未来は可能性の集合体だ、と誰かが言った。  
それは科学者だったのか、魔術師だったのか。  
毒の入った箱の中に二匹の猫がいるように、  
現在と一枚、時を隔てたその向こう側には、無数の誰かが存在している。  
 
一日後の自分は、想像できるだろうか。  
一月先の自分は、何をしているだろうか。  
一年を過ごした自分は、成長しているだろうか。  
十年の時を経た自分は、どんな人たちに囲まれているのだろうか。  
 
覗いてみたいと思うのは人の性分で。  
好奇心が箱の中の猫を殺してしまうとしても、  
蓋を開ける人間というものは、必ずどこかに居るのだろう。  
だが大抵は、その蓋の鍵はみつからない。  
時限式のロックは開くべき時にしか開かない。  
したがって、箱の中は知りえない。……そう、通常は。  
 
常なるものを越えるからこその超常。  
起こりえぬ現実を前に人が呟くは奇跡。  
見えぬ世界をも感じ取るのが魔術であるならば、空想の未来に辿り着くのが科学である。  
 
さて、蓋を開けたのは果たして誰か。  
その蓋の隙間から出たのは何か。  
それが災厄であるのか希望であるのかはわからないが、  
どちらにしても、巻き込まれるのは“彼”なのだろう。  
 
彼のところにはいつも、事件という名の“不幸”が訪れるのだから。  
 
 
 
――突然ですが、不幸です。  
 
「……と、とりあえず落ち着きませんか御坂さん。  
上条さんとしてはですね、昼日中の公園なんぞで  
そんなビリビリ放電しまくった場合周りへの被害が  
心配というかむしろ自分の命が心配というか、  
とりあえずさっきまで普通に喋ってたのになんなんだこの状況はぁっっ!!」  
 
第七学区にある公園、隣には御坂美琴。  
彼女の手の届く距離にいた上条当麻は、じりじりとその距離を離していく。  
 
「別に、怒ってなんか、ないわよ? 怒る理由なんか、ないじゃない。  
話さえ聞かせてくれたら電撃なんて出す必要ないもの」  
「ひぃっ、電撃よりも笑顔が怖いっ。  
いや、その、バチバチいわせながら言っても説得力が皆無なんですが御坂さーんっ!?」  
「うるさい。とにかく説明しなさい。……“その子”は誰なのかしら?」  
 
美琴が指さす先には幼い女の子がいた。  
年のころは4、5歳だろうか。  
やわらかそうな生地の白いワンピースを着たその子は、  
当麻のズボンの裾をぎゅっと握り、不安そうな目で見上げていた。  
 
「……ま、迷子、じゃないでしょうか」  
「ふぅん、迷子、ね」  
 
普通に考えればそういう結論になるだろう。  
学園都市にも幼稚園はあるし、この年頃の子どもが居ても不思議はない。  
誰か一緒に来た人とはぐれたと考えるのが自然である。  
しかし、問題はそこではなかった。  
 
「じゃあ、何で、その子はあんたの事を“パパ”なんて呼ぶのかしら?」  
 
くいくい、とズボンを引っ張りながら、  
“パパ、お姉ちゃんが怖い”なんぞと女の子が繰り返している。  
そう、この女の子、どこからともなく現れたかと思えば、  
当麻のことをパパと呼び、ぴったりくっついているのである。  
 
「い、いやいやいや、待て、待ちなさいよ美琴さん!  
よくあるでしょう、この歳の子が知らない人を勘違いしてパパと呼ぶことなんてっ。  
だいたい、わたくし上条当麻はまだ高校生ですよ!?  
子供なんているはずないし、そんな覚えは――」  
 
ん?と言葉を詰まらせる。  
 
「そんな、覚えは」  
 
なかった。  
完膚無きまでになかった。  
というか、記憶がなかった。  
知っての通り上条当麻は記憶喪失である。  
事情は割愛するが昔のことは一切覚えていないし、それが頭のどこかに残っているなんてこともない。  
つまり過去の自分が何をしていてもわからないということであり。  
 
