買い物袋を片手に、家のドアノブを捻る一人の少年。  
つんつんと黒髪を微妙に立たせ、少しだけ自分の容姿に気をつかったりするそんな年頃の少年が買い物袋を片手にしているというのも、些か妙な光景であろう。  
かといって、買い溜めしておくといつの間にか冷蔵庫や棚の食品がねこそぎ無くなったりしてるので、こうやって毎日その日食べる分だけ買ってこなければならないのだ。  
それも上条宅に寄生…もとい、居候している白衣の銀髪シスターのせいである。  
いや、まぁ、別に彼女と一緒に住んでいることに文句があるわけではない。  
バスタブの中で寝なければならないことはこの際脇に置いておくとして。  
とんでもない事件に巻き込まれたりもするが、それでも誰か他人が不幸になるより何倍もマシだ。  
ただ、バスルームに篭りきらないと取り返しのつかないような暴挙(上条的主観)に出そうだったり、出させられそうだったり、暴走しちゃったりと、何かを納めなければならなくなりそうで、怖い。  
何が怖いかはさておき。  
可能な限りあの暴食をコントロールすること、それが仕送りだけで二人(と一匹)暮しをするための工夫だったりする。  
 
さて、買ってきた食材を冷蔵庫に収め(またしてもインデックスは出掛けていた。いったいどこにいるのやら)、何をしようかと考えた瞬間、  
「…あ、そうだ」  
昼時に捻ったあれのことを思い出した。  
鞄を手繰り寄せ、カプセルを取り出すと鞄を無造作に放る。  
ガチャっと音をたてて落ちる鞄からさっさと意識をカプセルに移した少年は、ぱかりとそれを開いた。  
中に入っていたのはシリーズのフィギュアを絵付きで羅列した紙と、薄いビニールに包まれたバラバラのパーツ。  
一先ず紙を眺めるのは後回しにして、早速組立にかかった。  
ビニールを破り、パーツを並べる。  
頭、右腕、左腕、上半身、下半身、衣服。  
簡単にパーツを言い表すのならこんな具合だろう。  
まず服に右腕を通し、次に上半身。こうしないと右腕がはまらないのだ。  
左腕をはめ込んだら頭と下半身をそれぞれくっつける。  
元々パーツ数も多くなく、シンプルな造りだったのであっという間に組立完了だ。  
何気なく、そのフィギュアをテーブルに立ててみた。  
バランスもしっかりと考えられているのか、台座も無くすんなりテーブルの上に屹立する、どこか見覚えの少女。  
デフォルメされているのか、全体的に小さい気がする。  
下手をすれば小学生に見えかねない桃色ショートカットの少女に再び激しい既視感を感じた。  
何だか、つい最近このフィギュアにそっくりな女性を見たことがある気がする。  
あくまで少女ではなく女性。外見的には少女で差し支えないが、年齢的にははっきり言ってかなりの問題がある。  
魔法少女を名乗れるのは19歳までだ。  
ともかく、目の前に立つフィギュアが、どことなく、  
「小萌、せんせい?」  
少年の担任である月詠小萌にそっくりだったのだ。  
 
ラフな恰好。  
そういわれれば確かにそうなのだが、どうみても少女の『衣服』に異常がある。  
 
いや、異常…異常なのか?  
 
ぱっと見、白いワンピースに見えなくもない。  
ただ、首周りはやけに広がっていて、右肩に乗っているはずの服がずり落ちている。  
典型的な白いワンピースの様に袖が落とされていないその様は、女物の服というよりもむしろ普通のTシャツに見えるのだ。  
ひどくシンプルで、他人の目を一切気にしないでいれる場所にいるような、はっきり言えば部屋着のようなイメージ。  
プライベートなワンシーン、といったところか。  
当然、組み上げている最中はモロで見えていたアレは、微妙に絶妙なラインできちっと見えない。  
で、そんなものを凝視していたら、なんというか、イケない妄想が、こう、じんわりと…。  
 
いや、フィギュアを見て欲情したわけでは決してない…ないぞ!  
 
フィギュアが動いたり、魔法をぶっ放したり、妄想を具現化する魔法式を部屋に書き込まれて精液を要求されるような事態にならない限り、欲情なんかしないもん、とアピールしたい気分だ。  
 
小萌先生に似てるから妄想が止まらないんだ!  
 
