―――間。  
 
 
「ハァ、ハァ、どこにいったのですか……! とミサカは怒りを露にしながら捜索を続けます!」  
御坂妹は息を荒らげながら辺りを見渡した。  
見えるのは人の波と、ファーストフード店と、ゲームセンターと、天井に繋がる太い四角柱と……。  
結局、地下街に来るまで捕まえられなんだ。  
(この地下街の広さは約〜平方メートルでミサカの全速力の速度が時速―――中略―――なのであって見失う事はないはずなのですが、とミサカは自分が立てた理論を再構築し直した上で結論を下します)  
まあ、つまりそう遠くは離れてないだろう、と御坂妹は推測したのである。  
彼女は電子ゴーグルを装着して、もう一度よく辺りを見回してみる。  
(周囲の人混みの中に発電系能力者(エレクトロマスター)の反応は五人……身長一三〇センチほどの能力者、なし)  
カチカチ、と電子ゴーグルを微調整しながら御坂妹は続ける。  
(ファーストフード店……該当者なし。ゲームセンター……電波障害で測定できず)  
ふー、と彼女は気持ちを落ち着かせるように息を吐きながら、電子ゴーグルを額に掛け戻す。  
多くの電子機器を使用している為か、ゲームセンターの周りは電子ゴーグルでは見えなかった。  
周囲にいないという事はやはりあそこにしかいないだろう。  
しかし、ゲームセンター内は機械が立ち並んでおり、死角となる場所も多い。  
電子ゴーグルでの捜索は出来ない中、逃走スキルに特化した打ち止め(ラストオーダー)を見つけ出すのはかなり困難だ。  
(……かと言って捜索を中止してもミサカの革靴(ローファ)が戻ってくる確立は限りなく〇に近いでしょう、とミサカは確信を持てる推測をします。  
備品の再調達には資金が嵩むでしょうし、世話になっている人に負担を掛けるのはあまりしたくはありません、とミサカは決意を胸に捜索を再開し―――)  
言って、ゲームセンターに向かおうとした所で、御坂妹の動きはピタリと止まった。  
彼女の視線はゲームセンターの入り口に出来ている人混みを捉える。  
彼らはお互い何か言い合っており、ゲームをやる為に並んでいる様子は見受けられない。  
ここからでは声は聞こえないので判断のしようがないのだが。  
その人混みの中心。  
ほんの僅かな隙間から、  
打ち止め(クソじょうし)の顔が見えた。  
「―――、」  
ピクリ、と御坂妹の眉がほんの少し動く。  
やがて視線に気付いたのか、打ち止めは御坂妹のいる方向に顔を向ける。  
瞬間、二人の時間が止まった。  
 
「……」  
「……」  
彼女達の間にしか流れない静粛。  
アニメのあれっぽく黒い世界に照らし出される二人。  
お互いがお互いの存在を確認するように対立する少女達―――。  
やがて現実に戻ってきた。  
打ち止め(ラストオーダー)の周りにいた群衆はいつの間にか去っている。  
「……(ジャコッ!!)」  
「ひっ!? ってミサカはミサカは構えられた拳銃(デザートイーグル)を目視して回避行動を試みてみた―――」  
り、打ち止めが言い終わる前に、  
 
パンッ!! と渇いた銃声が地下街に響き渡った。  
 
射出されたゴム製の弾丸は横に飛び退く打ち止めの羽織っている男物のYシャツに当たり、強引にそれを彼女から引き剥がした。  
ゴム弾と共に吹き飛ぶYシャツはとある高校の制服を着た長い黒髪を持つ少女の顔面に直撃し、驚いた少女が後ろに倒れ、尻餅をつく。  
Yシャツが調度良い具合に衝撃を吸収した為、怪我をするような事態にはなっていないだろう、と御坂妹は推測する。  
一方、飛び退いた拍子に床にへたり込んでしまった打ち止めは口をパクパクしながら、  
「……い、今避けなかったら絶対当たってたしこんな場所で発砲したら被害が出るって言ったじゃん!! ってミサカはミサカは震えながら諭してみる!!」  
「聞こえんなぁ、とミサカは耳を穿るジェスチャーで聞く耳持たないことを示します」  
「一般人の被害よりこっちの方が重要なの!? ってミサカはミサカは一〇〇三二号から溢れ出る殺気に恐怖しながらツッコんでみたり!  
っていうか某漫画であったような台詞を喋るときは『〜から引用した台詞を用いながら〜』とか言わないと、ってミサカはミサカはひぃいいいいいい!?」  
ドパンッ!! と打ち止めの足元に一発。  
この様子から御坂妹は冗談が通じない状態にある事が分かって頂けるだろう。  
空色キャミソールの肩に掛かっている紐が片方ずり落ちるくらい恐怖に怯える打ち止めは、  
「わ、分かった分かった革靴(ローファ)は返すからお願い許してー!! ってミサカはミサカはドゲザしながら許しを請いてみる!!」  
「……そうですか。そこまで言うなら、とミサカは考慮します」  
すっかり下克上状態の御坂妹と打ち止め。  
こう見ると討ち入りに来た農民と命乞いをする地主、といった感じだ。  
御坂妹の殺気が薄くなった為か、打ち止めは顔を少し上げて様子を窺う。  
暫く御坂妹は考え、無表情からの一言。  
 
