「かぺっ」  
彼の口から間抜けな声が漏れる。  
首が不自然な方向に曲がる。  
そして。  
ぱしゃっ、というシャッター音が鳴り響く。  
「……………………………………………………………………………………………………………………………………」  
全ての運動量を吐き出した革靴(ローファ)がポトリと落ちる。  
どうやら革靴単品で飛んできたようだった。  
プリクラの出入り口には暖簾という最終防壁が張ってあったはずだが、それすらをぶち抜いてくる破壊力には感心すべきだろうか。  
上条はこの理不尽な状況に革靴に八つ当たりをしようかと思ったが、その前に美琴が振り向き、  
「……え? アンタ、その革靴どうしたの?」  
と聞いてきた。  
とりあえず上条は判断できる所までを説明してみる。  
「なんか、外から素っ飛んで来たんだが。というかこれ、常盤台中学指定のものじゃねーか?」  
は? と美琴はワケワカランといった表情で返答しようとする。  
が、その直前に、  
「大丈夫ですか、とミサカは状況を確認しつつ中に居るであろう人命の確保を優先します」  
バサッ!! と暖簾が勢い良く捲り上げられた。  
上条と美琴は声のした方に振り向く。  
そこには御坂美琴に酷似した少女―――というか、彼女のクローン体の―――御坂妹が立っていた。  
「おー、御坂妹」  
「ああ、あなた方でしたか、とミサカは偶然出会えたことに嬉しく思いながら挨拶をします」  
ペコリ、とお辞儀をする御坂妹。  
彼女はいつも通り頭に電子ゴーグルを付けており、あとは美琴と寸分違わずそっくりな格好をしていた。  
ベージュのブレザーに大き目の赤いリボン、紺系チェック柄プリーツスカートに革靴……のはずだが、何故か御坂妹は革靴を履いていない。  
つまりは靴下以外何もなかった。  
「あれ? お前、なんで何も履いてないんだ……?」  
上条は即座に疑問を投げかける。  
すると、御坂妹は少し困ったような(実際にはほとんど無表情なのだが、上条にはそう見える)感じで、  
「それについてなのですが……今さっきこちらにミサカの革靴の一つが投げ込まれるのを確認したのであなた方の無事を祈りつつ回収しにきたのです、とミサカはあなたの手にある革靴を確認しながら懇切丁寧に説明します」  
「じゃあこれはお前のだったのか。ま、外傷より精神的なダメージの方が大きかったけどな。ほれ、返すよ」  
先ほどその革靴に八つ当たりしようと思っていたのを隠し、上条は御坂妹に革靴を手渡す。  
彼女は無表情のまま革靴を受け取り、  
「ありがとうございます、とミサカは被害を与えてしまった事に謝罪しながら礼を言います」  
「いいってことよ。んな大したことじゃねーし」  
ちなみに上条は、これらのやり取りをしている間に美琴が若干不機嫌な表情をしていたことに気付いていない。  
「……それよりアンタ、なんでそんなトコにいんの?」  
今まで自分がスルーされていたことへの怒りを抑えて御坂妹に聞く。  
「これまでの経緯を語ると長くなりますが、それでもよろしいのなら、とミサカはお姉様(オリジナル)からの疑問に答えます」  
 
 
御坂妹は街の表通りを歩いていた。  
普段なら時間的には街に学生達が進出するにはまだ早いのだが、本日は学園都市全体の学校が午前中授業という事もあり、歩道は早くも学生達で賑わっている。  
当然彼女が出歩いていても不自然ではないのだが、身に纏っている服装が常盤台中学の制服という事もあり、自然と周囲から注目される。  
御坂妹は気にせず淡々と歩を進める。  
彼女が街に出たのは少し買い物がしたかっただけなのだが、実際にはリハビリという意味合いが強い。  
何故なら御坂妹を含め、全ての『妹達(シスターズ)』はとある事情で各施設で調整を受けなければいけない身だからだ。  
その調整も第二段階に入り、外に出て入院生活で鈍った運動力を取り戻す、といった名目で外出許可が出ている。  