そんなことを思いつつ、しっかりと小萌先生のあられもない姿を妄想するあたり、如何なものかとは思うが。  
 
その日の夜。  
皆が寝静まった夜半過ぎ。  
上条宅に住まう一匹の猫は、不可思議な光景を眺めていた。  
本来なら真っ暗な部屋に、やわらかく瞬くわずかな光。それは上条の組み上げたフィギュアから放たれているようだ。  
 
ゆっくりと明滅を繰り返す青白い光に疑問を持ったのか、スフィンクスは音もなくフィギュアの置いてある棚に飛び乗ると、そっと前足を伸ばした。  
が、  
 
バチッ…。  
 
触れるか触れないかギリギリの場所で、見えない何かに弾かれるスフィンクスの前足。  
思わぬ衝撃に、びくり、跳びはねるように後ずさると、一度も振り向かずに飼い主の元へ走った。  
流れるような動きで銀髪少女の枕付近に着地。  
ぐいぐいと頬を押して覚醒を促すが、少女が目を覚ますようなそぶりはない。  
もう一人の方へは、物理的な障害があり、向かうことは不可能。  
暫くキョロキョロと逡巡した後、くるんとインデックスの側で丸まった。  
その瞳はじーっと、淡い燐光を放つフィギュアを見つめながら。  
 
 
最近珍しくも無くなった補習の帰り。  
朝からしとしとと降り続けていた雨は、ことここに至りいきなりその勢いを増した。  
気にかけるほどじゃなかった雨量にタカをくくっていた上条は、下駄箱の前に立ってようやくその浅慮を嘆くことになる。  
 
大雨。  
 
嵐というには些か静かだが、ただの雨にしては激しい。  
「どーすっかなぁ…」  
軽く頭を掻きながら唸る%8  
 
こういう場合の対処方なんて、濡れるのに構わず鞄を頭に乗せて家まで突っ走るか雨が大人しくなるまで待つことぐらいしかないだろう。  
しかしまぁ、出来ることならば極力濡れることは避けたいと思うのが人間である。  
ならば雨が止むまで時間を潰せばいいのだが、そんなこともいってられない。  
家に帰れば暴食シスターが牙もあらわに待っているかと思うと、雨の中を猛然と走って帰るなんて選択肢も考えてしまいそうだ。  
むしろそうしなかった後が怖い。  
でも、濡れるのは嫌だなぁ。  
そんな具合に、なかなか踏ん切りがつかず躊躇っていると、  
「…傘、忘れたのですか?」  
背中にかけられる幼い声。  
聞き馴染んだ声に振り返れば、そこにいるのは実用的な黒くて大きい傘(彼女が使うには些かゴツ過ぎる気もするが)を片手に立つ月詠小萌がいた。  
ずばり言われて少しだけ恥ずかしそうに、  
「まぁ…見ての通り…」  
ぽつりと答える上条。  
外は雨。  
それで下駄箱に立ち尽くしている理由なんて一つくらいのものだ。  
その少年の恥ずかしげで困ったような苦笑に、  
「じゃあ、一緒に帰りましょうか」  
にっこりと嬉しそうな笑顔を向けた小萌。  
並のロリコンならまず間違いなく一撃でノックアウトさせらるほど、素敵な笑顔で。  
「……はい?」  
数瞬の間、思考が止まった。  
「はい、この中にはいってくださいねー」  
少年が思考停止状態にあるのをいいことに(?)、ばさっ、と傘を広げるとそれを掲げる。  
が、  
「あたっ!?」  
よくよく考えてみればわかることだが、上条と小萌の間にはかなりの身長差がある。  
当然のことながら、ナチュラルに小萌が傘をさした場合、その骨が上条に突き刺さることになるのは想像に難くない。  
そして案の定さっくり刺さる傘の骨。  
「わぁあ!? だっ、大丈夫ですか上条ちゃん!」  
刺さった場所を押さえうずくまる上条少年に、傘を放り出してわたわたと慌てる小萌先生。  
普段の彼女なら、こんな凡ミスを起こすことなどありえないのだが。  
「大丈夫です…」  
まるで大怪我をした人に対しるような心配っぷりに、上条は思わず苦笑を浮かべてしまった。  
何を浮かれているのか知らないが、それよりもまず聞かねばならないことがある。  
「…ところで、どうしてまた俺と一緒に帰るなんて言い出したんですか?」  
問われた小萌は、  
「傘が無くて困ってたんですよね。ここからなら私のお家が近いのでそこで傘を貸してあげようかと思って」  
そもそも困っている生徒を助けることが当たり前な彼女にとって、この行為はごくごく自然なものなのだ。  
他意が無いかといえば、正直なところあったりもするが。  
「………む…」  
小萌の言にも一理ある。  
傘を借りるくらいならさほど問題は無いだろう。  
多少なりと遠回りにならざるを得ないが、小降りになるまで待つよりも効率的だ。  
二人仲良く相合い傘という恥ずかしさ満点な弱点を除けば。  
悩む。  
濡れることと、頭をかじられることと、相合い傘で帰ることが脳内で攻めぎ合う。  
表情には出さずに悩みながら、ちらりと小萌に視線を向けると、  
「………?」  
どうしたんですか? 早く行きましょう、と言わんばかりの可愛らしい笑みが待ち構えていた。  
そんな笑顔を向けられて何時まで悩んでいられるだろうか。  
がっくりうなだれると、  
「小萌先生、傘、俺が持ちますよ」  
さっきの二の舞はごめんだ。  
「…はい…」  
小萌も上条の言わんとしていることを察したのか、頬をほんのり朱色に染めながら、こくりと頷き傘を差し出した。  
 
