「……ん」  
 
自分の意識が徐々に覚醒していく感覚と体の節々がわずかに痛む感覚を感じながら  
私、木山春生は目覚めた。  
 
「…………」  
 
今現在自分の周りにあるもの  
ノートパソコン。冷めて既に久しいであろうマグカップに注がれたコーヒー。自分のもの以外にもその部屋のいたるところに設置された自分のものと全く同じ形状の机。  
乳白色の壁。少し光度が低下していることが目に見えて分かる蛍光灯。そして自分の肘の下敷きになっている生徒名簿。  
 
「……ああ、そうか」  
 
覚醒して数分、ようやくそこが学校の職員室だということに気づく。  
窓の外を見ると既に日の光はなく、ほぼ完全に夜の闇へと景色はその姿を変えているようだった。  
確か自分は、まだその日の光があった時間……確か午後五時に生徒達の成長過程をレポートにまとめる作業をしていて……  
 
「いつの間にか眠っていたようだな」  
 
ふとレポートを纏めるのに使っている目の前のノートパソコンのウィンドウを見てみると既にその作業は終了していた。  
どうやらその日一日の業務が終わった開放感、そして疲労感からそのまま眠りに落ちてしまっていたようだ。  
壁から吊るしてある丸時計で時刻を確認すると、午後10時。完全に他の教諭達は帰宅している時間である。  
 
「……誰か一人ぐらいおこしてくれてもいいんじゃないだろうか」  
 
既に自分以外は誰もいなくなってしまった職員室でそのいなくなった者たちへの愚痴をこぼす。  
当然その言葉に答えてくれる声はなく、ただむなしい感情が胸に広がるだけの結果となってしまったが。  
 
「……帰ろう」  
 
眠い頭を覚ますため、あるいは先のむなしい感情を払うように頭を軽く振る。首下まで伸びた髪が少しばかりくすぐったい。  
と、ノートパソコンの電源を落とし、荷物をまとめて立ち上がろうとしたその時だった。  
 
タッタッタッタッ……  
 
どこかから……いや、廊下から気のせいにしてはやけに大きすぎる旋律が聞こえてきた。  
 
「足音?」  
 
そう足音だ。  
規則的なリズムを刻みながら確実にこちらに向かってくる。  
まさかまだ自分以外にも教諭が残っていたのか?  
そう考え、すぐに否定する。先ほど軽く職員室内を眺めていたが、自分以外の机からは綺麗に荷物がなくなっている。  
これは確実に自分だけを残して他の同僚達は帰ってしまったと言う証拠だ……また少し哀しい気持ちになったが、今はそれは保留としておこう。  
そんなことを考えているうちにも足音は着実にこの職員室へと向かってきている。それもかなり早いペースで。  
 
(……もしかして、忘れ物をした先生の何方かか?)  
 
それならば納得できる。荷物が残っていないのにここに向かっている理由も。少し早足らしい理由も。  
しかしその考えも、次の瞬間には自分で排除していた。  
 
(いや、それにしては軽い……)  
 
そう、軽い。  
自分以外の教諭が早足でこの教室に向かっているとするなら、この足音はあまりに軽すぎる。  
仮にも大人が早足でリノリウム製のこの校舎の床をければもう少し大きく、重い音が響くはずだ。少なくとも自分が走ってもこんなに小さい音はしない。  
それによくよく考えてみれば忘れ物をして慌てているからといって、教諭がそんな大げさに走って戻ってくるというのも少しばかりおかしな話だ。  
もちろんこれだけで否定することは出来ないが、生憎と否定材料は一つ目の「足音」もある。  
この時点で、既に自分の頭の中からは『同僚』という考えはほとんどなくなっていた。ましてやよくある学校の七不思議というやつでもなかろう(別にそうであったとしてもさして問題はないし)。  
 
(……まさか)  
 
いやそれはないだろう。と思った  
当然だ。既に時刻は10時過ぎ。基本的に全校舎は消灯され、教諭ですら帰宅し始めている時間。  
そんな時間にまさかいるはずが……  
しかし、悪い予感というのはどうにも当たるものらしい。  
まったく信じていなかった、あるいは信じたくはなかった自分中での仮説が、次の瞬間証明されることになる。  
 
「アレ?先生じゃん」  
 
職員室のドアを開け放ち、そのドアの中頃から頭をひょいと除かせたのは、自分が受け持つクラスの男子生徒の一人だった。  
 
 
 
 
『とある教師の幸せな夢』  
 
 
 
 
「どうしてこんな時間まで残っているんだ」  
「んー?」  
 
隣の机に備え付けられた回転椅子を子どもらしくぐるぐる回し  
頬のそばかすが少しばかり印象的なその生徒は自分の質問に思い出すようにして答えていく。  
 
「先生の授業が終わった後に急に調子悪くなっちゃってさあ、保健室で休ませてもらってたんだー」  
「保健室の先生は?」  
「ん?いるよ。ずっと俺のこと看ててくれてたんだけど、これ以上迷惑かけるのも悪いかなーって思って、先  
生がトイレ行ってる隙に抜け出してきた。『まだ動いちゃダメよー』って言われたんだけどね」  
 
こともなげに言う彼に私は少しばかり呆れたように問う。  
 
「それは……大丈夫なのか?」  
「ん? あー、そこまで怒られないでしょ多分」  
「いやそっちじゃなくて……安静にしていろと言われたのだろう?」  
「だいじょーぶだいじょーぶ、ちょっと休んだらもう平気になったから。保健の先生が大げさに言いすぎなんだって」  
「……ならいいが」  
 
