「ヘーイ良い子の皆! 街中で絡まれてるか弱そうな女子中学生を見ても気軽に助けちゃいけないぞ!  
 何故かって? その後不良どもの怒りの矛先がこっちに向くからだよ! 解ったか? 上条さんとの約束だぁああぁぁあああ!!!」  
と。馬鹿と阿呆と木瓜な電波を全身から垂れ流しながら最終的には絶叫混じりで爆走する男子高校生の名は、上条当麻。  
何から追われているのか、何故追われているのか等の理由は前述の通りである。  
「(チクショー! なんで日曜の朝っぱらからこんな地獄のマラソンレースしなくちゃなんねーんだよ!!  
  アレもコレも全てはあの腹ペコ娘のワガママの所為だしよーし今日の昼飯は抜きだ)ってかそんなコトよりダレカタスケテー!!」  
脳内で色々と考えていたが、それも後方より猛追してくるヤンキー軍団の待てコラと言う怒号の前に脆くも崩れ去った。  
事の起こりは今朝まで遡る。  
 
小鳥の囀り。涼しい風。眩い朝日。  
日曜の爽やかな朝。  
そんな朝の恩恵を1ミクロンたりとも受けることの無い閉鎖空間―――自室のバスルームのバスタブの中で上条は目覚めた。  
しかも今日は何故かバスタブに蓋という粋な計らい付きだった。  
「………なんだコレは。なんだコレはインデーーーックス!!」  
起床と同時、蓋を床に叩き付けながら上条が叫ぶと、バスルームに隣接する洗面所から、ひょろひょろと白い塊が顔を覗かせた。  
「とうま〜………」  
この部屋の居候、イギリス清教所属のシスター・インデックス(仮名)だった。  
何故か涙目で、見るからに弱ってますと言った様子で現れた彼女を、上条はひとかけらも優しさを与えるつもりの無い形相で迎える。  
「グッモーニンインデックス。で、お目覚めドッキリにしてはこの蓋はあまりにも悪趣味すぎると上条さんは提言させて頂きます!」  
「そんなことより。とうま〜、おなかすいたかも………」  
全身全霊の訴えをそんなことよりと一刀の元に切り捨てられたことにショックを受けながらも、根は親切な上条はその後の言葉を拾う。  
「腹減ったなら冷蔵庫でも漁りゃ良いじゃんか。いつもみたいに」  
「いつもみたいに!? とうま、それでは私がいつもおなかが減ると我慢できずに冷蔵庫を漁る女の子みたいに聞こえてしまうかも!」  
「聞こえてしまうかもっつーか実際していやなんでもないです嘘ですウソですうそですからそのプリチーなお口を一刻も早くお閉じくださいませ」  
シュババッ! と空中で身体を折り曲げ、土下座の形でバスタブに飛び込む。  
インデックスは剥きだしの犬歯を不承不承収めて、プリチーなお口で紡ぐ。  
「冷蔵庫は見たけど、食べれるのは何も無かったの。だからとうまに訊いてると言うのにとうまは!」  
先に漁ってたのかよ、と心中で呟きながら何故か怒られる上条だった。  
「とにかく! 食べる物が無いと言う事は何も食べれないと言う事を、とうまはちゃんとわかってるの!?」  
いやしらんがな、と言う言葉をぐっと飲み込んだ上条は次の様に言い残した。  
「良いじゃんか朝飯ぐらい。お前も殆ど家に篭りっきりなんだし、そんなに食ってばっかだと太いだだだだだだ!? いやマジでスンマセンインデックスさん!  
 この上条当麻、全力で貴女様に捧げる供物を買ってくる次第にございますのでそれ以上ッ! それ以上噛んだらマジで千切れるからあああぁぁぁ………!」  
 
そうしてお腹を空かせた可愛い同居人の少女の為に笑顔で朝の学園都市に繰り出した優しい上条であった。  
そして目的地のコンビニの前で頭の悪そうな男数名に囲まれた女子中学生(滅茶苦茶可愛い。御坂美琴ではないものだけを指す)を発見、あーもー不幸だーとぼやきながら不良に空き缶を投げた末に冒頭まで戻るのであった。  
 