 
ばらばらと傘に当たって弾ける雨の音を聞きながら、上条と小萌の二人は小萌の部屋を目指して歩いていた。  
 
傘本来の持ち主である彼女を気遣って、彼女が濡れないよう傘を寄せている。  
そのため上条の肩は傘から微妙にはみ出る形となり、すっかりびしょ濡れだ。  
それでも雨の中歩いて帰ることを考えれば、腕一本で済んだことは上出来と言えよう。  
「上条ちゃん、結局濡れちゃってるじゃないですか…」  
呆れたように呟く小萌。  
再三に渡り小萌は『もっと上条ちゃんの方に寄せて下さい』といったのだが上条は決して首を縦には振らず、  
「このくらいどってことないです」  
の一点張り。  
小萌が呆れたように呟くのも頷ける。  
結局、上条少年を何とかするのは諦め、出来得る限り少年に密着することで対処した。  
まあ、それが問題といえば問題だったりもするが。  
何せ今、妄想をネタに自家発電に勤しんだ女性と体を密着させている状態なのだ。  
気まずいわ恥ずかしいわどきどきするわで、まともな思考が維持していられない。  
だからさっきから返事が『どってことないです』の一辺倒なのだ。  
ただ、あの台詞には自分を戒める意味も含まれていたりもする。  
どってことないから大丈夫だ、自分は意識なんてしてないない、と。  
意識しないようにと思っている段階でしっかり意識しているのだが、今の上条少年に気付くだけの余裕はない。  
とりあえず意識を他方へぶっ飛ばし、何とか平静を装っていたのだが、  
「…おっと…」  
突然、酷い風が二人を襲った。  
「あ、ありがとうございます」  
傘を動かして小萌を雨から守る。その際、雨を被ったのだが、いまさら少しばかり濡れたところで差異は無い。  
一先ず安心してひょいと傘を持ち上げた瞬間、  
「ひゃわぁ!?」  
「うぉお!?」  
二人の横を車が猛スピードで走り抜けた。  
そして弾ける大量の泥水。  
運悪く水溜まりの横を通ろうとしたのと合わさって、始めから傘をさしていた意味が無いぐらい、二人してびしょ濡れになってしまったのでした。  
 
 
「さ、上がってください」  
その後の押し問答(このまま帰るか帰らないかの)の末、結局小萌先生の部屋まで入ってしまうことになった少年。  
被った水が泥水で全身汚れまくりだったのもあり、服を洗って乾かしているついでにお風呂までいただくことになった。  
ただ、  
「ごめんなさいですー。ちょーっと散らかってますけど気にしないでくださいね」  
言わずもがな、ちょっと、等という生易しいレベルではないことに読者諸氏はもちろん同意していただけることであろう。  
 
