「悪ィがさすがに今のは俺も聞き取れなかったわ。
すまねェなァうっかり反射しちまったみてェだもう一度言ってみろ?」
「パパー」「ぱぱー」
学園都市の中心で「自称・あなたの娘」達に上条さんがもみくちゃにされていた頃。
(元)学園都市最強のやたらと白いレベル5は二人の幼女と遭遇していた。
夜中(というほど夜も更けてはいなかったが)にふと思い立ってコンビニまで缶コーヒーを買いに行った彼の、
その後ろをちょこまかと、毛布をかぶった小さな人影がついてくるのだ。
――どっかで見たようなシチュエーションである。それで思わず彼は足を止めてしまった訳だ。
「さっきからそう呼ンでるだろ。そこまでナチュラルに無視されるとさすがのあたしたちでも傷つくよ、パパ。
でもやっぱパパはパパなんだなァ、妙なとこに感心しちゃったり」
黒色の毛布をかぶった塊がまずそう言い、
「パパ、ママはどこ?ってか、ここそもそもどこなの?学園都市なのは分かるけど
…っていうか、パパ、だよね?と、何度もつい確認してみたり…」
白い毛布をかぶった塊が続けて言う。
これは何ですか悪戯ですか悪戯にしちゃァこってンなァ性質悪ィにも程があンだろうがくそったれなどと胸中に呻きつつ、一方通行は踵を返した。
ついでにすっぱり言い捨てる。
「全力で人違いだガキども。他ァあたれ」
「え、そんな訳ないよ、絶対パパだよパパだよ間違いないよって何度でも言ってみちゃうよ?だって白いし」
「驚きの白さって言いたくなるくらい白いしなァ」
「うん、間違いなくすごく白いよねって繰り返してみたり」
「他に特徴はねェのかよ!?っつかそんな単純過ぎる特徴で人を勝手に特定してンじゃねェ!人違いだっつってンだろ!」
とまぁ結局、彼は振り返ってしまった。
「わーい気付いてもらえた」「お、相手してくれた」
などと二人がのたまうのが聞こえるのもどこかで見たような状況でとことん嫌になってくる。
見たところ眼前の幼女たちはいつぞやの夏の夜、空色の毛布にくるまっていたあの少女と同程度の年頃――10歳を過ぎたか過ぎないか程度の年齢だろう。
例によって毛布のせいで顔の方はよく見えないが、今回ばかりは毛布をひっぺがして確認する気分には、一方通行は到底なれなかった。
何故か無性に嫌な予感しかしなかったからだ。いっそ無視してしまおうかとも思ったが、
放置しようと何をしようと自分はこの幼女たちと関わり合いを持つ羽目になるのではないか――
…それは科学万能のこの街の中ではバカげた、予感としか言いようがない感覚であったが。
聞いたことがないはずなのにどこかで聞いたような、甲高い耳障りな声が続ける。
「えっとね、ちょっと難しいのだけど、ゆりはがんばってパパに状況を説明してみる。
あのね今この辺りで色々大変なことが起きてるのは知ってた?」
「大変なこと、だァ…?」
一方通行の瞳にやや険呑な色が浮かぶ。
――大概の人がその眼光を見ればそれだけで怯んでしまうであろう視線に、しかし臆する様子もなく、
二つの怪人チビ毛布は代わる代わるに声をあげた。
「あたしらもよく分かンないんだけどさ、えーっと、ほら、あたしらは――どうも未来から来た、みたいなンだよ」
「あ、信じてない。その顔は信じてないねパパ、と指摘しちゃう。でもホントなの、信じて、とママっぽく首を傾げてみたり。
間違いないんだよ、ちゃんと確認したんだからね」
「しかもどうやらあたしらの他にも居るンだよな、そういう…別の時代?の子たち。
学園都市の側も気付いてるみたいだし、不審者がどうとかって騒ぎになってンの」
「でもでも、私達も全体的に何が起きてるのかは分からないんだよ。だからね、とりあえず、状況を把握しておきたいの、って希望を述べてみたり。
ママが居ればミサカネットワークのお姉ちゃん達経由で色々情報を集められるはずなんだけど、ママは居ないの?
