――リモコンの争奪戦が開始して30分が経過していた。  
 
「だってミサカはカナミンが見たいんだもんってミサカはミサカは主張しながらソファのスプリングを利用してダイビングアタックー!」  
「ソファで遊ぶなっつってンだろォがこのクソガキ!前にベッドで同じ事やって落ちて怪我したので学習してねェのか、懲りろいい加減!」  
「リモコン投げるのもどうかと思うよ、物は大事にしなきゃ…ってあーもう届かないっ!ってミサカはミサカは自分の身長の低さに歯噛みしてみる  
 …お姉様くらい身長があれば!」  
「あー、そりゃァ残念だったなァ」  
「! ちょっと何でホラーにチャンネル変えちゃうの!  
 ミサカそれ嫌いなのにっ!もうこうなったらヤケだってミサカはミサカの実力行使!」  
「てンめっ…人の上によじ登ってンじゃねェ!放せっつかいっそのこと落ちろ!そのまま落下しやがれ!」  
「だいたいあなた別にテレビ見たい訳じゃないんでしょ、ってミサカはミサカは図星を指摘し…  
 きゃー!? 小さい子を床に落とすのってどうなのってミサカはミサカの猛抗議!」  
「うるせェなてめェこそ人を障害物扱いしてよじ登ってンじゃねェよ!  
 確かに別にみたくもねェがな、ガキ向けのアニメなんか見てられるかってンだ。こっちのがまだマシだ」  
「あ、ちょっと、またチャンネルそっち…嫌がらせ!?  
 これはミサカに対する嫌がらせ!?とミサカはミサカは愕然としてみたり…っ」  
 
 
 
(…あれは嫌がらせというよりむしろ、『好きな子をついつい虐めてしまう小学生男子』…?)  
 
――実に30分間もの間一定せずにころころと変わり続けるテレビのチャンネルに辟易しつつも、  
暇を持て余していた芳川桔梗は何となく二人の様子を見守りながらコーヒーを一口すする。  
ソファの上ではどたばたと飽きる様子もなく、(元)学園都市最強の超能力者と、1万人弱の「妹達」を束ねる上位個体の少女がリモコンを奪い合っていた。  
最初のうちこそ適当なところで窘めようなどと大人らしく保護者らしく考えていた芳川だが、  
さすがに30分もこんなものを延々と見せられるとそれも馬鹿馬鹿しくなってくる。  
大体が30分も経過すれば打ち止めの見たかったアニメは終わっているだろうし、  
それに本気でどうしてもその番組が見たい、一方通行からリモコンを奪いたいというのなら、打ち止めは彼の代理演算を切ってしまえばいい訳で、  
彼女がそれさえせずに、そして一方通行の方も特にテレビが見たい訳でもないらしいのに、 30分もこうやって戯れ合っている、ということは、  
 
(手段と目的が完全に入れ替わってるわね二人して。  
 つまりこれはアレね。いわゆる『犬も食わない』ケンカという奴かしら…はぁ)  
 
なんかこうやって冷静に分析してしまう自分が恨めしい。  
二人が飽きるまで部屋にでも引っこんでしまおうか。  
そんなことを検討し始めた頃になって、ソファに座った一方通行の膝によじ登った打ち止めがふいにテレビの方を向いて止まった。  
 
午後のこの時間。  
再放送のドラマだの何だの退屈な番組を垂れ流すテレビには、どこかのCMだろうか、  
古い映画のワンシーンと一緒にテロップが流れている。打ち止めが反応したのはそこに映り込んでいたお菓子だった。  
 
「あ、ミサカあれ食べてみたいってミサカはミサカは唐突に主張を変更してみたり」  
「…はァ?」  
 
あまりに唐突だったもので一方通行もさすがに止まった。  
リモコンはしっかり確保したまま、空いた片手でちゃっかりと自分の膝の上に居座ろうとしている少女の襟首を掴んで床に下ろしつつ、  
 
