これは、“とある日常の中のちょっとした事件”の勝者である幼い女の子と、肉
体的にも精神的にもいろいろと敗者である白い少年の、第2ラウンドともとれる
物語。
『とある幻想の一方通行』その後――
『一方通行としりとりと×××』
“とある事件”から数日、学園都市最強の超能力者は過去最大級の自己嫌悪から
立ち直りつつあった。
「あれれ、今日は“ヒキコモリ”しないのね? ってミサカはミサカは暗にアナ
タがここ数日自室にこもりがちだったことを指摘してみたり。アナタがいてくれ
なくて寂しかったんだから、ってミサカはミサカは上目使いで少し誇張した本心
を述べてアナタの保護欲をかき立ててみる」
現在、一方通行は何か吹っ切れた顔で、リビングのファミリーサイズのソファ
を一人で占領し、微妙な時間帯の微妙なワイドショーを暇つぶしとして適当に見
ていた。
打ち止めは何故か――本人がいうには可愛く上目使いをするため――一方通行
の足元のフローリングに正座している。
ちなみに打ち止めのいう“ヒキコモリ”とは、ここ数日の一方通行の、必要最
低限以外は割り当てられた自室にこもりっぱなしで出てこない、打ち止めを一切
構ってやらないという、ここにきてすぐの彼に戻ってしまったような一連の不可
解な行動の事を言っているようだ。
自己嫌悪の中、自問自答を繰り返し悶絶したり、世をはかなんでみたりしてい
たとは、いくら彼の口が裂けているように見えるからといって言える訳がない。
「寝ろ」
「うわーい、久しぶりにアナタのその口癖を聞いたかも、って……もしかしてア
ナタの声を聞くのが久しぶり!? ってミサカはミサカはおめめを真ん丸くして
驚いてみたり」
「食事や就寝の挨拶ぐらいしたぜェ?」
イタダキマスやオヤスミナサイなんて、以前の彼なら絶対言わなかったのだろ
うが。さらに言うなら、皆で食卓を囲むことを毎日三度こなすことを怠らなかっ
たのも驚異といえる。
純真な心に触れて、少なからず変わってきていることに彼自身は気付いている
のか。
「やっぱりミサカに話しかけてくれてはいないのね、ってミサカはミサカは人差
し指で床にのの字を書いてしょんぼりを表現をしてみる」
「無視」
一方通行は視線をテレビからはずそうともしない。
「むぅ、せっかくでてきたなら遊ぼうよー、ってミサカはミサカは口を尖らせつ
つアナタの脚に縋り付いてみる」
「無視無視」
一方通行は番組に集中して、両脚に抱き着いているモノを忘れようとした。
能力使用モードでない今の彼でも、蹴り飛ばして離れさせるくらいはできるの
だが、そうしないのは彼のささやかな“優しさ”かもしれない。
(別に蹴り飛ばしても構わねェが、そンなことしてそこのローテーブルの角に頭
でもぶつけられたら、芳川と黄泉川に何言われるかわかンねェからなァ)
心の中で言い訳をしているが、つまるところ、心配はしているのだ。
打ち止めは一方通行の脚の間に収まり、ソファにもたれて静かにしている。
どうやら“脚”や、“一緒にいる時間”を堪能しているらしい。
そして、暫く間があってから、思い出したように急に立ち上がって振り向いた。
「あ、そうだ。アナタつまらなそうだからゲームしよう、しりとりしりとり!
ってミサカはミサカは素晴らしい思いつきを披露してみる」
「あァ? しりとりだァ?」
急に目の前に現れたので思わず反応してしまって、表情は軽い驚きから苦いも
のへと変わっていく。
「そう、しりとり! アナタだって知ってるでしょう? ってミサカはミサカは
やったこともないのに知ったかぶりをしてわかりやすい挑発をアナタにしてみる」
「俺だってやったことなンざねェよ」
いまさらもう一度無視することもできず、苦い顔のまま吐き捨てる。
「じゃあ、初めて同士だね、ってミサカはミサカは安心してみたり」
そう言って打ち止めは、花が咲いたように笑った。
一方通行にはそれがまぶしすぎて、慌ててあさっての方を向く。
なんだか嫌だとは言い出せなくなってしまった。
「先に言っとくけどよォ、こっちの演算を勝手に切ったりネットワークに助け求
めンじゃねェぞ?」
「ソンナコトシナイヨー、ってミサカはミサカはうそぶいてみたり。
えっとー、打ち止め! ってミサカはミサカは最初の言葉を言ってみる」
「なンか、ハナっから終わっちまいそうな単語だなァ。まァ、いいけどヨ。
だ……、断末魔」
「しりとりをやってくれるのは嬉しいけど……、あなたのチョイスって正直どう
なの?って、ミサカはミサカは愕然としてみる……。
ま……、マグロ!」
「牢獄」
「なぜ、一瞬も悩まずにそんなワードが出てくるの? ってミサカはミサカはあ
なたに恐怖を覚えてみる……!