…あ、もしかして今のパパって、まだママと遭ってないのかな
…はっ、その場合、ここでパパにママの話をしちゃうとどうなるの?と心配になってきたよ!?」
「あァ、しまったそういえば。もしかしてこれマズイのかな?…だからやっぱり動かない方がイイじゃない、ゆりのばァか」
「で、でも動かないと、状況は変えられないって、すずちゃんだって賛成したじゃないーって怒ってみたり!」
「……あー、待て。イイから待ちやがれこのガキども」
――幼い形(なり)に似合わぬ知識、情報量と饒舌さ。
やはりいつかの夜の状況をそっくり再現しているようで、もはや気持の悪ささえ感じ始めた一方通行は咄嗟に怒涛のごとき二人の言葉を遮った。
二人はぴたりと止まり、同じような仕草で彼をじっと見上げる。彼の言葉を待っているらしい。
その間に、彼は毛布の塊達の口にした与太としか思えない内容を吟味した。
未来から来た――つまり、時間を移動した、ということか?そんな技術はこの科学の最先端を行く学園都市にあってさえ聞いたことがない。
それだけ聞いていれば与太話と断じて片付けるところだ。
ただ一つだけ一方通行がかろうじて理解できたのは、眼前の白黒怪人チビ毛布×2を、どうやら捨て置く訳にはいかなくなったようだ、ということだけだ。
ミサカネットワーク、と彼女達は口にした。
あの「妹達」に関係があるというのなら迂闊に誰かに拾われたりしても、下手すれば困った事態に発展しかねない。
ちなみに「パパ」という衝撃的な一語に関しては一方通行(元・学園都市最強)は全力で無視を決め込んだようである。
同様に「ママ」から連想されるものについても一切考えない事にした。性質の悪い冗談にも、程がある。
結局、小さな毛布の塊二つは、いつかの夏の夜と同じように、
一方通行の後をちょこちょこと小さな歩幅を懸命に動かしてついてくることになった。
一方通行も何も言わない。もう勝手にしろ、という投げやりな気分である。
途中で小さな毛布怪人たちに部屋番号を尋ねられ、別の部屋番号を教えようかとも思ったが、
これはさすがに止めておいた。
――そんなこんなで現在彼が居候している部屋の扉を開くと、甲高い耳慣れた声がする。
「あ、お帰りなさい、どこ行ってたの?何だか大変なことが起きてるみたいだよー、
ってミサカはミサカはネットワークの情報を得意げにアナタに速報してみたり…あれ?」
「ママ!」「ママだ!ちっさいけどママだ!」
大丈夫。俺は何も聞いてねェぞ大丈夫だ。と目を逸らす一方通行(しつこいようだが元・学園都市最強)。
他方、毛布の塊二つに飛びかかられて茶色の目を丸くしたのは、ママと呼ぶにはあまりにも幼い小さな少女だった。
諸事情あってこのマンションに居候をしている身の上の、10歳前くらいのその小さな少女。
下手をするとその身体は二つの毛布の塊よりも小さいくらいだ。
彼女は物問いたげな目を一方通行に向け、首をかしげ、眉根を寄せてうむむ、と考え込んでいたが、やがてぽんと手を打った。
「うわぁなるほどそういう可能性はこれっぽっちも考えてなかった、
とミサカはミサカは未来の可能性のあまりの無限(と書いてフリーダムと読む)っぷりにびっくりしてみる!」
「いやなるほどじゃねェだろ。今のどこに納得する要素があったンだ」
「実は今日の昼ごろに凄いことがあったってミサカ10390号から教えて貰ったんだけど
なんかすごいことが起きてるんだよ!ってミサカはミサカはこれから話す事件の概要を強調しておいてみたり」
「おい、芳川かヨミカワはいねェのか?」
「人の話を聞くー!ってミサカはミサカ的に教育的指導っ!」
玄関でこれだけぎゃあぎゃあやっていればどちらかが顔を出しそうなものだが、
このマンションの家主とその昔馴染みである、自称・保護監督責任者達が顔を見せる気配がない。
彼がコンビニに行く前には二人とも居間でソファに寝そべって本を読んだり、
テレビを見たりそれぞれ気ままに過ごしていたような気がするのだが。
「んーと、さっき電話があってそれぞれどこかに呼び出されたみたいだよ?
