素敵で可愛い彼女。
幸せな生活を送る自分。
平和な世界。
そんな夢を見た。
「んぁ・・・」
朝日が眼に染みる事もないバスタブの中で、上条当麻は眼を覚ました。
傍らを見てもそこには何もなく、むしろ自分だけで窮屈なこの寝床に他の人間がいる訳もない。
「いやにリアルな夢だったなぁ・・・」
眼を擦りながら立ち上がる。
インデックスはまだ寝ているのだろう。今のうちにさっさと朝飯の準備をしちまうかー。
そんな上条の思考はドアを叩き割るかのようなノックに中断された。
「こんな朝っぱらから・・・ったく誰だよ」
急いで玄関へ向かう途中、視界にパジャマがお腹までめくれた少女が入った気がするが気のせいだろう。
そっかー昨日は暑かったもんなー。などと考えている時点で割と駄目な気がするが。
未だにノックがガンガンと響くドアを思いっきり開ける。
「はいはい何処のどなた様ですかー。こんな朝っぱらからノックのドラムを聞く趣味は上条サンにはございませんよー?」
思いっきり開けられるドアを予想していたのか。彼はドアから大きく離れて立っていた。
「その割には余裕そうな表情で助かったにゃー。おっすカミやん、いい朝だぜぃ」
土御門(兄)がそこにいた。括弧の中が妹ならば余った料理のプレゼントなども期待できるが、兄ならば正直悪い予感しかしない。
「なんだ土御門か・・・こんな朝から何のようだよ」
「カミやんに良いニュースと悪いニュースを持ってきたんだにゃー」
どっちから聞きたい?と意地悪そうに笑う土御門。
その瞳は不思議発光しているサングラスの影になって読み取れないが、焦っているようには見えない。
ならばそこまで切羽詰まった事態でもないのだろう。魔術師ではなく、一人の友人との会話に心を切り替える。
「どーせどっちも上条さんにとっては悪いニュースなんだろうに」
「いやー良いニュースの方はこの世で最高の幸せ、ベストオブラッキーイベントだと思うぜぃ」
何だそのカタカナ英語は。目の前で徹夜明けの漫画家のようなテンションを披露してくる友人に溜息。誰だお前。
「・・・まあどっちでもいいや、じゃあ良いニュースからで」
「良いニュースだな?まあ簡単に教えるとな・・・」
「おう」
瞬間、謀ったように土御門のサングラスの不思議発光が収まった。そこから覗く瞳の色は、狂気。
その瞳を見た瞬間、上条は本能の警告に従い部屋に戻ろうとした。が、上条がたった一歩下がる前に、土御門は上条の肩を思いっきり握りしめていた。
「これから一週間貴様に舞夏と生活する権利を進呈するにゃー」
「・・・は?」
「心配しなくても手を出す権利までは与えてないから安心するにゃー。つうか出したら貴様の辞書は生命活動を地獄と読ませる不良品になるぞ」
「い、いや待てよ土御門、どうしてそんな事態に!?」
「っち」
「舌打ち!?舌打ちって何!?」
慌てる上条の様子を見てもっと舞夏と同じ空間にいれる事に感謝したらどうなんだにゃー等とぶつぶつ呟く土御門。兄心は複雑らしい。
「俺はこれから英国の方へ二週間程飛ばなきゃいけなくなったんだがな」
「ああ」
「偶然に、舞夏の寮が試験的にAIM力場を利用した防犯システムを導入する為の改装工事と日付が被ってだな」
「あ・・ああ」
「そして舞夏がな・・・・舞夏が・・・・」
俯きだした土御門の背中にどす黒いオーラが見えるのは気のせいだろうか。
あのオーラもどきはこの右手でも殺せない気がする。土御門最強説。
「それじゃ兄貴もいないんだし、上条当麻の家にこないだのお礼も兼ねて泊まるかなー。
なんて言い出したんだよこの野郎っ!!!てめぇ一体家の義妹に何しやがったぁああああああああああああああ!!!!!」
「いや特に何もしてませんし!てかその口調お前に似合ってないし!」
キャラ崩壊してますよ!と土御門のオーラに押されて叫べない上条。
その表情を見た土御門が何かを言おうと口を開いた瞬間、それを遮る様に胸ポケットから電子音が鳴り響いた。
