閑話休題  
 
 
上条当麻の闘志は最っ高に燃え滾っていた。  
いくら寛大な上条とはいえ、いつも喧嘩で勝っている相手にあそこまで言われれば流石に頭にくる。  
彼は波瀾万丈の人生を送ってはいるものの、一応健全な男子高校生だ。  
定期的にゲームセンターに通っているし、格闘ゲームも相当にやり込んでいる。  
はっきり言って、目の前の(擬似)お嬢様に勝つ自信は大いにあった。  
しかも、このゲームはプレイヤーの体がコントローラーとなっているので、かなりハードな運動を必要とする。  
大事に育てられたか弱い(はずの)お嬢様と喧嘩馴れした実戦経験豊富な格闘少年では、その差は歴然だ。  
その自信から、返り討ちにして候!! と気合十分に上条は御坂美琴に挑んだ。  
……が。  
「ぐああーッ!!」  
「はい、これで九勝目」  
見事にボロ負け。  
高をくくっていたのが悪かったです、はい。  
というか、これはもう予想GUY(誤字?)としか言い様がなかった。  
「ち、ちくしょう……ッ! たかがチューガクセーごときにここまで惨敗するとは……!!」  
「高いのは超能力(レベル)だけと思って甘く見ない事ね。私だって肉弾戦くらい出来るんだから」  
「くっ……しかし! 今までの上条さんはまだ魔王の上の大魔王四天王の最後の一人、次こそ最終ボスぞ!!」  
「そのセリフ聞き飽きた。もう諦めたら?」  
「安西先生、まだ一回チャンスあります!! 次は歴作で極めた仁で勝負だー!!」  
美琴に思いっ切り見下された上条はラスト一回分のお金を投入し、再戦を試みる。  
彼は専用装着式リモコンで装甲された右手を美琴に向け、  
「仁を選んだが最後、俺に勝てる者はいない! 覇王上条当麻の真の力に括目せよ!!」  
「私だって平八でやって負けたことないわよ! どんな相手でも掛かって来やがれってんだ!!」  
言葉を合図に、最後の(醜い)戦いが始まった。  
 
―間―  
 
「うおおおおおお風間流五連撃!!」  
「甘いッ!三島流・封殺陣・爆砕拳!!」  
「なろ……っ、10連コンボだ!!」  
「三島流・金剛壁の構え!!」  
「空中コンボ!!」  
「万漢掌!!」  
「漢(おとこ)パンチ!!」  
「ビリビリキック!!」  
「……、―――!」  
「ッ!?……!!」  
 
 
「ハァ、ハァ……」  
「ぜぇ、ぜぇ……」  
激しい闘争は終わった。  
始める前と終わった後では正反対と言っていいくらい冷静になる上条当麻と御坂美琴。  
それが戦いの激しさを言外に物語っている。  
吹き荒れていた戦いの風は、消え去っていた。  
「……ふ」  
暫くすると、上条の表情に笑みが浮かんだ。  
何とも言えない、感情の読めない笑み。  
対して美琴の表情は変わらない。  
その小さな唇は荒い呼吸を続けるだけだった。  
と、頃合いを見計らったように今まで黙っていた周囲の傍観者達がそれぞれの感想を述べ合う。  
「―――凄かったな、特に最後」  
「ああ。オレはこれが出たときからやってたけど、パーフェクトゲームなんて始めて見たよ」  
「しかし残念だな。あれだけ奮戦したのにパーフェクト決められるなんて」  
「二人ともナイスファイトー、ってミサカはミサカは善戦した両者に労いの言葉をかけてみたり」  
「見てるだけでこんなに楽しかったのは初めてだよ」  
途中、特徴的な少女の声が聞こえたような気がするが、おそらく気のせいだろう。  
やがて戦闘のハイライトが終了し、勝利者のキャラ名が表示される。  
そこには―――、  
 
MIKOTO MISAKA WIN!  
 
結局十連敗。  
もうコメディをシリアスに変えてしまう程上条のテンションは低落していた。  
(中学生相手に……しかもクソ生意気なお嬢様に完敗するとは……一生の不覚)  
地下街の冷たい床にへたれ込み、周りの空気も巻き込むくらい落胆オーラを発しまくる彼を勝者の美琴は勝利の余韻に浸りきった目で見て、  
「……ま、最後のやつが本気だったって事は認めてもいいわ。他のキャラより使いこなしてる感あったし、一応、一ポイント先取したじゃない。だから私も本気でいったまで」  
「つまり俺の本気は御坂たんの足元にやっと及べるってことですかそうですか勝とうと思うのはまだ十年早いってことですねじゃあ十年後出直してくるよ逆襲のカミジョー・トーマお楽しみになッ!!」  
「いや、別にそこまでは言わないけど。あとさり気無く御坂たんって言うな」  
「それと、もうこれにて罰ゲーム終了? 俺帰っていい?」  
「ものすごくナチュラルにスルーすんなッ! 罰ゲームもまだ終わってないわよ!」  
「まだあるのかよ!? いい加減にしろどれだけ俺を心身共に追い詰めれば気が済むんだー!!」  
うぎゃーっ!! と上条は半分涙目で目の前の陰険少女に訴え掛ける。  
すると流石に気まずく思ったのか、美琴は少々顔を引き攣らせ、  
「だ、大丈夫よ。別にそんな大それたもんじゃないから」  
「……ホントに?」  
「何その期待を含んだ視線。言っとくけど罰ゲームって枠組みは抜けないんだからね。指示には従ってもらうわよ」  
「ハードでデンジャラスでアクロバティックかつ非日常な(ありえない)ものじゃないですよね?」  
「どの項目にも当て嵌まらないって」  
あざーっす!! と上条は身体全体を使って礼を言う。  
しかし、美琴の方は特に気を使ったつもりはなかったので、彼の全身全霊の感謝を普通にあしらう。  
「じゃあ早速行くわよ」  
言って、美琴はそのまま―――ゲームセンターの奥へと進んで行った。  
 
