聞いても無駄なような気もしたが、聞いておかなければならないこと、ではある。  
 それで上条は、天草式の初老の男が運転するワゴン車の中で、自分を取り囲むように座ったシ  
スターたちに尋ねた。  
「なあ、俺ってさ、一応学園都市との交流のための留学生なんだよな? 学校、どんなところか知ら  
ないけど、行かなくてもいいのか?」  
 後ろの席から、上条と頬も触れんばかりに顔を寄せてきたアニェーゼが、けたけたと笑って言った。  
「そんな細かいこと、気にしちゃ駄目っすよ上条さん。まあ、今は羽根、伸ばしましょうや」  
「そうですよ。まだ、書類とかも届いていないようですし、どうせしばらく滞在するのなら、この街を見  
物しておくのも事前学習の内だと思いませんか?」  
 そう言ったのは、車に乗り込むときに(上条的には『何故か』、)大騒ぎをした後、上条の隣に滑り  
込んできたルチアである。厳密には自分の上役に当たるであろう少女の顔を、結構乱暴に後ろに  
押しやりながら上条に顔を寄せた。  
 顔面を押されてもごもごと唸るアニェーゼを横目に、何故か(これも上条的には『何故か』、)満面  
の笑顔のルチアから少し顔を引こうとする。  
「い、いや、でもさ……っ、うわっ」  
「あらあら。それでも正確なことがお決まりになるまでは、お客さまであることは変わらないのでござ  
いますから、でも、などと遠慮なさる必要はないのでございますよ?」  
 路面の窪みで車が揺れる。  
 バランスを崩した上条を、逆隣に座っていたオルソラが見た目は支えるように――その実強引に  
引き寄せながら――上条の腕を取った。肘が柔らかなふくらみに押しつけられる感触に慌てて振り  
向いて、わずか数センチ先のにこやかな笑顔にさらに慌てた。  
「顔が近いんだよとうま……!」  
 呻くような背後からの声に何故か冷や汗が出る。  
 学園都市の寮にいる限りは独占状態なのに、ここでは――いや、ここでも――、一歩寮の外に出  
ただけで、何故か上条の周囲には女の子とフラグが溢れかえっている。  
 純白の修道服に身を包んだ銀髪碧眼の少女から発せられるオーラの真意には気がつかないま  
ま、頭蓋骨に疼きを覚えて、上条は踊る視線をせめて窓の外にやろうと前方に向け、動かした視  
線が助手席から振り向く視線とかち合った。  
 ただ微笑んでいるだけ、のはずなのに、どうしてそんなに貴女の視線は刺さるように痛いのです  
か神裂さんっ! と言えるはずもなく、ただ頬だけが引きつる。  
 何というか、今日も上条の一日には前途多難な空気が漂っているのだった。  
 いつもの言葉が上条の口から漏れるより早く、運転席から呟く声が聞こえた。  
 
「若いって言うのは素晴らしいことですな」  
 諫早さん! 状況、読んで! 上条の血の叫びは石畳に吸い込まれて、朝のロンドンの喧噪に消  
えていく。  
 
                             −*−  
 
 
 そんなやり取りがあって、連れてこられたのがここ、ロンドン塔なのだった。  
 普通の観光客が見られないところ、連れて行ってあげますなんて言われて、いいのかなあ、と思  
いつつも歩き回った結果が、今の状態、平たく言えば迷子、というヤツなのである。  
「いやまいったな、ホント……。ここ、どこだ? せめて観光用に解放してあるようなところに出られ  
たら……」  
 ぶつぶつ言いながらも、とにかく歩き回ってみるしかないと足を動かす上条なのだが、上条はここ  
が英国王家の宮殿でもあった、ということを知らないわけで、その広さも規模も見当などつかない  
のだった。  
 そうして歩き回るうちに、上条の知識と視点からは、何か超高級なホテルの様にも見えないでも  
ない一角にたどり着く。  
「何だ、ここ……?」  
 
 
 本当なら、この場所を知るほんの少数の者だけが立ち入ることができる区画。  
 厳重な『人払い』と幻視の術式で隠されたその場所も、上条当麻の右手にだけは無力なのだった。  
 
