上条当麻が自販機の横のゴミ箱に空になった紙パックを捨てて横を向くと、鼻歌を  
歌いながら月詠小萌が通り過ぎていくところだった。  
 上条がいることに気付いた様子はない。ふと、思い出す。  
(また高い高いをする気ですねー、とか言ってたな……そんな事してたのか、記憶  
を失う前の俺……)  
 『そんな馬鹿なこと』をしていたことに呆れながらも、遙かに年下に見える担任教師  
に悪戯をしてみたいと思う自分が居るのも、また紛れもない事実で―――足が、半ば  
勝手に小萌を追って廊下まで駆け出ていた。  
 月詠小萌の小さな背中を見て、やっぱり止めとこうと思うよりも、強く嗜虐心を覚え  
たのは何故だろうか。  
 そっと近寄っても―――鼻歌を歌う小萌は相当に機嫌が良いのか、肩や髪がピコ  
ピコと揺れて微笑ましい―――上条に気が付く様子はない。そのまま両手を小萌の  
脇の下に潜り込ませて一気に持ち上げた。  
「ひゃあああっ!!」  
 持ち上げられた小萌が悲鳴を上げる。慌てて振り向いて、この悪戯の犯人を認める。  
「かっ、上条ちゃんっ! いきなり何をするのですかっ!早く下ろ――」  
 一方、上条はと言えば、小萌の想像以上の軽さに少し面食らって、振り向いて半泣  
き顔の小萌に少しドキッとして、  
「あ、あー……、こ、小萌先生、な、なんか良い匂いするなあ」  
 持ち上げた瞬間に鼻孔をくすぐった、微かな甘い香りにクラッとして、ふざけて笑っ  
てみせるのを忘れていた。  
 言われて、抱え上げられた小萌が真っ赤になる。  
「か、上条ちゃん?! お、おふざけは許さなくって、は、早く……」  
 バタバタと手足を振って抗う小萌に、腕の力が緩みかけてそれに耐える。  
 ちょっと抱え上げただけと言っても、小萌の身長と同じくらいの高さはある。下手に  
落としてしまっては、足を挫いたりして小萌が怪我をするかもしれない。さすがに、悪  
戯で怪我をされてはいくら何でも、と言うものだ。  
「こ、小萌せんせっ、暴れたら……っ、」  
 しかし上条の言葉も聞こえているのかいないのか、小萌は強引に身体をひねって  
後ろ、つまり上条の方を向こうとする。そのとき手足を大げさに振り回すさまは、きっと  
遠目に見れば(小萌の外観とも相まって)愛らしく映るのだろうが。  
 いくら小萌が軽くて小さくとも、思い切り暴れられてはさすがに支えきれるものでは  
なく。  
 一瞬力が緩んだ隙に、上条の腕からすり抜けて小萌の身体が落ち、  
「わ、わわ、小萌センセっ………」  
「ひゃんっ」  
 小萌が自由落下するのを防ごうと思い切り腕を抱え込む。  
 
 間一髪で抱きかかえた。  
 身体をひねっていた小萌を無理矢理受け止めたために、上条の顔面に小萌のお腹  
――だけだと思いたい――が覆い被さる。落とすまいと腕に力を込めたので、顔面を  
小萌の身体に埋めたまま固く抱きしめた状態になってしまった。  
「だ、ダメです上条ちゃん、こ、こんなのではさっきより恥ずかしいのですっ」  
 小萌がバタバタと足を振って声を上げる。  
「むが、むむ、むが、むがむがむがむむっ!」  
 訳―――こ、小萌先生暴れたらまた落としちまうっ―――  
「ひあう……っ、ふあっ……」  
 顔を埋めたままの上条が叫ぶ。上条が無理矢理に口を動かしたために、それが小  
萌には何かが這い回るような感触として伝わり、声と一緒に吐き出された吐息の暖  
かさが、じわ、と背筋に痺れを走らせた。  
 反射的に上条の頭を強く抱きかかえてしまう。  
「ひ……あ、だめ……だめ、ダメなのですよう上条ちゃん……」  
「もが? もがもがもがもが? もがもが?」  
 再度訳―――あれ? そんな掴まれたら小萌先生? 下ろせないかと?―――  
 上条が再び何かを言った。上条自身には、小萌がきつく自分の頭を抱え込んだこと、  
その腕とは逆に身体からは力が抜けてしまったことが伝わる。  
 それで、小萌はと言えば、  
「ひあ、う、上条ちゃん、らから、らめなのれすう……」  
 抱え上げられて空中に浮きっぱなしの脚がぴくぴくと震える。息も荒くなってきてい  
るが、上条は気付かない。  
「もが?」  
 以下、訳は省略。経過も少々省略。  
 
 
 
「ひあ……」  
 小萌が自分の頭を抱える力が、急に緩くなった。これでようやく下ろしてやれる、と  
上条は抱きかかえた担任教師をそっと床に降ろした。  
 何故か不自然に膝をがくがくと震わせている小萌だが、その様子には上条は気付  
かず、頬を染め、半目になってしかもそれを微妙に潤ませたその表情だけを訝しげに  
見下ろしつつ、上条が小萌の脇から支えていた腕を抜く。  
 腕を抜いたとたん、ぺちょ、と小萌がへたり込んだ。  
 腰が砕けたように床に座り込んだ小萌が、今にも泣き出しそうな、しかし不自然に  
赤く染まった顔で上条に非難の声を上げる。  
 
「か、上条ちゃんのばかなのですぅ……、ひう、ゆ、許さないのですよう……?」  
 
 え、なに、何がどうなってるの、と困惑しつつも小萌を宥めようとして、上条は周囲に  
ギャラリーが集まってきていることに気が付いた。  
 どうやら平穏無事に終わりそうにない。しかも、今回は自業自得という言葉がぴった  
りで―――  
 
 
 
 とりあえず、上条は、考えることを止めた。  
 

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