何というか、カオスの限界を全力全開手加減無しで全速前進したらこうなりそうな感じだ。  
着替えとかお風呂とか以前に、まず片付けから入る必要がある気がする。  
とりあえずの処置として必要最低限使えるだけのスペースを確保した二人は、  
「小萌先生からどうぞ」  
「上条ちゃんから先に」  
意図せず綺麗にハモってしまった。  
ぴたり、と動きを止めた二人。  
きっちり三秒固まった後、互いに顔を見合わせ、  
「だから小萌先生が」  
「ですから上条ちゃんが」  
またしてもハモる。  
考えるまでも無いが、互いに譲る気が無いようだ。  
かたやびしょ濡れ泥だらけの生徒を差し置いて行動するなんて選択肢は頭の中に存在せず、かたや寒そうに震えている人をほったらかしにしておくことなんて出来るはずもなく。  
いつまでも言い争いを続けることこそ、時間の無駄ということにこの二人は気付かないのだろうか。  
そのまま会話は平行線を辿る、  
「だぁーっ、もうわかりましたよ」  
かに見えたのだが、  
「はぁ、はぁ…ようやく折れてくれましたかー」  
「一緒に入りましょう」  
上条ちゃんの答えは、何と言うかぶっ飛びまくっていた。  
 
 
まぁ、当然のことながら小萌先生は恥ずかしがって拒否しようとしたが、  
 
「俺が先に折れたんですから、今度は先生が折れてください」  
とは上条少年の言。  
交換条件の様に言われ、悩む小萌。  
しかし、このままでは二の舞どころか三の舞まで舞わねばならなくなってしまう。  
譲れないこともあるが、そんなことを言っていたらいつまで経ってもお話は進まないのである。  
「……………わかりましたよぅ…」  
渋々ながら頷いた小萌は、  
「それならそうで早くしましょう。なんだかんだであれから結構時間が経っちゃいましたから」  
ちゃっちゃと思考を切り替え、体を温めることを最優先事項に据えた。  
ちょっぴり涙目だったりするのはヒミツだ。  
何故か二人で脱衣所まで行き、二人ほぼ同時に服を脱ぎ始める。  
「先生、服はどうしたら?」  
学ランの上を脱ぎ去り、それを片手に小萌に問う。  
「そっちの洗濯機に入れてくださいー。まとめて洗濯しちゃいますから」  
振り向こうとして何だか可愛らしいピンク色の布が見えた気がして思わずぎゅいんと首を強引に違う方へ向け直した。  
一緒に入ろうといった割に何とも情けないことである。  
いや、まぁ、仕方の無いことかもしれないが。  
「上条ちゃん?」  
学ランの上着、ワイシャツと脱ぎ終わったところで小萌が上条に声をかけた。  
「……まだ、脱ぎ終わらないんですか…?」  
問われ振り向いた瞬間、  
「もう少」  
言葉を紡ぐことを忘れてしまった。  
「どうかしましたか?」  
大きめなバスタオルで体を隠した幼女(危険だ。犯罪の香りがする)がそこにいたのだ。  
淡い青色のタオルは彼女の身体をしっかりと隠している。  
大きめなといったが、小萌にとってこのタオルは大きすぎるらしい。膝下まで伸びたそれはさながらスカートのようだ。  
きっちりと防御されているように見えて、ただ一つ、その格好には欠点があった。  
歩み寄ろうとして出した左足がタオルの繋ぎ目のスリットから現れなければ完璧だったのに。  
思わず鼻の頭を押さえた。  
多分、普通なら横に使うタオルを縦にしているのだろう。小萌のウエストやらのサイズから考えて横でも問題無いというか、むしろその方がよかったと思われる。  
何せ、かなりギリギリ、際どいところまで足があらわになっているのだ。  
というか腰まで見えている。  
たったこれだけのことなのだが、つい先程も言った通り自家発電のネタにした女性の肌が目の前にあったりしたら、下半身のアレが元気になりすぎてしまう。  
ズボンと下着を脱ぐに脱げずにいると、  
「………?」  
小首を傾げ『どうしました?』と言いたげな小萌の視線にまたしてもぶつかる。  
「…あの…そうやって見られてるとすごく脱ぎづらいんですけど…?」  
半分はそう思っている。  
本心は別のところにあるのだが。  
「ぁ…あぁっ! そっ、そうですね! それじゃあ先生は先に入ってますー」  
言われて初めて気がついたのか、あっという間にバスルームに飛び込んでいった小萌。  
「はぁ…」  
その後ろ姿を見送り、上条は大きな溜め息を吐いた。  
なんか色々と大丈夫なのだろうかと。  
そう、例えば理性とか理性とか理性とか。  
素晴らしくダメな気がして来た上条さんでした。  
 