もしかしたらこの異変絡みかもってミサカはミサカは推測を…きゃー!」
少女の言葉尻が悲鳴交じりになったのは、小さな少女を二つの毛布が襲撃したためだった。
毛布の塊×2に飛びつかれ、小さな体躯は耐えられずに玄関マットの上にひっくり返る。
大型の犬にじゃれつかれた子供のようだ。
「うわぁ小さいけどママだよ間違いなくママだよね?
って言うか、もしも他のシスターズのお姉ちゃんだったらそれはそれで困るよね、って首を傾げてみたり」
「他のシスターズ姉ちゃんとママを区別する方法…聞いた気がすンだけどなァ、パパに」
「いつもはかっこが違うから分かるんだけどね…困ったね、って言いつつ小さいママにくっついてみたりえへへー」
「ええとミサカは検体番号20001号『打ち止め』ですよと状況が呑み込めないまま恐る恐る自己主張してみつつ、
うひゃあそんなとこ、やめてーってミサカはミサカは助けを求めてみるー!」
「あ、じゃあママであってンのか、良かった遠慮なくママって呼べるねママ」
騒々しい。女三人でかしましいとはよく言ったもので本当に騒々しい。
空色のキャミソールの少女が一瞬、一方通行を助けを求める目線で見たが、彼はそれをすっぱりと無視して部屋にあがりこんだ。
片手に提げていたコンビニのビニール袋から、缶コーヒーの山に埋もれたアイスを取り出し冷凍庫に放り込む。
そうしている間に、玄関でじゃれあっていた少女達はきゃあきゃあ言いながらリビングへ転がり込んできた。
暴れる間に毛布を落としたようで、黒白の毛布の下の少女達の姿がやっとそれで確認出来た。
どこかで一方通行が危惧したように裸ではなく
――考えてみればそれは当たり前なのだが、あまりにあの夏の夜を思わせることが多すぎて、ついありもしない予感を抱いてしまったようだ――、
それぞれ白と黒のワンピース姿であった。
ただ、秋も深まってきたこの時期、夜に外を出歩くにはあまりにも寒々しい恰好ではあったが。
(あの白黒の毛布は防寒着のつもりだったのだろう)
二人はそっくり同じ容姿をしていた。いわゆる一卵性双生児(そうでなければクローン)だろう。
少し黒味の強い、肩辺りまで伸ばした茶色の髪の毛も、頭のてっぺんでぴょこりと跳ねて自己主張するアホ毛もそっくり同じ。
更に言えば、その目鼻立ちは二人にもみくちゃにされている少女――「打ち止め」ともそっくりだった。
まるで三つ子がそこに居るように見える。
「俺の知らねェところで『実験』が再始動したとかそういうことじゃァねェだろうなァ、おィ」
あまりにその容姿が打ち止め、ひいては「妹達」にそっくりだったこともあって、彼はついそう懸念を漏らしたのだが、
当の「実験」の検体であった少女が、いつもの調子でそれを否定した。
感情の薄い「妹達」の中にあって人格面が未完成だった故か、この少女は声こそ平淡な癖に饒舌で、
表情もくるくるころころと忙しく変わる。
「アナタって時々意外と心配症だよねとミサカはミサカは評してみたり。
それとこの子たちは『妹達』じゃないんだよ、普通に天然さんの一卵性双生児なんだと思うよ、
と言いつつミサカはミサカの最新情報をお披露目するタイミング」
「あァ?そういやさっきなンか言ってやがったなァ」
「そうなの、そうなの。聞きたい?心配症のアナタはきっと聞きたいよね?