「…唐突にも程があンだろ」  
「あれマカロンって言うんだよねってミサカはミサカはネットワーク経由で教えて貰った情報を公開してみる」  
「で?」  
「うわぁ冷たい反応ってミサカはミサカはちょっぴりめげそうな気分」  
 
どうぞちょっとと言わず存分にめげてくれ――  
とでも言わんばかりに一方通行は彼女の言葉を無視してテレビに視線を戻す。  
 
「『とっても美味しかった』から『一度食べてみたい』の、  
 ってミサカはミサカはおねだりモードに移行しながらあなたを見上げて可愛らしく上目づかいをしてみたり」  
 
が、ソファの下からじぃと自分を執拗に見上げる視線に、先にめげたのは一方通行の方だった。  
無視するのも面倒なら、相手をした方がまだマシ、とでも判断したのかもしれない。  
 
「『美味しかった』ってンなら味知ってンだろ、何だ『一度食べてみたい』って」  
「だって味についてはネットワーク経由の情報だもん、やっぱりこの身体で体験してみたいもん、  
 ってミサカはミサカは『このミサカ』個体の経験を重視する旨を発言してみたりー」  
「ならヨミカワかそこで暇そうにしてる奴にでも頼め」  
「…失礼ね」  
 
話を振られて芳川は眉根を寄せる。そこで話を振られても迷惑である。  
大体、打ち止めが暗に強請っている本当の内容について、この少年は本当に気付いていないんだろうか、  
などと疑問を覚えつつも、彼女は手元にあった丸めた求人雑誌を拾い上げる。  
彼女はこれでも求職中の身の上なので、実際、ここで暇を持て余している場合でもないのだった。  
 
「残念だけど私はこれから出かける用事があるの。その子の相手は君がなさいな」  
「今の今まで暇そうにそこでコーヒー飲ンでたのは何だったンだてめェ」  
「あのね一方通行。私には、馬に蹴られる趣味はないのよ」  
「……は?」  
 
多分、本当に意味が分からなかったのだろう。眉根を寄せて怪訝そうな表情をした一方通行を置いて芳川は立ち上がった。  
わざわざ丁寧にその意味を説いてやるほど彼女は親切な教師ではないのだ。  
 
「意味が分からないなら自分で調べなさい。ああ、その子に訊くのは禁止ね」  
「はーい、ミサカは勝手に教えませんってヨシカワに約束してみたりー」  
「いい子ね。じゃ、留守番を…いえ、まぁいいわ。私の合鍵を貸してあげる、失くしちゃ駄目よ?」  
 
せいぜい頑張りなさい、打ち止め、と小さく呟いて合鍵を手渡すと、  
打ち止めが「ヨシカワ大好き、ってミサカはミサカは現金な事を言ってみる」とにっこり笑みを返した。  
確かに現金だ。苦笑しながら彼女はひらりと手を振って部屋を後にする。  
恋する乙女なんてものは現金でワガママで、それくらいでちょうどいい。  
 
「――マカロン。もし余ったら残しておいてくれると嬉しいわ」  
「うんっ、ってミサカはミサカは元気よく約束してみたり」  
「…待てコラ。買いに行くの確定かよメンドクセェなオイ」  
 
近所のコンビニでは駄目だ、と断固として打ち止めが聞かないので、とうとう諦めて一方通行は繁華街まで出向く事を了承した。  
何度か「金は出すからいっそ一人で買ってこい」と言おうとはしたものの、結局それだけは出来なかった。  
――打ち止めが一人で外出すると高確率でロクなことにならない。  
5歳児のお使いの方がまだマシである。  
 
「お菓子屋さん、お菓子屋さんっ、ってミサカはミサカはうきうきしてみたり」  
 
そんな彼の心中を知ってか知らずか。  
呑気なことこの上ない様子で靴を履いている彼女には、何となく腹が立ったので部屋にあった空色のカーディガンを投げつけておいた。  
 
