なんと言って良いのか、とにかくそれはおかしな連中なのだった。  
 近道をしようと、人通りの無い路地に踏み込んだ御坂美琴を突然取り囲んだその男たちを――ど  
う、表現しろというのだろう。  
 思わず、カメラを探してしまったほどだ。そうしてきょろきょろと周りを見回す美琴に、男たちのひと  
りが乱暴に声を投げつける。  
「大人しくしたほうがいい、そうすれば乱暴はしない」  
 そう男が言う間にも、手下らしい連中が囲みの輪を縮める。しかし、美琴はシリアスな感覚を持つ  
ことがまったくできないのだった。なにしろ、美琴を囲む連中は、  
 
 毒ガエルみたいな毒々しい縞模様の全身タイツと覆面。  
 馬鹿みたいに大きなバックルのベルトにはサソリとヘビのシンボルマーク。  
 
「そう、いい子じゃないか。なにしろ君は上条当麻への切り札だ。傷つけるようなことはしたくないの  
でね」  
 今しゃべった、この集団のリーダー風の男は、やはり全身タイツながら軍用風のベストに、ベルト  
と同じマークのバッジがついたベレー帽を身に着け、乗馬用のムチを持っていて、部下連中とは服  
装が微妙に違う。  
 しかも、その部下連中は「イー!」とかそんな擬音しか言わないので、絵面的にも大変序列が判  
りやすかった。  
(……上条、当麻……ですって?)  
 はっきり言ってしまえば、この珍妙な連中が本気で自分を誘拐しようとしているのだとして、それ  
から逃れることも、あるいは返り討ちにすることも――むしろ、全員黒焦げのフライにするほうが楽  
そうだ、とも思う――容易な気がしたが、リーダー風の男から出た名前を聞いて、ちょっとこの馬鹿  
どもに付き合ってやってもいいかな、なんて気がしてきたのだ。  
 ちょっとは怖い、あるいは悔しい、なんて風を装いながら、手下A(勝手にAということにした)が巻  
きつけるテープ式の手錠にも反抗しなかった。そのあとは、あきれるほどわざとらしくぐるぐると路地  
を回って、方向感覚をなくそうとしているのだろう連中に従って、彼らのアジトらしきところへと連れ  
去られてみせた。  
 周りを見回す。  
 よくもまあ、学園都市の中でこんなところを見つけてきたものだ、いや、あったものだ。テレビの幼  
稚な特撮番組でだけ映るような廃(?)工場の隅に放り出される。  
「私をこんなところへ攫ってきて、どうするつもり?」  
 ここまで来ると、楽しまないと損な気がする。なにしろ、ちっともシリアス感も恐怖感も無いのだか  
ら。精一杯、怯えたふりをして吐き捨てる。  
 そんな美琴の言葉に、ふふふ、と太い声で含み笑いが奥から聞こえた。  
「心配は要らんよ、可愛いお嬢さん。君はこちらの大事な切り札だからね」  
 そう言いつつ現れたのは、これまた時代錯誤な軍服――世界史の教科書で見た、ドイツ第三帝  
国風のそれをまとい、やはりサソリとヘビのバックルのベルトを巻いた、カイゼルひげと金属製の眼  
帯のおやじである。  
「ぷっ……うっく、う……」  
 危うく吹き出しかけて、何とか耐えた…つもり、の御坂美琴である。  
 しかし、その軍服おやじは美琴のその変化には気が付かなかったのだろう。陶酔したような表情  
で言葉を続けた。  
 