「…………えっと」  
 
もう一度、女の子を観察した。  
少し薄い茶色の髪と、白い肌。  
顔立ちは愛らしいといえばいいのだろうか、成長すればきっと美人になるに違いない。  
どこかで見たことがあるような気もするし、誰かに似ているような気もする。  
年齢的には……普通はないが、ありえなくもないだろうか。  
 
「へー、あるんだ、心当たり?」  
 
びくぅっと反射的に身をすくませる。  
声に、うすら寒いものを感じた。  
見ればさっきまでバチバチと鳴っていた電撃がおさまっている。  
かといって美琴が落ち着いたかと言えばそんなわけはない。  
――嵐の前の静けさ。  
当麻の頭の中にそんな言葉がよぎった。  
 
「な、ない!! ないないない!! 心当たりなんか欠片もないって!!  
そ、そうだ、聞けばいいんじゃないかこの子に!!  
おじょうちゃん、お父さんの名前言えるかな?」  
 
当麻の言葉にきょとん、と首をかしげる女の子。  
ぱぱのおなまえ?と一度だけ聞き返してはっきりと言った。  
 
「かみじょーとうま」  
 
 
「冗談じゃないってーーーーーーーっっ!!」  
 
叫びながら駆ける。  
小脇にはさっきの女の子。  
後ろから電撃と一緒に、逃げるなだとかこの浮気者だとかなにかよくわからない言葉が飛んできている。  
 
「なに考えてんだあのビリビリっ! この子にあたったらどうすんだっ」  
 
実際にはそうでもなく、あてるつもりのない威嚇の電撃なのだが、追われる当麻はそんな判別はついていなかった。  
ただただ全速力で走り、自分の寮を目指す。  
やがて、美琴も諦めたのか、電撃も声も聞こえなくなったところで当麻は足を止めた。  
 
「はぁっ、は、あー、死ぬかと思った」  
 
女の子をおろし、荒く息をつく。  
ぱぱだいじょーぶ、と声をかけてくる女の子を疲れた目で見つめた。  
 
「……ええっと、とりあえず、名前は?」  
 
聞いてみる。  
これで全く違う苗字が出てくればまだ希望が持てたのだが。  
 
「かみじょーまな」  
 
出てきたのはそんな名前。  
がっくりと肩を落としながらどうしよう、と考え始める。  
そもそも本当に自分の娘なのか。  
だとしたら自分は小学生くらいでそういうことをした事になるわけだが何やってるんだ過去の自分。  
 
「……いや、そうか。違う。もっと可能性の高い説がある」  
 
くわっと顔をあげて叫んだ。  
 
「親父の隠し子だな!!」  
 
名前についてはとうやをとうまと間違えたのかもしれない。  
親子なんだから顔とか雰囲気とかは似ている、のだろうたぶん。  
そう考えるとすべてのつじつまが合うような気がした。  
少なくとも、この子が本当に自分の子供だと考えるよりかは。  
 
「あ、の、くそ親父!! 下ネタ好きだとは思ってたが、浮気までしてやがるとはっ!!  
ええい母さんに連絡して誅殺じゃ!!」  
 
「あ、こんなところにいた!」  
 
親父の奴、どうしてくれようか、と携帯電話を取り出しかけたところで、そんな声がきこえた。  
 
「……?」  
 
顔をあげた先には一人の少女がいる。  
一瞬、美琴に見つかったか、と身構えるが、どうも様子がおかしい。  
 
「もー、勝手に動いちゃダメだよ、って言ったのに。なんて、ちょっとむくれてみる」  
 
「……えーと、あれ? みさ、か?」  
 
違う。  
近づいてくる少女は御坂美琴に似ていた。  
だがどう見ても美琴ではなかった。  
 
年は自分と同じ歳ぐらいだろうか、  
髪は肩ぐらいまであり、服装はあまり学園都市では見かけないものだ。  
美琴にあるような強気な雰囲気はなく、どちらかと言えば柔和。  
髪の色が少し薄いからだろうか、見た目に存在が希薄な印象をうける。  
しかし、彼女の動きは静よりも動を感じさせ、日の光に溶け込んでいるような気がした。  
 