マンションの外の日差しは大分春めいてきてはいたが、それでも学園都市を吹く風は少々冷たい。  
本日は3月14日。暦の上では一応、春である。  
 
「ところで」  
 
空色のカーディガンの袖をいそいそと折り返し、打ち止めがくるりと振り返る。  
 
「先月の14日のことなんだけどね、とミサカはミサカはおもむろにあなたに切り出してみる」  
「先月?」  
「そう、2月14日、ってミサカはミサカは日付を強調してみるんだけどまだピンと来ない?」  
 
ピンと来ない訳でもない。いかに彼とてそこまで常識に疎くはない。  
ただあんまりにも縁遠いイベントだったので思い出すのに少しばかりタイムラグがあったが。  
世間一般ではその日はバレンタインデーと呼ばれている。  
 
「あァ。お前ら3人で延々とケーキ喰ってた日か」  
 
次いで一方通行が思い出したのはそんなことだった。  
黄泉川と芳川と打ち止めと、女性3人揃って何を思ったかケーキを作ったとかで、まるまる1ホールはあろうかというチョコレートケーキを黙々と食べていたのだ。  
何だか妙な光景だったので印象に残っていた。  
黄泉川いわく。「バレンタインってのはお菓子を作って食べるには最適の口実じゃんよ」だそうだ。  
 
「あなたも食べたでしょ、一口だけだけど。ってミサカはミサカはあの日の出来事を確認してみる」  
「あれはお前が無理やり食わせたンだろォが…」  
「だってだってバレンタインだったんだよ?ってミサカはミサカはちょっぴりぶーたれてみるー」  
 
何でも打ち止めも作るのを手伝ったとかで、食べて食べてとあんまりしつこいので少しだけ味見はしたが、  
「美味しい?」と物凄い期待を込めた目で見上げられた一方通行が返した答えと言えば「甘。」という一言だけだった。  
 
「…あなたってホントに風情が分からない人、ってミサカはミサカは今更ながら思い返して再認識してみたり」  
「風情、ってなァ…お前が言うのかよ」  
「ミサカはあなたよりは分かってると思うってミサカはミサカは胸を張ってみる」  
 
打ち止めは意味なく得意げに言い切ると、ぴしりと一方通行を指差した。  
 
「そして今日は3月14日です、そのこころは?ってミサカはミサカはあなたに問いかけてみる」  
「……」  
 
少しのタイムラグ。  
ホワイトデー=バレンタインに対する返礼の日、という、およそ自分と縁遠い単語を錆びついた知識の中からようやく導き出し、  
そして彼が到達した結論はというと。  
 
「成程、つまり、…たかが『一口』に対して礼を要求しようたァいい度胸だなァ…?」  
「たとえ一口でもバレンタインのプレゼントはプレゼントですよ、ってミサカはミサカは後ずさりつつ主張してみる。  
 それにお姉様が10032号に教えてくれたところによると、ホワイトデーっていうのは男性は貰ったものを100倍にして返す日らしい、  
 つまりあなたも100倍にしてミサカに返すべき、ってミサカはミサカは重ねて主張してみ…」  
「よし、そこに直れクソガキ、力抜いて目ェ閉じるな歯も食い縛るなよ、いいなァ?」  
「うわぁこの人殴る気だよってミサカはミサカは逃走開始ー!!」  
 
駆け出そうとした打ち止めの襟首を、即座に、杖を持っていない空いた片手で捕獲する。  
ここで走りだされてはぐれてしまってはいつぞやの二の舞だ。  
 
「大体あンなもン食った内にも入ンねェだろォがっ!」  
「あ、もしかしてもっと普通にプレゼントして欲しかった、なんて思ってたり?  
 せっかくのバレンタインなのにあなたの可愛いミサカからちゃんとしたプレゼントが無かったから落ち込んでたりする?  
 ってミサカはミサカは素直じゃないあなたの胸中を勝手に代弁してみたり…」  
「何一つとしてどこをどういう角度で取ってもこれっぽっちも代弁になってねェンだよクソガキがァァあああ!」  
 
