ご飯は大変美味しゅう御座いました。味も量も申し分なく、食べきれないかもと思いましたが、  
全然そんなことありませんでした。ぱぱん、ままん、あの純白シスターはこんなところでも異彩を  
放っています。  
遠く日本の両親に向けて形式で独りごちてみたが、インデックスが上機嫌なのに文句はない。神  
裂も珍しくにこにこ顔だったし、ドン引きしていたアニェーゼたちを気にしなければ、いいことづ  
くめだ。  
今は食後にお風呂をいただいて、また食堂に戻っている。寮のメンバーのコミュニケーションの  
場として使われているらしく、シスターさんたちがあちこちで談笑したりゲームに興じていたりす  
る。  
「それにしてもなんでイギリスに温泉チックな大浴場があるんだろう?」  
「掘った」  
「うをぅ!あ、シェリーか」  
独り言のつもりが背後から返答があって驚き振り返ってみればライオンのようなぼさぼさの金髪  
頭にネグリジェ姿のシェリー=クロムウェルが立っていた。びっくりするからやめて欲しい。急に  
声を掛けるのも、そんな格好も。  
「入り口に突っ立ってんな」  
「あ、悪い」  
「ところでご飯は残ってないかしら?」  
彼女は男性と女性の口調の入り交じった話し方をする。  
 
「いやー。誰かが全部食べちゃったんじゃないかなー」  
そういえば先ほどの食事の席に彼女はいなかった。うまいところしかないと思っていたが、こん  
な形で被害者が現れてしまったか。  
「まぁ仕方ねぇか。わたしが遅れてしまったんだから」  
言って手近な椅子を引き、向かいの席を示す。  
「あんた、話に付き合えよ」  
「いいけど、飯食わなくていいのかよ。なんだったら食材と台所借りて作ってきてやろうか?」  
「ふん?いいえ、遠慮しておきましょう。あとが面倒くさそうだ」  
それより話だよ、話。と言うので席につくが、特にシェリーから話し出す様子はない。何か話せ  
ということなのだろう。  
「じゃあ、さっき言ってた『掘った』って何?」  
「言葉通りだよ。オンセンを、掘った」  
自分から話をしようと提案したくせに彼女は億劫そうに答える。  
「もとはシャワーしか無かったのを、そこの東洋人が大きな風呂が欲しいって自分で掘ったのよ」  
「自分でって、手で掘ったってこと?」  
「シャベルとつるはしくらい使いました!」  
聞いていたのか、『そこの東洋人』こと神裂火織が怒鳴ってくる。  
「まったく、客人にそんな話をして」と神裂はそのままシェリーの隣に座った。  
 
「イギリスにも温泉地はあります。それに地熱が深度に比例して上昇するのは科学側の知識ではあ  
りませんか?」  
言い訳がましく神裂は言うが、驚きの中心はすでにイギリスに温泉があることではない。  
「そ、それに出た土の処理や浴場の装飾などはシェリーにも手伝ってもらいました」  
「表の庭に丘が見えるでしょう。あれがその跡だ」  
いや、なんかもうどうでもいいですという気分。  
「年上お姉さんの乙女ポイントが『温泉が掘れるだなんて、恥ずかしい』ってどういうことだよ」  
釣り書に『温泉掘れます』と書いて食いつくのは旅館の長男坊くらいだろう。  
「何か?」  
いーえ、何でも。と雑に答える。  
「あ、いいお湯だったよ。温泉チックじゃなくてマジ温泉だったんだな」  
「それは良かったです。泉質を調べていないので厳密に温泉を名乗れるかは分からないのですが」  
「き、聞きたくなかった」  
科学の子としてはそういうチェックはしっかりやってもらいたい。酸性泉とかだったらどうしよ  
う。  
「今度学園都市の温泉判定キット送っときまーす」  
うばーとテーブルに突っ伏す。  
そこにアニェーゼが近寄ってきた。  
「どうかしたんですか?」  
 
「なんで風呂上がりにこんな疲れた気分にならなきゃいかんのですかってとこ。アニェーゼはトラ  
ンプ終わったのか?」  
彼女はさっきまで、カードゲームで盛り上がっている一角にいたはずだ。  
「ええ、勝ちました」  
アニェーゼは笑顔で応じる。  
「そりゃ良かったな。妙に白熱してるけど何か賭けてるのか?」  
「今夜、誰が寵を賜るかを」  
笑顔に朱が差す。  
「チョーヲタマワル?え、何語?」  
「あ、あれ。私の日本語間違ってましたか?」  
アニェーゼがくねくねグラグラしている。  
「日本語は正しいですが、しばらく口を閉じていましょうかアニェーゼ=サンクティス」  
神裂が睨むとアニェーゼはピタリと押し黙った。  
シスターさんに賭け事は御法度らしい。悪いことを聞いてしまったようだ。  
そうだ、今夜と言えば。  
「ルチアー。さっき聞き忘れてたけど、今晩って結局どこに行けばいいんだー?」  
食堂の隅でアンジェレネと戯れていたルチアに尋ねる。  
「ほら、さっき見せてくれるって言ってたじゃん」  
食堂中の視線がルチアに集まる。  
「わ、私に死ねといいますか!?わかってて黙っているんだと思ったら、やっぱり違いましたかコ  
ノヤロウ!!」  
 
ルチアがそばの窓を開け放って、アンジェレネを抱えてそこから跳び出す。  
「適当な時間にさっきの場所まで来なさい!」と言い残して走り去ってしまった。  
近くにいたシスターたちがその後を追って窓に殺到し、それを見た出遅れた者たちが一斉にグ  
リンとこっちに標的を向けた。  
だが  
「エリス」  
呟きとともにシェリーがパステルを一閃すると、九月の始めに学園都市に現れたゴーレムが顕現  
する。  
「万物照応」  
アニェーゼの手にも蓮の杖が展開している。  
そして無言の神裂が一番の圧力をかけてくる。  
「さぁ、カミジョー=トーマ。話の途中だったわね」  
「そのお話、私も同席して構いませんかねぇ」  
「答えなさい上条当麻。彼女に何を見せてもらうつもりだったのか」  
三方を囲まれ、いつの間にか危機のただ中にいる。そして背後から忍び寄る真っ白い恐怖。  
今にもこちらに飛びかからんとしていた残りのシスターたちが怯み、ルチアを追いかけに回る。  
さっきまで賑やかだった室内ががらんとして急に寒々しくなってしまった。  
「てか何この状況?」  
 

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