ランベス宮の中をぐるっとシスターさん達に声を掛けて回ってから、中庭に出た。頭上に向かっ  
てできるだけ大きな声を出す。  
「ルチアーっ!!」  
「はい。何でしょう?」  
探していた相手が屋根の上から顔を覗かせた。  
「おお。本当にいた」  
「なんでしょうか?いえ、今そちらに行きます」  
言うとルチアは顔を引っ込め――ええぇぇえっ、降ってきたっ!?  
彼女がストッと目の前に着地して、思わず身を仰け反らせる。  
忘れていたがここのシスターさん達はとんでもない能力の持ち主揃いである。ルチアも普段から  
こんなことをし慣れているのか、上手に膝を折りたたんで裾を押さえてしまってせっかくミニスカ  
ートの修道服なのに勿体ないことになっていた。  
「何か?」  
「イエ、別ニ?」  
「別にということはないでしょう。用があったから呼んだのではないのですか?」  
「そっちか」  
こっそり安堵の息を吐く。  
「アニェーゼが飯の時間だから集まれってさ」  
頼まれていたことを伝える。  
「張り切っていましたからね」  
ルチアが子どものやんちゃを見守る母親のように柔らかく微笑んでいる。  
 
「さっきアンジェレネも『今日はご馳走ですよー』って走ってったけど、なんか十字教的イベント  
でもあるのか?」  
「はい!?あなたのために決まっているでしょう!!」  
「え、俺?」  
ルチアの驚きも急に自分の名前が出てきたことも意外で、こちらとしてはキョトンとするしかない。  
「や、やりにくい!これがイギリス清教の聖人兵器も手こずるボクネンジンですか」  
ルチアはなにやら衝撃を受けているようだった。  
風向きが悪そうなのでとりあえず話題を変えてみる。  
「ここの人ってみんな日本語できるんだな。向こうから日本語で話しかけてくれたから助かったよ」  
「日本語は話せない人の方が多かったのですが、みんな勉強していました」  
あっさりと話題の転換に乗ってくれたルチアはさらりと言うが、英語の勉強を投げ出した身とし  
てはただ感嘆。  
「はー、すげーな。やっぱり、神裂がいるから日本語の勉強したのか?」  
「あなたでしょう!?…………分かりました。そんな不思議そうな顔をしないでください。私もも  
う熱くならないと決めましたから」  
神裂嬢は英語を話せるのでどうしても日本語を覚えなければならない理由にはなりませんよ、念  
のため。とルチアが付け足す。  
 
「へ、へぇ?」  
「理解を期待してはいませんけどね」  
ルチアが歩き出したので、置いていかれないように後を追う。適当に歩き回ったせいで真っ直ぐ  
食堂に向かう自信はない。  
「あなたは歓迎されているということですよ」  
「あぁ。それはわかった」  
「十分です」  
「来てすぐに怯えられたり睨まれたときにはどうしようかと思ったものですがねー」  
寮に連れてこられた当初を思い返す。  
「一応聞きますが。誰が怯えて誰が睨んでいたと?」  
「アンジェレネとか、シェリーとか……」  
そっとルチアを指さす。  
「…………はぁ。シスター・アンジェレネのために言っておきますけど、彼女が私の後ろに隠れて  
いたのは照れていただけで怯えていたのではありませんからね」  
「はは。さっき廊下で体当たりされたよ。慣れると人懐っこい子なんだな」  
寮内を歩き回っていたら向こうから飛びついてきたのだ。  
「ほう?」  
「ん、どうかした?」  
「何でもありません。あの子を庇う理由がなくなっただけです」  
何だそれ、と笑う。  
「彼女は他になんと?」  
「『シスター・ルチアはどこか高いところにいますから、中庭あたりから呼んでみてください』っ  
て」  
 
「それでわざわざ呼びに。まったく、客を使いにするなどと」  
ルチアは苦い顔をするが  
「や。確かにご飯が待ちきれなくて走っていったけど、俺がみんなを呼んでまわってるって言った  
からルチアはここにいるって教えてくれたんだよ。アニェーゼも、何もしないのは気がひけるだろ  
うからみんなを呼んでくるようにって仕事くれたんだと思うし」  
「……そういうことは気がつくのですね」  
ロンドンに来てからというもの、ルチアが今見せているような呆れや諦めの混じった顔を向けら  
れてばかりの気がする。  
「そうだ、なぁ。ジャンプで、とかじゃなくて普通に屋上に出る方法ある?」  
ふと思いついたことを口にする。  
「私も使っている梯子がありますけど」  
「俺も登ってみてもいいかな」  
「私に許可を求めなくても結構です」  
「どこから登ればいいかわかんねーもん。それに邪魔なら遠慮するし」  
「案内しろということですか。それは構いませんが、邪魔とは?」  
「ルチアは見張り番をしてるんだろ?俺は単にロンドンの街並みを見てみたいだけだからさ」  
「……………………シスター・アンジェレネは私が見張りに上がっていることまで話しましたか?」  
「そ、アンジェレネに聞いた」  
 
彼女は自慢げにルチアの話をしてくれた。  
「ルチアはみんなを守ってるんだな」  
ズベン!と隣を歩いていたルチアが盛大にずっこけた。クールな印象の  
シスターさんだが、実はドジっこなのだろうか。  
助け起こそうと左手を差し伸べるが、ルチアはその手を取らずに座り込んだまま  
「あなたが!誰かが誰かを守っているなどと言うのですか!?あなたに救われた者が集まるこの場  
所で!?」  
「き、急にどうした?」  
うっすら涙目の女の子を見下ろしている姿など他の住人たちに見つかりたくないので早くこの手  
を取ってもらいたい。  
「俺なんか変な事言ったか?神裂やオルソラたちもみんなのために頑張ってるんだろうなってのは  
わかるけど、ルチアがやってることに変わりはないだろ。え、そういうことじゃないの?」  
上目遣いに「こ、この鈍感め!」と言われるのは、こう心に迫るものがあるなぁ。なんて逃避しているわけにもいかず  
「えーと。結局、邪魔かな?」  
自分でも、へたれの謗りは免れえないなと思う。  
案の定、ルチアは一瞬呆けた顔をして  
「くっ!いいでしょう。ですが、どうせ明日は観光の予定です。あなたには今晩、ロンドンの夜景  
をご覧にいれましょう」  
 
「お、サンキュー」  
やっと手を掴んでくれたルチアを引っ張り起こす。  
「って、今晩!?」  
「夜警に付き合いなさいと言っています。ふふ、覚悟しなさい」  
ルチアの笑顔はなんというか、その  
「えー…………?」  
 
 

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