納得いかない。無理強いされて食べたようなたった一口の為に、こうして引きずり出されている現状は何だか割に合わないのではないか。  
一方通行はそこまで考えて大きく吐息をついた。どこかの誰かだったら「不幸だー!」とでも叫んでいそうな状況だった。  
 
=======  
 
 
「――お姉様によるとホワイトデー、というのは、男性は貰ったものを100倍にして返す義務があるそうですが、とミサカは首を傾げつつあなたに問いかけます」  
「それは間違った知識だから是非忘れて下さいお願いします。上条さん破算しちゃいますマジで勘弁して下さい」  
 
その頃。  
どこかの病院の前でクッキーの入った小さな袋を受け取った御坂妹――ミサカ10032号――がそんなことを言っていたが、この話はそれとは関係がないので置いておく。  
そんな風景を余所に「どうしてバレンタインに義理でもいいから渡さなかったのよ…私のバカ…」と己の意地っ張りぶりに本気の後悔をしている御坂美琴  
――ミサカ達言うところの「お姉様(オリジナル)」――がいたのも、ここでは関係ない話だ。割愛しておこう。  
 
 
(…。もしや情報を訂正する必要があるのでしょうか、とミサカ10032号はネットワーク上のミサカ達に問いかけます)  
(訂正の必要はないのでは、とちょうど暇を持て余していたミサカ15666号は無責任にお答えします。  
 上位個体がどうやらホワイトデーの要求を一方通行に突きつけているところのようですし、様子を見ましょう、とミサカ15666号は更に無責任な提案をします)  
(…上位個体だけでなく全てのミサカがそうですが、バレンタインの当日になるまでバレンタインのなんたるかを知らなかった、  
 つまり世間的には身体の弱い 10歳の子供でしかない上位個体には、プレゼントを用意するだけの時間的経済的余裕がなかった、という事実は、  
 上位個体いわく『ちゃんとしたプレゼントがもらえなかったことで拗ねている』らしい一方通行に対するフォローになるのでしょうか、とミサカ12491号はクッキーを齧りつつ適当に問いかけてみます)  
(そのクッキーはどうしたんですかミサカ12491号。  
 ――それはともかく仮にフォローになったところで我々が彼にそれを伝える術はありませんね、  
 と、ミサカ13008号は肩を竦めてぶっちゃけどうでもいいよという気分で回答します)  
(しかし…上位個体は何をもってあの人物が拗ねていると判断したのでしょう、とミサカ10032号は簡単かつ深遠な疑問を提示してみます)  
(残念ながらそればかりは同じミサカでも知りようがありません、とミサカ13048号は上司の不思議な思考回路に首を傾げつつ、  
 …それよりもミサカ10032号、そのクッキーについてですが――)  
 
 
=======  
 
ミサカネットワーク上で妹達が真剣な様子で上条当麻から10032号へと手渡されたクッキーの取り分について議論を重ねている頃、  
上位個体であるところの打ち止めは鼻歌交じりの上機嫌で春休みに賑わう繁華街を歩いていた。  
ホワイトデーは学生ばかりの街である学園都市にとっても稼ぎ時らしく、至る所にキラキラしたオーナメントだの何だのが飾りつけられていて、  
小さな打ち止めはそんな些細な街の変化も楽しくて仕方がないらしい。  
 
「…目的地分かってンだろォな。俺ァ知らねェぞ」  
「大丈夫、この間10032号がお菓子を買った場所だから、ミサカが迷子になることはないよ  
 ってミサカはミサカは自信たっぷりに断言してみる」  
 