く……、クルミ!」
「未決囚」
「わざとでしょ? 絶対わざとだよね? ってミサカはミサカは疑ってみたり
……。
うぅ、絶対負けないんだから、ってミサカはミサカは決意を新たにしてみたり。
ウマ!」
「満身創痍」
その後も、言葉の凶悪さではワンサイドゲームの、なんともいえないしりとり
が続く。
「そろそろミサカの心が折れそう、ってミサカはミサカはしりとりってこんなに
辛いものなのか疑問を抱きつつこぼしてみたり。でもでも、絶対勝つ! ってミ
サカはミサカは勝利宣言をたたき付けてみる。
き……キツツキ!」
コレ終わンのかァ? とそろそろ飽きてきた一方通行が呟く。
「……凶器」
そして、欠伸とともに相変わらずな単語を発する。
「終わらせるの、ミサカの勝利によって! ってミサカはミサカはどこかの小悪
党みたいなことをのたまってみたり。
えーと、また“き”?
……き、りんじゃ負けだし、ってミサカはミサカは……」
そろそろ適当に負けてやろうかと考えていた一方通行は、ちょっとした悪戯を思
いついた。
「チッチッチッチッ……」
ベタな時限爆弾みたいな口まねをして、打ち止めを追い詰める。
それは意外にも効果覿面だった。
「それってもしかして時間制限アリってこと、ってミサカはミサカは信じがたい
新たなる事実に直面し」
「ブッブー。残念だったな、時間切れだぜェ?」
一方通行らしからぬ、随分楽しそうな声色だ。
「え? ええっ!? ちょっと待って、ってミサカはミサカはアナタの黒い笑み
に怯えながら抗議してみる。あ、今思いついた。思いついたから、ってミサカは
ミサカは最後の力を振り絞って――」
一方通行はまだニヤニヤと笑い続けている。自分の優位を露ほども疑わない、
勝者の笑みだ。
しかし、次の打ち止めの発言は予想外の展開を引き起こす。
「“きす”って言ってみ――」
「スラリー爆薬!!」
一方通行は打ち止めの発言を受けて、先日のトラウマから顔を青くしてから赤
くなり、それから平静を装い切り返した。その一連の動きは、まるでアニメのコ
マ割りのように、刹那の出来事だった。
うつり変わる感情に身体がついていかないためにどっと疲れている彼を見るか
ぎり、頭が良すぎるのも考えものかもしれない。
「そうそう、きすって言えばね――」
「しりとりはどォしたンだァ……?」
まさかその話題を続けるとは予想していなかった一方通行は、自身の疲労指数
を30程増加させていた。
「飽きちゃった、ってミサカはミサカは事もなげに言ってみたり」
「……、」
一方通行の心身の疲労指数を計る装置があったならば、今この瞬間にその針は
振り切れてしまっていただろう。
現に、彼はがっくりとうなだれている。
「でねでね、ミサカネットワークで――世界中のきすの様式を――ミサカ達はふ
ぁーすときすって憧れ――ミサカはミサカは――」
疲労困憊の一方通行には何も聞こえていない。
「聞いてるー? ってミサカはミサカは答えのわかりきった質問をアナタにして
みる」
もちろん、聞いていない。
「聞いてないなら好都合、ってミサカはミサカは悪代官の笑みを浮かべてみたり」
打ち止めは、もはや抜け殻と化した一方通行の膝によじ登る。
特に反応はない。
「捕まえた、ってミサカはミサカはアナタのほっぺを両手で挟んでみたり」
ぴく、とわずかに肩が動いた。
「んァ……あァ!? 何してんだ、オマエッ!」
緩慢な動きで顔をあげた一方通行は、ありえない程近くにある視界いっぱいの
打ち止めの顔に驚いた。
膝には打ち止め、背中にはソファの背もたれで、満足にのけ反ることもできな
い。
「だから、挨拶のきすじゃない最も親しい人とする愛情のきすを、でぃーぷきす
をしてみたい、ってミサカはミサカはアナタにお願いしてみる」
ぐぐっと、さらに顔を近づける。
「離れろこンのクソガキがァ、かわいい顔してしれっとヤバイこと言ってンじゃ