本当になんでもないように笑う彼の様子を見て、本当に大丈夫なのだろうと判断する。  
まあ、子どもはなんでも回復が早いと言うし、少しばかり体調を崩したところでどうということはないのだろう。  
 
「もうすぐしたらここの鍵を閉めて私も帰るから、君も帰るんだぞ。施設へは私が送っていくから」  
 
ちらりと時計を改めて確認し、気持ち強めに促す。  
なんだかんだ言って、この時間まで子どもが校舎に残っているのは少し洒落にならないからだ。  
しかし彼は「はいはーい」と軽い返事をした後で、こちらの真剣さを汲み取る気などありませんとばかりに何かを思い出したように吹き出してから言った。  
 
「つーか先生もドジだよな〜。仕事終わって寝てたら他の先生に置いてかれてたって・・・ぷぷ」  
「む……」  
 
心底おかしそうに笑われ、少しムッとする。  
だがしかし、その全てが事実なため反論することが出来ない。自分でも今のこの状況は滑稽だという他ないのだ。笑われてしまうのも仕方ないだろう。  
それにこんな子ども相手にムキになって反論するのも大人気ないというものだ。  
最近の風潮か、少しばかりませているといっても所詮子どもは子ども。そんな彼らの言葉にいちいち神経を尖らせるようでは教師などやっていられない。  
そんなものぐらい簡単に受け流せなければ教師以前に大人として……  
 
「そんなボーっとしてるからいつまでたっても彼氏できないんだって」  
 
グサッ  
 
「先生あれだもん。男の人にアプローチかけられても気づかずにボーっとしてそうだもん。そりゃ得られるチャンスも得られないよ」  
 
グサグサッ  
 
「男の人からしたらガッカリだよね〜。せっかく勇気出してアタックしてみても当の本人はまるで気づいてくれないんだもん。ただでさえモテなさそうなのにそんなんじゃ彼氏できるわけないって」  
 
グサグサグサッ  
 
「まあ、なんなら? そんな可哀想な先生のために俺が仕方なく彼氏になってやっても……」  
「余計なお世話だ!!」  
 
自分の中で必死に構築していた論理を自分で瓦解させて叫んでしまったことに気づき、少し気落ちする。  
叫ばれた当人はまるで応えていないかのように先ほどと変わらぬニヤニヤとした笑みを浮かべていた。  
これが世間的には『天使の笑顔』などと呼ばれるのかもしれないが、少なくとも今の自分には悪魔にしか見えなかった。  
そういえば今思い出したが、この子は受け持った生徒の中でもとりわけデリカシーのない子だ。  
以前も私に「俺が付き合ってやろうか?」などと大きなお世話をかけてきた、世間一般で言ういわゆる「ませガキ」というやつである。  
……わかっているさ。わかっているとも。自分のこの性格のせいで異性から敬遠されがちだということは。  
実際彼に指摘されたとおり、異性からのアプローチを素で流してしまったこと。そのせいで恐らく掴めたであろう異性との交際の機会を逃してしまったこともある。  
否、それ以前にこの性格やそこからくる暗い表情のせいでそもそも異性に遠ざかられてしまったこともだ。  
 
「…………ハァ」  
 
そんな過去の思い出したくないことを思い出していたらなんだかいつも以上に気落ちしてしまった。  
何が落ち込むって、幼い子どもである彼に言われたことの殆どがピンポイントで的中していることだ。  
それほどまでに自分は分かりやすい性格……悪く言えば分かりやすい暗さと性質だということである。  
さらに自分が彼のそんな言葉にいちいち気落ちしていること。それが先ほど掲げた「子どもの意見など受け流す」という心構えをも粉々に打ち砕いていることに気づいてさらに気落ちした。  
はたから見るとなんと無様な大人の姿であろうか。  
 
「先生元気ないね」  
 
誰のせいだと思っているんだ、誰の。  
 
「ハァ……」  
 
ため息を出してから、自分がかなりの短時間で連続してため息を出していることに気づいた。  
ため息をつくと幸せが逃げていくと言うが、その理屈で言うと自分はもう幸せ貯金を使い果たしていることだろう……まあ、どうでもいいことだが  
しかし、今回逃げていったのはどうも幸せだけでなく喉の潤いもだったらしい。  
 
「こほっ、こほっ」  
「先生も風邪?」  
「……いや、少し喉が乾燥したんだろう」  
 
君に怒鳴ったのも原因の一つとして含めてな……という言葉は飲み込んでおく。  
もしここでそんなこと言おうものなら次はどんなカウンターが飛んでくるか分かったものではない。  
できればもう『子どもにへこまされて本気で落ち込む大人(しかも教師)』という図式は作りたくはなかった。  
 
「あ、じゃあコレ飲む?」  
 
そんなどうでもいい僅かなプライドにしがみついていると、先ほどそのプライドを一蹴してくれた生徒が懐から透明の液体が入った缶を取り出し、私に差し出してきた。  
それを受け取り、中の揺れる液体を見ながら問う。  
 
「これは?」  
「保健室の備え付けの冷蔵庫に入ってたんだ。喉渇いてたから貰ってきた」  
「君……」  
 
恐らくいつも以上の(自分で言うのもなんだが)ジト目で見ていたのだろう。流石にばつの悪そうな表情で弁解をしてきた。  
 
「だ、大丈夫だって!これと同じのがまだ冷蔵庫にいっぱいあったし……お、怒られたら謝るけどさ……」  
「……まあ、いいだろう」  
 
そう言いながら缶のプルトップを開ける。  
まあ、これ以外に数があったというのならばその教諭にとってもそれほどに重要なものではないのだろう……と思う。  
 
(……もしそうでなかった時は弁償しよう。うん)  
 
