夕陽でオレンジに染まる街に、人は少なかった。  
それは学園都市がバスや電車の活動時間を制限していることにあるだろう。  
別の学区から遠征に来ている学生や教師は、この時間帯のバスや電車を利用しないと徒歩で居住区へ帰る羽目になる。  
それ以外の人でも、寮などの門限がある場合は(よほどの理由がない限り)帰らなくてはならない。  
よって街の表通りは一時的に過疎化していた。  
しかし、それはあくまで“表通りは”の話だ。  
大型デパートメントストアや電化製品店が立ち並ぶ場所は平日より休日の方が賑やかになる。  
逆に、娯楽施設や二四時間営業のコンビニや飲食店が立ち並ぶ場所―――主に地下街は多少の差はあるが常時人が集まる。  
人口の約八割が学生という学園都市ならではの需要度だろう。  
そんなセ○ンイレ○ン並みに皆に親しまれている地下街に、一際目立って人だかりができている場所があった。  
かつてシェリー=クロムウェルと彼女の操るゴーレム『エリス』が暴れまわった、第七学区のとある地下街。  
そこにあるゲームセンターの一角には、最近取り入れたばかりの最新型のゲームがある。  
とある大学の有名ゲーム開発チームが作り上げた3D体感型最新鋭格闘ゲームらしく、プレイヤーに専用の手甲・足甲型リモコンを取り付け、実際にプレイヤーが殴る、蹴るなどの動作をして戦うものだった。  
動作によるコマンド入力システムもあり、キャラによって戦略法も変わってくるという、ようは実力派万歳な機甲(サイバー)忍者風格ゲーなのだ。  
人気もそのゲームセンター内では群を抜いており、試験運用日当日から使用者数No.1に輝くほどである。  
それほどのトンデモゲームなら人だかりができて当たり前……と思うだろうが、よくよく見れば群衆はそのゲームを中心に眺めるように取り巻いていた。  
つまり、戦いに燃える猛者達の集まりではなく、戦いを見て楽しむ傍観者の集まりだった。  
その擬似コロシアムの中心点。  
そこには、  
「おおおおおおォォおおおおォおおおおおお!!」  
少年の咆哮と。  
「らァああああああァああああァァああああああ!!」  
少女の怒号が響いていた。  
 
 
十六時三〇分。  
太陽が紅に染まるにはまだ早い時間に、上条当麻と御坂美琴は街の表通りを徒行していた。  
今日は学園都市全体の学校が午前授業だったので、二人以外にも多くの学生が歩道を行き来している。  
「―――それで、これからどこ行く?」  
「そうだな。……特にない」  
「ちょっと、二秒弱で考えを放棄しない! なんでそうアンタは考えることが嫌いなの!?」  
「いや、本当にないって。今あんま金ないし、上条さんとってもグロッキーな状態なんですから」  
「逃れる為の言い訳よねソレ。お金ならATMから下ろすかしなさい。何だったら私が貸してあげる。あと疲れてんならクエン酸取りなさいクエン酸」  
ナニソノ吹寄的思想概念……と上条は項垂れながら思い、来た道を振り返る。  
二人は先ほど、とある鉄橋の下でこれこれこういう事をごにょごにょとやっていた。  
しかし、履き違えてはならない。  
特に深い意味など無いのだから。  
いや、決して無い。断じて無い。神に誓ってもいい。誓う神いないけど。  
ようはあれだ、少女の切ない想いを少年は解してあげました的な。  
まあ、そうしたら彼女は胸の中で泣きじゃくったわけだけど。  
その事を思い出し、あの時の可愛らしい素はどこにいったのでせう?と上条は呆れ果てた目で美琴を見る。  
「そうね、特に行きたい所がないなら……地下街とかがいいかもしれないわね」  
「……オイ」  
「確かあそこのゲーセンで新作の格ゲーが出たらしいし、試しにやってみましょうか」  
「聞けよ! ってか何で挙句の果てにゲーセン!?」  
「うるさいわね、罰ゲームで負けた分際で喚いてんじゃないわよ!」  
「じゃあ何で行きたい場所聞いてくんだよ! あと罰ゲームってもう返済したんじゃなかったのかよ!?」  
「いいから付いて来なさいッ! これが二つ目の罰ゲームよ!!」  
二つ目!? と上条は叫喚するが、美琴は聞かない。  
彼はそのままずるずると目的地まで引き摺られていった。  
 
