(不幸だ……)
上条当麻はいつものようにいつもの如く、心の中で嘆いていた。
(ていうか一体何なんでせうか、この異常な状況はっ!?)
彼が異常と言う現状とは――パッと見少女だが実は大人である担任教師とパッと見少女で実はも何もなくそのまんま少女である同居人のシスターの前で生まれたままの姿、つまり一糸纏わぬ全裸の自分を、そして息子を見られている。
間違いなく異常である、極一部の特殊な性癖を持つ人物――ロリコン疑惑の某捨て犬とか――にとっては垂涎もののシチュエーションかもしれないが。
インデックスはまるで初めて見る珍獣を見ているかのように興味津津といった様子でじっと見つめている、特に息子の方を重点的に。
小萌先生はといえば平時と変わらない様子だが同じくこちらを凝視している、やはり息子の方を重点的に。
(どんな羞恥プレイですかこれは!? いや、寧ろプレイのつかない単なる羞恥ですよこんなもん!)
「いいですかインデックスちゃん、これが男性器、つまりペニスです、日本人の平均は16cmくらいですから上条ちゃんの18.5cmは結構大きい方ですね、白人さん並みですよ」
彼の心の叫びにも関係無く目の前の授業は進んでいるようだ。
(何でこんな事になったんだったかなぁ……)
目の前の現実から逃避する為、彼は思考を幻想へと飛ばした。
そう、始まりは三日前だったか……。
上条当麻が不幸(本人談、要検証)な目に遭う三日前、全ての元凶であるそれは、無邪気な、そしてそれ故にこの上なく厄介な一つの問いだった。
「ねえねえ当麻、赤ん坊ってどうやったらできるの?」
「…………はい?」
おそらく親が子供に聞かれたら困る質問ランキングがあれば堂々のNo.1に輝くであろう問いだった。
なんでも中学生が母親になる某問題作であるドラマの再放送を見て疑問に思ったのだとか。
(う……うろたえるんじゃあない! 上条当麻はうろたえない! 此所は冷静に返して何となく話を逸して流して有耶無耶にしてその内に忘れさせるんだ!)
そこで時計を見て今の時刻を確認する。
(幸いあと少しで夕飯の時間、そこまで持ち堪えれば食欲の権化のあいつはあっさりと忘れる筈!)
「あーっと、それはだな」
コウノトリかキャベツ畑という伝統的な法螺話、もとい児童教育の為の寓話をはなして煙に巻こうとする、しかし。
「あ、コウノトリやキャベツ畑の話が嘘だって事くらいは私だって知ってるからね、ちゃんと答えて欲しいかも」
しかしまわりこまれてしまった、逃げられない。
(不味い、これは適当に誤魔化せない空気だ……でも本当の所を教えるにはまだ早い気がする、この幼いシスターに男女の生々しい交わりについて教えるのは、何と言うか背徳的でとてもクルものが、って違う! 上条さんは変態じゃありませんのことよ!?)
あまりに混乱し過ぎてやや脳に異常をきたしたのかもしれない、しかし目の前に迫る危機を回避する為それでも必死に頭を稼働させる。
(っ! そうだ、保険の教科書! あれなら一応赤ん坊の誕生について書いてあるしアレについては触れていない!)
起死回生の一手を思い付きそれまで赤くなったり青くなったりしていた顔色が元に戻り泳ぎまくって虚空を漂っていた視線も定まる。
「インデックス、俺は説明するのは苦手だからそれについて書いてある本代わりに読んでくれ、今持って来るから」
「ん、わかった」
あっさりと了承、取り敢えず収まりそうな事態に小さく拳を握る。
その後は保険の教科書を記憶して新たな知識を得たらそれで満足したのか特に追求は無かった、『その日』は。
翌日、上条が学校から帰って来るとインデックスが眉間に皺を寄せ難しい顔をしてうなっていた。
「どうしたインデックス、何かあったのか?」
確か食料はまだ大量に残っていた筈だし、と上条は考える。
「あ、お帰り当麻、うん、わかんない事があって」
「わからない事?」
何となく、嫌な予感がした、そして不幸な自分にとってこの予感はおそらく確信に近いものだろうとも。
「精子と卵子が一つになったら赤ん坊に成るのはわかったんだけど、なんで女性の卵巣にあるものと男性の精巣にあるものが出会うのかなーって」
不味い、この流れは不味い、体中からじっとりと汗が吹き出してくる。
「『性交』とか『セックス』みたいな単語はあったんだけど具体的な方法はかいてなかったんだよ」
次に起きる展開が自分の想像するもので無いように心の中で神や仏や聖人など知る限りの存在に祈る、無駄だと心の中の何処かで知りながらも。
「ねえ当麻、この『セックス』て何? 教えて欲しいかも」
(やっぱりそう来たかーー!)