「同志第一小隊長。このお嬢さんが、間違いなく『幻想殺し』の?」  
 カイゼルひげの問いに、全身タイツ・リーダー(美琴命名)が答える。  
「はっ、同志ゲドー大佐、この小娘めが『幻想殺し』の女に間違いありません。我ら組織の諜報能力  
に間違いは有りません」  
「くっくっくっ……」  
 同志ゲドー大佐、と呼ばれたカイゼルひげが、ねめるように美琴の全身を眺めた。  
「そうか、ならばなおさら丁重に扱って差し上げねばな」  
 聞こえてくる会話が、美琴の思考回路ではいまいち理解できず(とはいえ、元より彼らの行為は  
理解不能なのだが)、思わず問い返す。  
「私が……何ですって? イマジンブレイカー、って、あいつ?」  
 その声に、カイゼルひげが振り返って美琴を見下ろす。  
「ふむ。きみがあの『幻想殺し』、カーミジョー・トウーマ……うむう、やはり日本人の名前は呼びづら  
い…、の想い人、要は恋人、ということではないのかね? そうでないのなら、君に用は無いのだ  
が」  
 想い人? 恋人? そんな、思いがけない言葉がぐるぐると頭の中を回って、ぼんっ、と美琴の顔  
面が沸騰する。  
(え、なに、なに? その、わ、私があいつの―――)  
 
「こ、恋人ッ!?」  
 
 顔を真っ赤に染めたまま、思わず叫んでしまった。  
 普段の美琴なら、相手の発言も、自分の発言も必死になって否定しただろうが、この非現実的な  
状況がそうすることを忘れさせていた。  
「ふむ。日本人というのは噂に聞くとおりに奥ゆかしいものだな、見たままの関係を言われてそのよ  
うに照れることもあるまいに」  
 ふん、と嘆息しながら、観察するような目を向けていたカイゼルひげが呟く。  
 美琴はと言えば、それを聞いてさらに赤くなるばかりだ。  
「まあ、良い。重要なのは、我々が『幻想殺し』を手に入れるためにお嬢さんが役に立ってくれること  
なのだから」  
 その横で、全身タイツのリーダーが言う。  
「あとは、『幻想殺し』が現れるのを待つばかりです」  
「ふふふ。ローマ正教が最大の仇と狙い、イギリス清教が内に取り入ることで我がものにしようとし  
ている科学サイドの切り札、『幻想殺し』。それを奪いさることで、我らが組織は何人も及びつかぬ  
力を持つのだ! 大首領様もお喜びになろう、良くやったぞ同志第一小隊長」  
 
 変人どもが何か騒いでいる。しかし、もう、美琴の耳には届かない、というか素通り状態である。  
頭の中でぐるぐると駆けめぐるのは、思いも掛けない一つの単語。  
 恋人。  
 恋人。  
 恋人。  
(わ、わ、私があいつの、こ、恋人―――)  
 
 そうしてその後、またどこかに連れ出されたときも、美琴は全くの上の空で、やはり恋人、という言  
葉だけがその頭の中を埋め尽くしているだけなのだった。  
 
                     −*−  
 
「ありゃ、もうこんな時間か」  
 連れて行くこと自体は面倒と言うほどでもないのだが、やはり同居人の少女を一緒に連れて買い  
物に行くというのは、時間が掛かって仕方がない。  
 が、こうして時々一緒に出かけるだけで少女の機嫌がぐっと良くなる、というのは、その最中に少  
女の買い食いで財布が軽くなることを考慮に入れても、上条当麻にとってはプラスなのだった。  
 この同居人の少女、インデックスが不機嫌を募らせ続けるということは、上条に肉体的なダメージ  
が蓄積すると言うことで、いくら頑丈な上条でも、何かあるたびに頭蓋が砕けるほども強く噛み付か  
れる、というのはお断りしたいのだ。それなら、少々の余分な出費を覚悟しても、いつもの買い物に  
一緒に出かける程度のことでインデックスが上機嫌になるのは、実際プラスだろう。  
 ただ、クラスメイトとか知り合いに会う度に、インデックスがピッタリと上条にくっついてくるのがな  
ぜなのか、まったくそっちに上条の気が回らないのは――普段のままの通常運行と言えばその通  
りなのだが――どうかと思うが。  
「美味いか? それ」  
 上条の袖に腕を絡めつつ、上機嫌で2段重ねのアイスクリームを嘗めていたインデックスを見下  
ろすように尋ねる。  
「うん、美味しいよ? とうまも買ったら良かったのに」  
 純白の修道服の少女がにっこり笑って答える。  
「はは……。俺は今度にしとくよ」  
 有名なアイスクリーム・ショップが出店してきていて、数日前に開店したところだった。そんなもの  
をこの腹ぺこ少女が見逃すはずもなく、上条もそれは予想はしていたのだが。  
 高かったのだ。アイスクリームひとつに紙幣が消えていく。びっくりした。そうなれば、自分が我慢  
するしかないだろう。それでいいのだ。兎に角、インデックスの機嫌を損ねるようなことはしたくない。  
 上機嫌なら、こんな美少女などなかなか居ない。そうなれば、照れもあるものの、一緒に居ること  
に対して悪い気などしないというものだ。  
「えへへ…」  
 インデックスが上機嫌な笑みをふたたび漏らした、そのとき。  
 