 
昔の人はこんな諺を残している。  
 
泣きっ面に蜂。  
 
詳しいことはググったりしていただけると説明が省けるので有り難い。  
 
さて、何故急にこんなことを言い出したのかと言うと、  
「上条ちゃん、重くないですか?」  
「問題アリマセンデス、ハイ」  
今まさに上条少年がその諺を、身を以て味わっている最中だからだ(もしかしたら多少解釈の仕方が違うかもしれないが)。  
どういうことかというと、こんな感じ。  
 
泣きっ面に(全裸の小萌先生が)蜂(ピッタリ密着して膝の上)。  
 
これが恋人同士だったりしたらなんの問題も無いのだが、さすがに先生、それも恋人ですら無い人とこの状態で取れる行動は『我慢』の一手だろう。  
ただ、健全な男子高校生がこの状況で我慢を強いられるのはツライ。  
何度も言うが、自己発電のネタに利用させてもらった人が目の前に全裸で居るのだ。  
ぶっちゃけ妄想が現実になっているようなものである。  
その上、小萌は自分が上に乗っかっていて迷惑なのではと(自制中の生返事ではそう感じても致し方あるまい)ちらちら上条の方に振り向いてくるのだ。  
そのたびにコーラルピンクのアレが目に入ってくるので、正直暴走しそうだったりする。  
何が、とは聞かないであげてほしい。  
素数をカウントすることで何とかおっきしないように努力しているのだから。  
「…あの…、上条ちゃん、もしかしなくても私、上条ちゃんに迷惑かけてます?」  
2713まで数えたところで、変化が起きた。  
少年にとってある意味で都合が悪く、ある意味で幸せな変化が。  
小萌がとうとう耐え切れなくなったのか、完全に振り向く形で上条と真っ正面から向き合ったのだ。  
「う゛っ!?」  
思わず首の構造限界の速度と動きで上を向こうとしたのだが、  
「どこ向こうとしてるんですかっ! ちゃんと先生の顔を見て答えてください!」  
小萌の細腕からは考えられないような力で頭を固定されてしまった。  
がっちりと押さえ込み、答えるまで離しません、と言わんばかりだ。  
そうしてもらっているおかげでなんとかおっきは免れたが、今度は罪悪感が込み上げて来た。  
「…別に…迷惑って訳じゃ…」  
目尻に涙を滲ませた幼女が目の前にいて、涙を滲ませている原因が自分なら、罪悪感の一つも覚えるだろう。  
いや、覚えなければ人として駄目だ。ロリコン云々はさておくとして。  
「じゃあ何でさっきから返答がおんなじものばかりなんですか?」  
「いや、それは…俺が悪いというか…生理現象というかなんというか…先生のせいじゃないことは確かだ! …けど…」  
むーっ、と唸る小萌。  
しどろもどろになりつつも上条は答えてみせる。  
だが、小萌は質問の勢いを衰えさせない。  
「けど? けど、なんですか?」  
そうやって面と向かって聞かれても困る。  
というか小萌は気付かないのだろうか。  
大分熱くなっているから、そこまで意識が回らないのだろう。  
「だから!」  
いつまでも悩んでいたって仕方ない。引かれたならそれまでだ。  
腹を括った上条が声をあげた。  
「先生の裸が気になって、意識しちゃって落ち着かないんだ! 一緒に入ろうって言い出したのは俺だけどさ…」  
が、徐々に言葉が小さくなっていく。  
小萌は驚いたような顔をしていた。  
 
