御坂美琴はこの時非常にイラついていた。  
 何故なら、自分の娘が一向に現れないからだ。  
 壁を背にして遠巻きに眺める向こう、そこには沢山の女の子――下は3、4歳くらいから上は20歳前後まで――と、その母親たちの輪が出来ていた。  
 その中心に楽しそうにしている上条当麻――実際は終始泣き笑いなのだが美琴ビジョンにはそう見えた――の姿が見える。  
(何で、何であそこに私とアイツの娘が居ないのよ!!)  
 美琴の体がにわかに電気を帯びると、パリッ、パリッと空気を焼く音が聞こえる。  
 本当はあの輪の中に混じって自分の娘が来るのを待つか、見つかったと言う報告を待ちたいのだが、この状態ではあの輪の中に居られないと自ら離れたのだ。  
(こぉんのぉぉぉおおお、もし、もし私たちの娘が見つからなかったら……、どうしよう)  
 はぁ〜、と美琴がため息をつくと、ぷしゅんと気の抜けた音がして帯電していた電気も消えてしまう。  
 そうして浮き沈みをを繰り返している美琴に、  
「美琴お姉ちゃーん!!」  
 その叫びにふと顔を上げて、声のした方を振り返った美琴が見たのは、女性の胸の谷間だった。  
「うひぃ!?」  
 たっぷりとボリュームのある胸の谷間に顔を埋めた美琴は、息苦しさと何だか判らない気恥ずかしさでジタバタと暴れるが、  
「うぅ〜ん、ちっちゃい美琴お姉ちゃん、かっわいい〜」  
 かえってぎゅっと抱きしめられて苦しい思いをしただけだった。  
 それでも美琴は、自分を圧殺しようとする胸(きょうき)をがっと鷲掴みにすると、腕立て伏せの要領でぐぐっと体を引き離した。  
 そして、自分を抱きしめている不埒者の顔を見ようと、顔を上げた。  
「あれ、母、さん?」  
 一瞬そう思ったのだが何かが違う。  
 しかし、その一瞬の迷いが致命的な結果を招くとは美琴は思わなかっただろう。  
 キョトンとした美琴を見つめていた母親に似た巨乳女が「(かわいい)」と小さく言葉を漏らした直後、美琴の唇を奪ったのだ。  
 美琴の思考が硬直する。そしてそのまま、数秒、目は見開いたまま時間がゆっくりと流れる。  
 美琴の意識は「ちゅ」と音を立てて唇が離れても暫く戻らなかったが、  
「あら、美琴ちゃん?」  
 と何処からか名前を呼ばれた瞬間、光の速さもかくやと言う素早さで美琴は女から数メートル飛びのいた。  
 そして美琴は自分の唇に触れるとわなわなと震えて、  
「ア、アアア、アンタぁ、いいい、一体何して……っか、いっぺん死ん――」  
 怒りのあまり室内で超電磁砲をぶっ放そうとする美琴に2つの影が動いた。  
「ハイ、美琴ちゃんストーップ」  
「ふぎゃ!?」  
 まず誰かが美琴の背後から、わしっとささやかな胸を鷲掴みにした。  
 美琴の手からぽろっとコインが落ちる。  
 一方、標的とされていた女性の前には、いつの間にか上条が立っていて、  
「おい、御坂ぁー、室内で超電磁砲とかマジやめ――」  
 美琴に小言の1つも言おうとしたその時、上条の背後でもじもじしながら百面相をしていた標的女が、  
「じ、じゃ、邪魔よっ、このサル」  
「――ぶわっ!?」  
 標的女は上条の首に両手を添えると力いっぱい引き倒した。  
 