 
 見た目はそれまでと大きく変わるわけではない、上条にすれば同じような欧州の歴史的建造物、  
の中である。が、どうも雰囲気が違う。入ってきてはいけなかったような、そんな感覚だけは、さす  
がの上条にも判ろうというものだ。  
「この際だから、無断侵入で怒られてもいいからさ、警備員の人とか、いませんかー……?」  
 小声で呟いて、きょろきょろと周囲を見回しつつ、その豪奢な廊下を歩く。  
 と、とあるドアの向こうから物音がした。  
 足を止める。やはり、何か音がしたようだ。しかし、何か潜んでいる、という風でもない自然な感じ  
の音だった。  
 誰か、居るのだろうか。それならば、中の人物にここからどうやって出るのか、聞いてみるのも一  
つの手だろう。  
「まあ、見た目もホテルっぽいし。正直に話したらなんか教えてくれるだろ。警備員さんなら――」  
 とりあえず土下座だな、と思いつつ、物音が聞こえたドアの、やはり豪奢なノブを掴んだ。  
 右手が何かを壊して、バキン! と音を立てたのだが、その感触と音は――道に迷って焦る上条  
の意識には――伝わらなかった。  
 重い木製のドアを開ける。  
 ティーカップを手に、窓辺で外を眺めていた金髪の女が振り向いた。  
 上条の顔を見て、女の表情が驚きのそれに変わる。しかし、それは上条にも同じことだった。見  
覚えのある顔に、準備していた台詞を吐き出そうとする顔が驚きに染まる。  
 
「すいません迷っちゃって……って、オリアナ?」  
 
 部屋にいたのは、大覇星祭が始まった学園都市に侵入して、『使徒十字』という霊装を用いて学  
園都市をローマ聖教の支配下に置こうとした魔術師のひとり、オリアナ=トムソンだったのだ。  
 
 思わぬところで思わぬ人物に出会って上条が思わず上げた声に、しかしオリアナは一度固めた  
その表情を綻ばせながら言った。  
「え? お姉さんの名前、覚えててくれたんだ? 感激しちゃうなあ」  
 そうして、驚き醒めやらぬ、と言った風情の上条に近づいて、さらにはぐっ、と顔を寄せた。以前、  
敵として対峙した魔術師が息も触れそうなところにまで接近して、ようやく上条が警戒感を表に出  
した表情になる。  
 が、それを見てもオリアナは警戒心とか敵愾心とか言ったものを呼び戻すような様子もなく、  
「やだなあ、怖い顔、しないでよ坊や……じゃ、なくって、上条当麻くん。お姉さんね、あれからずっ  
と、君に会いたいと思ってたのよ? こんなところで会えるなんて思ってもみなかったし……」  
 嬉しそうに、そしてやや挑戦的にも見える視線を上条に投げつけながら言う。  
「あのとき、君の言うとおりにしてあげなくって、逆にお姉さんがフラストレーションなのよ」  
 警戒すべきなのかどうなのか、それにしたところで、もう相手の体温まで判りそうなほど近づいて  
いる相手に対し、上条は表情も変えられないままでたじろぐばかりだ。  
 それでも、右手にだけは自然と力が籠もって、半ば無意識に堅く拳を握りしめていた。  
「待ってよ。ケンカがしたいわけじゃないんだから、お姉さんは」  
「俺に会いたかった……って、何でだ? 確かに俺たちは、お前たちの何とか十字を使った計画の  
邪魔を――」  
 戸惑いを浮かべて口を開きかけた上条の声を、オリアナが制止する。  
 
「言ってるでしょう? 君の言うとおりにしてあげなかったせいでムラムラしてるって」  
 
 聞いて、上条の動きが凍った。  
「へ? ……………ム……ムラムラ? て、なに?」  
 離せない目線の先では、その上条の表情が余程面白いのか、それとも別の思惑があるのか、オ  
リアナが小悪魔のような笑みを浮かべて、上条の視線を真っ向から受け止めていた。  
「そ。ムラムラしてんの」  
 オリアナが手を伸ばしてきた。  
「君はさ、キスの方が良い、って言ってくれたのに」  
 反応できないままに、上条はオリアナの両手に顔を挟まれる。  
「そうしなかったんだよね、お姉さん。それでさ、君にやっつけられちゃってから、お姉さん、どうして  
あの時君にキスしなかったのかなあ、って―――」  
 オリアナの顔が、さらに近づいてきた。  
「―――すっごく、後悔して後悔して。君の唇の感触、どんなだろうって想像すると、身体が疼いて  
堪らないんだから」  
 上条の目の前数センチのところで、オリアナが目を閉じた。  
 背中から、どっと汗が噴き出すのを感じる。しかし、上条当麻に対抗する術はない。  
「………………………………………!!!!」  
 唇を塞がれる。柔らかい感触が伝わってくるのと同時に、香水か何かの、嫌が応にも女を感じさ  
せる甘い香りが、上条の鼻腔を満たした。  
 そうしてその匂いが上条を酔わせようとする隙にも、オリアナの唇が上条のそれを蹂躙する。  
 