「あ、おねーちゃん」  
 
「ダメでしょ、マナちゃん。お互いよくわかってない所なんだから」  
 
言いながら、彼女はマナの近くにしゃがむと、つん、と額をつつく。  
 
(お姉ちゃん? ってことはこの子の家族か)  
 
そう思って見ると似ている。  
この子が成長すれば、ちょうどこの少女の様になるのだろうか。  
姉妹だ、と言われればなんの疑問ももたないだろう。  
 
「なあ、この子の家族の人か?」  
 
「あ、ごめんなさい。この子が迷惑かけちゃいましたか?」  
 
言って、彼女は当麻を見上げた。  
 
(うおぅっ!)  
 
見下ろす当麻の目に大きく開いた胸元が見える。  
 
(確かに……美琴じゃないな)  
 
でかい。  
でかい上に形がよさそうだ。  
当麻は顔を赤くしながら目をそらした。  
 
「……い、いや。そんなことはねえよ。  
ただ、ちょっと懐かれたというか勘違いされたというか」  
 
「……あれ? あなた……」  
 
呟いたかと思うと、彼女は立ち上がり、顔を近づけてきた。  
 
「っ、な、なんだ!?」  
 
至近距離に彼女の瞳。  
これは他からみればキスでもしてるように見えるのではなかろうか。  
 
「やっぱり。あなたもしかして」  
 
どきどきと、鼓動を早くする当麻をよそに、何かに気づいたらしい彼女は大きな声で言った。  
 
「お父さん!!」  
 
「――なんじゃそりゃあっっ!!?」  
 
思わず叫ぶ。  
 
「何がどうなったらそうなるっ!? 明らかに年齢が合わないだろうがっ!!」  
 
「――びっくりしたぁ。でも、間違いないよね」  
 
「何がだ。何でだ。あんたの目には俺が中年のおっさんに見えるのかっ!!」  
 
「ううん、でも、だって」  
 
「だってじゃない! それともなにか、そんな育ちまくった胸と体で3〜4歳児とか言いやがるつもりですかっっ!?」  
 
わきわき、と手を動かす。  
なんかいやらしい。  
 
「あ、や、そうじゃなくて」  
 
少女が体を縮ませながら、というか両手で胸をガードしながら答えた。  
顔がちょっと赤いのは気にしないことにしよう。  
 
「上条、当麻、だよね、と控えめに問いかけてみたり」  
 
「――?」  
 
暴走しかけた当麻の動きが止まる。  
 
「確かに、そうだけど?」  
 
「うん、じゃあ、やっぱり、あなたは私のお父さんだよ」  
 
「……は?」  
 
人違いじゃない。  
確実に名前を確認した上での言葉。  
 
「ええっと。私、上条愛子。あなたと、お母さん――この頃はたしか」  
 
わけがわからなくなる当麻に、少女はこう告げた。  
 
「ミサカ10032号の、娘です」  
 
 
時間移動。  
現在から過去に、過去から未来に、時間の流れを飛び越える、そんな空想がある。  
昔から、多くの人々が思い描く、夢の中のテクノロジー。  
だが、残念ながらそれは決して実現はしない技術だろう。  
そもそも、過去や未来といった“場所”は存在しない。  
時の流れは時の流れでしかなく、空間的な座標とはまた別個のことなのだ。  
いや、あるいは、その認識こそが間違いであり、本当は科学技術が進めば実現してしまうのかもしれない。  
現在では考えもつかない方法で、新たなる法則を見つけ出すことによって。  
ともあれ、それは遠い遠い未来の話。  
現代における最先端、学園都市の科学力をもってしても、夢の中の夢のお話である。  
したがって。  
 
「信じられるか」  
 
こういう展開になるのは目に見えていた。  
場所を移動して当麻の部屋。  
例によってインデックスはお出かけ中。  
テーブルをはさんで愛子と当麻は話をしていた。  
 