「一発受けてからでしたら許しても構いません、とミサカは頭部に狙いを定めながら了承します」  
「ちょ……ッ、それミサカに死ねって言ってるよね!? ってミサカはミサカは奮然と抗議してみるけど通じないっぽいから全速力で逃走を開始してみたり!!」  
「逃がしません! とミサカは追い掛けながら発砲します!!」  
パンパンパンパンッ!! とゲームセンター内に発砲音が響く。  
しかし、流石は学習装置(テスタメント)によるシミュレーションで戦闘能力に特化した者同士。  
蛇行しながら走る打ち止め(ラストオーダー)に弾丸は直撃せず、狙う御坂妹の方も完全なるスカはない。  
ほとんどの弾は打ち止めの衣服や体を掠め、立ち並ぶ機械に当たって跳弾し、威力の落ちた状態で打ち止め(ターゲット)を捉える。  
「いっ、痛たたたたたたッ!! ってミサカはミサカは跳弾の雨に晒されながらも逃げる速度は落とさず叫んでみたり!!」  
「チッ、なかなか直撃しないものですね、とミサカは弾倉を取り替えながら一人ごちます」  
「だから直撃したらタダじゃ済まないって! ってミサカはミサカはそう簡単に当たって堪るかという本音を混じらせながら正論を述べてみたり!  
っていうか弾倉取り替えてるのなら今がチャンスかも、ってミサカはミサカは見出した活路を有効利用しようと孤軍奮闘してみる!!」  
血の気が引いていた打ち止めの表情に再び生気が宿り、機敏さが上がっていった。  
今まで出入り口付近で逃走劇を繰り広げていたのだが、打ち止めは突然進路変更してゲームセンターの奥へと駆けて行く。  
「!!」  
御坂妹が空になった弾倉を抜き出し、弾の入ったものと取り替えた時には、打ち止めは相当奥の方まで行っていた。  
慌てて追い掛けようとすると、奥にいる打ち止めが御坂妹の方へ向き、  
「ほうれ、革靴はこっちだよーっ! ってミサカはミサカは誘導する為に革靴の一つを箱型機械の中に投げ込んでみたり!」  
そう言うと、打ち止めは入り口に暖簾の掛かっている機械内に革靴を一つ、投げ入れた。  
彼女の手が調度良く暖簾に触れて程良い隙間が出来ていた為、革靴は吸い込まれるようにして機械の中へと飛んで行く。  
それを確認もせず、打ち止めは割と本気でゲームセンターの外へと駆け出す。  
「……ッ!! 待ちなさい!とミサカは静止を呼び掛け―――」  
「あはーっ、いいのかなこっちを気にしててあそこには人がいたみたいだしミサカが投げ込んだ靴が調度良い具合に当たって首を骨折してるかもよー? ってミサカはミサカは一〇〇三二号の心理的盲点をついてみるー!」  
と、打ち止めの投げ遣りっぽい叫び声を聞いた御坂妹の動きが止まった。  
御坂妹はとある超能力者(レベル5)の少女のクローンである。  
学習装置で強制入力(インプット)された人工的な精神を持っているとはいえ、本は感情のある人間だ。  
打ち止めの発した言葉はほとんど出任せだが、可能性としては有り得なくはない。  
確率的には何万分の一くらいだろうが、少しでもあるのならば見捨てられない。  
結局、御坂妹は優しい人間だった。  
彼女は鎮座する機械に向かって走り、  
「大丈夫ですか、とミサカは状況を確認しつつ中に居るであろう人命の確保を優先します」  
 