心の中で顔もよく思い出せない保険教諭に謝罪をしながら、口ではああ言っておきながらも実は内心ありがたいと思っていた。  
喉を潤すなら目の前においてあったコーヒーでもよかったのだが、正直冷めたホットコーヒーを疲れた喉に流すのは遠慮したかった。  
なのでこの目に見えて冷えているのが分かる缶にはその乾いた喉を鳴らさざるを得なかったのである。  
 
「ところで、これは水か?」  
「ううん、ジュースだよ。なんか変な味するけど」  
「そうか…」  
 
今更といえば今更なことを聞く。ふと、もしかしたらこれはスポーツドリンクなのか? と思ったのである。  
まあ、冷たくて飲めればどちらでもいいのだが……あえて理由を挙げるならば『水と思って飲んだものがスポーツドリンクだった』時にしてしまうであろう驚いて格好のつかない表情を見られるのが嫌だったからだ。  
そんな、生徒からすればどうでもいいであろう、しかし自分的にはほんの少し大事な体裁のことを思いながら缶を口につけ―――思いっきり吹き出した。  
 
「うわっ!なにやってんだよ先生!?」  
 
彼がそんな反応をするのも当然だろう。自分だって突然目の前で飲んでいたものを噴出する人間がいたら同じ反応をする。  
しかし、今回ばかりはこちらとしても言わせてもらいたいことがあった。  
 
「ごっ……ごほごほっ!あ、アルコールじゃないかコレは!?」  
「あるこーる?」  
「つまり酒だ!」  
「……え、そうなの?」  
 
心底不思議そうな顔で言う生徒。嘘や演技には……少し見えづらい  
どうやら彼が悪戯でボトルの中に酒を入れ、自分に渡したというわけではないようだ……しかしならば何故  
一応、彼の仕業でないとはわかっていたが確認せずにはいられなかった。  
 
「……君が中身を入れ替えたわけではないのか?」  
「あっ、ヒデー先生!最初から中身はそれだったよ!俺が先生にそんな嫌がらせみたいなことすると思ってたの!?」  
 
なんだろう、ツッコミ待ちなんだろうか。  
とりあえず全力で「ああ」と頷いてやりたいところなのだが…………ん? 待て、彼は今なんと言った?  
 
「……最初から?」  
 
少し慌ててもう一度自分が手にしている缶をを見つめる。  
重さから察するに、缶の中の液体はほとんど半分がなくなっていた。  
先ほど自分が驚いて大量に吹き出し&こぼしてしまったのは事実ではあるが、それにしても量が減りすぎである。  
まさか…………  
 
「……君、これを飲んだのか?」  
「だからそう言ったじゃん!最初から中身はそれだったって!大体さっき味聞いてきたときも答えたろ?俺」  
 
いや、この場合重要なのはそこではないんだが……というか何故そもそもこんなものが保健室に? しかも大量に?  
 
(……担任に私を採用したり、少し問題がありすぎなんじゃないだろうかこの学校は。今度、上の者に意義を申し立てるべきだろうな、コレは)  
 
と、現実逃避気味の思考をしていると、不意に足元がおぼつかなくなり、頭もくらりと揺れ、その勢いで体ごと倒れそうになった。  
 
ガタッ  
 
「先生!?」  
 
自分の身を案じてくれるそんな彼の声さえも頭蓋に響くのが感じられる。  
ダメだ、完全に体に回り始めている。  
元々自分が酒に強くないのも、だからこそあまり好んでアルコールを口にしないのも自らで認めるところではあったが、ここまで簡単に酔いが回ると少し情けなさすぎる。  
 
「先生!?大丈夫かよ先生!」  
 
そんな私の身を案じ、彼は尚も私に問いかけてくる。  
……よかった、どうやら彼にはそれほど酔いは回っていないようだ。  
元々アルコール濃度の低い酒なのだろう。弱い私だからこそここまでになってしまっているだけであって、子どもでもまだ耐性のある子なら少しぐらい問題ないらしい。  
 
「待ってろよ先生!今すぐパトカー呼ぶから!おいパトカァァァァ!!」  
 
前言撤回。酔ってる。  
せめてそこは救急車だろう。いやこのノリだけでも十分に危険だが。  
よくよく見てみると彼の頬は少しばかり紅潮し、息もわずかに荒いようだった。私と違い、酔いが回ってくるのが遅いタイプであるらしい。  
意気込んで走り出そうとしているその子の手を掴み、とりあえず落ち着かせる。  
 
「大丈夫だ、アルコールのせいで少し体の機能が低下しているだけだ。しばらく睡眠をとれば回復する」  
「本当か!?助けて欲しいなら言ってくれよ!俺にかかればこんなピンチぐらい『すぐ美味しい。すごく美味しい』……だぜ!?」  
「いや、ホント勘弁してくれ」  
 
ただでさえ痛い頭がさらに痛くなってきた。  
終いには奇怪な叫び声を上げてもおかしくないテンションの彼を放さないように捕まえながら、さてどうしようかと思案する。  
 
(そうだ、もう一度保健室に……)  
 
しかしその案はすぐに却下されることになる。  
保健室は丁度この職員室のある校舎の向かい側の校舎に位置しており、ここからなら保健室が今どのような状態かを人目で確認することができる。  
その確認した『状態』に思わず歯噛みしながら、呟かずにはいられなかった。  
 
