麦野がすき焼きが食べたいと言った。
たしかに最近食べていないし、他の二人も賛成したので夕飯はすき焼きに決定した。
しかし冷蔵庫の中を覗いてみると野菜類しか入っていなかった。
「買い物行って来る」
そう言って家を出た。
向かう先は近所のスーパーマーケット、当然学園都市産のものしか売っていない。
収入的には最高級の肉を買ってもいいのだが、昔の癖でつい安くて量の多いものを買ってしまうのが浜面だった。
だけど今日ぐらいは金に物を言わせても言いかと思う、なんせ明日お金が入るのに向こう一ヶ月を過ごせるほどのお金が残っていたからだ。
これも浜面による日々の節約と倹約の結果だろう。生活費の大半を女性陣のファッション関係に消えていくのにここまでお金を残せていたのだ。
なぜ彼女たちはあそこまで自分の美を突き詰めようとするのかが浜面には理解できなかった。当然その原動力の源が自分などとはまったく考えていない。
日々アピールを続けている彼女たち。だが浜面から見れば自分が仕える主みたいなものなのであまり効果は無いようだ。
まぁ自分のお金ではないので文句は言えないのだが。と、貧乏な自分にため息を付きながら買い物へと向かっていくのだった。
じつは麦野はそこまですき焼きを食べたかったわけではない。浜面を買い物に行かせるために冷蔵庫を覗いて考え出した案だったのだ。
なんせ今日はバレンタインデー。同じ家で暮らしている浜面に作っているところを見せるわけにはいかないのだ。
「今日ばかりは一時休戦ね」
「そうですね、超かわいいチョコを作らないといけませんから」
「はまづら……ふふっ」
その3人の表情はどう見ても恋する乙女のもので、とてもじゃないが簡単に人の命を削り取れる実力者には見えなかった。
と、言っても3人の脳内では
『けっ、一時休戦なんかするわけねーだろ。こうゆう時に差をつけておかないと!!やっぱり私はギャップ攻めよね』
『胸の間にチョコを挟めば……ボリューム不足は否めませんね。超残念です……』
『……ふふっ……媚薬を………ふふふっ』
などと考えており、乙女なんかとはかけ離れた思考だった。
なにはともあれ早速作り始める3人。意外と料理はできるのか3人とも慣れた手つきだ。
と言うのも「やっぱ料理できる女の子を嫁にもらいたいよな」などと呟いている浜面を見かけたことがあるのでちょくちょく練習しているのだが。
しかしある程度作ったところで3人は気がついた。3人で協力したら抜け駆けができない、と。
最初に麦野が一時休戦などといっていたが、当然それが意味の無いものだと言うことは3人とも理解している。
「………ここからは別に作りましょう」
麦野の一言に他の2人は同意し、それぞれ自分のチョコを作っていく事になった。
ギャップ狙いの麦野はハートマークにし、かわいく仕上げてみた。
味で勝負の絹旗は中にドライフルーツを入れてみた。
滝壺は………妖しい何かを混ぜていた。そんな彼女の目は今後の行方を想像してトリップ中だ。
かくしてチョコは完成した。
そしてそれを早急に固めると誰から浜面に渡すかの話し合いに入った。
イベント系というのは最初に渡したほうがインパクトを与えやすいので印象に残るのだ。
当然3人は一歩も譲らず能力を使わないように言われているので殴り合いへと移行しようかと思ったその時、ドアが開く音がした。
3人はさっ、と自分のチョコを隠して入ってきた人物を待った。その目は一番最初に渡そうと光り輝いていた。
だがしかし、一番槍は別の人物に取られていたようだ。
「今日ってバレンタインだったんだな。フレンダにチョコもらってきた。」
伏兵は外に居たらしい。
「あいつも意外とかわいいと子あるよなー」
しかもなんだか高評価のようだ。
普段自分たちが言われないような言葉を送られたフレンダに嫉妬し、あの時止めを刺しておけばよかったと麦野は思った。
「そういえばフレンダから伝言なんだけど『負ける気はないから』だと。おまえら喧嘩でもしてるのか?」
更に倍率が高くなったこの浜面争奪レース。
3人は新たな敵の出現に気を引き締めるのだった。
終