なぜ、こんなにも不機嫌になるのかが判らない。しかし、そのせいでさらにイライラが募るのは  
確かだし、その原因がとあるクラスメイトにあることも確かなのだが。  
 そのクラスメイトのために、どうしてイライラしなきゃならないの? と、少女の不機嫌とイライラ  
は環状線の電車のようにぐるぐると回り続けていて、その環状線の終電の時間はまだ当分先の  
ようだ、と半ば確信しているだけに、さらに悪循環の燃料を注ぐ結果に繋がっているのだった。  
「カイハツはともかくとしても、他のことはやれば出来るはずなのに。月詠先生も判ってるはずな  
のに、なんでいっつもカイハツ関係で居残り? 先生があいつをお気に入りなのは判るけど――  
――」  
 今日も居残り補習をしているはずの少年の姿が無意識に浮かんで、ぼんやりと呟いてから、  
「だああああああ! な、なによ! 何であたしがこんなっ!」  
 頭を振りながらひとしきり叫んで、その奇行が周囲の注目を集めていることに気付くと、吹寄制  
理は気まずそうに俯いてその場を走り去る。  
(か、上条当麻がもうちょっとまじめに―――いや、だから、あああああああっ!)  
 寮とは反対方向に駆け出してしまったことに気付かないまま、それでも、吹寄の思考回路は「ま  
じめにやったらちゃんと出来るはずのクラスメイト」上条当麻に支配されたまま、なのだった。  
 
 
「何やってんの、あたし……」  
 いつもの倍以上の時間をかけて帰ってきた部屋。  
 鞄を投げ出したあと、留守番電話をチェックしようとして、電話の前の緊急連絡網に目が……い  
や、その中の一人の名前に目が行った。  
 溜息が出る。出来る限り普通の高校を演出する、という校風が、今回に限っては恨めしい。  
 緊急電話連絡網、などという古風なシステムを採用しているところなんて、他にあるの、と悪態が  
口を突く。  
(なんで、帰ってきてまでこいつの名前を見てイライラしなきゃならないのよ……!)  
 上条当麻と書かれたその欄から目を逸らして、次に目に入ったのは同じプリントの、姫神秋沙、  
という転校生の名前。  
 そういえば、上条は二学期の初日にやってきた転校生の姫神秋沙とは―――元が名門私立か  
ら、しかも名門進学塾に居たとかで、あの少年とは全く接点が無さそうだったのに―――すでに知  
り合いで、しかも親しげですらあった。  
 さらに言えば、だ。あの始業式の日には、どこの制服なのか、見たこともない純白の修道服を着  
た、しかもどこからどう見ても『ガイジン』な銀髪碧眼の少女ともいわく有りげ(ただの勘だが女の勘  
だ)な様子だったし、しかも後から聞いた話では、その女の子を追って始業式から姿を眩ましてい  
たと言うではないか。  
 その他にも、一学期早々から周囲のクラスメイト(女の子、である。念のため)が上条がどうこう、  
と言った話をしているのを聞いたこともあるし、他校の女生徒が上条の下校を待ち伏せていたの  
を見たこともある。そう言えばある日、あの超名門校、常盤台の女の子と一緒にいるところも見か  
けたことがあった。  
「……ふんっ………!」  
 悪態にも近い嘆息が漏れる。  
 
「みんなみんな、『カミジョー属性』とか言って片付けちゃうけどさ……、やっぱりああやって女の子  
にうつつを抜かしてるから、まじめに出来ないって、そう言うこと? ………いや、間違いないわ、そ  
う言うことなのよ……!」  
 
 再び、印刷された上条当麻の名前を凝視する。  
「こんなだらしないヤツのためにイライラするなんて、ゴメンだけど……イライラしないためにあたし  
が自分で何とかするってのは、有りよね」  
 イライラする理由を、とにかく上条のだらしなさ『だけ』に結びつけるようにしている自分には気付  
こうとしないまま、頭の中で、吹寄制理はああしてこうして、と計画を練り始めた。  
 練り始めて、その途中でぐぅ、と唸りながら、回避できない問題に直面して吹寄は手を握りしめた。  
 クラスの男子連中が言う、自分への評価。  
 ―――「ちっとも色っぽくない鉄壁の女」。  
「い、色気が無くって何よっ!」  
 思わず口に出て、それでも姫神や確かインデックスと言ったあの外人の少女を思い出し、  
(ひ、姫神さんは確かに美人よね……ちょっと儚げな風なのも、男の子にはよく映る……んだろうな  
あ……。あの外人の子も……食べてるところばっかりのような気もしたけど、すごく可愛い子だった  
し……上条を見てる目は、その……上条が気付いてるなら、庇護心、煽りそうよね……)  
 ここへ来て、色っぽくない、という自分への評価がすさまじく気になり始める。  
「い、一回目は強引に呼び出すにしても――――」  
 吹寄が考えているのも、実際はと言えば単純な話で、生徒なら誰でも利用できる自主学習室で  
勉強を教えてやろう、と言うだけのことだ。あれだけ女の子にうつつを抜かしてるのだから、女の子  
相手ならまじめに勉強もするだろう、と考え、そうして辿り着いた周囲の自分への評価。  
「ううっ…………、……? あ、そうだ、あれ!」  
 突然何かを思い出したのか、吹寄はデスクのノートパソコンを開いた。メールソフトを立ち上げ、自  
動学習機能で隔離されていたスパムメールのフォルダを開く。  
「嘘か、まことかはともかくとしても……もし、本当ならこれでも嗅がせて煽ってやれば、あたしの言う  
ことだって聞くかも……」  
 メールに書かれたリンクを辿る。スパムには違いなくても、学園都市最新のセキュリティソフトがオ  
ーケーを出しているのだから、このサイト自体には危険性はあるまい。  
「最速2日でお届け? 本当でしょうね……」  
 呟きながら、購入確定、のボタンをクリックする。  
 ありがとうございました、と映るその下に、お買い上げの商品名が表示された。  
 
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 煮詰まった今の吹寄制理の頭には、このとんでもない買い物が上手い方向に転がるようにしか考  
えられないのだった。  
 

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