「少なくともあと数十年、数百年の内にタイムマシンができるなんて話、聞いたこともないし、研究してるなんて話もない」  
 
あるいは、それは当麻が知らないだけかもしれないが、それにしたって現実味がなさすぎた。  
 
「うん、私もすごくうさんくさいと思う。って同意してみる」  
 
愛子はちょっと困った表情でいう。  
彼女自身、納得していないのだろう。  
さっきからの事情説明にしてもひどく自信なさげであった。  
曰く、気がついたら学園都市にいた。  
曰く、街頭のテレビで西暦を確認してびっくりした。  
曰く、なにがなんだかわからなかった。  
これで納得しろというのが無理な話である。  
 
「でも、それしか考えられなくて。  
タイムスリップしてないなら、自分の状況が説明つかないし。  
それで、どうしたらいいのかわからなくて」  
 
「で、うろついている内にこの子に会ったと」  
 
ぽん、と当麻は隣に座るマナの頭に手を置いた。  
胡坐をかいた当麻の膝に頭をのせながら、マナは気持ちよさそうに目を細める。  
カミジョウマナ、と名乗ったこの幼い女の子も、やはり未来から来たのだという話だが。  
 
「……同じところから来たわけじゃないんだな」  
 
マナと愛子は姉妹かと思っていたら、実は違うらしい。  
この街で偶然出会い、話を聞いている内にどうやら同じ境遇だと気づき、  
一緒に居たということで、赤の他人というわけではないだろうが、少なくとも同じ時代の出身ではなかった。  
 
「私は一人っ子だから。妹とかいなかったし。……知らないところにいる可能性もないわけじゃないけど。って、ちょっとじと目」  
 
「うぐ、なんですかその目は。よくわかんないけど何かあらぬ疑いをかけられてる気がする!」  
 
身に覚えのないことで冷たい汗をかく。  
こういう場合、心当たりがなくても焦るのだ。男は。  
 
「ま、でも、それもないかな」  
 
「ナンデデショウカ?」  
 
「マナちゃんの話だと、私と同じお母さんらしいから」  
 
つまり、マナもミサカ10032号、御坂妹の娘さんだということだ。  
 
「はじめは、お姉ちゃんって、この子に懐かれて。やっぱり、迷子かなって思ったから名前を聞いて。そしたら、上条だっていうし」  
 
いるはずのない、自分と同じ両親の子供。  
信じられなかったが、こんな子供が嘘をつく理由も思いつかない。  
 
「家族構成もずいぶん違うみたい。びっくりするよ?  
正確な人数はわからなかったけど、兄弟姉妹の名前、聞いたら何百って数挙げるんだもの」  
 
「は?」  
 
「もしかしたら、一万人くらいいたりして。って、やっぱりじと目」  
 
「うぐはっ」  
 
視線は氷点下。  
違う、それは俺じゃない、そんな外道は俺と違うっ、と心の中で否定するが、否定しきれる材料もなく、だらだらと汗をかく。  
誓って、心当たりはないけれど。  
 
「信じてるよ、お父さん? と微笑んでみる」  
 
「えがおがこわいです。あと、お願いですから、お父さんは勘弁してください」  
 
自分と同じくらいの女の子に、お父さんなんて言われると何かくすぐったい。  
どうかすると別の意味にとれそうな気もする。  
 
「え、と。じゃあ、当麻、さん? ……や、やだ、なんか変な気分」  
 
顔を赤らめ、お互い、目をそらした。  
なんだこの空気。  
 
「……あ、あー。それで、だ」  
 
「あ、う、うん。それで、完全に路頭に迷っちゃって」  
 
自分も迷子の状態で迷子を抱えて。  
どうしようもない状態で、ただ一つの希望はここが学園都市だということ。  
ここが学園都市なら、誰か知ってる人がいるかもしれない。  
それだけを頼りに歩きまわっていた。  
 