ミサカはミサカは最近覚えたばかりの『焦らしぷれい』なるものを実行してみたり、
でもそんな風に心配してくれるアナタが素敵ってミサカはミサいたたたたた!
いきなりアイアンクローだなんてそんな新技いつの間に、やめてやめてってミサカは、ミサカはー!!」
「どォこでそんな妙な単語覚えやがンだこのクソガキ、あと誰が心配症だァ?勝手なことぬかすンじゃねェ!」
「だってアナタは口は悪いけど実際心配してくれ…いたたたぎぶ!ギブ!ミサカはミサカはロープロープと叫んでみるー!」
本当にどこでそんな妙な文化を覚えて来るんだろうかこの小さな少女(多分生まれたばっかりのはず)は。
やや呆れながら一方通行はようやく打ち止めの頭を掴む手を放した。
こんなバカなことをしている場合ではない、と今更気がついたのだった。
――本当に今更である。
「で?最新情報ってのは何なンだ?」
「うん、これは学園都市だけじゃなくて、どうやら世界中で起きてる異変なんだけどね――」
いたたた、と涙目で頭を押さえつつ、打ち止めがそう切り出す。
近くに居た双子の方も知りたい情報なのだろう、いそいそと近付いてきて、打ち止めの隣にちょこんと座った。
そして打ち止めは語り出した。
彼女の――そして「彼女達」の知る限りの出来事を。
「……そりゃァまた随分と馬鹿馬鹿しいっつーか……馬鹿馬鹿しいの他に言葉がみつからねェンだが」
話を聞き終えた瞬間、何とも言えない脱力感に襲われて一方通行はそれだけしか口にできなかった。
馬鹿馬鹿しい。この一言に全て集約できそうな事件であった。
学園都市のみならず、世界規模で起きている異変は、どうやら、上条当麻を中心に発生しているらしい。
その異変の内容も馬鹿げている。「上条当麻の娘」を名乗る少女達が次々現れ、しかもそれがどうやら別の可能性世界から来ているらしい。
つまりありとあらゆる「未来の可能性」が出現しているような恰好になる。
その中心に居る上条当麻はどういう訳だか、打ち止め風に言うと
「フラグ大量発生状態、って言うらしいよとミサカはミサカの豆知識」
だそうで、異変が世界規模で起きてしまった原因はどうやらそこにあるそうだ。
世界のあちこちで、「妹達」とあの男との娘(を名乗る少女達)まで出現しているらしい。
あの男は一応全ての「妹達」にとっては命の恩人だし、
単純に確率だけで言うならば決して可能性がゼロ、という訳ではないのだろうが、とはいえまぁ凄まじいものである。
と、完全に他人事のスタンスで一方通行は考えた。さぞ大騒ぎになっているに違いないが彼にはその辺り本当に関係が無い。
「でもまさか、ミサカの娘を名乗る子たちまで現れるとは、さすがに予想外だったってミサカはミサカは言わざるを得ない。
いくらあの人が『ミサカ達の恩人』とはいえ、まさかまさか――」
「あ?おィ、ちょっと待て」
いつものことながら饒舌でかしましい打ち止めの言葉を半ば聞き流していた一方通行は、その途中に何か聞き逃してはならない響きを察して顔をあげる。