「くっ、もう帰った後か……」  
 
そう、保健室の明かりは完全に落とされ、人の気配は完全になくなっていた。  
彼の話では、保健室にはずっと明かりがついていたそうだ。それが今はついていない。  
恐らく、手洗いから帰ってきて保健室に生徒がいないのを確認し、彼が帰ったと判断し自分自身も帰宅したのだろう。  
仕方ないといえば仕方のない結果であったが、どうしてもタイミングを逸した感は拭えなかった。  
……いや、もうそんなことを思っても仕方ないだろう。現実問題としてもう保健室は使えないのだから。  
ならばどうする? 流石にこれ以上学校に残っているのはまずいだろう  
 
(……しょうがない、施設に連れて行くか)  
 
できればこんな状態の彼を戻すのは避けたいところであったが、いたし方ないだろう。  
事情は自分が説明しよう。大丈夫だ、きちんと話せばきっと誤解もされないはず……きっと、多分、恐らく……  
 
「よし、施設に行くぞ。約束どおり送ってはいくから、急ごう」  
「先生大丈夫なのか!? 神父さんの件はどうなったの!?」  
「神父さんは君の心の中で生き続けるよ。そんなことは良いから早く」  
 
もうとにかくこのウンザリするような状況から脱したかった。  
そのためならば送迎でも弁解でもなんでもしようじゃないか。  
気の重い自分の心をなんとかそう言ってごまかし、腰掛けていた椅子から今度こそ立ち上がろうとした時だった  
 
ツルッ  
ポスッ  
「アレ?」  
 
説明すると一つ目の音は私が足を滑らせた音。二つ目の音はそのままの勢いで再びソファに体を収めてしまった音。  
最後のセリフは私がその一連の流れの意味がわからず素っ頓狂な声を上げた証だ。  
 
「? 何やってんの先生」  
「い、いや……」  
 
ツルッ  
ポスッ  
ツルッ  
ポスッ  
 
繰り返し繰り返し立ち上がろうとしては失敗する。  
どういうことだろう、足に……否、体の各部位にまるで力が行き届かない  
力が入らないというわけではないのだが、まるで思うように動かないのだ……一体何故……  
そう思いながら視線を横にずらして……  
 
(……あ)  
 
あっけないほど簡単に、その事態の原因にたどり着いた。  
 
(いや……どれだけ耐性がないんだ……私の体よ)  
 
そこには、中にアルコールを半分以上残しているであろう、アルミの缶があった。  
 
 
 
 
「うぅ……あ〜……」  
「しっかりしろよセンセー」  
 
いや、そもそも誰のせいだと思ってるんだ。  
痛む頭でそんな今思っても仕方ないことを思いながら、私は彼に体を支えられて帰途へとついていた。  
あの後考えた結果、今日は彼を自分のマンションに泊まらせることにした。  
流石にこの状態から彼を施設まで送っていくのは無理だと判断したのだ(すぐそこにある自分のマンションならいざ知らず)。  
だからといって一人でこんな時間に子どもを歩かせることも、ましてや車で送っていくことなど論外だ。  
職員室の電話で今夜はこちらに彼を泊まらせるという旨を知らせた後、今はこうやってそのマンションへと向かっている途中だった。  
 
「ホントだめだなー、先生はー」  
「ぐっ……」  
 
返す言葉もない。  
確かに先ほど言ったとおり酒を持ってきたの自体は彼ではあるが、それをろくに確認もせずに飲んだのは(まあ、生徒が平気で飲んでいる時点で警戒心を解くのは仕方ないという言い訳もさせてほしいが)自分だ。  
しかもそれだけでなくこうやって支えてもらわないと満足に歩けないほどに千鳥足になっている……世界中探してもこれほど情けない惨状になった教師はいないだろう。  
そんな弱気な思考だったからなのか、またも脚から力が抜けそうになる。  
 
「あっ」  
「ちょっ、先生!」  
 
なんとか転びそうなすんでのところで、自分よりも何十センチも身長が低い男子生徒に抱きすくめられるような形で支えられ助けられた  
……今日何度目かわからない情けない気持ちに襲われたが、それでもちゃんと礼をしようと思えるだけの理性は残ったいたようで、目下で私の体を抱える彼に礼を言う。  
 
「……すまない……助かった」  
「いっ……いいから! 早く離れてよ先生!」  
「?」  
 
何をそんなに怒ったのだろう……いや、これは普通に怒られても仕方ないのだろうか。  
とにかく、私の体の下で必死に私と離れようとする彼から体を起こし、離れる。  
すると彼は、今度はほっとしたような、しかし残念そうな顔をした後で私の目を見て、その後で私から慌てて目を反らした。  
 
(…………なんなんだ?)  
 
先ほどの少し大げさに怒ったこともそうだが、どうやら今日の彼は本調子ではないらしい。  
もしかしたら患った風邪が少し尾を引いているのかもしれない……見ている限りでは普通に歩く分には問題なさそうなので、それほど重いものではないのであろうが。  
 
「……先生ってさ」  
「?」  
「やっぱ彼氏できそうにないよね」  
 
ガンッ  
 
頭に何かを叩き落されたような感覚を感じたのは決してアルコールのせいだけではないだろう。  
なんだというのだ、こちらは彼の体の調子を心配していたというのにこの仕打ちは……いや、それ以上に彼に迷惑をかけているのは事実ではあるが……そんな関係ない話で傷を抉らずともいいじゃないか。  
 
「か、関係ないだろう今その話は……」  
「あるよ」  
 
なんとか一矢でもむくいたいと無駄なあがきをした私に、彼は即答してきた。  
 
「なんかいつもボーっとしてるし、抜けてて危なっかしいし、恥じらいもないし、色気もないし、可愛げもないし……そんなだから、男がどう思ってるのかみたいのも全然わかってなさそうだし」  
 
