上条と美琴と御坂妹はゲームセンターを後にした。
あれから暫く経ってもくすくすと笑われ続けていたのだが、もう納まったらしい。
というか、いつまでも笑われていたら例えオンナノコ相手でも拳を振り回して追い掛け回していたかもしれない。
紳士なフラグボーイ上条当麻でも怒る時には怒るのだ。
「SO! いくらお嬢様二人を眼前にしても! ビーストモードのカミジョーさんには一切合切関係ナシ! 逃げ惑うがいいさ泣き叫ぶがいいさ絶対に取っ捕まえてやるZEEEEEE!!」
拳を振り回さず鬼ごっこ開始。
ぎゃー、と楽しそうに逃げていく少女達。
―――そんなこんなで二〇分。
二方向に逃げた人を同時に捕まえることなんてムリムリ。
上条さんは某漫画のゴム人間よろしく腕が伸びる訳ありませんのことよ。
「くっそー、どこ行きやがったアイツ等……」
ふしゅるふしゅる、とアブナイ音を立てながら上条は地下街を徘徊する。
通行人が恐怖して、上条を避けて歩いているが寧ろ助かる。
人が離れている方が見渡しが効くのだ。
(検索開始……目標(ターゲット)確認できず。もしや既に地下街から出てのんびりと優雅にティーカップを傾けながら恋愛小説を読んでるとか!? 可能性は無きにしも非ず!!)
少々冷静さを欠いている上条は変な方向に想像を働かせ、いざ討伐に行かん!! と意気込んだ所で、
ポン、と誰かに肩を軽く叩かれた。
(―――ッ!? 美琴か御坂妹がからかいに来た!? ……そうかそうかこの至近距離からでも逃げ切る自信があるということですかそういうことなら遠慮なく!!)
「嘗めんじゃねェぞコラァ!」
完璧にトリップしている上条はその人物を確認もせず、思いっ切り押し倒した。
その瞬間、周囲の人垣がざわめいたが気にしない。
相手は不意をつかれたのか、抵抗力はあまり感じなかった。
「マウントポジション確保ー!! さぁ覚悟せ―――」
彼は馬乗り状態になって漸く、肩を叩いてきた人物が誰なのかを認識する。
その人物とは―――、
「君は。公衆の面前で。女の子を押し倒す趣味があったの?」
「ひっ、姫神!?」
姫神秋沙。
上条当麻のクラスメイトであり、巫女装束が私服という純和風の変わった少女。
現在は巫女装束ではなく、上条の高校の制服を身に纏っている。
おそらく学校から帰ってすぐに出掛けたのだろう。
その手には買い物袋が握られているのだが、上条が押し倒したことにより、中身が少し散乱してしまっている。
「わ、わりぃ! てっきり美琴辺りかと……」
上条は慌てて姫神の上から飛ぶように退く。
心成しか、彼女の頬がちょっぴり赤くなっていたような気がした。
姫神は機械人形のようにゆっくりと起き上がると、
「……どちらにしても。押し倒した事は否定しない所を見ると。やっぱりそういう趣味が」
「ありませんッ! 上条さんは青春真っ只中の健全な男子高校生です!!」
どうも変な誤解をされているらしい。
一応説明するが、上条当麻という人間は通りすがりの少女にフラグを立てる変人ではあるが、通りすがりの少女に既成事実を擦り付ける変態ではない。
一通りの弁明を終えると、上条はばら撒かれた姫神の買い物袋の中身を回収するのを手伝う。
拾う過程で分かった事だが月詠小萌宅の今夜の献立は鋤焼きらしい(牛肉、豆腐、葱から判断)。
(……いいなぁ、鋤焼き。最近は一ヶ月一万円生活状態だからなー、残りモンで作ってみるか)
憎き暴食同居人シスターの顔を思い出し、即座に撤回。
所詮、今の上条家の状況では簡単に殺される幻想だ。
「……何。急に頭振って。虫でも付いた?」
いえ……、と上条は泣きそうになりながら答える。
当然姫神には上条宅の財政難など知る由もないので、彼女はただ首を傾げるばかり。
「それより、お前なんで俺の肩を叩いてきたんだ?」
「たまたま見かけたから。挨拶しようと思っただけ」
「そうか……ごめんな、いきなり押し倒したりして」
「悪気がないなら。別にいい」
姫神はちょっぴり頬を赤らめながら言った。
上条にはその理由が分からなかったが、変な方向でない事を祈るばかりだ。
「それじゃ。そっちは忙しそうだから。また学校で」
全てを拾い終わった姫神は上条に手を振って別れようとする。
上条はそれを見送ろうとして、
「おう。じゃあな、ひめが―――」
とある名案を思いついた。
「……いや、やっぱ家まで送ってくよ」
え? と少々驚いたような表情をする姫神へと駆け寄る。
しかし、上条は他の事を考えていた。
(―――俺の思惑通りに行けば、“アイツらは向こうから現れるはずだ”)
その頃、御坂美琴は地下街を駆け回っていた。
(いない、いない、どこに行ったのよアイツはー!!)