祈りは通じなかったらしい、対象を絞らなかったのが悪いのか、それとも幻想殺しが祈りまでかき消したのか。
(これなんてエロゲ!? いや、それにしても話の展開がベタすぎる、ってだから違くて!)
横道に逸れようとする思考を矯正し必死で、人生のなかでこれ以上は無いだろうというくらい必死でこの下手をしたら十八日の禁曜日なイベントに突入しそうな状況から逃れる方法を考える。
脳内で『こっちへ来〜い、受け入れてしまえば楽になるぞ〜』と言いながら手招きしてくる青ピ(変態)ステイル(ロリコン)一方通行(ロリコン、レズとの噂も)土御門(ロリコンでシスコン)の幻想をぶっ壊しながら考える。
(頑張れ俺の脳味噌! ここで失敗すると上条さんが変態の汚名を受けてしまう!)
「当麻、どうしたの? 当麻、当麻ってばー」
話しかけて来るインデックスの声も届かないほど熟考する上条、まるで宇宙の心理に挑むかの如く考え続けるその脳裏に一つの光明が差し込んだ!
(そうだ、別に俺が教える必要は無いんだ、誰か知り合いに頼めばいいんじゃねーか。なんでこんな簡単な事に気付かなかったんだよ俺のマヌケ!)
「当麻ー、ちょっと当麻!」
今にも「エウレカ!」と叫びそうな喜びにインデックスの声も聞こえない。
(そうなると後は人選だが先ず男は駄目だよな、女性でも年下とか同じくらいの年代だとちょっとなあ、シスターはあんまり詳しくなさそうだしそもそも皆今日本に居ない)
「だから当麻ってば!」
無視されて苛つきだしたインデックスはやや声を荒げるがやはり思案中の上条はスルー。
かなり絞り込まれた候補、というか当てはまるのは一人しか居ない。
(インデックスとも親しいしやっぱり小萌先生にたの)
「無視するなんて酷いかもっ!」
痺れを切らしたインデックスに噛み付かれる、走る激痛、迸る悲鳴。
薄れゆく意識の中、誤魔化せた! 痛いけど、不幸だけど不幸じゃない! と、嬉しいのかそうじゃないのか甲乙付けがたい思考をしながらのたうち回り、その内完全に意識が暗転した。
その日は結局有耶無耶になりそれ以上の追及はなかった、あくまでも『その日』は。
翌日、上条が学校から帰って来るとインデックスが眉間に皺を寄せ難しい顔をしてうなっていた。
(あれ? 何かデジャヴ、ていうか描写が全く一緒……いや、描写って何の事だ? 小説じゃあるまいし)
どこからか電波らしきものを受信したのかただ単に混乱しているのか自分でもよく分からない事が頭に浮かんでくる。
「あ、当麻。やっと帰って来たんだよ」
考え込んでいたインデックスがこちらに気付き近付いて来る、嫌な予感がする、いつも不幸が襲って来る前に感じる予感が。
「昨日は結局聞くの忘れちゃったけど『セックス』て何なのか今日こそ教えて欲しいかも」
(あー、やっぱそうきますかー)
上条は今までの全てが無駄な足掻きだと悟り、改めてこう感じた。
(不幸だ……)
「……と、いう訳なんですが小萌先生、お願い出来ますか?」
これまでの経緯を伝えインデックスの教育を依頼する、こういった事を人に頼むのも気恥ずかしいが背に腹は代えられない。
「いいですよー、インデックスちゃんが妙に間違った知識を植え付けられちゃ不味いですからね、ちょうど開いてるから明日来て下さい」
「有り難う御座いますっ!」
それとなく自分を非難された気がするがきっと気のせいだと無視して礼を言う。
「但し、上条ちゃんにも協力して貰いますからね」
(協力?)
何の事か問い質そうとしたが、既に通話は切られていた。
(ま、いいか、小萌先生なら無茶な事は言わないだろ)
気楽に考える上条、電話の向こうで相手が怪しく笑みを浮かべていたとも知らないで。