 
やがて例の最新ゲームの前に到着する。  
流石人気No.1だけあって、すでに多くの民衆に取り囲まれていた。  
「……あの、本当にやるのか?御坂」  
「何よ。まさか男がここまで来て怖気づいた訳じゃないわよね?」  
「いやそうじゃないけど。そうじゃないけどさ……」  
上条はゲーム機のある一点を見て言葉を濁した。  
? と御坂は上条の視線を追っていくと、張り紙が貼ってあるのに気がついた。  
そこには、  
 
『史上初! 3D体感型格闘ゲーム “一プレイ”一〇〇〇円』  
 
高っ!! と美琴は思わず喫驚した。  
一応、彼女はかのお嬢様学校で知られる常盤台中学の生徒である。  
当然貰える奨学金も半端ではなく、お金に困ることなどありえない。  
実際に今の美琴の財布の中には諭吉さんが二人ほどとその他諸々が控えている。  
寧ろこれはいつもより少ない方なのだ。  
しかし、それでも一〇〇〇円だ。  
いくら彼女がリッチでも、二〇回ちょっとやればもう空だ(それでも二〇回以上できるのだが)。  
かといってATMのあるコンビニなどはこの地下街にはない。  
いちいち地上に出てお金を引き出してくるのも億劫だ。  
何でそこらの凡庸なゲーセンでこんなに金を取られなくてはならないのよ高くてもせいぜいご・ひゃ・く・え・んぐらいでしょうがーッ!! と美琴は叫びそうになったが、ここは喉の奥に留めなくてはならない。  
こんなに高くても人気があるということは値段相応に面白いはずなのだから。  
ちらっ、と上条の方を見てみる。  
彼は呆れるのを通り越して遠いものを見るような目でボッタクリゲーム機を眺めているだけだった。  
(……そうよ。コイツだって金ないのよ。さっきATMで下ろしてきた分でもせいぜい二回しかできない。ここで私がキレてもしょうがないんだから)  
「ねえ」  
「……御坂さん。僕やっぱり帰っていいでしょうか?」  
「そこで鬱に入らない!! せっかく来たんだからちゃんとやって帰るわよッ!!」  
「やるだけでも億劫です。ていうかもうあの単位見るの嫌です」  
「仕方ないわね、お金貸すから未練が残らないように本気でやりなさい!」  
「ってなんで諭吉押し付けてくるの!? 実は十回戦る気満々ってことですか!!」  
「そうよ、ここまで来て一回や二回程度でハイサヨナラなんてごめんだからね。あとそれは別にアンタに貸しを作ろうとかそういうのじゃないんだからねッ!」  
「いやだッ!!十回やらせてもらえるのは嬉しいけどつまんなかったら一生後悔するからいやだッ!!」  
「……。へえ」  
と、急に美琴の目付きが変わった。  
何というか、思いっ切り軽蔑しているような感じに。  
「な、何だよ?」  
「ようはアンタ、“この私に負けるのが嫌で”やりたくないんだ。ふん、確かに格ゲー大好き美琴センセー相手じゃ“貧凡な高校生”が勝つには難しいかもね。“たとえ十回のチャンスがあっても”」  
「おい、俺は別にそう言ってる訳じゃ―――」  
「普通の勝負では勝てても所詮レベル0だもんねぇ? 電撃使い(エレクトロマスター)の最上位(レベル5)って認められてる私とは“格が違うもんねぇ”?」  
「―――、」  
プチッと、ついに上条のこめかみから面白い音が聞こえた。  
挑発成功。  
彼は地団駄踏むと、  
「くっ……! そのような挑発に乗るか、バカめが!!」  
叫びながら、ゲームセンターの奥にある両替機へと万札を握り、駆けていった。  
 

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