彼は何個私の頭に石を落とせばいいのだろうか。  
衝撃が頭部から体全体に浸透して既に再起不能になってもおかしくないぐらいなのだが……その殆どの意見に私自身が心当たりがあるものだから、反論のような反論も返すことができなかった。  
 
「くぅ…………」  
「ホント……わかってないよね、先生は」  
「ん?何がだ」  
「……なんでもない」  
 
ふと一瞬声のトーンが落ちた気がしたので気になって聞いては見るものの、またも目を反らされてはぐらかされてしまう。  
もしくは本当に酔ったせいで感じた気のせいだったのだろうか……彼の声も……何か憂いを帯びていたような気がする表情も。  
 
「君……」  
「もうすぐだっけ? 先生のマンション」  
「あ、ああ」  
「そう」  
 
やはり気になって聞いてみようかと思ったが、それよりも先に彼のから出された質問にその機会を奪われてしまった。  
……まあ、本人が追求をいやがるのなら無理はしまい、それ以前に気のせいかもしれないのだから。  
そんな風にまた自分を納得させながら、私と彼はマンションの自動扉をくぐった。  
 
「く……ぁ……」  
 
寝室に入って即行、ベッドに倒れこむ。  
生徒の前でこの姿は情けないとはわかっていたが、もうどうにも立っていることができなかった。  
 
「すまないな……世話をかけた」  
 
仰向けに寝転がっている私から見て足の側にいる彼を見やりながら礼を言う。  
 
「ほんとにね」  
 
そんな私に彼はニカッと悪魔のような笑みでもって応えた……ここはお世辞でも大したことなかったとかいうべきではないのだろうか。  
……まあ、そんなことは言っても仕方ないだろう。子どもには(保健室で睡眠をとったといっても)この時間に起きていることすら疲れるはずだ。  
そんな彼に無理をさせて労働させてしまったのだから、これぐらいの苦言は甘んじて受けるべきだろう。  
そんな風に思っているとタイミングよく彼は手を口の前にやってあくびをした。やはり眠気は襲ってきていたようだ。  
 
「流石に疲れただろう、もう眠るといい」  
「あ〜、うんそうだね……それじゃあ」  
 
そうやって何故かそそくさと寝室を出て行こうとする彼に、私は声をかけた。  
 
「? どこに行くんだ」  
「え? リビングだけど」  
「何故」  
「いやなんでって……ソファで寝るんだけど」  
「どうしてそんなことをする」  
「どうしてって……」  
「ここで寝ればいいだろう」  
「…………」  
「…………」  
「ばっ、バカじゃねえの!」  
 
不自然な間を数秒おいて彼は目に見えてうろたえて言った。  
なんだ、やはり酒の不自然なテンションが抜けきっていないのか?……それにしてもバカはないのではないか。  
至極まっとうな意見を言っただけなのだが。  
 
「失礼だな君は。むしろ私は何故君がリビングにいこうとするのかがわからない」  
「何でって・・・せ、先生はいいのかよそれで!?」  
 
いよいよ意味が分からない。  
いいも悪いも、ソレが普通だろう……何をそんなに慌てているのかが私には理解しかねる。  
 
「なんだ……もしかしてソファで眠りたいのか君は」  
「ちげーよ! 俺だって寝るならそりゃベッドの方がいいさ!」  
「ならば何も問題ないだろう、ここで寝れば」  
「〜〜〜〜〜ッ!! なんでわかんないんだよ先生は!」  
「???」  
 
頭の中を『?』記号が飛び交っているのが分かる。  
もう本当に意味が分からない。  
この子は何がしたいと言うのだ。ソファで寝たいと言っておきながら、寝れるならばベッドの方が好ましいという。矛盾だらけではないか。  
 
(……ああ、そうか)  
 
そこで一つの可能性に至った。  
 
「私と同じ布団に入るのが嫌なのか?」  
 
ビクッ  
 
(……わかりやすいな)  
 
そう、わかりやすいぐらいに彼の体が跳ね上がったのが分かった。  
 
「……それならそうと、最初から言ってくれれば良いではないか」  
 
そうすればすぐにでも私がリビングに行ったというのに、これまた不可思議な子だ  
……まあ、そうはっきり言われてはまた私の頭に石は投下されていたかもしれないが、それでも彼に無理を強いるよりはずっといいだろう。  
ひょっとして極力私にダメージを与えないようにしてくれたのだろうか……  
 
(いや、思い上がりだな……もしそうであったなら嬉しくはもちろんあるが)  
 
今日はじめてかもしれないポジティブな思考に自分でも少し嘲笑しながら、ふやけた脚に必死に力を込めようとしたその時  
 
「……ぅ……いよ」  
 
蚊の鳴くような声というのはこのようなもののことを言うのだろうか。  
彼の口からそれほどの小さい声が聞こえた?  
 
「え?」  
「……もういいよ!俺も先生とここで寝るよじゃあ!」  
 
どうして怒ってるんだ。  
理不尽な気持ちを感じながらもしかし、私は彼に言う。  
 
「いや、私がすぐにリビングに……」  
「脚に力……入らないんだろ? 危ないよ一人じゃ……それにもうやだよ、俺先生運ぶの」  
「ぐっ」  
 
確かに……そこは考慮していなかった。  
脚に力を込めてはみたものの、自分ひとりの力で歩くことが恐らく不可能なことには変わりない。  
それはすなわち、また彼に手間をかけさせてしまうということだ。  
 
(……そうか、それが嫌だから彼はリビングで寝るといったのかもしれないな。)  
 
彼の妥協にありがたいという気持ちを感じながらも、なおも私は聞く。  
 
「……いいのか」  
「別に……ていうか、そもそも先生と寝るのがヤだったわけじゃないし」  
 
え?と疑問に思った。  
私と同じ寝具で寝るのが嫌だったわけではない……のか?  
 