「(不幸だ不幸だ不幸だ………でも見過ごせなかったよなぁ、アレは!)オラのろまァ! そんなトロトロ走ってると置いてけぼりにすんぞ!!」  
んだとコラァ! と、予想通りの返答が帰ってくる。  
無論彼等から逃げ切るつもり等上条には無く、付かず離れずの絶妙な距離を保ち、相手の疲弊を待つと言う、彼のお得意の作戦だった。  
「(こんなんお得意になりたくなかったっつの!!)」  
心の中で絶叫するが、勿論誰にも聞こえない。  
日曜の朝と言うだけあって、学園都市内は閑散としていた。  
と言っても、学園都市内には休日返上で能力開発に勤しむ大変ご苦労な学生諸君も多々いる訳で、上条と愉快な仲間達はそんな真面目な彼等の好奇、或いは軽蔑の眼差しを全身で感じながら風と一体化していた。  
今は何時か、今は何処か、それすらも理解出来ない程に走った頃、変化は唐突にやってきた。  
上条がひぃひぃ言いながら曲がり角を鋭角的に曲がると、ついさっきまで上条を猛追していた不良共の怒声がピタリと止んだ。  
「………、?」  
諦めたのか? 或いは、ターゲットをあの女子中学生(滅茶苦茶可愛い。御坂美琴ではないものだけを指す)に定め直したか?  
己の疑問に二つの選択肢を用意したが、もしも後者だった場合は今度は上条が追う側に回らなければならない。  
そんな仮定に行き着いた上条は、息も絶え絶えに方向転換。先程曲がった角を再び曲がる。  
するとそこには。  
「、は?」  
あまり広くない路地裏に所狭しと転がる不良の皆さんの姿があった。  
いや、正確には、もう一つ。  
転がる不良の皆さんの中心に堂々と立っている人影が。  
ポニーテールに縛っても尚、腰に届くという長い黒髪。  
へそが見える様に裾を絞られたTシャツ。  
一見普通だが、片方が脚の付け根ギリギリまで切り取られている大胆なデザインのジーンズ。  
そして何より、目を引くのは。  
そのジーンズに西部劇宜しくな感じで取り付けられた革ベルトに収められた、二メートル超の日本刀。  
どこからどう見ても完全無欠にお侍然とした姿の女性。  
正直な話、こんな奇抜な格好をしたオサムライとはお近づきになりたく無いのだが、しかし上条には彼女の顔に見覚えがあった。  
「ふう………まったく、貴方は何をしているのですか、上条当麻」  
「か………ん、ざき?」  
その女性は、名を神裂火織と言った。  
 
「神裂、ぇ? なんで、ここに?」  
予想外と言えば余りにも予想外な人物の登場に、上条はおっかなびっくり訊いてみる。  
「なんで、と訊かれましても。仕事で来ました、としかお答え出来ないのですが、結構ですか?」  
言って、小さく首をコテンと横に傾げる神裂に、上条は、嗚呼ハイ結構デスと答える。  
「こちらに来るのは本来はステイルの仕事なのですが、他の仕事で来れないそうなので、私が」  
一度結構デスと言ったのに詳しい説明まで付け足してくれる神裂さん。そんな彼女の言葉に、上条は成る程、と思う。  
確かに学園都市で会うイギリス清教の人間の比率は神裂よりは圧倒的にステイルの方が多い。尚、この場合土御門は例外だ。  
ちなみに上条は、現在神裂が代行している任務の内容がこの学園都市のトップの下で行われている事など知る由も無かった。  
「まあ、なんで学園都市にいるかは分かったけどよ。なんでこんな路地裏にいるんだ?」  
上条が何気なく訊くと、予想に反して神裂はう、と言葉を詰まらせた。  
「そ、それは、ですね………」  
(裾を絞ったTシャツを突っ張る程に大きな)胸の前で手を組んでごにょごにょとこねくり回す神裂。  
そんな神裂を前に、何時もの凛々しく厳格な神裂火織をテンプレートとして記憶していた上条は酷く面食らう。  
「その、お恥ずかしい話なのですが………仕事を終えて帰ろうかと思ったら、その。道………が」  
それは。  
つまり―――迷子、ですか?  
そう上条が視線で尋ねると、神裂はその長身を縮こまらせた。  
「(む………やべ)」  
いつぞや土御門が言っていた、神裂の「意外な可愛さ」に一瞬クラッと来た年上属性に偏り気味の上条だった。  
「と、とにかく、助けてくれてさんきゅな」  
とりあえず助けてくれたと言う事実だけを拾って口にする。  
神裂は首をほんの少し左右に動かす。  
「いえ、見過ごす訳にも行きませんし、ね」  
しかし。少しの沈黙を挟んで何か思い出したかのようにあごに手を添えて考え込む。  
「? あの、神裂サン?」  
「………………………、まあ。貴方の方に原因があると言う考えも捨て切れませんでしたが」  
「えええェエエえ!? こんな場面でも俺に非がある可能性を捨て切れなかったの神裂! 何? お前の中の上条さんは日曜の朝っぱらからヤンキーに挨拶がてらガン飛ばす様なトんだ野郎なのかー!?」  
うわああんと上条が無表情なコンクリートに倒れこむと、流石に神裂も慌て始める。  
ちなみに上条が追われていた理由が見ず知らずの女子中学生(滅茶苦茶可愛い。御坂美琴ではないものだけを指す)を助けたから、と言う事を、神裂は知る由も無い。  
「あ、ぃ、いえ! 決して、そう言う意味で言ったのでは! しかし貴方の普段の行動から推察するにこの結論は仕方が―――」  
と。  
日曜の朝っぱらから無駄に元気な男子高校生上条当麻と(自称)女子高生神裂火織だった。学校に行ってないから女子高生じゃないか。  
 
