「あの……朝食が出来たので、お呼びしたのですが」  
そういって恥ずかしそうに顔を赤らめるのは、イギリス精教の聖人神裂火織である。  
何故に顔が赤いのかと考えつつ、「うあ……」と大きく背伸びをして毛布に包まっていた上条当麻が体を起こす。  
「おはよう神裂」  
「お、おはよう……ございます……」  
一応挨拶には応じてくれたが、神裂の顔は先ほどよりも赤く、そのうえ俯き加減である。  
上条はなにやらおかしいと思い、もしや神裂が怒っているのではと推測した。  
「どうしたんですか、神裂サン? もしや私こと上条当麻がお寝坊さんだから怒ってしまわれたので?」  
そう言って上条が俯いたままの神裂の顔を覗き込むと、彼女は両頬を押さえ込むようにしてベッドに臥せってしまう。  
「あの、神裂サン?」  
これは由々しき事態であった。  
普段ならば優しく呼びかけてくれた後に朝のキスの一つや二つあるところだが、数十分の寝坊はかなりの失望を神裂に与えたらしい。  
上条は既にうなじまで赤くなっている神裂の肩に手を置くが、途端に神裂は伏せた顔をいやいやとシーツにこすり付けた。  
「か、神裂サン。まさか寝坊でそれほどお怒りになられるとは……」  
相当な驚愕と共に上条がそう言い放つと、神裂はようやくその顔を上げた。ただし、枕で顔を隠しているが。  
「ち、違います上条当麻。私は、その、怒ってなどいません」  
そう言いながらも彼女の言葉は尻すぼみで、普段の彼女からは考えられないほど弱弱しかった。  
意味不明なことこの上ないが、とにかく原因は自分にあるらしいと感じた上条は神裂の両肩をつかんで真っ直ぐに見据えた。  
「ひゃっ、あ……。上条、当麻、その、離して……」  
「すまん神裂、俺に原因があるなら謝る。だから教えてくれ!」  
「そ、その……それは」  
枕にうずめた顔を際限なく赤くしつつ、目をぐりぐり泳がせる彼女に、上条はもう一度大きく懇願する。  
「頼む神裂、教えてくれ!」  
それだけ聞くと、神裂は強く目を瞑りながら、おずおずと上条の腰あたりを指差す。  
 
首を傾げ、それでも神裂の指の先をゆっくりと目で追っていくと、上条もまた突然に取り返しのつかない真実に気がついた。  
上条は三秒ほど信じかねるように息を止めていたが、ようやく硬直からさめると大きく溜め息を吐く。  
「――全く、おまえはやんちゃだな」  
やれやれ、と髪をかきあげながら上条が呟くと、神裂は「さ、冷める前に食べてください」と言い残して去っていった。  
上条の視線の先にあるものは、突き破らんほどに雄雄しくそり立ったピラミッド。  
生理現象と人は呼ぶだろうか……即ち、立派になった息子である。  
「ふはは、罪作りなやつですぜお前さん。ふふ、ははは、あァァああああああああァあァあァああ!」  
上条の慟哭が、狭いマンションの一室に轟いた。  
 
 
 
 
インデックスが小萌先生のアパートへ行ってから、もう二ヶ月ほどがたった。  
当初はようやく訪れた開放的な日々に打ち震え、堕落した生活を送っていた上条だったが、そこにある女性が現れる。  
それが、神裂火織だった。  
彼女は上条に返さなくてはならない恩があると彼に訴え、すぐに上条家に居候を始めてしまう。  
当初上条はこれに戸惑ったが、一ヶ月もすると甲斐甲斐しく世話を焼いてくれる彼女に悪い気はしなくなり、同棲が始まった。  
しかし、今日の朝のようなことは初めてである。  
上条もこの生活に慣れ始めて気が緩んでいたのであろう、顔を洗うと二回ほど強く頬を叩いた。  
「上条さん一生の不覚、まさかあんな姿を見られてしまうとは……」  
うなじまで赤くしていた神裂を思い出すと、上条の心が陰鬱なものに支配されていく。  
外に出て行く音が聞こえたから、おそらくドアを開けた先に神裂はいるだろう。  
しかし、上条はドアを開けられずにいた。  
「怒ってるだろうな……、怒ってないわけ無いか」  
ドアノブに手を掛けて懊悩していると、不意にドアが開いて上条は外に引っ張り出された。  
 
「うわわ!」  
と叫んでまもなく、上条はやわらかいクッションに受け止められた。  
体勢を崩した上条はそれが何かも分からぬままにもがき、自分を受け止める温かいものを強く揉みしだく。  
「ひゃあぁ!」  
途端に上条の頭上から女性の悲鳴が響き、上条は事態がつかめないまま自らの顔を圧迫する何かをふよふよと揉みまわす。  
「あ、や……あ、あの、それは……」  
――それは私のお稲荷さんだ、なんちって。面白いよなあ、あれ。案外好きなんだよね。  
頭上からの声でさすがに上条も事態の危険性を察知し、そして最早逃げ道は無いと悟って即座に現実逃避に走る。  
上条がゆっくりと顔を上げると、そこには涙目でこちらを見下ろすおっぱい聖人の姿があった。  
 
 
 
 
先ほどの二の舞である。  
土下座中も、上条が朝食を食べている間も、神裂はずっと上条のベッドで枕に顔をうずめていた。  
時折こちらを見ていたりはするのだが、上条がそちらに視線を向けると泣きそうな顔で枕に顔を隠してしまう。  
そんな訳で上条は冷めないうちに朝食を片付け、食器を洗い終わった今また彼女の説得を試みるのである。  
「あの……神裂さん」  
「嫌いです!」  
 
にべもない、とは正にこのこと。  
しかしそれでも上条はあきらめることなく、彼女に言葉を掛け続ける。  
「神裂さん、わざとではないのですよ?」  
「……しかし、一度その、も、ももももも揉んでから、また揉みました!」  
「そ、それは気持ちよくてつい……。じゃ無い!」  
自分の失言に気づき、はっとして神裂を見れば、ついに彼女は毛布までかぶってしまった。  
「あァああああァァァ! ついに神裂さんが鉄壁にいいィィ!」  
毛布からくぐもった声でまたも「嫌いです!」、と上条の耳に声が届く。  
上条は一度深く溜め息をはくと、神裂には聞こえないような声で「不幸だ……。不幸か?」と呟いた。  
 
 
 
 
上条が学校へ行ってからしばらくして、神裂はようやく毛布からはいでた。  
壁に背をつけ、毛布を抱きしめると上条の香りが神裂の胸に広がる。  
「……」  
まだ少し顔を赤らめたまま神裂は立ち上がり、テレビの前に落ちていた枕を拾い上げた。  
神裂はそれを掴んで飛び込むようにベッドに入り込み、そしてとろけるような笑顔で枕を胸に抱きしめた。  
「……嫌い、じゃないです」  
 
 

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