「では何故」  
「あー、もういいでしょ!」  
 
はぐらかされてしまった。  
……まあ、いいのかな確かに。彼がそういってくれるなら、私が懸念していた『嫌がる彼を無理矢理同じ寝具で眠らせる』という事態にはならないようだし。  
安心してホッとしたのだろうか、体から力が抜けるのと同時に、それとは別の感覚にも気づいた。  
 
「ふぅ……では……」  
 
シュル  
プチッ、プチッ  
 
「!? なっ、なに脱いでんの先生!?」  
「え?」  
 
いやだって暑いだろう。  
すっかり忘れていたが今の季節は夏。このままの(汗も若干染み付いた)格好で布団に入って眠るのは流石に御免被りたい。  
かといって今から風呂に入るのもそれこど却下だ。話にならないだろう。  
なので何故彼がそれを疑問と思うのかが分からない。いやむしろ……  
 
「君は脱がないのか?」  
「なぁぁぁっ!?」  
 
あ、顔が赤い。  
まだ酒が抜けきっていないのか、それとも先ほどまで怒っていた名残か、どちらにしてもそれでは余計に暑いだろうに。  
 
「は……ぁ……」  
 
紫色の上下の下着を残し、全ての服を脱ぎ終え、一息ついた。  
相変わらず彼の顔は赤いままで固まっている……いや、僅かだが動いている。  
肩をはじめとした体の各部が小刻みに震えている。まるで何かに必死に耐えているようなそんな姿を髣髴とさせた。  
彼がそうしている内に私はシーツに身を潜らせて彼を待っていたが、彼はずっとその状態で止まっていた。  
 
(……もしかして、私の許可がないと入ってきにくいのかな)  
 
普段の彼ならば信じられないが、今日は酒のせいなのかなにかいつもとは調子が違うようだし。もしかしたらそういうこともあるのかもしれないな。  
そんな風に思いながら、私はベッドの開いている側のシーツを持ち上げ、彼に『許可』を出した。  
 
「いいぞ……来なさい」  
 
プツ――――ン  
 
(? なんだ今の音は)  
 
謎の何かが切れるような音に気をしていたからだろうか。  
私は、彼が小さく漏らしたその声を聞き取ることができなかった。  
 
「……知らないよ…………どうなっても」  
 
最初、それは気のせいだと思った。  
 
ぴちゃ……ぺろ……ぴちゅ  
 
音のない部屋に響く水音。それが睡魔に支配されていた私の脳に少しずつ、少しずつ入り込んできた。  
 
(なん……だ……?)  
 
僅かに意識が覚醒する……といっても、本当にただ「起きただけ」といった状態ではあるが。  
それゆえ、全身の感覚もまだ鈍く、すぐには気づくことができなかった。  
自分の胸から鎖骨にかけての部分に妙な熱とくすぐったさを感じること、そして先ほどの水音はそこから聞こえてきていることに。  
 
(ん……ぁ……)  
 
流石に少しずつ頭も冴えてきた。体の感覚も徐々に本調子になっていくのが分かる。  
その、取り戻した思考と感覚で今一度状況を確認してみる。  
今現在、部屋の中には謎の水音が響いており、どうやらその音源は自分の胸にあるらしい……思えば、『取り戻した』といっても、この時まだ私は完全なる本調子にはなっていなかったのだろう。  
普通、自分の胸元から聞きなれない音がしようものなら誰だって急いでそこになにがあるのか確認していたはずだ。  
その証拠に、私は(……なんだ?)と軽く頭を捻った後で、ゆっくりと頭をもたげることで確認するなどという呑気な手段をとっていたのだから。  
だがしかし、その眠気は次の瞬間―――あとかたもなく吹き飛ばされることになる。  
 
「なっ!」  
 
ぴちゅ……ちゅ……ちゅぱ  
 
そこには私の鎖骨、そして下着越しの胸に口付け、舐め、ついばみ、必死に私の体に赤い花を咲かす彼―――私が受け持つクラスの男子生徒がいた。  
 
「ああ、起きたんだ先生。おはよー」  
「おはようじゃない!何をしてっ……!」  
ギリッ  
 
思えば、このとき初めて全ての感覚を取り戻したのだと思う。あるいは、驚きのあまり思考以外の感覚を全て吹き飛ばされていたのか。  
そこで私はようやく自分の両手がベッドの柵に強くタオル―――おそらくはバスルームから持ってきたのであろう洗顔タオル―――で結び付けられ、まともに動かすことができなくなっていることに気づいた。  
 
「あんまり無理やり動かすと痛いよ、結構強く縛ってあるから」  
 
思考が状況についていけない。  
待て、これはどういうことだ。何故こんなことになっている。何故こんなことをされている。  
深夜遅くまで学校に残っていて、そこで酒を飲んでしまい、生徒に助けられながら家までたどり着き、そのまま就寝し、目覚めればその生徒に高速されこの状況。  
酔って……そうか、酔って自分は夢を……しかしそれはすぐに自分自身の思考が否定した。  
腕に感じる痛み、そして何よりも胸部に感じる彼の舌と唇の感覚……それが、夢だと思うにはあまりに鮮明すぎた。  
そう、それらが克明に私に告げていた……『これは決して夢ではない』と。  
 
