…はぁ…  
午後の授業が始まってからもう何度目になるか判らないため息を吐いた。  
 
お昼休みの出来事は、正直予想外だった。  
いや、彼女がバレンタインデーに上条当麻にチョコを渡すというのは十分予想できたが、  
まだ1週間以上もあるこの時期にあんな牽制攻撃をするなんて!  
昼休みに2人で仲良くお互いのお弁当を突付き合っている姿を  
クラスメイト達に見せ付けているだけでは物足りないっていうの!  
 
…すぅ……はぁ…  
なんだが胸がイライラする。落ち着くために深呼吸をする。  
 
『冷静になれ』そう自分に言い聞かす。  
まだ短い付き合いだけど彼女がそんな腹黒い計画を狙ってやるとは思えない。  
(お弁当の件はともかく)チョコの件は純粋に上条当麻の好みが知りたかっただけだろう。  
 
姫神秋沙。  
能力開発の名門、霧が丘女学園から転入してきた彼女は、この学校に来る前から  
上条当麻と面識があったようだ。彼女もきっと土御門元春やクラスメイト達が話す噂の  
上条当麻の“正義の味方≒フラグ体質”に影響を受けたのだろう、  
おとなしく普段は感情をあまり表に出さない彼女だが上条当麻を見るその目には、  
特別な感情が見てとれる。色恋沙汰とは縁遠いと思う私にだって判るのだから  
多分、周囲で気づいていないのは当の上条当麻だけだろう。  
 
…ふぅ…  
また何度目になるか判らないため息を吐きながら、  
ツンツンした短めの黒髪の鈍感男をボンヤリと視界に捕らえる。  
 
上条当麻。  
彼の言動は私をイライラさせる。  
さっきだって、食後のデザート?に私を誘わなければあんな光景を間近に見ずに済んだのに。  
 
空気も読めずに私に話を振ったところを考えると、  
あんな露骨なバレンタインデーに向けた彼女のアピールにまるで気付いてもいないのだろう。  
 
…そもそもバレンタインデーが近いことに気付いていない気もするけど…  
 
…はぁ…  
彼の鈍感さと彼女の不憫さを思い、またため息を付く。  
そして、またボンヤリと視界に捕らえたままの彼の姿を見続けながら考え続ける。  
 
上条当麻。  
私にとっては、好きでも嫌いでもないただのクラスメイト、言ってみれば赤の他人だったはずだ。  
でも私が勝手に肩肘を張って、勝手に倒れて、勝手に競技を台無しにした大覇星祭のあの日、  
彼が倒れた私に見せたボロボロの顔と叫び声は、私の心に強烈な印象を残した。  
重度の日射病で倒れて死の恐怖を感じた事と相まって一種のトラウマといっていいだろう。  
 
いつも軽い調子で何をやっても真面目にならないような印象があった彼が、  
私に見せたあの表情に驚きを感じた。  
そう、私にとって赤の他人だった彼が私に向けてくれたあの表情はまるで  
『彼にとって私が特別な存在なのではないか』と思わせるほどに……  
 
…すぅ……はぁ…  
今度はなんだが胸がモヤモヤする。落ち着くために深呼吸をする。  
 
…ふっ…  
少し落ち着いた私は考え直す。『彼にとって私が特別な存在』ですって?  
私は何を考えているんだろう、きっとそんな事はないのに……  
そう考え直し、自嘲気味に息を吐いた私はひとつの疑問に突き当たる。  
 
なぜだろう?  
彼と一緒にいると私は冷静な行動が取れない。  
 
彼の行動を見ていると、彼の言葉を聴いていると、  
なんだか胸がイライラする。  
 
彼の行動を見ていると、彼の言葉を聴いていると、  
なんだか胸がモヤモヤする。  
 
彼の行動を見ていると、彼の言葉を聴いていると、  
あの日のあの表情と叫び声を思い出し、私は冷静な行動が取れない。  
 
あぁ、彼を見ていると、あの時の彼の表情と叫び声を思い出す。  
あの時いえなかった言葉、きっともう言うタイミングを逃してしまった言葉、  
『心配してくれてありがとう』『心配させてごめんなさい』  
どちらが正しいかよく判らないけど言葉にして伝えるべきだったのかもしれない。  
 
 
 
……良し決めた。  
この胸のイライラとモヤモヤは、とりあえず置いておいて、  
来週に迫ったバレンタインデーには、少なくてもあの日の感謝と  
謝罪の気持ちを込めて彼にチョコを送ってやろう。  
 

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