「姫神ってどっちかってーと、お雛様って言うよりえーと……ぉ、あれだ! 三人官女?」
上条当麻の放った一言を聞いて、それまで吹寄制理と共に三バカ(デルタフォース)――特に上条――の会話に聞き耳を立てていた姫神秋沙は、すっくと座っていた席から立ち上がった。
上条の言葉を一語一句聞き逃すまいと眼光鋭く集中していた吹寄は、
「あ、あら、姫神さ、ん?」
急に立ち上がった姫神にきょとんとしたが、先ほどの上条の一言を思い出して、
「上条当麻ぁ〜」
と小さく呟くと席から立ち上がろうとした。
こういう時の吹寄の戦闘力は凄まじく、このまま放って置けば数秒後には目の前の三バカは床のシミと化している事だろう。しかし、
「私。大丈夫だから」
姫神にこう言われてしまっては、そんな吹寄も「え? え、ええ」と不承不承ながら引き下がらざるを得なかった。
姫神は、吹寄が実は彼らとの諍いを楽しんでしている事を知っていた。
そして、そんな姫神と吹寄の間では協力し合って上条を落とす約束になっている。
上条の周りには絶えず女性の影がある。
彼女たちが知っているだけでも、同居している銀髪シスターに始まり、常盤台の女子中学の双子にツインテール、あと時折姿を見る背の高いHな格好の女性と、ショートカットの女性。
知っているだけでもこれだけいるのだから、知らない女性も含めたらライバルは20人以上!?
いや、実は上条のフラグ能力は彼女たちの想像力の遥か上を行っているのだが、そこまで想像するのは不可能だろう。
兎に角ライバルが多い彼女たちだからこそ、上条を落とすまではお互いに協力し合おうと言う話になっているのだ。
本来であれば、ここからは吹寄のターンが始まるので姫神は引っ込むところではあるのだが、今回はちょっと違うようだ。
吹寄も姫神のそんな雰囲気を感じて、それ以上食い下がらずに引っ込んだ。
そして、吹寄を制した姫神だが、彼女は少し怒っていた。
姫神も先ほどから彼らの会話は全て聞いていた。
事の発端は何時もの青髪ピアスの一言。
『そぉ〜いや、そろそろ雛祭りの時期やね〜。僕の夢はやねぇ〜、十二単の女の子を一枚、また一枚と――』
と言う実に青髪ピアスらしい痛い妄想からだった。
彼らは互いに馬鹿だ何だと言い争い、時には取っ組み合いをしながら、話題は『誰が雛壇のどの位置に納まるか』と言う、小学生でも話題にしないような話になった。
その瞬間、教室中の女子生徒の注目がこの3人――実際は輪の中にいる上条――に集中したのだが、彼らも慣れたようなもので、気にせず話を続けていた。
で、まずお内裏様。
これは、土御門の『にゃ〜、これは考えるまでも無くカミやんで決まりだにゃ〜』と、
青髪ピアスの『う〜ん、ホンマはボクが立候補したいんやけど、ここは涙を呑んでカミやんに譲るわ〜』と言う言葉で、
『おいこら、テメエら! 大体なんで俺があんな変てこな格好が似合う人に選ばれなきゃならねぇんだ! 青髪ッ! テメエが言いだしっぺだろぉが!! 土御門も、テメエの先祖の事考えたらお前の方が似合うだろ!!』
と言う上条の声は、民主的多数意見と、机に押さえつけられると言う暴力によってねじ伏せられた。
お内裏様が決まれば、次はお雛様。
ここで名前が挙がったのは、『姫神』と『吹寄』の2人――名前の順序に意図はありません――だった。
そして、先ほどの上条の発言。
姫神は判っていた。
上条がそう言ったのは、多分初めて会った時から着ていた『巫女装束』が例の『三人官女』をイメージさせたのだろう。
だから、彼の言葉に他意は無い。
しかし、それでは困るのだ。姫神はもう少し自分の事を気遣って欲しいと思った。
私も女の子なのだ。白馬の王子様とか、お姫様とか気になるのだ。
上条は背後からチャリっと金属の擦れる様な涼しげな音が聞こえた気がした。すると、
「それは。どういう意味なのか。詳しく説明してほしいかな」