ちなみに彼女達は今まで『買い物』を楽しむどころかそれ自体に興味も示さなかったのだが、カエル顔の医者がお金を出して『女性は家事全般が出来た方が優秀であり、  
金銭面の配慮が出来れば男性も好みやすい』といった知識を与えた瞬間、いろいろと学習に出る為にスーパーマーケットやらデパートやらに進出することが多くなった。  
そこで同じ顔に遭遇することもしばしばあるのだが、三人以上で遭遇することがなかったので他人からは双子としか見られなかったようだ。  
まあ、姉妹でも揃って常盤台中学の制服を纏っていると、流石に普通の目では見られなかったが。  
そして、今日も検体番号(シリアルナンバー)一〇〇三二号、御坂妹はとあるスーパーで商品と睨めっこしていた。  
「……む。ここはキャベツが安いのですね、とミサカは先週行ったスーパーでの価格を比較して相場を割り出します。代わりにと言ってはなんですが、きゅうりは高いようです、とミサカは物品の価格差のバランスに少々感心します」  
ふむふむ、と野菜売り場で色々と呟いている不思議少女に周囲の人々から視線が集まるが、やはり彼女は気にしない。  
やたらとマイペースなまま御坂妹は別の商品も物色していく。  
「大根の価格は先のスーパーでも変わらないようですね、とミサカは集計結果を統合します。……おや、あちらではタイムセールで鮮肉全商品が二割引ですか、とミサカは価格の計算をしながら足を運びま―――」  
「あ、見知った顔はっけーん! ってミサカはミサカは人垣を縫いながら声を掛けてみたり」  
突然似てるような似てないような口調の声が後ろから降り掛かってきた。  
御坂妹は振り返る。  
スーパーの出入り口辺りに、彼女の体をそのまま小さくしたような少女が小走りでこちらに向かってくるのが見えた。  
打ち止め(ラストオーダー)。  
全ての『妹達(シスターズ)』を束ねる上位個体であり、御坂妹にとって上司的な存在である少女。  
打ち止めは無事に御坂妹の立っている場所まで辿り着くと、  
「こんな所で会うなんて偶然だねー、ってミサカはミサカは―――ってのぁっ!? いきなり危険な銃器を鞄から取り出して一体どうする気なの!? ってミサカはミサカは危機感を感じて後ずさってみる!!」  
「前回の仕打ちをお忘れですか? とミサカはあくまで冷静に対応します。ちなみにこいつの中身はゴム弾なのでご安心を、とミサカは引き金に手を掛けながら懇切丁寧に説明します」  
「ぬう……ッ! すでに忘れたものかと、ってミサカはミサカは舌打ちをしながらも危機回避の為に可愛らしい仕草で誤魔化してみたり。  
あとゴム弾でもミサカの体だと骨の一本や二本は軽くイくと思うっていうか公衆の面前でそういうものを発砲したら流れ弾の危険性が、ってミサカはミサカは機嫌をとるのを諦めて周囲への被害を提示してみる」  
それもそうか、と御坂妹は考え直して学生鞄の中にどう見ても本物にしか見えない拳銃(デザートイーグル)を仕舞い込む。  
やり取りの途中、周囲から『ぎゃあっ!』『ちょ、なんで学生が銃持ってんのーっ!?』『これヤバイって警備員(アンチスキル)呼んだ方がいいって!!』などの声が上がったが当の二人は全く気にしていない。  
 
「……それより、何故あなたはこんな所にいるのですか? とミサカは借りは後で返してやるぞクソ野郎という本音を後回しにして疑問をぶつけます」  
「お? 危機脱出できた? ってミサカはミサカは安堵の息を吐いてみたり。それはまぁアレだよ現在の保護者とはぐれちゃったの、ってミサカはミサカは舌を出してうっかりさんキャラを演じてみる」  
「つまりは迷子になったのですね? とミサカは確認を取ります」  
「そーそー。実際にはここじゃなくちょっとそこの玩具屋さんに行ったらいつの間にかいなくなっちゃっててね、ってミサカはミサカは“あの人”の管理能力の低さに少々呆れながら状況報告してみたり」  
「それはあなたの方に問題があると思うのですが、とミサカは疑問を隠さずに告げます」  
でーもー、と駄々をこねる子供のように体を左右に揺らしながら、打ち止めは口を尖らせる。  