「で、その内マナちゃんとはぐれて。  
見つけた時にはお父さんと一緒でした。ちゃんちゃん」  
 
「ちゃんちゃんって、古いなおい」  
 
いつの時代の人だろう。  
いや、話を信じれば近い未来の人なんだが。  
 
「……ええと、つまり。要するに」  
 
「未来からやってきましたあなたの娘です。  
これからどうしたらいいか全くわからないので、  
面倒みてくださいお父さん。って話をすごくまとめてみる」  
 
にっこり笑う愛子に、当麻は頭を抱えた。  
にわかには信じ難い話だ。  
というか信用する材料はほぼ皆無。  
話の内容はあやしいなんてもんじゃなく、だが、だからこそ逆にそんな嘘をつく理由が見当たらない。  
当麻をだますなら、もっといい嘘の一つや二つあるだろう。  
かといって、さっきの話を鵜呑みにできるわけもない。  
できるわけもないのだが。  
 
「……わかった。ひとまず、ここにいてくれ」  
 
当麻はそう言った。  
 
「ほんと!? いいの!?」  
 
ぱあ、と愛子の顔が明るくなる。  
 
「正直、丸ごと全部は信じられない。  
タイムスリップなんてありえないってまだ思ってる。でも――」  
 
膝の上のマナの頭をなでる。  
いつの間にかマナは寝息を立てていた。  
 
「困っているのは、確かだろ?」  
 
ここで、この二人を放り出す、なんて選択肢は当麻にはない。  
選ぶものがないなら、迷うこともない。  
穏やかに言う当麻を見て、愛子は瞳をうるませた。  
 
「よかった……やっぱり、お父さんだ」  
 
ほろり、と涙がこぼれる。  
 
「お、おい」  
 
「あ、ご、ごめん。ごめんなさいお父さん。  
安心したら、急に」  
 
ぐしぐし、と目元をこする。  
明るくふるまってはいたが、不安だったのだろう。  
しばらく、彼女の涙は止まりそうになかった。  
 
 
若干の時間が流れた。  
 
「……くー」  
 
「……すー」  
 
寝息が聞こえる。  
膝の上から、二つ分。  
壁にもたれかかって座った状態で、当麻はその寝息を聞いている。  
 
(……なんだ、この状況)  
 
寝息の主は二人の娘、マナと愛子だ。  
あれから少しして、泣きやんだ愛子だったが、今度は少し疲れたから休みたい、と言いだした。  
じゃあ、ベッドを使って、と言いかけたところ、もじもじと愛子が一言。  
 
“マナちゃん、いいなぁ”  
 
少し甘えちゃってもいい?と聞いてきた愛子に当麻が押し切られたのが少し前の話だ。  
四つん這いで近づいてきてねだる愛子を、直視すらできなかった当麻である。  
 
「……インデックスが留守で良かった。ホントに良かった」  
 
見つかれば頭をかじられるのは必至。  
何度も噛むことで鍛えられているのか、そろそろ噛み砕かれそうな気がする。  
それに、それ以前にこの状況は恥ずかしすぎた。  
シャイな上条さんとしては何としても見られたくないのである。  
 
「――ん?」  
 
――気づいた。  
いる。  
ベランダ、窓の外。  
インデックスではない。  
とてもあやしいサングラス。  
にまぁ、と笑うその男の存在は、出来の悪いホラーだった。  
 