いつの間にか上条の背後に立っていた姫神が背後から問いかけて来た。
振り返る上条。そこにはいつも通り表情の読めない姫神の顔――
「あ、え? 何か、カミジョーさん姫神の気に障るよーな事いいましたか?」
いや、それは何時もの姫神とはちょっと違っていたようだ。
どこが? と問われると説明し辛いが、ちょっと眉が上がっているとか、目がほんの少し大きく開かれているとか、結ばれた唇に少し力が入って横に広がっているとか、本当に些細な事だった。
それでも、対異性関係ヘタレ番長の上条には感じるものがあったのか、椅子の上で器用に後ずさる。
「貴方に。気の利いた言い訳は期待していないけれど。私が。貴方の隣に相応しくない理由を。聞かせて欲しい」
その言葉に教室中の視線が上条と姫神の2人に集中するが、当の本人たちは気付かない、と言うかそれ所では無かった。
じりじりと詰め寄る姫神と、逃げ場をなくした上条。
そんな上条は何とかこの状況を、
「え? えぇーと、ホラ! そんな深い意味は無いんだよ。ただ、姫神の巫女姿思い出してな。それで、その、なんだ」
上条の言葉に姫神は、自分の考えが当っていた事に内心ガッカリした。
(やっぱり私ってその程度。釣った魚には。エサはあげないって事なのかしら)
普段から感情表現が苦手な姫神だが、この時ばかりは流石に怒りをあらわにした。
明らかに眉を吊り上げると、目つきも鋭く、上条にぐぃーっと顔を近づける。
「ぬぉわ、にをするんですかぁ、姫神さん!?」
日ごろの賜物か、喰い付かれるかと錯覚した上条は全力で仰け反りながら姫神に非難の声を上げる。
その姫神は、上条の顔を至近距離から見下ろしながら、珍しく感情の篭った声で、
「全然説明になって無い。上条君。はっきりと確認したいのだけど。君は。私の事をどう思っているの?」
「どう、って一体、どう答えればいいんだよ?」
上条は、それ以上は近づくのはヤメテと目で合図しながら姫神に質問する。
そんな姫神も、口元に上条の息を感じて頬を赤らめて上条から顔を逸らすと小声で、
「――――好き。とか。嫌い。とか」
実の所、姫神には答えは判っていた。
こう言えば彼の答えはひとつしか無いと。
「そう言う二択か!? なら答えは決まってる」
(ほら。来た)
「簡単だ。俺は姫神のこと好きだぜ」
(やっぱり)
予想通りだった。それでも姫神は嬉しかった。
外見には珍しく顔を真っ赤にして俯いているだけだが、内心は天にも上るような気持ちだった。
そして外野では、青髪ピアスと土御門があきれ返って、
「あっちゃー、カミやん、またフラグたてても〜た」
「カミや〜ん、1人1フラグにしとくぜよ〜。そんな1人に何本も、その内カミやんは言葉で女を孕まずにゃー」
少し離れた所では吹寄が、派手な音を立てて椅子から落ちた。
そんな四者四様の状況に上条は更に追い討ちをかけた。
「そーだ姫神! 今度一緒にプリクラ撮ろうぜ」
その一言に教室中が震撼した。
そこかしこから「ついに……」とか「まさか!?」とかヒソヒソと聞こえてくる。
そして当事者の姫神は、目を丸くして上条を見つめる。そんな姫神など気にせず上条は、
「ここ最近、カミジョーさん訳有ってプリクラに詳しくなったりしたんですよ。そんな中に、『コスプレ』っつーのが有ってさ」
上条の『コスプレ』の一言を追う様に、教室中から一斉に「コスプレ……」の声が響いた。
そんな状況でも上条の攻勢は衰えを見せず、
「お詫びに奢るから何か撮ろうぜ、な、いいだろ姫神?」
上条は言いながら姫神の手を取った。
そんな上条に姫神はこれ以上無いくらい真っ赤になって、泣き出しそうな目を逸らしながら、
「か。上条君が。そうしたいなら」
気が付いたら姫神の心は陥落していた。
今、上条がどんなお願いをしても姫神は聞いてくれそうだ、とクラス全員がそう感じた。だから、
「ヨシ! じゃ帰ぶがぁつ!?」