 
「―――といった感じです、とミサカは事後報告を終了します」  
話を聞き終えた上条当麻と御坂美琴は共に、えー……? といった風な表情になった。  
勿論、それぞれ別々の意味で。  
「あ、アンタも色々と大変な人生送ってるわねー……」  
「え? 何? じゃあ上条さんにこの革靴(ローファ)が直撃したのは単なる偶然だ、と? ……不幸だー」  
御坂妹に気の毒そうな視線を向ける美琴とがっくりと項垂れる上条。  
しかし、御坂妹は一々反応せず、いつまでもマイペースに、  
「ところで、もう片方の革靴はここにはありませんか? とミサカは確認の為質問します」  
「少しは慰めの言葉を下さいと上条さんはセツに訴えます……。ここには一つしか飛んできてないけど―――ん?あれお前のじゃないの?」  
え? と彼女は上条の指差す方へと顔を向ける。  
プリクラから少し離れた、ゲームセンターの出入り口に近い所―――そこにもう片方の革靴がポツンと置いてあった。  
おそらく打ち止め(ラストオーダー)が逃走の際、落として行ったもののようだ。  
それを確認すると、御坂妹は上条の方へ向き直り、  
「発見してくださりありがとうございます、とミサカは深々と頭を下げます」  
深々と、と言ってはいるものの、実際は三〇度ぐらいしか頭を傾けてはいない。  
しかし、そこにツッコんだりはしない大人な上条であった。  
「いいって、たまたま目に留まっただけだし」  
「これで革靴を取り戻すことができました、とミサカは吉報を報告します」  
ほんの二秒しか経ってないのに、御坂妹は既に両方の革靴を履き終えていた。  
いや、っていうか五メートルほど先に転がっていた革靴を取りに行く瞬間すら目視できなかった上条と美琴。  
「「速っ!?」」  
即座に同時ツッコミ。  
だが、御坂妹は冷静に受け流す。  
「それはミサカが速いのではなく、単にあなた方の動体視力がミサカの運動速度に追いついていないだけです、とミサカは単純な解答をします」  
いやだからそれはお前(アンタ)が速いだけだろ(でしょ)! と上条と美琴は同時にツッコもうとしたが、それを言ったらまた反論されて限がなくなりそうなので黙っておく。  
「……まぁ、それは置いといて。アンタはこれからどうするつもりなの?」  
「特に予定などはありませんが、とミサカは本日のスケジュールを反芻しながら答えます。それより、お姉様(オリジナル)はその人とそこで何をしているのですか? とミサカは逆に質問します。機械からなんかペラい紙切れが出ていますが」  
「い、いや別にただ……あの……そう! 写真撮ってただけ―――って!?」  
御坂妹の指摘で漸く気付いたが、もう既に切手大の写真シールが吐き出されていた。  
ズバァッ!! と美琴は顔を覗かせてきた上条を押しのけてそれを引っ手繰るように手元に収める。  
彼がぐぁあっ!? と叫んでいるのも気に留めず美琴は手中の写真シールを確認して、  
凍り付いた。  
「痛ててて……。クソ、御坂テメェ乱暴過ぎる―――」  
上条は打ち付けた後頭部を抑えながら美琴の手元にある写真シールを見て、凍り付く。  
「? どうしたのですか? とミサカは身動き一つしないあなた方に疑問を抱きつつ質問します」  
律義にも、御坂妹は他人の写真を覗くような真似はしなかった。  
ただ単に写真というものに興味がなかっただけなのだが。  
小首を傾げる御坂妹に目もくれず二人は写真シールを凝視する。  
そこに写っているのは不自然な笑顔をした御坂美琴と、  
 
茶色い影が顔面にめり込んでいる、文章では表現できないくらい面白い顔をした上条当麻の姿だった。  
 
「…………………………………………………………………………………………………………………………………」  
愕然と。  
まさに愕然とする上条。  
対して美琴は、  
「……ぶ」  
抑えられなくなったかのように吹き出し、  
「あっははははははっ!! アンタ何この顔、こんな間抜け面……くくっ、あっはっはっはっはっはっは、ひー!!」  
大爆笑。  
笑っている本人は楽しいかもしれないが、こんなシーンを撮られた側はものすごい不快感を覚えるのだ。  
「……、オイ。今すぐ処分しろこのクソ写真」  
「ば、バッカじゃないのアンタ! くはははっ、コレは永久保存版に決まってるじゃない! ……ぶふっ、アンタも見てみなさいよ」  
そう言うと、美琴は涙目になる程笑いながら写真シールを御坂妹に渡そうとする。  
「なッ!? ちょ、ば、やめろォおおおおおおおおォォおおおおおおおおおおォおおお!!」  
KYAORAAAAAAッ!! と上条的違法物の取引を阻止すべく超戦士・上条当麻は飛び掛ろうとする。  
が、  
「ふごぅ!!」  
御坂美琴の笑いながらの高速・正中線連撃を食らい、崩れ落ちた。  
それでも震えながら手を伸ばそうとする上条の頭を美琴は腕でホールドする。  
上条の抵抗も空しく、御坂妹は訝しげに彼の醜態を眺めながらも切手大の写真シールに視線を落とす。  
彼女は暫く石像のように硬直し、  
ひくっ、と。  
御坂妹の頬が引き攣った。  
「……これは中々、良いのではない、ですか、とミサカは笑いを堪えながら……ぷ」  
「堪えられてねえよ! っつーかどこが良いんだよ!! あーもう畜生不幸だ御坂妹にも笑われたしいい加減離せ御坂ここでこの体勢はキツイ!」  
「ははは、ホント馬鹿よね、アンタ」  
涙目で笑いながらも美琴は上条の拘束を解く。  
ついでにプリクラからも出た。  
べちゃー、と上条はスライムのように拷問機械の中から流れ出る。  
そんな彼を気遣いもせず美琴はすーはー、と呼吸を整えると、  
「はー、久しぶりに笑ったわねー。ほれ、半分」  
ビリビリ、と六枚構成の写真を半分にし、三枚を上条に渡す。  
彼はぐったりしながらもそれを受け取る。  
「……なんか嬉しくねえ」  
「いいじゃない、アンタいつも嬉しいことなさそうだし」  
「やめてくんないかなその言い方! そういえば御坂妹、お前もう暇なのか? っつかもう笑うのやめて下さい本当にヘコむから」  
ホントに姉も妹も性格悪い、と頭を抱える不幸少年上条当麻。  
 

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