それから十分と少しが経った。  
上条は迷子の迷子の神裂さんを大通りまで連れ出してあげる。  
「さ、て、と。ここまで出れば後は大体分かる………か?」  
「え、ええまあ」  
そこはかとなく不安っぽい答えが返って来た。  
「あ、そうだ。なあ神裂?」  
ふ、と。何かを思い出した上条は神裂に振り返る。  
「はい、なんですか?」  
「お前、インデックスとは会わなくて良いか?」  
「、っはぃ?」  
神裂は、上条の思いもよらない一言で、とてつもなく動揺した。  
しかし身体の内部でその感情の爆発を宥めると、落ち着いた様な、悲しい様な表情を作った。  
「いいえ。良いです」  
「いや、でもさ―――」  
「―――あの子は」  
上条は何か言おうとしたが、神裂の声がそれを遮る。  
優しい声だった。  
「―――あの子は、元気ですか?」  
「………ん、元気だよ。偶にお前にも会いたがってる」  
もっとも、上条は記憶喪失である。  
最近インデックスが、  
『かおりに会いたいなー、とうま。かおりを連れてきてよかおりを』  
とか急に口走り始めたのをそのまま神裂に伝えただけであって、二人の関係や、何処で何時の間に会ったんだ、とかは全然知らない。  
「そう、ですか」  
神裂は微笑む。  
上条も、滅多に見れない神裂の笑顔に悪い気はしないのか、ぽりぽりと頬を掻いた。  
「会ってやれよ。アイツも喜ぶぜ」  
「いえ、私には会わす顔がありませんから」  
「??? そんなことないけどなー」  
「私が急に目の前に現れれば、きっと迷惑でしょうし、困るでしょう。あの子も、貴方も」  
「そう、か? 良く解んないけど、大変だなお前も」  
「そんなこと無いっつの。なんだか良く解らないけど。友達をウザがるヤツなんざいねーだろ。違うか?」  
友達。  
きっと記憶喪失の上条は無意識の内に使った言葉だろう。  
だが、それは。  
『必要悪の教会』所属であり、天草式十字凄教元女教皇であり、そしてあの禁書目録の少女の親友である神裂火織には何よりも重く響いた。  
「そう、ですね。じゃあ、今度。情け無い話ですが、今は勇気が足りません」  
「そっか。じゃあインデックスに伝えとくわ」  
「ええ、是非に」  
なんとなくインデックス絡みの話題で神裂と打ち解けれたかもーとか思うほんわかムードの上条当麻だった。  
ちなみに彼の背後から体中で電気を弾けさせる御坂美琴が爆走して迫って来てる事など本人は知る由も無かった。  
 