打ち止めは小さな娘達にもみくちゃにされつつ、
「――未来は無限の可能性というし、未来のことは誰にも分からないからその可能性だって無きにしも非ずとはいえ、
あの人との間に子供が出来てしまうよーないけない関係になっちゃうだなんてお姉さま(オリジナル)に対して申し訳がたたない、
なんてミサカはミサカは結構深刻に悩んでみたり…」
どうも何かがズレている。
――打ち止めは、今回の異変を知っていたが為に重大な勘違いをしてしまったのだ。
すなわち、「未来から出現するのは全て『上条当麻の娘』である」、という勘違いだ。
そのためここに登場した、自分を「ママ」と呼ぶ双子の「パパ」が誰なのか、という点をすっかり早合点してしまったらしい。
白黒双子が彼女の前に登場してから一度も「パパ」という言葉を発さなかったことも災いした。
一度でも彼女達が一方通行に向かって「パパ」と呼んでいれば、そんな勘違いはあっという間に氷解しただろうが、
双子はまるで打ち合わせでもしていたかのようにマンションについてから一度も彼を呼ばない。
もっぱら「ママ」である打ち止めにべったりくっついている。
「だから、待てっつってンだろォが」
ずびし。小さな打ち止めの頭の上で跳ねるアホ毛に向かって容赦なく一方通行の手刀が振り下ろされた。
痛い!と途端に涙目になる打ち止めに慌てて小さな二人が駆け寄って行く。
「ママ、大丈夫?」
「いたいのいたいのとんでけーって小さいママをなでなでしてみたり」
「うぅ、ありがとう、とお礼を言いつつミサカはミサカは何だか変な気分…」
そりゃ下手したら自分より大きいかもしれない子供達に「ママ」と呼ばれるのは大層変な気分もするに違いない。
そうしてまとわりつく自称・娘の双子を押しのけながら、打ち止めはソファに座った一方通行の顔をのぞきこむように見上げた。
「? どうしたの、いつになく不機嫌になってるような気がするんだけどとミサカはミサカはアナタの顔色をうかがってみる。
…あんまり顔色変わらないようで実は結構分かりやすいよねアナタって、とミサカはミサカは学園都市最強の可愛いところを再確認」
「心底余計なお世話だっつゥか人の話を聞け」
「人の話を聞かないのはお互い様だと思うってミサカはミサカは口をとがらせてみる。
アナタはミサカの言う事いつも聞き流してるでしょ、って、ミサカはミサカはここぞとばかりにちゃーんと知ってるんだからと言う自己主張」
「るせェなァ、だったら少しは実のあること喋りやがれってンだ。テメェが意味のねェこと延々と囀りやがるからだろォが」
「…妻の言葉に夫が耳を貸さなくなったら熟年離婚の危機だって言うミサカ10999号から得た知識にミサカはミサカは戦慄してみたり
…はっ、これが倦怠期というものなのね!?とミサカはミサカは新たな経験をミサカネットワークに流出させてみちゃう!」
「全体的に間違いだらけでもう突っ込みたくもねェがなァ…
俺が言うのもなンだがネットワークをもう少し有意義なことに使えねェのかテメェらは!