ミサカネットワーク(または9969人の少女達と1人の幼女による噂情報網)もたまには役に立つらしい。  
 
「だからあなたはついてくるだけで大丈夫ーってミサカはミサカは胸を叩いてたまには頼りになるミサカを演出してみ…  
 あ!猫!ミサカはミサカは可愛い三毛猫を追いかけるべく全力ダッシュ」  
「言った傍から頼りねェことこの上ねェンだよクソガキィ!」  
 
もういっそのこと首輪とリードが欲しい。  
一瞬一方通行は本当に本気でそんなことを思いながら、走りだそうとした打ち止めの襟首を掴んだ。  
じたばた暴れた打ち止めの前を三毛猫――どこかで見たような、と瞬間、一方通行は首をひねったが、  
あいにく彼はそこまで動物好きという訳でもない、猫の見分けなどつくはずもなかった――は駆け抜けていく。  
人ごみに紛れてすぐに見えなくなったそれに、打ち止めがひどく残念そうな声をあげるのを無視して、一方通行は彼女を下してやった。  
ただし襟首を掴む手は離さない。いっそこのまま片手にぶら下げて道案内だけさせた方が安心安全かもしれない。  
問題は平均より細いとはいえ、10 歳相当の女の子を片手にいつまでもぶら下げておけるほど一方通行に腕力とか持久力とかがない、ということだ。  
しかも片手は杖をついているから余計に。  
 
「…ったく、ここで迷子になられても探さねェからなァ?」  
 
やむなく手を放しながらそう釘を刺す。打ち止めはその言葉に少し首を傾げて何やら思案していたが、  
 
「嘘ばっかり、絶対探しに来る癖に、ってミサカはミサカはあなたに指摘してみるんだけど、  
 そんなあなたにあんまり心配かけても申し訳ないのでミサカはミサカ的に解決策を提示してみたり。えい」  
 
そう言いながら一方通行の空いた手を取った。  
手を握る、というより空いた腕を両手で抱きしめるようにして、満足そうにふわりと笑う。  
 
「これならミサカが道案内をしつつはぐれない、完璧!ってミサカはミサカは自分のアイディアに大満足」  
 
文句なら喉まで出かかったが、一方通行は結局抵抗せずされるがままにすることにした。  
色々と面倒くさくなったし、リードが無いならこれが順当な手段か、とも思ったのだ。軽い溜息だけを返しておく。  
 
「あァ、面倒臭ェし何でもイイか…」  
「む。女の子が勇気を出して手を握ったというのにその反応はちょっとないよ  
 ってミサカはミサカは不満に口を尖らせつつ、…振り払われなかっただけマシってことにしておいてみる」  
 
それから彼女はいざ出発、と歩き出した。  
一歩先を歩く彼女の揺れるアホ毛と後姿を眺めるとなしに見ていた一方通行の耳にふいに、  
 
「それにこれなら、あなたも迷子にならないものね、ってミサカはミサカはこっそりと呟いてみる」  
 
小さな独白が飛び込んできたが、彼は珍しくも慎ましい事に、聞こえなかった振りをしておいた。  
呟いた瞬間、彼女がどんな表情をしていたのか、一歩後ろを歩く彼には分からない。  
 
 
***  
 
――打ち止めがお目当ての洋菓子店から意気揚々と飛び出してくる頃には、午後の日差しはすっかり夕暮れのそれになっていた。  
 
「ここまで付き合って貰ったんだしミサカはちゃんと一人でお買い物ができるんだよってことを散々子供扱いするあなたにも表明しておきたい、  
 ってミサカはミサカは主張してみたり」  
 
と、打ち止めが主張した為、一方通行は洋菓子店の前で待たされる羽目になった。  
――とりあえずファンシーなパステルピンク系の甘ったるい空気に充ちた店内に入る羽目にならなかっただけマシだろう。きっと。  
さすがに「学園都市最強」と名高い彼でもあの空間に割って入るのは絶対に無理だ。  
 
