊維が編み込まれた、真新しい縄だ。
「始めるぞ……いいな?」
悪戯っぽく笑いながら、上条は拒否されたことのない問いかけをする。
「……はい」
困ったような顔を赤く染めながら、それでも神裂は頷いた。
決して、渋々従っているわけではない。
むしろこのためにイギリスから戻ってきたようなものだ、拒む必要などどこにもないのだ。
上条はベッドの上に乗り上げ、神裂の背後に回る。
束ねて結ばれた縄を解き、その先端近くを摘んで、後ろから抱きすくめるような形で一本の縄を神裂の目の前へ横切らせる。
「手……後ろで組んで」
耳元で囁きかけると、彼女は律儀に言われた通りにした。
指示通りの体勢になったのを確認すると、上条は神裂の脇辺りの高さを起点としてゆっくりと縄を巻きつけていく。
だが、そのまま腰まで簀巻き状にするのは無理があるし、美しくない。理由は、鎖骨と腹筋の間で自重を知らない主張をする大きく柔らかな膨らみだ。
そこで、ある程度脇の高さで巻きつけた後は、その出っ張りを通り越したすぐ下から縛りを再開する。
「……んっ」
両手には忙しく準備をさせながらも、責めはとうに始まっている。
暖かな吐息が耳をくすぐったことで、神裂は僅かに体を震わせた。
「お前、初めての時と変わらないよな」
「な、何が……くっ!」
乳房の下にも粗方巻き終えると、上条は持ち手を強く引っ張って締める。布に隠れた二つの巨大な果実が、締め付けた縄に絞り出されるように大きく揺れた。
(よし、二の腕は固定したな……)
ここまででもある程度両腕の動きは封じられたが、まだまだ縄の長さは余っている。
「その反応が、だよ。いつ見ても初々しいよなあ」
肩に唇が触れそうなほどに顔を近づけて語りつつ、後ろに回された色白の両手首を並べるようにくっつけて固定。
乳房下に縛り付けたところから伸びる余った縄を、並べた両手首を束ねるように巻きつけていく。
雑な巻き方だと体を傷つける上ほどけやすくなる。故に、焦らず、斜めに重ならないように、常にピンと張りながら巻くのがコツだ。
「……っ、ふ……」
既に神裂の息は荒く、瞳も恍惚とした光を帯び始めている。
やがて手首が縄で覆われると、輪を作ってその端を通し、力を込めてギュッと結びつける。
「んあっ!」
急激な締め付けが胸を刺激したのか、神裂が大きな声をあげ、体を痙攣させた。
「まだだぞ、もう少し……」
しかし、上条はとくに驚くことなく着々と手を進めていた。もう一度、輪を作ったところに先端を通し、ギュッと引っ張って……。
「……よし」
上条の手が離れた。
その目の前には、両手を後ろ手に縛られ、ベッドに座らされた神裂火織。
この世で誰が見たこともないだろう、囚われの身となった聖人の姿だ。
「く、はっ……」
肺が若干圧迫されているためか、彼女の息づかいは苦しげである。
しかし、ただ苦しいだけではないということは上気した頬を見れば明らかだ。
苦しげな瞳は嗜虐心を、染まった頬は庇護欲を。矛盾した二つの感情を上条の中にゆらめかせる。
それら二つの感情が化学反応を起こして巻き起こす、生殖本能の衝動は並大抵ではなかった。
しかし、ここで理性のタガを外すのはつまらない。故に、上条は本能を押しとどめながら、
「今日は、このままヤるからな……」
拘束された女性を正面から抱き寄せ、唇を寄せる。
「はい……ん、ちゅぷ、くちゅっ…」
両腕を封じられた彼女は、上条に支えられるままにその口づけを受け入れる。
「じゅぷっ、ちゅ、ぴちゃ、じゅるるっ……」
「んく、むじゅるっ、れろっ……」
舌を絡ませ合う時、上条の中では徐々に嗜虐心が大きくなっていた。
その原因は、初めて出会った時、手も足も出ずコテンパンに打ちのめされたことにあるのかもしれない。
舌先で神裂の口腔を撫でつけながら、上条は引き締まった縄のせいでさらに激しい自己主張をしているそれに手を伸ばす。
手のひらが触れた瞬間、柔らかく、弾力もあるそれを鷲掴みにする。
「!? んぅっ! ん、んんっ!!」
神裂は口づけられながら戸惑ったように呻くが、抱き寄せられている上両腕を縛られていては目の前の少年を押しのけることもできない。
一方で、普段は屈強で真面目な彼女を思うままによがらせていることの征服感が、舌の動き、手の動きと上条の全てを駆り立てていく。
胸を揉みしだき、服越しにも分かるツンと立った突起を合間に撫でさする。
「っ、うぅ、むうぅぅ!!?」
深い口づけも終わってはいない。二カ所から同時に強く責められ、神裂は更に激しく身を捩り出した。
「――ぷはっ。硬いな……やっぱ縄解きたい?」
一旦唇を離すと、上条は囁きながら突起を執拗に指先を使っていじり始めた。
親指、人差し指、中指で挟み込むように、くすぐり、押し込み、摘み上げる。
「なあ、どうなんだよ」
「ふぁぁんっ……う、はっ」
返事できないことを承知の上で聞いている上条の行為は、誰が見ても意地悪だ。
しかし、神裂が喘ぎもがくのを見つめている黒い瞳は、親しみのこもった穏やかなもの。
何故か虐められ弄ばれているはずの彼女も、同じ穏やかさを宿した瞳を見せていた。