ねェよ。てか、誰だ!? そンなこと吹き込んだのはよォッ」
「かわいいなんてそんなぁ、ってミサカはミサカは……、ああっ! そんな恐ろ
しい顔しないで、ってミサカはミサカはお願いしてみたり」
全力で顔を背けながら、こめかみに血管を浮かび上がらせ睨みつけて激怒する、
という荒業をやってのける一方通行。
怒りだけでない理由で頭に血が上っているため、両手が空いているのだから、
すぐに引きはがすなり突き飛ばせばいいことに気付いていない。
「とりあえず、退け」
一方通行の火のような瞳に睨まれ氷のような声に脅されても、打ち止めは一向
に気にしない。
「きす、でぃーぷきすしてくれたら退く、ってミサカはミサカは交換条件を提示
してみたり」
「……、」
「あれ、もしかしてアナタってば知らない? でぃーぷきすっていうのは――」
「……………………」
どこで仕入れた知識だか知らないが、なんだか生々しくも詳細に語られて一方
通行は閉口する。
「――あまーいものなの、ってミサカはミサカは長々と説明をしてみたり」
「……甘い、ねェ」
妹達の中では恋愛小説でも流行っているのかもしれない。
「ね、わかった? ってミサカはミサカは確認をとってみたり」
キラキラという擬音が聞こえてきそうな、期待のこもった二つの瞳に見つめら
れる。
(コイツは何を期待してやがンだァ……?)
一方通行はしばらく逡巡してから、半ば諦めて、投げやりに言う。
「わかったからよォ、とっとと膝から退いて目ェつぶれ」
打ち止めは、目をつぶっている間にいなくならないよう釘をさしてから、膝か
らソファに移る。
一方通行の隣にちょこんと正座して、逃げないようにか彼の服の裾を掴み、素
直に目をつぶって待っている。
何を? そんなのわかりきっていることだが、自分にはそれに応えられるよう
な人間だろうか、と一方通行は考える。
考えて、今回は答がでた。
一方通行は甘いモノに手を伸ばす。
「……ん? 甘い? ってミサカはミサカは疑問を抱きながら目を開けてみたり」
「百年早ェンだよ。ガキにはそれがお似合いだぜェ」
彼女の唇に触れたのは、ローテーブルの上のカゴに盛ってあったお菓子の中の、
小さなキャンデーだ。
「ずーるーいー、ってミハカはミハカは契約不履行を訴えへみはり」
「喋ンなら、食っちまってからにしろよ」
打ち止めは慌てて舐めるが、飴玉はそう減るものではない。
途中で噛み砕けばいいことに気付いたが、すでに一方通行は自室に入り、内鍵
を閉める音がした。
「初恋は甘酸っぱいってホントだね、ってミサカはミサカは二個目のレモンキャ
ンディーに手を伸ばしながらひとりごちてみたり。
次こほは、ってミハカはミハカは来たる第3ラウンドに向けへ意気込んへみる」
ずいぶん気合いの入った人が、ここに一人。
(危なく、“応え”ちまうとこだった……。ガラでもねェ、俺なンかにそンな役
が務まるかよォ。でも、アイツが望むモノを手に入れてやれねェなんて、最強失
格かァ……?)
思考の泥沼にはまった一方通行は、またしばらく引きこもることとなった。
「クソッタレがァァァ!」
叫びも虚しく、悩める人がここに一人。
「よぉ、御坂妹。なんか用か?」
「キスしてください、とミサカは深々と頭を下げてあなたにお願いします」
「ぶっっ!? イキナリなんでせう? あのー、頭の悪い上条さんにもわかるよ
うに説明してくれませんか……?」
「はい、ミサカの上司が抜け駆けを企てているようなので、先にネットワークに
経験を流されてはミサカの初めてを取られてしまいます、とミサカはあなたに
は理解できないであろうと思いつつも求められたので説明します。また、今回
は緊急事態ですから武力行使も辞さないつもりですので、とミサカはあなたへ
の警告とともにミサカ完全武装へと最終展開します!」
「な、何が何だかよくわからないけど……ふ、不幸だー!!」
不幸にも、悩める人がここにも一人。