 そんな彼女に向かって美鈴はたしなめるように、  
「あら、美笛(みふえ)ちゃーん、上条君に乱暴とかしちゃ駄目じゃなーい」  
「み、ふ、え?」  
 美鈴の呼んだ名前らしきのもを美琴が反芻するかのように口にすると、  
「そ、美笛ちゃん、未来から来た美琴ちゃんの妹なんだって」  
「ええぇー!! はっ、まさか!?」  
 自分の妹と聞いて驚いた美琴だったが、突然声を上げたかと思うと、視線で殺す勢いで上条を見つめながら、  
「まさか父親って……」  
「たまには若い子ってのもイイわよねえ」  
 美鈴のはぐらかすような物言いに美琴は上条に殺気を向けて、  
「殺ス」  
「ひぃ、御坂さん。未来にある無数のケースの1つを取り上げて死刑宣告されましても、カミジョーさんその判決はお受けできかねますが」  
 上条が美琴の剣幕に怯える影で、  
「(美琴お姉ちゃん、やれー!)」  
「(お姉様、一息に!)」  
 美笛と、いつの間にか輪から外れてこちらに来ていた白井が、小声で美琴をはやし立てる。  
 上条絶体絶命の大ピンチ!! と、ここで助け舟が入った。  
 美鈴が何処から取り出したのか絶縁素材の手袋で、帯電物質と化した美琴(わがむすめ)の胸を再び鷲掴みにした。  
「はひゃ!?」  
「あはは、冗談よぉ、じょ、お、だ、ん」  
 一々止めるのに胸揉まないでよぉ、と涙目で抗議する美琴を無視して美鈴は楽しそうに、  
「美笛ちゃんは、お母さんとお父さんの娘よ」  
「そうでーす。だぁれが、こんな(下等動物)遺伝子なんか引いてたまるもんですか」  
 美笛の毒を含んだ言葉にちらっとそっちを見た上条。  
「すっかり聞こえてるんだ――」  
 苦情を言おうとするが、下から見上げた美笛のこれでもかと主張する胸とか、見えそうで見えなさそうで、実は見えているスカートの中にズバァーと全身で視線を外す。  
 美笛は、そんな上条の胸倉を掴んで引き起こすと、  
「見てたでしょ。私の胸とか、脚とか、ねぇーねぇー」  
 と言いながら上条に胸を押し付け、脚を言葉では言い表せないような場所にこすり付けてくる。  
 少し不思議なのは、こういう事をする人間は普通、平然としているものだが、美笛の場合は全身が上気して真っ赤になっていた。  
 しかし、そんな事に気付くわけも無い上条は、  
「い、いや、見てません! 天地神明に賭けて欲情なんてトンデモございません!!」  
「フン」  
 情け無い上条の態度に興味を無くした様に、鼻で笑うと再び上条を床に放り出す。  
 そして上条から視線を外した美笛は「はぁ」と熱いため息をつくと、  
(脈ありと見た! ここで完膚なきまでに2人の関係をぶち壊しておけば、当麻さんも、美琴お姉ちゃんも私のもの)  
「(フフフフフ……、あら!?)」  
 不適な笑みを見せていた美笛の目にある人物が止まる。  
 白井の方は突然振って湧いた、お姉様似のグラマー美女に見つめられてドキドキしていた。  
「な、なんですの?」  
「黒、子、お姉ちゃん?」  
 そんな彼女に名前を呼ばれたのに、背筋に寒いものを感じて後ずさりする。  
 そして、そんな悪寒、いや予感は的中した!  
「いや〜ん!! 黒子お姉ちゃんもかわいい〜!!」  
「わひゃ!?」  
 白井は瞬間移動も間に合わず美笛に抱きすくめられた。  
「ひっ、やっ、止め、て、ください。わた、しには、お姉様と言うもがぁー!!」  
 ああ、美琴と同じように白井も美笛の毒牙の餌食となった。  
 白井にとって不幸だったのは、同じ血を引くが故の見た目のインパクトだったのか。  
 程なくして美笛が唇を話すと「ひふー」と意味不明の言葉を残して、顔を真っ赤にして目を回してしまった。  
(お母さんは無理だったけど、他はみぃんな、と、し、し、た。これって最ッ高にハイってやつよねぇ〜!!)  
 声も無く肩を震わせて笑う美笛に、  
「あらあら、美笛ちゃんは積極的ねー。美琴ちゃんも少しは見習ったら?」  
 のん気な美鈴を残して、上条と美琴は、この世界に舞い降りたエロ大魔神にただただ恐怖を感じていた。  
 
 

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