上条が次の言葉を発しきる前に、青髪ピアスと土御門が背後から同時に張り倒した時、安堵のため息と共にグッジョブと親指が立てられたのは当然の事と言えよう。
青髪ピアスと土御門はぐったりとした上条を両脇からがっちりと腕を取って椅子から持ち上げると、
「よ〜し、カミや〜ん、そこまでだ。毎度毎度、よっお〜っく、見せ付けてくれるやないか〜」
「ま、お内裏様に指名したのは俺らだし、カミやんはやっぱりカミやんだから、まー仕方ないとは思うんぜよ?」
青髪ピアスと土御門はお互いにいい笑顔を向け合うと、それをぐったりとした顔で見上げる上条に向ける。
「「じゃ、昼休みも短い事だし行こうか、カミやん」」
「あ、ちょ、ま、ふ、不幸だぁぁぁぁああああああああああああああああ!!」
上条の何時もの叫びを残して、三バカは教室を後にした。
〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜
学校帰りに地下街に来た、上条と姫神と、何故か吹寄も一緒に目的地となるゲームセンターを目指して歩いていた。
何故ここに吹寄がいるのかと言うと、姫神が「吹寄さんも一緒に」と言ったからだ。
今、並んで歩いているのは上条と吹寄で、姫神はその後ろを歩いていると言う構図。そんな吹寄は上条に、
「上条当麻、貴様、いっつもこんな場所で遊んでるんじゃないでしょうね?」
といつもの詰問口調で言葉を発した。
本当は、言葉の間に『女の子』と入れたかった吹寄だったが、そこまで露骨に言うのは、姫神もいるこの場を考えて止めておいた。
それでも上条には気に触る台詞だったようで、
「言わせて貰いますがねー、カミジョーさんも健全な男子コーコーセーですから、ゲームくらい興味がありますのことよ」
上条はふてくされたように、ポケットに両手を突っ込んで、下から睨みつけるように吹寄を見た。
そんな上条に吹寄は視線だけ向けて、
「ふん、それにしても後どのくらい歩くのかしら?」
と、面白くなさそうにそれだけ言うと視線を前に向けた。
相手にされていないと感じた上条は、すぐに姿勢を元に戻すと、
「もうすぐだよ。ほらそこ」
上条が指差す先に、一際派手な佇まいを見せる入り口が見えた。
「な、何かいかがわしい感じね。貴様、大丈夫なの?」
それを見て吹寄の腰が少し引ける。
そんな吹寄を見て上条は面倒くさそうに立ち止まると、
「あ? ならオマエ帰れよ。俺は元々姫神に詫びのつもりでここに連れて来たんだから」
上条は手をヒラヒラさせて、帰れと吹寄に言った。
その態度にカチンと来た吹寄が、
「な、あ!? き、貴様、私を追い返してひむぐむぐ……」
文句を言おうと上条に詰め寄った吹寄を、姫神が後ろから口を押さえつつ羽交い絞めにした。
そのまま上条を1人残して、姫神はずるずると吹寄を引き摺って壁際に向かう。
そこで2人はヒソヒソ話を暫し行うと、俯いたままの吹寄が上条の前に来て、
「か、上条当麻、その、悪かったわ。私、その、こういう場所に慣れてなくて」
急にしおらしくなってしまった吹寄の姿に上条もドキドキして何処を見ていいか判らず視線を上に泳がせる。
そして頭を掻きながら、
「あ? ああ、い、いいよ。俺の方こそ言い過ぎた。悪かったな吹寄」
上条が喋っている間に吹寄の顔がどんどん赤くなって、目が夢見る少女化して行く。
吹寄の心の中では何が起きているのだろうか? それにいち早く気が付いた姫神は、
「上条君。吹寄さん。行こう」
と、上条と吹寄の手を引いてゲームセンターに向かった。
ゲームセンターの自動ドアが開いてまず姫神と吹寄が驚いたのは音の洪水。
建物の外にいても相当煩いと感じたものが直接鼓膜を叩いてくる。
電子音や、録音再生されたと思しき音声や、効果音がスピーカーからこれでもかと言わんばかりに流れている。
そんな非日常的騒音に晒されて硬直した2人に聞こえるようにと、上条は2人の耳元、丁度顔と顔の間に自分の顔を割り込ませるように近づける。