「ちゅ……ちゅ……れろ……ん」  
「ん、はぁ……ぁ……くぅっ」  
 
そしてその現実を確かめることで、どこか夢の出来事だと心の中で逃避していた感覚がリアルになってくる。  
私の体をついばむ彼の口内の温度、歯の硬さ、舌の滑らかさ、吸い上げる強さ……その全てを確かに感じられるようになってくる。  
だが、それでも今はその甘く不可解な刺激よりも疑問と混乱の方が勝っていた。  
 
「なにを……している……やめなさっ……」  
「俺、言ったよ……どうなっても知らないってさ」  
「え……」  
 
はむっ  
 
「ふあぁっ!!」  
 
聞きただそうとした瞬間、下着越しに胸を大きく口に含み吸われ、強い刺激が体を走った。  
 
「うわ、えろ……先生って感度いいんだ?」  
「冗談を……言って……な……」  
 
そう、コレは流石に冗談ではすまない。  
いつも彼が私にするような不躾な質問や、子どもらしさの残る悪戯などというレベルをこれはとうに超えていた。  
いくらなんでも、これは苦笑いや「やれやれ」と済ませられるものではない。  
流石に声に怒気が含まれるのを抑えられないのを感じた。このままでは、確実に彼を怯えさせてしまう声を発してしまうこととなるのだろう。  
しかし、今この瞬間だけはそうしないといけないということも理解していた。ここでこんな悪戯を注意できないようでは、私はこの子達の教師足り得ない。  
そう強く心に近い、体を走る刺激に耐えながら、彼の目をはっきりと見て声を出そうとし―――  
 
「いい加減にやめるんだ!どうしてこんな事を!……」  
「先生、好き」  
 
―――出そうとし、その決意が次の瞬間に全てしぼむのを確実に感じた……感じた、と思う。  
それすらもはっきりと分からないほどに、一瞬で私の頭は真っ白になっていた。  
 
「わ……私も……もちろん……君のことは……」  
「そういうんじゃない、女の人として先生が好き……『愛してる』って言った方がいいのかな」  
 
それでも、なんとか思考を手放さず、最後まで諦めず……否、事実から逃げようとした私の言葉を、彼は一刀の元に切り捨てた。  
 
「な……に……」  
「分かる?好きな女の人の部屋に泊まるってだけでも耐えられるかどうかわかんなかったのに、同じ布団で……しかもそんな格好で一緒に寝るかって……なんでもないような顔で聞かれたときの気持ち」  
 
違う。  
違うちがうチガウチガウチガウ。  
そんなはずはない。だって私は彼の教師で、彼は私の生徒で……  
 
「きっ、君は……酒のせいで混乱してるんだ……だから」  
「別に酔ってないよ。なんなら全部終わった後で確認してくれてもいい。そのときも先生のこと好きだって言うよ……まあ、ちょっと抑えが利かなくなってるのは酒のせいかもね、よくわかんないけど」  
 
必死に。  
何度も何度も今の状況を否定するための材料を彼の前に並びたてるが、その全てをなんでもないように切り捨てていく彼。  
このとき、私はすでに薄々と感じ始めていた。  
ああ、彼の言葉は全て真実であるのだと……彼の言うとおり、酒のせいで理性が多少飛んでいる飛んでいないの差はあるにしても、彼の思い自体は真摯な……確かに彼が思うことなのだと。  
だがしかし、その事実を理解できたとして、すぐに納得して受け入れることなどは不可能だ。  
なんとか彼を止めるための否定材料を、それこそ私は必死に探し続けた。  
 
「しっ……しかし君は……私など男の貰い手のないような女だと……いつも」  
 
我ながらつまらない言い訳をしていると思う。  
だがそんなものでもすがっていたかった。ここで納得してしまえば、本当にダメだと思ったから。  
しかし  
 
「嘘。本当は好き。大好き。愛してる。結婚してほしい。ずっと一緒にいてほしい。  
ずっと俺のこと見ててほしい。……先生のぼーっとした所も、危なっかしい所も、恥じらいない所も  
いい匂いがするところも、柔らかいところも、優しいところも……全部大好き。本当に好き」  
「な……」  
 
そんな私の縋ったものを、彼は叩き、壊し、踏み潰し、跡形もなく粉砕した。  
 
「あと……えっちなところも」  
 
そう言って彼は、私の胸につけられた右側のブラを何のためらいもなくずり下ろした。  
 
「あっ」  
 
先ほどの言葉が私の心を叩きのめした余韻か、それとも自分らしくもない羞恥心か。  
私は自分の顔が紅潮するのを感じながら、自分でもなんと情けない声だと断ずるしかないような甘い声を出していた。  
 
「先生ってさ、自分の体に自信ないみたいなこと言う割にはいっつもエロイ下着つけてるよね、黒とか紫とかさ……本当は、そういうのに興味ないフリして男の人を誘ってるんじゃないの?」  
「そっ、そんなことは……」  
「ふーん、ホントかな……んっ」  
「!? はぁっ、やっ……っ」  
 
露になった私の胸の頂の蕾を、彼は今度は布越しではなくそのままに口に含んだ。  
そのまま舐め、嬲り、転がし……時に甘噛みする。  
まるでそこに極上の甘さを持った飴玉が存在するように、時に繊細に、時に乱暴に、その実の味を十分に吟味していく。  
 
「ん、ちゅ……こんなにえっちな先生の言うことじゃ信じられないなぁ……今だって現に、こんなエロい声上げてるんだし」  
「あ……ぅ……そ、それは……ぅあ、君が……ん、うぅぅっ……ああっ!」  
「それとも、『俺だから』こんな風になってくれてる?……だったら、嬉しいんだけどな……ま、ないだろうけど」  
 