 突然、怪しげな(というより、むしろ変人臭丸出しな)全身タイツに身を包んだ集団が、上条たちを  
取り囲んだ。  
「イー!」  
 見るからに、子供向け特撮ヒーロー番組の雑魚、といった変人たちが、お約束どおりに奇声のみ  
を発しながらぐるぐると上条らを何重にも囲む。そうして、正面に現れたのは全身タイツの上から軍  
用風のベストに、ベルトと同じマークのバッジがついたベレー帽を身に着けたリーダー風の男。  
「なんだこりゃ」  
 危機感を伴わない驚きとともに、上条当麻は周囲を見回す。  
「なんかの撮影? 一般人、映すようなバラエティってやってたか?」  
 その呟きに、リーダー風の男が反応した。  
「くだらないことを言う余裕など無いぞ、『幻想殺し』? が、我々は貴様が言うことを聞けば荒事に  
訴えたりはしないがな」  
「な……?」  
 当惑する上条の前に、全身タイツの群れの間からもうひとり男が現れる。  
 古風だが派手な軍服に、大きなバックルのベルトを身につけた、隻眼とカイゼルひげの男である。  
これもまた、子供向けヒーローものの悪役幹部、といった印象そのままだ。  
「はじめまして、といっておこうか、『幻想殺し』君。驚かせたことは詫びておこう。ただ、我々としても  
今回のことは科学サイドにも、ローマやロンドンにも知られる前に済ませてしまいたいことなのだ」  
 買い物袋を提げた上条当麻の前に立ちふさがった、怪しげな軍服の男が言う。  
「我々の大義のために、君のその『幻想殺し』の力を提供してもらいたい。おっと、君がまずは拒絶  
するだろうことは予定調和のうちだ。乱暴な方法は好かんのだがね、『幻想殺し』。兎に角、手っ取  
り早い方法が欲しかったのだよ。君には是が非でも協力してもらわねばならんのだ」  
 カイゼルひげを蓄えたその男が仰々しく語り、マントを靡かせながら腕を大きく振って上条を指さ  
した。  
「つまりだ、貴様は拒否できない、ということだ。なにしろ、こちらの手中には貴様の女があるのだか  
らな。女がどうなっても良いのなら、拒否の言葉を吐いてみるが良いわ!」  
「うわっはっはっはっ」  
 それに続いたのは、全身タイツの変人のなかでも、リーダー格風の男だ。男が言い終わると同時  
に、カイゼルひげが高笑いを響かせる。  
「引きずり出して、こやつにその姿を見せてやれ」  
 この、男たちの見た目の奇天烈さにも関わらず、上条の耳に彼らの言葉がしっかりと引っかかる。  
 