 キスが巧い、と言うのは、ドラマや小説の中の話と思っていた。  
 しかし、  
 いま自分の唇を塞ぐ年上の女に、キスが巧い、ということを体験させられて、  
 巧い、と言うそのことが現実としてある、と納得する前に、  
 上条の膝が震え始める。  
 
 舌を無理矢理入れてきたりはしない。時々、薄く開いた唇から、上条の唇を湿らせに伸びてきたり  
はするものの、向こうから入ってこようとはしない。  
 それでも背中が震えて、頭がぼんやりとし始め、キスの快感に膝の力が入らなくなってくる。  
 オリアナが、息を継ぐように、一瞬だけ、触れるか触れないかのところへ離れ、薄く唇を開いた。  
「ふっ……ぅん…」  
 そうして、オリアナの半ば悶えるようなその吐息が上条の膝を砕き、再び唇を塞がれた瞬間に、  
上条はオリアナに覆い被さられるように床へと崩れ落ちた。  
「くは、はあ、はあ、はうふ………」  
 目の前の女の肉感的な唇が、言葉を返す、と言った程度の抵抗すら出来ないほどに上条の意識  
を砕く。  
 上条に覆い被さったオリアナが、その顔を紅潮させながら上条の顔を見下ろした。  
「ねえ、君さ、ほんとうに科学サイド……? ちっとも収まらないんだけど、お姉さん」  
 呟きながら上条の右手を取る。  
「感情を支配するような術式とか、お姉さんに掛けたの? そうなんでしょう? ほら、こんなにドキ  
ドキしちゃってるんだ、子供みたいじゃない……」  
 上条の右手首を自分の両手で支えるように持ち直したオリアナは、そう言うと、自らの豊満な乳  
房に上条の右手を押しつけた。  
「!……………!!!……!!……………………!!!!」  
 今度は手のひらに広がるその柔らかな弾力に、やはり言葉が出てこない。瞬時に沸騰していく脳  
髄が、上条の頭のてっぺんからどっと汗を噴き出させた。  
 焦る上条を尻目に、オリアナはさらに強く掴んだ手を自らの胸に押しつけながら言った。  
「でも、どうして君の右手でもこの『魔術』は消えないんだろ?」  
 言いながら、上条の上に覆い被さった身体をもぞもぞと動かす。オリアナの胸のふくらみを掴んだ  
まま、上条がなにも抵抗できずにいるうちに、その豊満な胸の持ち主はすっかり上条に馬乗りにな  
っていた。  
 馬乗りになったオリアナのその腰が、制御できない男の性にぐっ、と押しつけられる。  
 興奮した風な、金髪の女の絡みつくような視線と唇が上条の耳に近づいて、  
「お姉さん、いいモノ見つけちゃったんだあ」  
 悪戯っぽく、それでいて扇情的に微笑みながら、オリアナが口を開いた。  
 覆い被さられて、目の前には少し息を乱したオリアナの顔がある。  
 恥ずかしくなって目をそらそうとして、目線を下げると、大きく胸元の開いた服のせいで、オリアナ  
の見事な谷間が目に入ってしまった。慌てて視線を戻してみると、さらに挑戦的な目線になったオ  
リアナが上条を見つめ返していた。  
 見事な谷間を作っていたその双丘を、上条の胸板に押しつける。  
 柔らかいのに弾力も張りもある見事な感触から、意識を離そうと上条は声を絞り出す。  
「……いいモノ、って……なんだよ」  
 上条の台詞に、オリアナの目がさらに挑発するような色を帯びる。  
「ふふ。判ってるくせに。君のいいモノ、凄いのね。お姉さん、ゾクゾクしてきちゃった」  
 そう言って、オリアナが手を伸ばした先にあったのは―――  
 

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