そう笑い……否、嗤い、彼は舌での責めを再開した。しかも今度はそれだけではない。  
ブラがつけられたままの左の胸に手を置き、少し乱暴とも思える手つきで胸を揉みしだき始めた。  
 
「や……そんな……両方っ……だ、ダメ・・・っ!」  
「先生、エロすぎ……手と舌、どっちが気持ちいい?ま、どっちでも結局両方するんだけどね」  
「ひゃあぁぁっ!」  
 
先ほどよりも手と舌、両方の責めを更に苛烈にし、私の体を舐り続ける。  
そんな彼の責めに、私は自分でも驚くほどに声をあげ、反応を示してしまう。  
確かに常日頃目の前の彼に言われているように、恋愛経験豊富……というわけでは決してないが、私とてこういった行為を今までしたことがない……というわけではない。  
ある程度の快感になら、耐えることも声を押し殺すことも出来る……できるはずだと思っていたのだ。  
だが、現に今の私はまるで今日始めて行為を行うかのような乱れぶりを彼の目にさらしていた。  
 
「ん、は……あむ……っぷは」  
 
私が弱いのではなく、彼の責め自体も強いのだと……せめて私は思いたかった。  
子どもゆえに技術はそれほどないが、逆に子どもゆえの遠慮のなさが責めにも現れ、激しく私の体を責め立ててくる。それが予想外の刺激を私の体に与え……  
……否、違う。子どもゆえの遠慮のなさとか、それ故の激しさとか、そんなことじゃない。  
それだけなら、自分はきっとここまで乱れたりはしないだろう。  
そうだ、私は……目の前の……彼にまるで犯されるように責められてることに……  
 
「先生、俺みたいな子どもにこんなことされてるのに……なんかそれを気持ちよがってるみたいだよね」  
ビクッ  
 
しまった、と思った。  
これでは証明してしまったようではないか相手にも……『自分にも』  
今の反応ではまるで……まるで彼の言うとおり―――  
 
「あ、もしかして先生ってアレ? マゾヒストってやつ? 自分よりもずっと年下の男に責められて虐められるのが気持ちいいって思うんだ?」  
「ちがっ……! これは!」  
 
ほとんど条件反射での反論だった。苦し紛れもいいところだ。こんなことでは、なんの切り替えしにもなりえない。  
そう思った私だったが、意外にも彼は少しばかりの寂寥感を含んだ表情で乳房から顔を離した。  
 
「……だよね、俺みたいなガキにこんなことされたって、先生にしたら大したことじゃないもんね。  
大して気にもしない、明日になったら忘れてるぐらいの」  
 
もしや……諦めてくれたのだろうか?  
今までは諦めさせ方を間違っていただけだったのか?ただ否定することで諦めさせるのではなく、今の自分がこういった行為に及ぶにはやはり早すぎたということを痛感させて諦めさせるべきだった……と。  
 
「あ、ああそうだ……このぐらい、私には大したことはない……君にこのようなことをされても……」  
 
渡りに船。という気分であった。  
もうほとんど絶望しかかっていた状態で思わぬ光明が見え、そこから脱出できると意気込んでその希望に縋り。私は安心したのだ。  
そんな考えなど甘いと……次の瞬間には分かることになるというのに  
 
「だよね……じゃあさ」  
 
彼は私の乳房に這わせていた両の手を私の頬に置き  
 
「俺みたいなガキとキスしたって、大したことないよね」  
 
私の唇に、己のソレを強く押し付けた。  
 
「んんっ!? う、むぅ……ん……っぷは……ん! ん、ちゅ……」  
「ん……う……はっ……ちゅ……じゅ……ず」  
 
先ほどまで私の乳首を舐っていた唇が、今度は私の唇を激しく責め立てる。  
口をこじ開け、舌を吸い、歯茎をなぞり、唾液を混ぜあい、流し込み、蹂躙しつくす。  
その全ての行為が、私の油断し下がりかかっていたガードを完全に粉砕し、理性という名のボディに激しいパンチを雨あられと浴びせてくる。  
 
「ふぁっ……やぁ、うぅん! あむっ……ちゅ、あ……じゅる……じゅ……はぁ……く」  
「ずずっ……ん……ちゅ……あぁ……じゅっ、じゅじゅ……んぁ」  
 
どれぐらいその口付け……いや、口付けとよべるかどうかも定かでない獣のような交わりが続いたであろうか  
彼はようやく私の唇から光る糸を引きながら離れ、乱れた呼吸と定まらない視線で私を見つめていた。  
その彼の顔を見て、ああ恐らく今の自分がこんな顔をしているのだろうなという……本当にどうでもいいことを、霞のかかった頭で考えていた。  
 
「はぁ、はぁ……どうしたの先生……これぐらい、大したことないんでしょ……?」  
「はぁ、あ……ぅ……はぁ、はぁ」  
 
もはや呂律も回らず、反論すら返すことが出来ない。  
そんな私の表情を数秒間見つめた彼は、「ニッ」といつものように悪魔を思わせる満足げな笑みを浮かべ、またもそのポジションを替えた―――瞬間  
 
(まずい)  
 
と思った  
今までの「まずい」や「ダメだ」の比ではない。本当に心の底、臓腑の底から湧き上がる感情が一気に脳内にその「まずい」という信号を伝えたのだ。  
―――そう、彼は……そのポジションを私の上半身から下半身へと移し、今まさに私のショーツに手をかけようとしていた。  
 

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