しかし、その話題も長くは続かず、打ち止め(ラストオーダー)の方から別の話を振ってきた。  
「そうそうそういえばさ、ってミサカはミサカは前々から思っていた事を口に出そうとしてみたり」  
「はい、何でしょうか? とミサカはとりあえず話を聞く態勢をとります」  
「それー、その靴ー、ってミサカはミサカはカッコいい形をした革靴(ローファ)を指差してみる」  
「……またそのパターンですか。もうその手には乗りません、とミサカは防御体勢を取りつつ暗に諦めろと告げます」  
「まだ先を続けてないじゃん! ってミサカはミサカは早とちりされたことに憤慨してみたりーっ!!」  
「? ではミサカの革靴がどうかしましたか? とミサカは疑問を露にします」  
革靴への防御を解いて、御坂妹は首を傾げる。  
ブンブン手を振り回していた打ち止めはその動きを止め、  
「なんか周りの人と質が違くね? ってミサカはミサカは最近の若者の乱れた言語を使用しながら聞いてみたり」  
「ああ、これは一般のスニーカーやバスケットシューズと違い、イタリア本皮製特注の革靴ですから、とミサカは淡々と説明をします。  
ついでに言うと、スニーカーやバスケットシューズは布製や合成皮製のものが多いようです、とミサカは補足説明をします」  
「ふーん、そうなんだ、ってミサカはミサカは情報を頭でまとめてみたり。手触りとかは変わるの? ってミサカはミサカは素朴な疑問を投げかけてみる」  
「材質が違いますから多少は変わるでしょう、とミサカはこれ以外触ったことがないという事実を隠しながら虚言を放ちます。  
あと、このような情報はミサカネットワークを通して既に得ているのでは? とミサカは念の為確認を取ります」  
「こんな豆知識ミサカはミサカネットワークからじゃなくて口頭で得た方がコミュニケーションも取れるでしょ、ってミサカはミサカは一石二鳥の得を並べてみる」  
「一石二鳥なのはあなただけだと思うのですが、とミサカは不満を隠さず感想を述べます」  
「そんな事よりその革靴ー、ってミサカはミサカは強引に話題を戻してみたり。どう変わってるのかちょっと調べさせてよ、ってミサカはミサカは確信を持つための案を提示してみる」  
「分かりました、どうぞ、とミサカは上司の経験値向上の為に貢献します」  
そう言うと、御坂妹はその場で艶々としている革靴を脱ぎ、打ち止めへと渡す。  
打ち止めは無言でそれを受け取り、  
ニヤリ、と口の端を邪悪に歪めた。  
「フハハハ! 甘い、甘いぞ一〇〇三二号! ってミサカはミサカは革靴両手に逃走を開始してみたり!!」  
御坂妹が何かを言う前に、打ち止めはわっはっはっはーっ!! と戦国武将よろしく哄笑しながら脱兎のごとく走り去る。  
慌てて追いかけてみると、彼女は人混みに紛れ、早くも姿を晦ませていた。  
人混みの中から声が聞こえてくる。  
「んー、履き心地がなんか違うかも、ってミサカはミサカはサイズの合わない革靴の感想を述べてみたり。これだと走り辛い、ってミサカはミサカはこの靴の機能性の低さに少々呆れながら逃走を再開してみる」  
パタパタパターッ!! とサンダルで走っているような音が人混みの中から聴こえてくる。  
どうやら革靴を履いたまま逃走するつもりらしい。  
「……なるほど。まだ懲りないようですね、とミサカは溜め息をつきつつ状況を確認します」  
御坂妹は薄っぺらい学生鞄の中に手を伸ばし、冷たい金属の感覚を確かめる。  
「前回の行動パターンからあのクソガキの逃走ルートは確実に第七学区内の地下街を通ることになります、とミサカは結論付けます。  
従って、ここから地下街への最短ルートを全速力で走れば七割三分の確率で追いつけるでしょう、とミサカは論理に基づく計算で追撃を開始します」  
靴下だけになった足で彼女は駆け出す。  
今度こそ絶対に許さん、と心に誓いながら。  
 

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