「あ、あれ?御坂さん……?」  
まるっきり上条の見当違いの方向に歩いていく彼女に、上条は恐る恐る話しかけてみる。  
「一体、何をするつもりで?」  
「何って、あれよあれ」  
(あれって……?)  
全く何をやろうとしているかわからない上条は美琴が指差す方向を見る。  
彼女の指はゲームセンターの端っこの方に鎮座してある四角い箱のような機械を指している。  
それはプリクラだった。  
前にインデックスと風斬氷華が撮っていたものと似ているが、あちらはコスプレ仕様でなく普通のものらしい。  
「……えーっと。何故にプリクラ?」  
「何か文句ある訳?」  
「そして何故にパチパチいってんの?」  
「いいから行くわよ」  
美琴はもたもたしている上条の手を強引に引っ張り、半ば引き摺るような形で可愛らしいイラストの描いてある暖簾を捲る。  
中は意外と狭かった。  
今まで彼女というものに縁の無かった上条は、(記憶内では)プリクラを利用したことはない。  
しかし、見た目で大方予想はつくものである。  
縦二メートル強、底面積一平方メートルほどの大きさもあれば、学生ならせいぜい三人は入るはずなのだ。  
学園都市製でも『外』の企業のものでも、その大前提(ひろさ)は変わらない……はずなのだ。  
だが、ここのものは一人用かと思えるくらいに狭かった。  
一般サイズの女子中学生と一般サイズの男子高校生でも、相当くっ付かなければ入れないくらいに。  
「……何だこれ、新手の嫌がらせ?」  
「そこつっこまない。別にハードでなければデンジャラスでもアクロバティックでもないでしょ」  
「いや、アクロバット性重視だと思うんだ」  
「どうでもいいからはよ入れ!」  
美琴はむぎゅーっ!! と上条を中に押し入れながら自分も入っていった。  
中ではほぼ押し競饅頭状態である。  
出入り口側にいる美琴はともかく、奥に追いやられた上条には相当キツイ。  
間を空けようとしても壁がある為、身動きが取れないのだ。  
それでも画面に二人の顔が納まるには距離を縮めなくてはならない。  
(かと言って断固拒否したら鮮血の結末が待ってそうだし。くそーどこの大学だこんなもん作ったのは)  
これの設計者に訴えてやる、と密かに心に誓う上条。  
と、彼が心理的に追い詰められている間に、美琴はさっさと金を入れて不快機械(エンジニアマシーン)を起動させていた。  
「……仕方ねえ。でもいつぞやみたく何度も撮り直すのは御免だ! 一発で成功させるぞ御坂!!」  
「へ? 何、ひゃあっ!!」  
覚悟を決めた上条は呆気にとられた美琴などほぼ無視で彼女の首に手を回すと、一気に引き込んだ。  
ちょうどお互いの顔をくっ付けるような形になるのだが、身長差と美琴が体を縮ませている為か上条の顎のあたりに彼女の頭が当たっている。  
突然の出来事に美琴の顔が急速に赤く染まっていくが全無視。  
上条は画面上部にある点滅ランプを確認し、画面を確認して、  
「どうせ撮るなら笑顔だ御坂! そんな表情固まらせてると後悔するぞ!!」  
「!! ……わ、わかっ、てるわよそんなこと! 笑えばいいんでしょ笑えば!!」  
上条に指摘され、一瞬ビクゥッ!! と肩を震わせるがすぐに笑顔を作った。  
無理矢理っぽさが隠せてなかったが。  
ちなみに、二人はヤケクソでハイになってる訳ではないのだが、こんなトコに長居したくないという上条の強い願望充足と、顔の赤さを悟られた羞恥心+紛らわそうとする理性(7:3の黄金比)で自暴自棄に陥る美琴がハイの空気を作っていた。  
やがて点滅ランプが赤く光りだす。  
確か、これは点滅が始まってから十秒後に撮るもののはずだ。  
上条は心の中でカウントダウンしてみた。  
………………五、四、三、二、一、  
「ぜ――――――ッ!!」  
 
刹那、暖簾を突き破って襲来した革靴(ローファ)が上条当麻の顔面を捉えた。  
 

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