「つ、ちっ」  
 
「あー、カミやん、そのままそのまま。お姫様たちが起きるぜい?」  
 
からからと窓を開け、そいつは小声でそんな事を言う。  
にやにや笑いは途切れない。  
 
「おま、いつからっ、なんでっ」  
 
顔を真っ赤にしながら必死に声を抑える。  
足音もさせずに彼、土御門は部屋に入ってきた。  
 
「んー? カミやんがその子に四つん這いで迫られてるところからかにゃー。  
やー、さすがだなこのどスケベ」  
 
「うるせえ覗き魔。今度からピーピングトムって呼んでやるっ」  
 
顔をそむけて言う当麻に土御門はさらに笑みを濃くした。  
 
「まーまー、そう邪険にしなさんな。  
娘さんたちに頼られてるカミやんに耳寄りな情報をもってきたんだぜ?」  
 
「情報? ……っていうかまて、なんで娘って」  
 
「実はな、カミやん」  
 
すっ、と土御門から笑みが消える。  
 
「“来てる”のは、この二人だけじゃない」  
 
「――――」  
 
思わず、息を飲む。  
“なんでそんなことを知ってるのか”とか、“どういう意味だ”とか、いろんな言葉がうずまく。  
 
「順を追って話すとな。イギリスから連絡が入った。  
“上条当麻の子供”を名乗る人間が多数、現れたそうだ」  
 
「イギリス、で?」  
 
どういうことだろう。  
わけがわからない、と疑問が表情に出た。  
 
「……理由に気付かないってのは――ああ、まあ、カミやんがそうなのは今に始まったことじゃないし、まあいいとして」  
 
「いま、なんかそこはかとなくバカにしなかったかこら」  
 
「気のせい気のせい。で、調べてみたら学園都市にもかなりの“不審人物”が確認されてる」  
 
「不審人物……」  
 
学園都市は、完全ではないが閉鎖的な場所だ。  
人の出入りは管理されているし、街の中は監視もされている。  
そのわりにほいほい魔術師が入り込んでいる気はするが、まあ、それは特別な事例なのだろう。  
そんな中、街の住人でない人間がいれば当然わかるわけで。  
 
「何かが起こってる。それもカミやん。カミやんを中心にして、だ」  
 
またか、と当麻は顔をしかめた。  
思い出すのはエンゼルフォールや神の右席の襲撃。  
自分のために巻き起こった事件の数々。  
 
「……また、魔術なのか」  
 
「わからない。魔術なのか科学なのか。誰が起こしているのか、その目的は何か。  
そもそもどういう現象なのか、何一つわかっちゃいない。  
とりあえず、それを調べるのが今回の土御門さんのお仕事。で、だ、カミやん」  
 
「ん?」  
 
「カミやんに、ちいっとばっかり協力してほしいんだにゃー」  
 
声のトーンがガラリと変わる。  
やけに明るいのは意識的にそうしたのか。  
もしかすると、自責の念で暗くなりかけた当麻を励ます意味があったのかもしれない。  
 
「その現れたお子さま達を捜して、一か所に集めてほしい。場所はこっちで用意する」  
 
「……なんで?」  
 
「理由はいくつかある。原因を突き止めるのに情報収集のために集まってほしい、というのが一つ。  
二つ目は混乱防止。未来から来たって言っても学園都市在住ってわけじゃない。  
むしろ学園都市について何も知らない可能性が高い。  
そんな状態で動かれるといろんなとこで問題起こしそうだしな。それと、三つ目」  
 
これが一番大事だ、と土御門は笑って言った。  
 
「迷子は、保護してやんなきゃ、だぜ?」  
 
 
 
子供達の居場所の情報は分かり次第連絡する、と言って土御門は去って行った。  
なぜ自分に協力を求めたのか、と聞くと、単純に信用の問題なのだそうだ。  
現れた子供達はほとんどが上条当麻の子供である。  
よくわからない人間から連れてこられるより、父親が迎えに行った方がいいだろう、と。  
手伝えよ、とも言ったが、それは当然向こうでも動くらしい。  
厳密に言うと現れたのは当麻の子供ばかりではないそうだ。  
適材適所。それぞれ、別の“保護者”に迎えに行かせるという話だった。  
 
「……保護者、ね」  
 
膝の上の娘たちを見つめる。  
何気なく、二人の髪を手で梳いてみた。  
むずかる二人の寝顔はとても安らかで、見ている方が幸せになれる。  
原因不明な世界的な規模の現象。  
それが魔術なのか科学なのかはわからないが、未だ、迷っている子供達がいる。  
安心して涙をこぼした愛子の表情を思い出す。  
そんな、不安な思いをさせてはいけない。  
当麻は穏やかに決意した。  
 
 
「それじゃ、迎えに行こうか」  
 
 

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