 
***  
 
パステルピンクやイエローのいかにも少女達の好きそうなふわふわした色と甘ったるい匂い。  
合成着色料の塊と言われようが、太る素だと言われようが、それでもこのお菓子は魅力的だ。  
マカロンを皿の上に並べた打ち止めは、テーブルに頬杖をついて嬉しそうに笑う。食べるよりも、その見た目である程度満足したのだった。  
以前どこかのミサカがこれを食べたらしいという情報を受け取ってからというものの、打ち止めはずっとこのお菓子に憧れていたのだった。  
ついでに言うと彼女が初めてこのお菓子を知ったのが、どこぞの姫様をテーマにしたパステルカラーの映画だったことも多少は影響しているかもしれない。  
 
「…お夕飯前だけど、ちょっとくらい食べてもいいよね、ってミサカはミサカは確認を取ってみたり。  
 あなたが黙ってればヨミカワ達にはバレないよね、とミサカはミサカは暗にあなたに共犯関係を求めてみる」  
「太る、ンじゃなかったのかァ?」  
 
とりあえず要求の方は無視することにして、一方通行がソファの上から振り返りもせず、最近の彼女の口癖をそっくりそのまま返してやると、  
とたんに打ち止めは頬を膨らませる。(見て確認せずとも口調で分かった。)  
 
「あなたってば風情が無いってミサカはミサカは改めて非難してみる」  
「風情もクソもあるかよ、事実だろォが」  
「だから風情が無いって言うのにー、ってミサカはミサカは言いつつ、うん、一つだけ味見してみよっと」  
 
絶対一つだけで納まる訳がない、と横目に見ながら一方通行は確信したし、実際一つでは済まなかった。  
ピンクのマカロンを一口食べた打ち止めは心底幸せそうに、それはそれは幸せそうにふにゃりと相好を崩すと、しばらくの沈黙の後でそろそろと二つ目に手を伸ばす。  
そしてふと、適当なところで彼女を止めるべきかどうしようかと考えている一方通行の視線に気づいたらしく、首を傾げた。  
視線の意味をどう勘違いしたのか、  
 
「あなたも食べる?ってミサカはミサカはお皿ごと差し出してみたり。  
 美味しいよ、期待したほどじゃないけどってミサカはミサカは評価してみる」  
「…って待てコラ。人を散々付き合わせといて何なンだその評価。っつか俺の金だろォが一応」  
「だってほら一応ホワイトデーのプレゼントの代わりだもの、あなたのお金なのは仕方ない、ってミサカはミサカはしつこく主張しておくんだけど。  
 うーん、ネットワークの記憶だともっと美味しかった気がするんだけどなぁ、ってミサカはミサカは首を傾げてみる」  
「主観の違いなンじゃねェのかァ?お前ら一応個体差あンだろ」  
 
当人達はそう主張していた気がする。  
一方通行には見るからに姿形の小さい上に、明らかに他と精神構造が違って見える打ち止め以外の「妹達」の個体差など認識できないのだが。  
 
「んー…そうなのかなぁ、ってミサカはミサカはやっぱり納得いかないので二つ目のオレンジのマカロンに手を伸ばしつつ、…あ、この色可愛い」  
「合成着色料の色だろ」  
「だから何でそういうこと言うかなぁ、ってミサカはミサカはちょっぴりげんなりしてみたり…」  
心なしか頭のアホ毛まで萎れさせて(わざとやっているのなら相当器用だ)、打ち止めが呟く。  
呟きながらもオレンジのマカロンを口に運ぶのは忘れない。一口かじってまた頬を緩める。  
はふー、と幸せそうに溜息なんかつくものだから、つい一方通行は誘われるように皿の上のマカロンをひとつ手に取った。  
 