それはまぁ、そうだろう。  
いつの間にか拘束の手も外れていたらしい。  
「…………」  
小萌の顔を直視できない。最初からそうではあったが。  
未だ膝の上にいる小萌のせいで風呂から上がるに上がれない少年。  
そんな上条の状態を知ってか知らずか、  
「上条ちゃんは…女の子と一緒にお風呂に入ることに慣れてるんじゃ無いんですか?」  
呆然とした表情でとんでもないことをおっしゃった。  
「はいぃ!? っつかそっち!? 驚いてたのそっちかよ!?」  
絶叫する上条に落ち着いた目で小萌は、  
「あれだけ女の子に囲まれているんだから一回や二回はあったんじゃないかなー、と」  
とんでもないことばかり言う幼女は、何やら盛大な勘違いをしてるんじゃないかと上条は考えた。  
「ありませんってば! 一緒にお風呂なんて! それに、囲まれてるだけで俺のことが好きな奴なんていないですよ…」  
言ってて虚しくなってきた。  
心の中で馬鹿でかいため息を吐いた後、二の句を接ごうとして、  
「少なくともここに一人…上条ちゃんのことが大好きな女の子がいるんですけど…」  
接げなくなった。  
「……はい?」  
頬に手を当て恥ずかしげに上条を見つめる小萌。  
上条はブレーカーが落ちたかのように動かない。  
「もぅ、何度も言わせないでくださいよぅ…」  
なんかもぢもぢしてる。  
指でデコを突いてきた。  
「私は上条ちゃんのことが好きなんです…」  
もう一度言われ、衝撃で復活した。  
そして言葉を咀嚼し、起きたての頭で考える。  
はっきり言えば有り得ない。自分が立ててきたフラグは駄フラグばかりだったはずだ。  
いきなりこんなイベントが起こる可能性なんてゼロに近いはず。  
なら先生が俺をからかっているということか?  
いや、それも違う。  
先生は冗談であんなことを言う人間ではない。  
それは自分自身よくわかっていることだ。  
では一体?  
そこまで悩んである答えにたどり着く。  
そういえばその可能性もあったな、と。  
その答えとは、  
「もしかして、生徒として好きってオチ…?」  
殴られた。  
「バカバカバカ! 上条ちゃんの鈍感! にぶちん! 朴念仁!」  
ぽかぽかぽか。  
高さ的に胸板しか叩けないらしい。  
それでもまぁ、上条自身出した答えが間違っていたということは理解出来たが。  
「…そーゆーのって、普通教師の方が『先生と生徒だから』って止めませんか?」  
至極当然というか、まぁ正論であろう。  
物語的流れ云々はさておくとしても、倫理とか外聞とかいろいろと問題もあるはずだ。  
例えば、エロゲの如く教師の方から肉体関係を迫って来たら話は別なのかも知れないが。  
「でもでも、節度あるお付き合いなら問題ないと思うんですよー?」  
小萌の場合、そんなことは限りなく零だ。そもそも見た目的に問題がある。  
「節度、ねぇ…」  
「そうです」  
それが守られていないから問題になっているのではなかろうか。  
「とりあえず話をまとめさせてください…」  
小萌の少しズレたような言動に違和感を感じたが、そんな小さなことよりもこちらを解決しなければ。  
「…つまり…先生は俺のことが好き…それも生徒として好きなんじゃなくて、一人の男の子として好きだ、と」  
「はいです…」  
耳まで真っ赤にして俯きながら答える小萌。  
正直なところ、俯かれると困るのだが。  
だって見えちゃうもの。  
「…むぅ…」  
見えちゃうのはともかくとして(見えていいわけではなく気にしていたら話が進まないからである)、上条当麻は唸らずにはいられなかった。  
 
はっきり言えば小萌に好意らしきものは持っている。  
だが、それは何と言うか、女教師への憧れというか、年上に見えないからこその親しみ易さというか、そんな感じのものだと思う。  
それは、やっぱり恋愛感情とは違う気がする。  
ただ、上条少年は鈍いうえに恋愛経験など皆無に等しい。  
というか恋愛と親愛の違いがわからないのだ。  
境界が、という以前に、その線がはっきりしていないのだから困る。  
空を(というか天井を)仰ぎながら頭を掻く上条。  
「先生」  
「は、はいっ!」  
ぽつりと呟くような少年の呼び掛けに、過剰な反応を見せる小萌。  
それも致し方の無いことか。  
教師とは言え一人の女の子であることには変わりない。告白したせいで無言になられてはその裁定が気になってしょうがないことだろう。  
上条のそれは、小萌の予想とは違ったのだが。  
 