上条の顔が近い事にギョッとした姫神と吹寄をよそに上条は、
「プリクラの機械は奥だから、奥、行こうぜ」
と親指でゲームセンターの奥を指した。
3人がゲームセンターの奥に行くと、そこには大小さまざまな形の箱型の機械――プリクラ機――が置かれていた。
その周りには、多くの女の子たちと、それに混じってちらほら男の姿も見える。
そんな状態のプリクラコーナーに足を踏み入れた上条は、
「げっ、混んでる!? マジかよ」
並ぶのは流石にカンベンとか言いながら、上条は2人を連れてプリクラコーナーを突き進む。
そして、あるプリクラ機の前で立ち止まった。
「お! 素晴らしい。偶然誰もいない……って高いからなこのプリクラぁ」
と言いながら上条は扉を開けてから姫神と吹寄の方を振り返って、
「じゃ、入ろうぜ」
と先頭を切って中に入って行く。
姫神と吹寄も、そんな上条を追ってプリクラ機の中に入る。
そしてプリクラ機の中に入って吹寄は、
「広いわね」
吹寄が想像していたのは、証明写真機の大きい版のようなものだったが、ここはまるで衣装室の様だ。
左右に更衣室があり、奥にもうひとつ扉がある。
プリクラになじみの無い姫神と吹寄はきょろきょろと辺りを見回す。
その間に上条は更衣室らしき場所のカーテンをグイグイ引っ張っている。
その奇妙な行動を見た吹寄は、
「貴様、何をしているの」
「あ、いや何、強度の確認をね」
急にしどろもどろになる上条に、2人はただ首を傾げるばかりだった。
その後、利用方法を2人に説明した上条は、そそくさと入ってきた扉に向かう。
その後姿に姫神が感情の篭らない声で、
「上条君。キミは何処へ行くの?」
「着替えるんだろ? だから外。着替え終わったら呼んでくれ」
さも当然と言うような上条に今度は吹寄から、
「何行ってるの貴様? カーテンがあるんだから見えるわけ無いでしょ」
「い、いや、経験上からカミジョーさんは2人に粗相が無いように退出するのどぅわぁ!?」
上条は吹寄の強い口調にビビリながらも言い訳じみた言葉を発した。
しかしそんな意味不明な言葉は2人には伝わらなかったようで、
「いいから。キミはそこに座っていて」
と何時にも増して行動的な姫神に引き摺り戻された上条は「あ、はい」と言って備え付けの椅子に、まるで知らない家に連れて来られた子供のように緊張気味に座った。
そんな上条に吹寄は、
「じゃ、上条当麻、貴様、絶対に覗いちゃだめよ! 本当に、本っ当ぉに、覗いたら承知しないからね! 判った覗いたら――」
と言葉の裏に「本当は覗いてね」と取られかねないほどしつこく上条に言った。
実際、吹寄は今後の展開のためにも、少し覗き見でもして上条に気分を高めて欲しかったのだが。
「何だ、吹寄? そんなに言って着替えんのは姫神だろ? 大体カミジョーさんはそんなに命知らずのデンジャラスウルフではございません」
朴念仁の上条には伝わらなかったようで、吹寄の言葉に文句を言いながら体ごと視線を逸らしてしまった。
そんな上条の背中に向かって吹寄は珍しくべっと舌を出すと「姫神さん」と彼女を更衣室に誘った。
姫神もそんな吹寄に頷き返すと、
「じゃあ。上条君。行って来る」
と言って2人は更衣室の中に入って行った。
〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜
「不幸だぁ……」
上条は何回目かの身の上を嘆く言葉を吐いた。
それと言うのも、更衣室のカーテンの向こうから衣擦れの音と共に聞こえて来る、
「あ。吹寄さん。ちょ……」
「姫神さん、女の子同士なんだからね」
「や……。そこは。関係。無い」
健全な青少年をもやもやさせるに十分な、姫神と吹寄の嬌声が聞こえてくるのだ。
(おい、あいつら一体何やってるんですか!? カミジョーさん的には、即刻この場を逃げ出したいと言うか、カーテンの向こうが気になると言うかぁぁぁぁぁあああああ!!)