大体な、どこをどう繋げばそういう結論が出ンだよ、どうなってやがンだテメェの思考回路はよォ!」
「いやん、そんなの、ミサカのこと(注*人格面のデータ)は何もかも知ってるくせにアナタってば、
とミサカはミサカは赤裸々な告白に恥じらいつつ頬を染めて――」
「微妙に間違ってねェところがムカつくが余計な表現付け加えてンじゃねェぞクソガキィィ!!!」
再びアイアンクローが炸裂した。
3分後。
ぐったりとソファに座る一方通行の隣、こちらもぐったりした様子で打ち止めはソファにもたれていた。
勝負は打ち止めによる言語野代理演算ボッシュートで強制引き分けである。いつものことといえば、いつものことだった。
「ま、ママ、大丈夫…?」
「うぅ、さすがにこの短時間で2回だなんていくら若いミサカでも耐えられない、ってミサカはミサカは冷静な自己診断…」
などと言いつつ、打ち止めは隣に座る一方通行の顔を覗き込んだ。丸い茶色い瞳は恨めしげな色を浮かべている。
目をそらして、悪いのはそっちだ、と無言で告げる彼に、打ち止めはむぅと口を尖らせた。
――つくづくこの個体は「妹達」らしからぬ人格をしている、とその仕草を見た一方通行はなんとなしに思う。
本当にただの、当たり前にそこら辺に居るような幼い子供の仕草にしか見えない。
「ねぇママ、おなかすいたってママの隣でぼやいてみたり…」
だからその幼い少女にべったり甘える少女達、という構図はかなり違和感があった。
ママ、と呼ばれることにまだ慣れないのだろう、打ち止めは――これは意外と珍しい事なのだが――恥ずかしそうに頬を染め、
「冷蔵庫に何かあったかもってミサカはミサカは期待してみる」と立ち上がった。
その後をちょこまかとついていく白黒ワンピースの双子。矢張り、カラーリング違いの三つ子のような姿だ。
「アイスで良ければあるんだけど、ってミサカはミサカは戦果を報告してみたり」
「お腹減ってンだけど、仕方ないかァ」
「そうだね。じゃあ半分こしよっか、ってすずちゃんに提案」
白ワンピースの少女がアイスを受け取ってそう言い、黒ワンピースの少女が打ち止めからスプーンを受け取る。
その様子を後ろで見守る打ち止めは――元々あのアイスは彼女のものな訳で、当然、少しばかり無念そうな顔をしていたものの、それ以上何も言わずに我慢することにした。
アイスは一個しか、なかったのだ。そしてこの白黒少女達は、自分をママと慕ってくれている。
庇護されることはあれど、他人に頼られることの少ない彼女は、それがくすぐったく嬉しかったのだった。
無論ママと呼ばれていきなり自覚が芽生える訳もないが、それでも年上の庇護者らしいことをしてみたかったのである。
「ママも食べる?って聞いてみたり…」
彼女の様子に感づいたのか、白ワンピースの少女が問いかけたが、打ち止めは健気にも首を横に振った。
「気にしないでってミサカはミサカは無い胸を張ってみたり。
ちょうどダイエットに挑戦しようと思ってたところだし、とミサカはミサカはついでにミサカネットワークの流行について口に出してみる」
(流行り廃りがあンのかよあのネットワークの中は。どォなってンだ…)
改めて自らの演算と言語を肩代わりしてもらっているネットワークについて考えてしまう一方通行を余所に、打ち止めは、
「だからコンビニに行くたびに新作アイス買って来る必要、ないんだよ?
ってミサカはミサカはソファでごろごろしてる白い人に目線をやってみたり。ちら。」
「――るせェ」
当のソファの上の人は舌打ちひとつだけでそっぽを向いてしまった。
おやまだ不機嫌らしい、と打ち止めは察してはて、と首を傾げる。
彼は元より気難しい性質ではあるが、一体何に機嫌を損ねたのだろう。突然現れたこの双子達だろうか。
(うぅん、なんだかよく分からないのでミサカはミサカは他のみんなに意見を求めてみたり――あれ?)
自分だけでは理由が分からず、仕方ない誰かにアドバイスを仰ごう、と判断した打ち止めがミサカネットワークに意識を接続した時、
そこはピリピリとした緊張感で張り詰めていた。
と言っても、その時ミサカネットワーク上で会話をできる状態にあった「妹達」の数は常と比べるとやや少なかったのだが。
(まさか20001号、あなたにまで…とミサカ19991号は愕然とします…)
(あなたにだけは、あなたにだけは決してその可能性はないと信じていたのに、
とミサカ20000号は裏切られた、というこの気持ちをやるせなく机に叩きつけます)
(というかそもそも何故私達に意見を求めるのですか?
