薄暗い裏路地に、漂う少しだけ湿ったような空気を感じながら、少年は一人、そこに佇んでいた。
時は正午をわずかに回った頃。
表の通りでは、今頃昼食を求めて学生達が徘徊していることだろう。
そんな、学生にとってそれなりに重要な時間を割いてまで少年がここを訪れたのには、もちろん意味がある。
それは、土御門と青髪ピアスの二人と喋っていたときのこと。
土御門が思い出したように言った台詞。
なんでも、土御門の話では、
『何だか見たこともないんだが、どこと無く見覚えがあるようなキャラのガチャがそこにあるらしいんだぜい』
とのことである。
そんな、どーでもいいような何気ない会話に何故ここまで興味を引かれたのか、多分本人ですら答えられないだろう。
かくして、そのガチャポンの前に立った上条少年は、財布から百円硬貨を取り出し、あぁこれだけあれば夕飯に一品おかずが増えるんだろうな、とか少しだけ所帯じみた躊躇いを覚えながら、それを投入口に入れた。
後は何と言おうとハンドルを回るところまで回し切るのみである。
がちゃこ。
お決まりの、いかにもな音を立てながら落ちる上部が透明なカプセル。
それを若干のドキドキと、無駄遣いしたかなーという後悔と一緒に掴む少年。
ポケットに入れたままでは面倒だ、とそう思ったのか、カプセルは無造作に鞄に放り込まれた。
中身は確認しなかった。どのみちいくらでも見る機会はあるのだ、焦る必要もないだろう。
改めて鞄を掴み直した上条は、
「…ん、ッ…」
ぐい、と伸びをして裏路地を後にした。
諸所の疑問はこの際捨て置く。
何であんな暗い裏路地にガチャポンがあったのかとか、金も無いのにわざわざ上条があれをやりに出向いてきたのかとか、涌いて出るものもあるだろうが、気にするな。
所詮世の中ご都合主義なのである。
某カードゲーム漫画では狙ったようにカードの応酬が見れるは、某少年が不思議な力を消す右手でもってガチバトルしまくるラノベの主人公が有り得ないほどモテまくるは、かっこよかったり綺麗な人ばかりが主人公の周りにだけ集まるは、そんなものばかりである。
それで、何故こんな意味もないような長ったらしい前フリをしたかというと、上条少年が回したあのガチャも、『その手』のものだった、と言いたいために外ならない。
他者の精神に干渉し、使用者の妄想に沿う形でそれを具現化してしまう、驚異の大魔術。
あくまで干渉が及ぶのは『妄想』で描かれた『現実』にいる少女のみであり、二次元の彼方から美少女が具現するわけではない。
それに、干渉といっても性的興奮を高めたり、理性のタガを外したりと、直接的に精神操作をするわけではなく、そうなるようにお膳立てされている、とイメージするのが正しいだろう。
ただしその拘束力は異常で、末端となっているフィギュアが組み上げられて存在しているかぎり続くし、一度バラして組み直し、再度妄想することで前回の『設定』をリセットすることも可能だ。
ほら、言わんこっちゃない。
こんなもの、社会人に片足突っ込んだ人間がする妄想なものか。
性に飢えた中学生レベルだ。
いや、自虐はこの程度にしよう。
この魔術、実のところ上条少年の右手では破壊し切ることが出来ない。
末端が受信し、一度実行に移した『妄想』は、ガチャポンの台を中継に本体へと送信される。
意図的にフィギュアをバラしたのではない場合、失われた情報をバックアップとして取っておく仕組みだ。
組み上げられてすぐに情報は保存され、以後本体に被害が及ばぬ様、中継地点という関を設けて破壊を防ぐ。
中継地点も基本として単独稼動はせず、あくまで中継の役割しかないので、中継地点を一つ破壊したところで、意味はない。
フィギュア本体は、地味にイノケンやドラゴンブレスと似た性質を持っているので、余程のことが無い限り組み込まれたシステムが完全に破壊されるはないのだ。
で、ここまで長々と魔術の説明をして何が言いたいかと、そろそろ気になってきたのではないだろうか。
あ、そんなことはない。
そう言わずに聞くといい。
そんな厄介な代物を、あの上条当麻が手に入れた。
そうなればトラブルが起きるのは必定。
なんだかんだで性欲を持て余している少年の妄想が具現することのなんと恐ろしいことか。
これは、そんな上条少年の妄想が現実になってしまった、ちょっとえっちな物語である。