その日、出張から久々に帰った上条刀夜は、長年使い込んでくたびれた旅行鞄から一つの木像を取り出すとテーブルの上に置いた。  
 それを見た妻・上条詩菜は、  
「あらあら刀夜さん、今度のお土産は一体何かしら?」  
 と口元を手で隠すと、驚いたとも楽しそうだとも取れるような顔をする。  
「ああ、母さん。これはだね、ノルウェーに出張に出かけた折に――」  
 刀夜の話では、露店でふと目に止まり購入したのだと言う。  
 木像は、中心にねじれた木の根が束になったような形の柱があり、それを背にするように3人の女神がそれぞれのポーズで彫られていた。  
 木像の上部分は平で、そこには円状にびっしりと彫り物が施されている。  
 刀夜は再び木像を手に取って感慨深そうに眺めながら、  
「それでだね、露店商が言うには、この木像は願いを叶える力があるそうなんだよ」  
「あらあら刀夜さん、刀夜さんは相変わらず刀夜さんなんですね」  
 そんな詩菜の笑顔とは裏腹のちょっと冷たいお言葉に、  
「えぇ〜、もうちょっと喜んでくれると思ったんだけどなぁ〜」  
「そんな事より、今回も刀夜さん的には『当麻の幸せ』をお願いするのかしら?」  
「いやいや、母さん。それはもうしないよ」  
 また当麻にどやされるのがオチだからね、と刀夜は頬をぽりぽりと掻きながら苦笑した。  
 そんな刀夜に詩菜も「そうですね」と笑顔で相槌を入れる。  
「それでだね、今回の願いはと言うと――」  
 刀夜はニヤリと笑うと、木像を詩菜の目の高さまで持ち上げて「これだ!」と木像の底の部分を詩菜の方に向けた。  
 其処には、何か鋭利なもので彫ったと思われる日本語が彫り込んであり、多少粗くて読み辛いが『上条当麻たちに子供が出来ますように』と読み取れた。  
 詩菜は、木像と刀夜の顔を交互に見やると、  
「あらあら刀夜さん、それはちょっと、いくらなんでも気が早いんじゃないかしら?」  
 と実に楽しそうにころころと笑う。  
「え? そうかなぁ〜、俺が当麻の年頃には母さんだって決めてたし、遅くは無いと思うんだけどなぁー」  
 しきりと首をかしげる、刀夜を見ながら相変わらず楽しそうにしていた詩菜だったが、  
「ところで刀夜さん、さっきの部分『当麻たち』ってありましたけど、刀夜さん的にはどう言う意味で――」  
「こういう意味だよ母さん」  
 詩菜の言葉は、刀夜の言葉に遮られる。  
 いつの間にか木像をテーブルの上に置いた刀夜は、詩菜を抱き寄せるとそっとソファーの上に押し倒した。  
 キスでもしかねない位置にある刀夜の真剣な顔に一瞬だけきょとんとした詩菜だが、すぐに笑顔を作ると、  
「あらあら刀夜さん、刀夜さん的にそういう意味だったのね」  
「まぁ、なんだ。当麻もすっかり一人前の男になったし、そうなると母さん一人だと寂しいだろ?」  
 ホントは俺が側に居ればいいんだけどな、と刀夜はばつが悪そうに詩菜からちょっと視線を外す。  
 そんな刀夜の顔を詩菜は両手で包むと自分の方に視線を戻させながら、  
「あら? 刀夜さん的にはそんな事が言いたかったのかしら?」  
 と笑顔で小首を傾げてみせる。  
 そんな詩菜に刀夜は顔を真っ赤にして、  
「あ、あの、そ、その、な、何だ。その……、いい――!?」  
 しどろもどろになる刀夜の唇に詩菜がついばむように軽いキスをひとつした。そして、  
「こんな時は言葉じゃなくて、他にもっと大切なものがあるんじゃないかしら」  
 詩菜の言葉に刀夜の顔が引き締まる。そして「母さ――」  
『ピンポーン♪』  
 聞き慣れたチャイムの音に二人の視線は一斉に、玄関のある方向を向く。  
「誰だろうこんな時間に?」  
「お客さんかもしれませんね?」  
 と刀夜を押しのけると、詩菜はパパッと服を直して玄関の方に向かってしまう。  
 あぁ、母さん、と言う刀夜の言葉だけが虚しく居間に響いた。  
 そんな刀夜の悲痛な心の叫びも断ち切って、詩菜は玄関に向かうと、  
「あらあら、こんな時間にどちら様かしら?」  
 と警戒心も無く玄関の扉を開いた。  
 そしてそこに――!?  
 
 

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