忌々しげに電話にでる土御門。その際上条を一睨みするのを忘れないのは流石だろう。
『土御門。本来ならば既に飛び立っているはずの君専用の航空機が未だ学園都市にあるのはどういうことだ?』
「っげアレイスター・・・いやこっちにも色々事情があってだな」
『いいから急げ。本来ならばこうして話している時間すら惜しいのだ』
「というか、お前はどこから電話をかけてるんだ」
『むっ』
貴様には関係ないことだ。とアレイスターは電話を切った。
上条は苦虫を噛み潰した様な、それでいて何かの新しいヒントを得たような土御門の表情を見つつ、自分は一体どうしたら良いんだろうと頭を悩ませている。
そんな上条を見た土御門からとりあえず先程のオーラは消えていた。
「とにかくカミやん、俺は行く。舞夏は昼前にはこっちにくる予定だ」
昼前!?と片付いてない室内を頭に思い浮かべて青ざめる上条。最近入院続きだった為、彼の部屋の一角は現在ゴミ袋が埋めているのである。
既にエレベーター前へ歩き出していた土御門は最後にもう一度だけ
「最後にもう一度だけ――舞夏に手を出したらブッ血KILL」
どこかの魔術師の台詞をパクりつつオーラを纏って、上条を脅していった。
残された上条はとりあえず自分は何をすべきかと考えた結果、部屋の中から聞こえてくる地響きの様なシスターの腹の音を鎮める為に部屋へ足を向けた。
「なんつーか・・・不幸だよなぁ」
うんざりしつつ溜息を吐き出し、冷蔵庫の中身が無くなるほどの大量の料理を作る上条。
都合20分で作ったにしてはあまりにも大量な料理を満足気に口にほおばったインデックスは、もーしゃもーしゃと幸せそうだ
いつもだったら食後はすぐに猫と戯れながら床に転がるはずなのだが、今日彼女はとうまーと話しかけていた。
足下で猫が「俺はもう用済みなのかー!いらない子供なのかー!」と言いたげにインデックスのひざに頭を擦り付けているのを眺めつつ、
どうしたー?と上条はインデックスに顔を向ける。
「そういえば言い忘れてたんだけど、今日から小萌の家にお泊まりにいきたいかも。ていうかいく」
「へ?」
「うーんと、小萌がね、『ふくびきー』でせかいのやきにくセットって言うのを当てたみたいなんだけど、あんまり多いから食べきれないんだって」
そういって微笑むインデックスだが、彼女は一体どうやって小萌先生とそんな連絡を取り合っていたのか。
彼女に与えられている携帯は常に電池切れでベッドの下に転がっているというのに。
「だから、きょうから泊まりがけで処分のお手伝いするって言ってたの。とうまに言い忘れてたね、ごめんね」
え?え?と未だ混乱する上条の家に本日二度目のドアノック。
「むかえに。きたよ。」
土御門来襲から開けっぱなしになっていたドアの向こうに巫女服が見えた。
彼女は私服をいくつか持っているはずなのだが、何故か上条と校外で会うときはほぼ巫女服である。なにかのこだわりなのかもしれない。
未だ混乱している上条にインデックスはそれじゃ行ってくるねー!と未だ出会わぬ獲物を想う猫科の猛獣の様な目をして去っていった。
姫神の方はまだなにか上条と話したいようだったが、迎えに来た相手がすっ飛んでいってしまったのでしぶしぶといった様子でインデックスの後を追っていった。
対して取り残された上条は思う。
「えーっと・・・これってひょっとしなくても舞夏と一対一生活スタートってことか・・・?」
そんな上条の言葉に応えるかのようなチャイム音。
姫神は去るとき律儀にもドアをきちんと閉めていってくれたのだろう。本日初めてのチャイム音に上条がドアを開けると。
「兄貴から話は聞いてるよなー?」
これから一週間よろしくなー。と微笑む土御門舞夏がそこにいた。
これが上条と舞夏の長くて短い一週間の始まりで、この時点で一週間後の彼らの姿を理解しているのは誰もいなかった。