こういうケースを世間では『夫婦喧嘩は犬も食わない』と表現するのですよ、
とミサカ14047号は溜息をつきながら、小さな上位個体に進言します)
(大体、上位個体が『彼』とそういった関係になる確率は、万に一つか億に一つかいっそのこと那由他の彼方だろうと、
ミサカ18765号は適当な計算結果を投げやりにでっちあげます。
…まだ我々の方が確率は高そうなものですが何故よりによってあなたですかちくしょう、
とミサカ18765号は白いハンカチを噛みしめます)
(何だかみんな反応が冷たいよ、とミサカはミサカは肩を落としてみたり…
あ、でもここに残ってるみんなのところには、『娘』が現れなかったんだね、
とミサカはミサカは図星をついて他のミサカの精神にダイレクトアタック。)
(……私達が仮に上位個体に反乱を起こすとしてどのような手段があるでしょうか、
とミサカ11343号は他の『妹達』に意見を求めます)
(はわわわ、これはもしや下剋上の危機?身の危険を感じてミサカはミサカはネットワークを切断っ!)
(あ、20001号―――)
時間にして僅かに数十秒の出来事である。
――他の「妹達」に頼れないとなるとどうしたものだろうか、
打ち止めはすっかり困り果てながらも精神接続のため集中すべく閉じていた目を開いた。
途端視界に飛び込んでくるのは、どアップの自分と同じ顔が二つ。
「ママ、ママ、シスターズお姉ちゃん達とお話してたの?って尋ねてみる」
「ねェ、シスターズの姉ちゃん達何か言ってなかった?」
彼女達――未来の娘達にとっては、「妹達」は「お姉ちゃん」なのか、と不思議な気分で打ち止めはぼんやりとその顔を見返す。
本当に、不思議な心地がした。
「例えば、あたしらみたいなのが他に来てるか、とかさァ」
「うん、続々と増えてるみたい、ってミサカはミサカの新情報。でも原因が分からないから、アナタ達を元の時間に戻してあげられる方法までは…」
言葉を濁す打ち止めに、白黒の双子はあまり落ち込む様子もなく微笑んだ。そっくり同じ顔で、励ますように。
「分からないんだね、って確認してみたり。…ああママ、しょげないで、ママが悪い訳じゃないんだから」
「そうそう。あたしらは小さいママに会えて、少し嬉しかったりすンだよね」
「ふふ、ママ達、昔のことあんまりお話してくれないものね、ってゆりも嬉しいことを伝えてみる」
慰められ双子からかわるがわる頭をなでられる打ち止め。一体誰が母親だか分からない。
「でも元の時間の『ママ』
――えっとこの場合、ミサカなのかな、何だか照れくさいな――は心配してると思うの、
ってミサカはミサカは推測を口にしてみたり…」
頭を撫でられながら打ち止めがそう言うと、白黒の双子は顔を見合わせた。
笑う。今度は先の笑みとは全く違う笑みだった。
二人そっくり同じ顔で、同じように、「にやり」と笑ったのだ。
そして悪戯を仕掛けた子供、というよりも最早悪党じみたその笑みで、誰にともなく、
けれど誰かに聞こえるような声をあげた。
「『心配症のパパ』は心配してるかもなァ?」
「そうだね、『心配症のパパ』は心配してるだろうね、って、賛同してみる」
ソファの方でがたたっ、と何か(例えば誰かが動揺して起き上がろうとしたらバランスを崩してソファから落ちたかのような)音がしたが、
双子は笑みを崩さず、意味深に顔を見合せるばかりだった。
一人打ち止めだけが意味も分からずに首を傾げている。
「どうしたの、ってらしくないポカをしたアナタをミサカはミサカは呆れて眺めてみたり…」
「放っとけ、くそったれ」
――全く本当に。
性質が悪い冗談にも、程がある。
数分前に「意外と心配症」、などと称された元・学園都市最強は、ぶつけた頭を押さえてそんなことを、思っていた。