 
その日、御坂美琴は後輩の白井黒子と学園都市の大通りを歩いていた。  
日曜の朝も早くから白井の買い物に付き合っている。  
「ったく。なんであたしがこんな朝っぱらからアンタの買い物に付き合わなきゃいけないワケ? ねぇ黒子!」  
ビシィと振り返りながら指差す先には、ツインテールの小柄な少女がいた。  
「やーんですわお姉様ったら。そんなにお冠なら無理して付いて来なければよろしいのに!  
 そんな風に不貞腐れながらもしっかり付いて来て下さるお姉様ったら、なんて後輩想い………いいえ! これは私想い!  
 そうですわきっとそうに決まってますわそうですわよねお姉様うっふふふふふふふふ!」  
「だああああああ抱きつくなウザい! 大体断った瞬間アンタってばあたしのっ、し、した、したぎ………をテレポートさせて目の前に落としたくせに!  
 なにが後輩よ何がワタクシオモイよおおお!!」  
べたべたといやらしい手つきで抱きついてくる白井を引っぺがしながら首をグイグイ絞めるという荒業を披露する美琴だった。  
この二人は、ここが天下の往来で、自分たちが天下の名門、常盤台付属中学の良識在る生徒であると言う自覚があるのだろうか。  
それ以前に白井は学園都市の秩序を保つ風紀委員だ。自らが風紀をかきまわしている。  
ぎゃあぎゃあ騒ぎ喚き大通りを歩く彼女達の視線が、ふ、と止まる。  
目線は前に。  
真っ直ぐ。  
見慣れた姿。  
「あ、アイツ………」  
見つけると同時、パァと表情を晴らすが、すぐに慌てて平静を装う。  
「うげ、あの若ぞ………殿方、ですわね」  
一方白井はと言えば、美琴とは明らかに真逆のリアクションを取っていた。  
横に長身の美人さんが立っているのがそれはもう気になったが、二人ともそこは敢えて無視した。  
まあ別に用事も無いけど、適当に挨拶と雑談でもするべきよね、知り合いだし………と、顔を赤らめて言う美琴。  
まあ別に用事が無いなら、適当に挨拶と威嚇で充分ですわよね、あの若造だし………と、殺気丸出しで言う白井。  
てくてくと歩く二人の耳に、風に乗って二人の会話の端が聞こえて来た。  
「―――あの子は元気ですか?」  
ぴたり。御坂美琴の足が止まる。  
「元気だよ。お前にも会いたがってる」  
ぴたり。白井黒子の足も止まる。  
「会ってやれよ。アイツも喜ぶぜ」  
ぴきり。御坂美琴の額に青筋が走る。  
「私が急に目の前に現れれば、きっと迷惑でしょうし、困るでしょう。あの子も、貴方も」  
ぴくり。白井黒子の顔が邪悪に笑う。  
「―――、――――――」  
「、――――――。―――」  
その後も二言三言交わして、数十メートル先で笑い合う上条と謎の美人さん。  
美琴は既に歩くのを止め、握り拳と電気のコンボを披露している。  
逆に白井の方はと言えば。喜びまくりな表情で美琴の周りをぐるぐる回っていた。  
「あら、あらあらあらーん? なんでしょうかねぇお姉様。あの殿方とあの女性の会話。  
 まるで離婚した夫婦が子供の話題で再び寄り添いあう流れの様ではありませんかー?  
 以前もあの殿方、あの銀髪の人のお腹に耳を当てていたことですし、子供ぐらいいたって―――お、姉様?」  
今日が人生最良の日、とばかりに喜び舞い上がっていた白井は愛する愛するお姉様の方へ振り返って、愕然とする。  
怖い。  
いまや美事の体中を青白い電気が走っている。  
地面にぶつかった電気はバチンと火花を散らす。  
ていうかさっきから白井にもピリピリ当たっている。  
「ふ。ふ。ふふ。ふふふ、ふふ」  
―――ふっざけやがってェあンの年中祭日野郎ォおおおおおお!!!  
御坂美琴の心の怒号は、そのまま殺意と筋力にダイレクトで変換され、この数秒後に上条の右頬を抉った。  
 

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