目的は『アイツ』こと上条当麻。
自分から全速力で逃げておいてなんだが、追いかけて来なくなったのを気にして戻ってみたのだ。
案の定、彼は蒸発していた。
いつもの流れからするとまた女の子絡みだろうか。
毎度毎度上条の遊び人属性には振り回されっぱなしだ。
キョロキョロと辺りを見渡しながら、しかし速度は落とさず彼女は走る。
(おっかしいわねー、やる気なくしてそこらの店で一息ついてんのかしら。……いや、アイツの持久力は御墨付きだし。じゃあばっくれて寮に帰った、とかなら有り得そうね)
しかし生憎、美琴は上条の寮がどこにあるか知らない。
ネットを介して研究所の機器を壊すほど情報戦が得意なら、好きな人の住所くらい知ってて当然……だろうが、美琴は今までそんな行動には及んでいない。
絶対能力進化(レベル6シフト)の件もあり、前者は仕方ないとしても、後者は完璧にストーカー行為だ。
白井黒子ならともかく、常盤台中学のお嬢様(エース)ともあろう者がそんな行動に出れば、自己嫌悪で彼と顔を会わせられなくなる。
「っつってもこのまま行く当てもなく路頭を彷徨うのも御免だし……と、おーい!」
つらつらと考え事をしている美琴の視界に見知った人物が映る。
正面の人混みの流れに沿うように歩くのは、上条から逃げた時に別行動をしていた御坂妹だった。
声に気付いた御坂妹は振り向き、
「お姉様(オリジナル)ですか、とミサカは呼び掛けに応答します。そんなに慌ててどうしたのですか? まさかあの人が追い掛けて来たのですか、とミサカは少々戦慄しながら質問します」
「いやいやそうじゃなくて。逆よ、アイツが急に見えなくなって、それで探してたのよ。そういえばアンタってアイツの家知ってたっけ?」
「はあ、一度行ったことがありますが、とミサカは先ずお姉様からの質問に答えます。見えなくなったというのは、お姉様の質問から察するにあの人は家に帰ったという事ですか? とミサカは推測を立てます」
「まだ確信は持てないけどね。行ったことあるんなら案内してくんない?」
「しかし、あの人に会ったら迎撃されるのでは? とミサカは誰もが思慮できる展開を提示してみます」
んー、と御坂妹の指摘に美琴は考え込み、
とある作戦を思いついた。
「まぁ、その時は……ごにょごにょ」
「!? そ、そんな事をしても良いのですか、とミサカは驚きを隠さず確認を取ります」
「大丈夫よ、だって相手は学園都市最強に勝ったヤツよ? それくらいでくたばるほどヤワじゃないでしょ」
「……まあ、それもそうですね、とミサカはお姉様の説得に応じます」
「よし、じゃあアイツを探すわよ!」
「はい、分かりました、とミサカは先導しながら返事をします」
合流した少女達はとある少年の住む寮へと駆け出す。
様々な伏線が交差する戦場へ―――。