「(死んだ! これは絶対死んだ! あの土御門に見られた日にゃ明日の学校で派手に言い触らされてまず吹寄から一発!
続いて下校中に多分何故か御坂辺りと遭遇したら土御門があることないこと付け足して吹聴してビリビリ百発! 二百発かな?
そんで姫神→小萌先生ルート経由でインデックスにも絶対伝わるから丸齧り! あああああああこれは間違いなく、死んだ!!)」
絶叫。
半狂乱でお祈りするかの様に頭を振る上条。
その隣、神裂は目を丸く、口をんがっと大きく開いたままで固まっている。聖人にあるまじきアホ面だ。しかも超赤面。
「(こ……これは不味いのでは。いえ、不味いに決まっています! 見られたのですよ? 土御門にあの土御門にそうあの土御門に!
笑われる。遊ばれる。ばらされる。私が偶の休日にわざわざ日本へ帰って上条 当麻と逢っていた等と無理にでっち上げて!
最初はステイル辺りでしょうか? ステイルから別の人へは伝わらないでしょうが多分会う度に変な視線を向けられます。
次はオルソラでしょうか。はっ、オルソラに伝わるとそこから→アニェーゼ→ルチア・アンジェレネ→250人のシスターに!?
一気に大問題ではないですか! それにそれに、イギリス清教には今天草式の皆もいるのですよ!?
知られる? 知られてしまうのですか? 私を慕い集い、今尚思ってくれている建宮達にも? いけない。それはいけません!
しかも土御門には学園都市に妹君がいた筈。もし何かの手違いであの子にまで伝わっ、た、ら――!)」
バギン。
「おぅ? ねぇねぇカミやんと素敵なおねーさん、今の何か音せーへんかった?」
と、余所見をしていた青髪ピアスがテーブルの二人を見る。
と。
そこには誰もいなかった。
座っていた筈の二人は、今店内を入り口目掛け片や疾走、片や跳躍していた。
「(神裂!)」
「(わかっています!)」
一瞬のアイコンタクト。
同時に狭い入り口を抜け、土御門の前に二人して立つ――と言うか降り立つ。
目の前の標的、土御門 元春は呑気に顔面中に邪悪な笑みをへばりつかせてひょいと右手を上げ、
「ぃよーーーーーーうカミやんそしてねーちぃぃぃぃぃぃん。日曜の真昼間っからこんな所でお暑」
いにゃー、と言う寸前に。
「「死ねッ!!」」
死ねッ!? と言って道路の反対側の店に錐揉み回転で吹っ飛んで行った。
どんがらがっしゃーん! とどことなく古風な破砕音で命をすり減らす土御門。
上条と神裂は、振り抜いたままの格好の右拳と日本刀の鞘から何故か煙をしゅうしゅう吹き上げながら肩で息をしていた。
「逃げるぞ神裂!」
「はい!」
言うが早いか、二人の男女は周囲が目を見張るスピードで現場を離脱した。
「……土御門ー?」
取り残された青髪ピアスは、もはや風前の灯な悪友らしき肉塊に離れた所から声をかけていた。
「はっ、はあ、はあっ、ぜっ、ふぃいいーーーーーー……」
短く荒い息の後、深い深い息を吐き出した。
全力疾走だった。
しかし神裂は上条の様にへたり込みはせず、その場に立って浅く何度か呼吸をした後、一度の深呼吸で元の調子に戻った。
「さ、流石だな神裂……すげー体力」
「え? あ、はぁ、まあ」
曖昧な言葉の後に、体力勝負な仕事なので、と付け足して神裂は笑った。
「さて、と」
見れば、学園都市の正門はもうすぐそこだった。
夏休み最終日、魔術師・闇咲 逢魔の時とは違い、魔術―科学間の使いとしてここにいる神裂である、出入りにあたって問題は特に無い。
「……その、今日は……ありがとうございました。色々と」
不意に神裂がぺこんと頭を下げる。
上条は面食らって両手で意思表示する。
「は? いやいやいや、元はと言えば俺が助けてもらった訳だしこっちこそ色々とありがとな」
いえいえ、いやいや、いえいえ、いやいやと、古式ゆかしい日本人ライクな遣り取りをしばらく続けていた。
「……何か。お礼をしなければいけませんね」
いえいやいえいやのやりとりも終わり、しばしぼうっとしていると、神裂がぽつりと言った。
「お礼ィ?」
上条が思い切り怪訝そうに返した。
「む……なんですかその顔は」
「いや……まさか人助けして礼が返って来るなんて思ってもいなかったから……」
「……貴方はどれだけ……」
神裂が上条の背後に悲惨な記憶を垣間見ていると、上条は頭をガシガシと掻いてうがーと小さく唸った。
「礼なんていらねえよやっぱり! そもそも貸し借りは今日だけでプラマイ0だし、道案内ぐらいで礼なんて貰えねーよ」
さも当然の様に、上条は言う。
いや。
当然の様に、では無い。
当然なのだろう。
上条 当麻と言う少年は見返りの無い善意を当然の様に揮える。
にわかには信じ難い。
しかし、上条 当麻はそう言う人間なのだ。
神裂の目の前で、上条はくるりと背を向け、ほら行くぞ、と言って歩き出した。
「ぁ――」
手を伸ばしかけ、こまねく。
口を開きかけて、言い淀む。
色々と、引っかかりはするけれど、
「――はい」
今は、微笑んで少年の背中に頼る事にした。
「うおーっ、疲れたー!」
上条が自宅である男子寮に辿り着いたのは陽も落ちかけた頃だった。
バスなどの交通機関を利用する金も無いが、特に急ぐ用事も無いので適当に歩いて帰って来たらこの時間になった。
やれやれと、首を回すとグギリゴギリといい感じにやばい音が聞こえてきた。今週は珍しく課題も無いしさっさと寝るに限る。
狭っ苦しいエレベーターに乗り込み、もそーと自室のある階まで上がる。
チーンと気の抜ける音と同時に扉が開く。
上条もうだっしゃるべふちゃーとよくわからないダレたテンションで通路に出る。
覇気の無い足取りで歩き、今頃どこで何をしているのかわからない無茶しやがった隣人の部屋の前を通り抜ける。
やっと。
やっと自分の部屋まで帰ってこれた。
過度の疲労感と適度な充足感に満たされながら、上条はスポーツの後の様な良い表情で扉を開け――
――扉を開け、血涙を流しながらGENKAIまでその口を開いた朝昼二食断食系銀髪シスターの姿を目にした。
「………………………………………………………………、あ。インデッ」
赤く湿った音が小さく響いて、扉が閉まった。