「親愛と恋愛の違いってどこにあるんだ?」  
 
「…親愛と恋愛の違い、ですか…」  
一瞬、浴槽の中でコケそうになった。  
拍子抜けというかなんというか…だが、上条の表情は真剣そのもので。  
「うーん…難しい問題ですねー…」  
少しだけ、いつも教師をやっている彼女の顔になる。  
「上条ちゃんの言わんとしている『親愛』は、お友達や家族に対する愛情のことであってます?」  
こくりと頷く少年。  
「それで、『恋愛』は…」  
続けようとして詰まった。恋愛というものについてどう解釈すべきか。  
この確認はそのために行っているのだが、実は大きな問題がある。  
当然のことながら、恋愛観というものは人それぞれ違うもの。  
似ていることもあるだろうが全く同じという可能性は無きに等しい。  
自覚を促すにしても、それは幾分か小萌の主観に因る話になるだろう。  
そのことについて悪いと思っているわけではないのだが、それとこれとは話が別だ。  
今悩んでいるのは親愛と恋愛の違いというものをいかにして上条当麻に教えるか、である。  
ひとしきり頭を悩ませた後、  
「恋愛は異性間による愛情の形でいいですか?」  
「ああ、そうだけど…異性間っていうとそれは母親とかも含まれるよな?」  
返された答えに少し詰まる。  
「えっと…恋愛というのはですね、異性間の親愛の最上級であり、そして通過点でもあります」  
ぴんと小さな指を立てながら説明を再開する。  
「男の子の初恋は大多数がお母さん相手なんです。女の子の場合はお父さんですねー」  
ここまではいいですかー、と小首を傾げて見せる。  
「一応」  
頷いた上条に、では、とそういって小萌は話を続ける。  
「あくまで統計というか、そういった類のものなので確証として話すことは出来ませんが。この話はさておき」  
上条の膝の上での座り方を直す。  
「好き、が愛してる、になって最終的には結婚に到りますよね?」  
またしてもこくり、と上条は頭を縦に振る。  
「これが最上級という意味です」  
言い終わると小萌は、ぴっ、と指をもう一本立てて今度は二本にした。  
「次に通過点の方ですが、人間、恋をしたらそこで終わるわけじゃないのはわかりますよね」  
また指を一本に戻し、  
「恋をして、それが愛に変わり、いずれは家族になる」  
要は、と続ける。  
「恋愛の先にあるのが結婚という訳です。ちょっと強引な持って行き方かも知れないですけど…」  
ちゃぷんと小さな水音が浴室に響いた。  
これで終わりとばかりに小萌が自身の膝に手を置いたからだ。  
 
上条は、若干眉根を寄せながら考え始めた。  
話を聞く限りでは、どちらもあまり大きな違いがないような気がする。  
ただ、小萌の言わんとすることが理解できない訳では無い。  
親愛と恋愛の境界線。  
それだけで考えるなら、小萌の問いに対する答えはNOだ。  
しかし、  
「………」  
何と言うか、それだけで済ませたくない…そんな気持ちに気付いてしまった。  
言われるまで、境界線云々を意識するまで気付くことも出来ないほど小さな小さなモノだったのだが。  
 
