「母の名前?何でそんなことを尋ねるの?と警戒しつつ私は私は後ずさってみる」
学園都市中に突如出現した(らしい)無数の「不審人物」の中には、警戒心の強い者も居た。当然ながら。
彼女ら(なぜか「息子」が登場したという報告は未だ無い。何故か無い。よって「彼女ら」である)からしてみれば、
ある日突然自分が居た時代から切り離され、得体の知れない方法で得体の知れない時間軸に放り込まれてしまった訳で、まぁ警戒をするなと言う方が無理である。
不安と混乱で町中で騒動を起こすものが現れないとも限らないのである。扱いは慎重に。
「ああ、いやだからえーと…確認のため、というか。確認しとくけど、お前さんもアレだよな?
訳も分からず、いきなりここに放り込まれちまったクチか?」
「……」
警戒されている。親御さんの躾が余程いきわたっているのか警戒されまくりである。いや親御さんって言ったって、土御門の言葉が正しいなら親御さんは恐らく自分か自分に近しい人物なのだが。
目の前に居る少女は、多分当麻より少し年下くらいだろう。中学生だろうか。とはいえ全体に体格が華奢なせいで年齢はいまいち分からない。もう少し年上かもしれない。
黒っぽい茶色の髪を肩の辺りまで伸ばしており、その頭のてっぺんには控えめながらぴょこん、と触覚のような癖っ毛が跳ねていた。いわゆるアホ毛である。
華奢でほそっこい上に顔立ちそれ自体は整っているのだが、眼つきだけはあまりよろしくない。こちらを睨む視線に何となしに居心地の悪いデジャビュを感じて、
(…んん?デジャビュ?どっかで見たってことか?)
疑問符が大量に頭に浮かんだ辺りで、それまでこちらをじっと窺っていた目の前の少女が動いた。
「確かに、気付いたらここに居て、私は少し混乱気味。と私は私は自分の状況を分析する。
あなたは私がどうしてこんなところに居るのかを知っているの?と私は私は重ねて尋ねてみる」
「あー。悪いけどさ俺も『何で』と『どうやって』は分からねぇんだ。
ただお前みたいな状況に陥ってる子が今ここに大量に居てな。そんで、お前もその被害者で困ってんじゃないかと確認を…ん?あれ、駄目だな、俺も全然状況把握が出来てないぞ」
「なんだ、無能なのね…と私は私は意外に使えない相手にぼそっと呟いてみる」
「うわ意外とクチ悪っ!?親御さんの顔が見たいよってか親御さん誰だ!?」
「またその質問に戻るのかと私は私は淡々と溜息をついて、黙秘権を行使しようかとも思うのだけど、
私も困っているのは事実なので、私は私は仕方なく教えてあげることにします」
そう淡々と応じた少女の顔つきは誰かに似ていない事もない、矢張りどこかで見た覚えがある、と当麻はしばし思案していたのだが、
彼女が母の名前として口にしたのが、苗字が2文字で名前が3文字に集約されそうなどこにでもあるありふれた日本人名、
それも、全然彼には聞き覚えのないものだったので首をかしげた。もしかして自分とは無関係の子供なのか?それとも記憶にないだけか。こういうとき記憶喪失は不便である。
そんな具合に思案にふける当麻を知ってか知らずか少女は無表情のまま付け加える。
「――あと父の本名は、実は私も知らない、と私は私は複雑怪奇な家庭事情の一端を披露してみる」
「なぬ。…あ、いや、その、そりゃ悪いことを…」
「ただ、『一方通行』とかつては呼ばれていたらしい、と私は私はこっそり知っていることを一緒に披露してみる」
「訊いちまったなってうぉいこらちょっと待て今なんつった!?」
すごいぜ未来の可能性、無限大過ぎるぜ。と、上条さんが思ったかどうかはとりあえず定かではない。
ただ土御門くんが、連絡して寄越す相手を間違えたのだけは確かだった。
「ま…マジですかそれは」
「マジです。と私は私は何故だか父を馬鹿にされたような気がするので少しばかり憤慨しつつ答えてみる」