上条は両手で頭をガシガシ掻き毟るとがっくり肩を落として「不幸だぁ……」と再び嘆いた。
すると突然カーテンからひょこっと吹寄が顔を覗かせてにっこりと上条に微笑んだ。
「うっ、な、何?」
上条は、先程のカーテンの向こうから聞こえてきた声と、更衣室に入る前と雰囲気の違う吹寄にドキっとした。
「おまたせー。貴様、びっくりするわよ」
妙にテンションの高い吹寄に、上条の不幸センサーが過敏に反応する。
(まさか、風斬以上の露出コスチュームなんて、そんなものあるはず……)
上条は訳も判らず喉の渇きを覚えて生唾を飲み込んだ。
そんな妄想全開の上条に吹寄はもう一度にっこりと微笑むと、
「じゃあ、姫神さん。どーぞぉ!」
バッとカーテンが引かれた。そして、そこに現れたのは、
「どう。かな? 変。じゃない?」
美しい十二単に身を包んだ姫神が立っていた。
「すげ……、かぐや姫みてーじゃん」
上条は、先程の妄想も忘れてその姿に見入っていた。
素材は何で出来ているのだろうか? 見た目には全く本物の着物――と言っても上条はテレビでしか本物を見たことは無いが――としか思えない。
髪は軽く後ろでゆって垂らして髪飾りを付けただけだが、元が良いからだろう、十二単負けない豪華さと気品に溢れている。
上条はもう一度感嘆のため息を漏らすと、
「やっぱ姫神は着物似合うよなー。学校もセーラー服じゃなくて、着物の方がいいんじゃねぇの?」
「そう? キミが言うなら。私。明日から着物で――」
上条の一見雑な誉め言葉に、すっかり姫神はやられて有頂天だ。
見た目では判断できないが、このままなら明日から学校に着物を着てくるだろう。
同じ人物を好く者の感でそれを察知した吹寄は呆れ声で、
「こらこら貴様、姫神さんを悪の道に誘わない。だいたい変な格好は貴様たちのだけで十分だから」
「おい! 今の言葉は聞き捨てならねぇぞ。もしかして、カミジョーさんのセンスを土御門のアホや、青髪の馬鹿と一緒に考えている訳じゃないでしょうね?」
人の事はさて置き、自分のセンスには自身のあった上条は、吹寄のその一言に声を荒げて文句を言う。
そんな2人のやり取りで、急に蚊帳の外に置かれた姫神は、
「キミたちは。本当に喧嘩ばかりして。仲が好いのにも程々にして」
「姫神、これの一体何処が仲が好いんだ!? 明らかに俺がいわれの無い非難を受けて……るで……しょ……、で、何で笑ってんだ、吹寄?」
今度は姫神から聞き捨てなら無い言葉を言われた上条は、忙しそうに姫神言い返す。
が、目の端に止まった吹寄が何故か笑っているのにギョッとする。
「フフフ、貴様にはヒミツよ」
気付けばいつの間にか姫神も珍しく表情を和らげて笑っていた。
「何か今、俺、すっげー疎外感と戦ってるんですけど」
「いいから、いいから。次は貴様が着替える番ね」
1人黄昏る上条に、珍しく優しい声を掛ける吹寄。
しかし、上条が「え、俺?」と自分を指差しながら言うと、
「何言ってるの! 貴様が自分で言い出したことでしょ。さ、私が手伝ってあげるから」
「うぇ!? ちょ、ちょちょちょ、ちょっと待て! 判った! ちゃんと着替えるから、だから俺を剥くのを止めて下さい吹寄さん!!」
怒りながら、自分の服を引き剥がそうとする吹寄を牽制しながら、上条は更衣室に逃げ込む。
「ちぇっ、じゃあ早く着替えてきてよね」
何故か本当に残念そうな吹寄の声がカーテンの向こうから聞こえると、上条は「不幸だぁ……」と呟きを漏らした。そして、
「吹寄と言い、姫神と言い、何なんだあのハイテンションは?」
衣装選択用の液晶画面を覗き込みながらぶつぶつと文句を言う。
そうこうしている内に、液晶画面には、
「うわ、有るよ『お内裏様セット』。これ俺に着ろっての? どんな罰ゲームですか、全く」
上条は、この世の終わりでも告げられたような酷い顔で液晶画面に表示された映像をじっと眺めていた。
すると突然背後のカーテンがジャっと音を立てて開き、
「おーい、上条当麻。貴様、いい加減諦めなて――」
面倒くさそうに吹寄が更衣室の中を覗き込んできた。
上条はびくっと肩を震わせると、飛びつくようにカーテンを閉めて、
「うぎゃ!? エ、エッチ、いや、わ、判ったから、判ったから一人にして、ね。カミジョーさんからのお願い」
カーテンの口を両手で押さえながら吹寄に必死で呼びかけた。
そのカーテンの向こうから「早くしなさいよね」と声が掛ると、先程より更にがっくりと肩を落として、
「やっぱコエエヨ、今日の吹寄。カミジョーさん、貞操の危機をひしひしと感じました。(んんん、もぉぉぉおおおお、不幸どぁぁぁぁああああああああああああああああ)」
上条は小声で自身の不幸を嘆くと、本当に涙を流しそうな顔で液晶画面から『お内裏様セット』を選択した。