 ―――こちらの手中には貴様の女が。  
 
 耳に飛び込む言葉に、上条当麻の中で回路が切り替わった。右手にぐっ、と力が篭もる。  
 目の前にいる連中は、見るからに変人だが――学園都市内の普通の学生・上条当麻の基準で  
『変人』ということなら――ステイル=マグヌスや他の魔術師だって、十分すぎるほど変人だ。  
 その姿よりも、言葉が上条当麻にとっての『敵』を認識させた。奴らが、上条にとって大切な誰か  
を攫って、危険な目に会わせようとしているのだ。  
 その語気から聞こえるものは、敵の本気、である。  
「俺の、女―――? 何の勘違いかは知らねえけど、攫った?」  
 身構えるように腰を落とし、右手を握り締める上条の姿に、カイゼルひげの男が唇をにや、と歪  
める。  
 上条が叫んだ。  
「手前えら、……インデックス、インデックスをどうする気だ!」  
 響いたのは上条の怒号。その叫びに、取り囲む男たちが威嚇するように半歩、その輪を縮めた。  
 男たちの動きに、上条がさらに強くこぶしを握り締めた、その時、  
 べちゃ、と何かが落ちる音がして、  
「え?」  
 と、戸惑うような声が、上条のすぐ隣から聞こえた。思わず振り向く。  
 そこには、アイスクリームを取り落として、呆然と上条を見上げるインデックスの姿があった。  
「え、あ、インデックス……?」  
 上条もまた、呆然となってインデックスを見つめた。お互いの目と目が合うと、インデックスは見る  
見るうちに頬を染めて、目じりを少し目を潤ませた。少し震えながら、上条を見つめる瞳は逸らさな  
い。  
「あ、あー、一緒に居たのに、何言ってたんだ俺?」  
 インデックスの表情に少し気圧されながらも、上条が呟く。その呟きが、インデックスの唇の、その  
堰を切らせた。  
「ね、ねえ、とうま? あ、あのね、お、俺の、お、お…んな? わ、わたしのこと…?」  
 感極まったような表情で、言いたい事がはっきり口から出てくれないのだろう、言葉を詰まらせな  
がら純白のシスターが言う。そうしてその間も、その潤んだ瞳を上条の目からは決して離さない。  
「あ、え?」  
 周囲のことはそっちのけで、インデックスの言葉を反芻する。自分の言ったことを思い出そうとし  
て、顔だけを向けていたインデックスに対し、体も向きなおした。  
 その瞬間。  
 
「とうまのばかばかばか! 私が、わたしが、どんなで、そういってくれるのを待ってたと思ってるん  
だよっ!」  
 
 そう叫びながらも、瞳を潤ませたまま、歓喜の表情を浮かべたインデックスが上条に抱きついてき  
た。飛び掛るように抱きつかれ、バランスを崩しながらも何とか少女を受け止めた上条が驚く暇も  
なく、インデックスがさらに上条との距離を縮めた。  
 少女の柔らかな唇の感触が、上条の唇に伝わる。上条には、もう驚く余裕さえない。  
 
 ついでに言えば、周りの変人たちのことも、意識の埒外に飛んでいた。  
 
                     −*−  
 
 御坂美琴が廃工場から連れ出されてしばらく。全身タイツの集団の向こうから、聞きなれた声が  
聞こえてきた。  
「俺の、女―――? 何の勘違いかは知らねえけど、攫った?」  
 間違いない。上条当麻の声だ。  
 彼らの言う『女』が、自分だと判らないはずはない。男たちの言葉に、美琴の思考回路も相当に短  
絡化していた。きっと、いつかのように、颯爽と助け出してくれる――そう思った瞬間。  
 ふたたび響いた、上条の声。  
「手前えら、……インデックス、インデックスをどうする気だ!」  
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「あれ?」  
 アイツガヨンダナマエハナンデシタカ。アタシノナマエジャナカッタヨウナ。いんでっくすッテダレ、  
アノしすたーノカッコシタガイジンノコ?  
 今回の件で御坂美琴が覚えているのは、ここまでである。  
 
 
 常盤台中学も、エースの不祥事には、揉み消しに走るのにも苦労したことだろう。多分。  
 

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