健気で、真面目で、一生懸命な人。  
 
生徒達のことを何よりも大切に想っている人。  
 
子供っぽくて部屋はあれだけど、しっかり大人な人。  
 
自分の『能力』や過去を知ってなお、普通に接してくれる人。  
 
一緒にいると楽しい人。  
 
考えてみればみるほど小萌と一緒にいた時のことを想い出してしまう。  
思えば、以外と二人っきりでいた時間も多かった気がする。  
主に補習関連で、だが。  
勉強自体あまり得意な方ではない上に補習を受けさせられるのが『超能力』に関することではどうしようもない。  
それでも今までやって来れたのは馬鹿騒ぎ出来るクラスメートと、小萌先生のおかげだったと思っている。  
ここまで悩んで、でも答えは出ない。  
なら、素直に今思っていることを彼女に伝えよう。  
「……小萌先生…あの…俺、さ…」  
言葉と共に、小萌を見つめる上条。  
「考えても悩んでも…好きとか愛してるとかわかんないんだよ…」  
それを聞いて、わずかばかり小萌は表情を暗くした。  
ある意味拒絶にも取れる言葉だったからだ。  
だが、  
「だから、俺が今の気持ち、今思ってることを話すから」  
上条を小萌の予想斜め上をいった。  
「聞いて欲しいんだ」  
 
 
はじめは…あの人と一緒にいると退屈しないな、ぐらいにしか思っていなかった。  
いつも無邪気っていうか子供っぽいけど、それでいて何事にも一生懸命で…見てて飽きない人だなぁ、ってさ。  
姫神の面倒を見てくれてた時も、大覇星祭の時だって全然学校とか関係ないインデックスの世話を焼いてくれたりして、実は結構感謝してたんだ。  
周りにいた女の子の中で、いろいろな意味で一番安心出来るのが小萌先生だったんだよ。  
気になるって言うか…気を許せるっていう表現がしっくりくるんじゃないかと思う。  
つまり…先生と一緒にいたい…。  
……うん、多分そうだ。  
俺は、小萌先生と一緒にいたい。  
小萌先生に、一緒にいてほしい。  
 
これが好きだって気持ちなら…俺、上条当麻は月詠小萌のことが、一人の女性として…好きです。  
 
 
 
「…上条ちゃん…っ…ふ、ふふ…っく…嬉しいですよぅ…嬉しいです…」  
何を憚ることも無く小萌は泣いた。  
ぐしぐしとまるで子供のように涙を拭い、笑おうとする。  
だが、微妙に感情の制御が効かなくなっている彼女はどうしても泣き止むことが出来ない。  
「うぇ!? ちょ、小萌先生!?」  
 
そして、当然の如く目の前で女の子に泣かれた上条少年は狼狽えまくっている訳で。  
いい加減、風呂から上がらないとのぼせるような気がする。  
「と、とりあえず風呂から上がりましょうね! 先生から!」  
まだ大袈裟な動作で涙を拭い続ける小萌。  
このままではいろいろと問題が発生するだろうことは容易に想像がつく。  
それに、こうでもしないとまた話が進まなくなるのである。  
「…っぐず…ぁい…わかりました…ずず…上条ちゃんはゆっくり浸かってくるんですよ…」  
ようやく小萌が動いた。  
鼻を啜りながら、何とも間抜けな様相だがそれすらどこと無く可愛く見えてしまうのだから不思議だ。  
なんかもういろいろと無防備になっている小萌から視線を逸らし、彼女が風呂場から退室したことを確認すると、上条は盛大なため息を吐いた。  
「はぁ…」  
緊張の糸が切れたから、というのが妥当か。  
股にぶら下がっているアレがすっかり猛り狂っていたが、誰も見ていないのだから気にする必要もないだろう。  
まぁ、落ち着くまで風呂場に閉じこもっていなければならないが。  
「…好きだって、言っちまった…なぁ…」  
そして股間の猛りよりも問題なのがこちらだ。  
別にそのことに関して後悔しているわけではない。  
むしろ喜ばしいことだろう。  
あの鈍感な上条が自身の気持ちに気付けたことは僥倖といえる。  
「…これから先どうすんのかな、小萌先生…」  
流れから鑑みて、これから二人は付き合うことになるだろう。  
だが、世間一般から見れば上条と小萌の関係は彼女彼氏以前に生徒と教師だ。  
わかっているとは言っていたものの、実際のところどうするつもりなのか上条には皆目検討もつかない。  
この学園都市が無駄に広いとはいえ、二人で遊べる場所…さらに言えばデートとして出向ける場所はかなり限定されてくる。  
そうなれば見つかる危険性も増えてしまう。  
湯舟に肩まで浸かりながら天井を仰ぎ、黙考する上条。  
かといって、すぐに答えが出るわけもなく。  
気が付けば息子さんもすっかり大人しくなっていたので上がることにしたのだった。  
 

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