上条当麻がその少女に気付かないのは、ある意味、才能なのかもしれない。  
 何度も呼びかけられて、それでも今日も上条は何事もなかったかのように通り過ぎていった。  
「あ、アンタの脳には私を無視するチップか何かでも組み込まれてんのかっ!!」  
 少女の口から出た大声に、通り過ぎていった少年ではなく無関係な通行人が幾人もビクッ、と肩  
を震わせて振り向いたが、少女からすればそんなことは些末に過ぎるというものだ。  
「待ちなさいっていってるでしょ!」  
 大声を上げつつ、少女が駆け寄る。そこまでやって、ようやく上条が振り返った。  
「あ? なに? あー……、なんだお前かビリビ――」  
 予定調和すぎる反応に、その少女――御坂美琴がさらに怒りの声を上げようとした、そのとき。  
 
 ビルの隙間をかいくぐり、そのスピードを劇的に上げた一陣の突風が吹き抜けて。  
 美琴と対峙する上条が、その顔を赤くしつつ、気まずそうな表情で言った。  
 
「あー、悪い。ビリビ、いや、御坂じゃなくって、御坂妹か。ゴーグル、着けてないんだな。ネックレス  
も着けてなかったから判らなかったよ。あれ、やっぱり気に入らなかったのか?」  
「は?」  
 上条の言葉に、美琴も訳が判らなくなった。  
 が、しかし、この男はどうも自分と『妹達』とを取り違えているらしい。しかも、自分のことは常時ス  
ルー体勢万全なのに、いつかのあの日、自分のクローンにネックレスをプレゼントしたことはしっか  
りと憶えているのだ。  
 糸の切れそうな張りつめた音が頭の中から聞こえて、まだ切れるな! と美琴は衝動を必死で押  
さえ込む。  
「……アンタねえ、そうやって私のこと無視すんのもいい加減にしなさいよ。スルーしまくったあげく  
に人を間違うなんて、私じゃなくっても怒ると思うけど?」  
 口を付いて飛び出しそうな怒りに耐え、出来うる限りの穏当な言葉を上条に返した。表情が引き  
つっているような、そんな気もするが、しかしこれでも精一杯だ。  
 しかし、一瞬考え込むような顔をした上条はそれでも考えを改めなかったらしい。  
 
「いやな、御坂妹さん? あの機械的な感じもどうかとは思うけど、口調まであの姉の真似すること  
はないと思うぞ? 常盤台のお嬢様とはとても思えないような感じだしな、御坂は。それだったら普  
段通りにした方がカミジョーさんとしては良いと思うんですが?」  
 
 出てきた上条の台詞に、(なんでなんでこいつは私のことを私だって認めずにあの子たちだって  
思い込んでんのよ! そんなにそんなに妹キャラが好きかよっ! しかも私のその扱いは扱いは扱  
いは―――)と、怒りをたっぷりと乗せた思考が巡って、0.2秒で美琴の頭の中が沸騰した。ぷつぷ  
つぷつーん、と糸の切れるような間抜けな音が聞こえたような気がする。  
「本人だって言ってるでしょこの馬鹿! そんなにそんなに妹って響きが好きかこの馬鹿! ばか  
ーっ!!!!!」  
「どわああっ!!!!!」  
 くぐり抜けてきた修羅場に、上条当麻は感謝するべきだろう。  
 ブチ切れた御坂美琴の渾身の雷撃が防げたのも、場数を踏んだ身体が、察知した危険に対して  
無意識に反応してくれたおかげだ。  
 それでも、けっこうノーリミッターな美琴の雷撃に、半ば吹き飛ぶようにして上条は尻餅をついた。  
「な、な、な………」  
 言葉が出てこない上条に、ゆらりと美琴が近づく。  
「そうまでして私のこと、スルーしたいわけ? 本人だって言ってるんだけど? そこまでしてあの子  
と私を入れ替えときたい理由、あんの? 弁解するなら今のうちだけど?」  
 抑えきれない怒りが、自分の頭の周囲で弾ける雷光として現れているのが美琴にも判る。パチ、  
パチッ、と響く電気火花の音が大きく反響して耳障りだ。  
 その、美琴の姿に怯えてか否か、上条の口からようやく言葉がこぼれた。  
「あ、いや、その……な、短パ…ン、穿いて、無かったんで……」  
 猛烈にバツの悪そうな表情でそう呟く上条に、またぷつん、と言う音が頭の中で響いた。  
「ど、ど、どこで見分け着けてるのよーっ!! まさかアンタ、そうやって覗き込んでっ!!」  
 美琴の怒鳴り声に、ひえっ、と小さく悲鳴を上げつつも、上条が弁解する。  
 しかし、弁解しながらも、その視線が一瞬自分のスカートに伸びたのを美琴は見逃さなかった。  
「み、見たんじゃ無くって、見えたんだっ……、その、その……」  
「わたしはそんな無防備じゃないっ! それに、そんなことで勘違いされるくらいなら見せてやるわ  
よ短パンぐらい! ほれ、見たけりゃ見なさいっ!」  
 そう言うと、御坂美琴はスカートの端をぐいと掴んで、がばっと持ち上げた。  
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「………、あー…」  
 目を逸らすべきなのだろうか。それとも、そうしているということで今、どういう状態になっているの  
かをはっきり言ってやるべきなのだろうか。  
 羞恥と気まずさで、上条当麻は自分の考えさえまとめられない状態なのだった。  
 
 
 天下の往来でスカートを持ち上げて、淡いグレーと白の縞々が可愛らしい『それ』を上条に見せ  
つけていること――要するに、短パンを穿き忘れていたこと――に、御坂美琴が気が付くまでには、  
そのあと、正確に3分27秒を要することになる。  
 
                                                      終われ。  
 

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