「あれ、食べるの?ってミサカはミサカは問い質してみたり。  
 あなた甘いもの嫌いなんじゃないの?ってミサカはミサカは先月の出来事を引きずってみる」  
「引き摺る程のことかよありゃァ…別に甘いモン全般喰わねェ訳じゃねェよ」  
単なる興味、というのが最大の理由だったが。小さなマカロンを口に放り込む。  
期待する様な視線で打ち止めはその様子をじっと見守って、口を開く。  
「美味しい?ってミサカはミサカは尋ねてみる」  
「…甘」  
「またそれ!?ってミサカはミサカはあなたのリアクションの幅の狭さにケチをつけてみるっ!」  
「どォしろっつンだよ」  
「こう…もっと…食べた瞬間口からビームが出るとか、タイムスリップするとか、画風がいきなり少女マンガっぽくなるとか、  
 分身するとか、版権(せかい)の壁を超えるとか…とミサカはミサカは期待の眼差しを学園都市最強の超能力者に向けてみたり」  
「ほォ。ンじゃとりあえずお前の魂抜くトコから始めてみるかァ…?」  
「り、臨死体験はちょっと無理!ミサカには無理!ってミサカはミサカは慌ててみたり!  
 …うーん口からビームか分身くらいは何とかいけそうな気がしたんだけど、とミサカはミサカはこっそり呟いてみる」  
「でけェ独り言だなオイ。聞こえてンぞ。ンな大道芸、超電磁砲にでもやらせとけ」  
「…一応お姉様の悪口を言われたと怒るところなのかな、これは、とミサカはミサカは首を捻ってみたり。  
 いくらお姉様でもさすがに口からビームは…ん、あれ、もしかしていけそう?なんて思いつつ、  
 …あ、ちょっと待った、ってミサカはミサカはあなたに待ったをかけてみる」  
 
そんな一言と共に戯言を交わす間に皿に伸ばした手を取られ、一方通行は胡乱な視線を打ち止めに投げかける。  
一人前に、金を出した自分に向けて食べるな、とでも言う積もりか、と眉根を寄せた彼の目の前で、  
しかし彼女は何かを言う訳でもなく捉えた一方通行の手をまじまじと見てから、  
 
「んっ…」  
 
ぱくり、と。その指先を口に含む。  
一方通行の現実処理能力が一瞬停止した。  
 
フリーズしている一方通行に気付く様子もなく、伏し目がちに打ち止めは口に含んだ人差し指を舌でなぞり、  
丁寧になめとると、満足げな吐息と共に口を放した。  
ざらりとした舌先の感触が指先に嫌に鮮明に残る。今迂闊に口を開いたらそれこそ迂闊なことを口走りそうな。  
脈絡もなくそんな予感がしてならない。  
――打ち止めはにこりと満足そうに笑う。  
 
「うん、やっぱり美味しい、ってミサカはミサカは確信してみる」  
「………」  
「あれ?どしたの?ってミサカはミサカは何故かフリーズしてるあなたに声をかけてみるんだけど…」  
「何してンだ、お前」  
「何って、あなたの指先についてたマカロン」  
彼女は無邪気に首を傾げた。  
「――どんな味なのか気になったから、食べてみたんだけど、ってミサカはミサカは報告してみる」  
 
そう告げてぺろりと舌舐めずりをする。うん、美味しい、もう一度嬉しそうに呟いて、彼女は新しいマカロンを手に取った。  
幸せそうにまた一口。甘ったるいピンクのそれを頬張って笑う。  
 
「あなたも一緒に食べようってミサカはミサカは誘ってみたり」  
「あー…」  
 
最早何に対してだかよく分からない疲労を覚えながらも、一方通行はとりあえず確認してみる。  
 
「バレンタインの礼じゃァねェのかよ、一応。」  
「そうなんだけど。でもやっぱり一人で食べても詰らないし、ミサカはあなたに『一口』しかプレゼントしていないから  
 お礼を貰うのは道理じゃないよね、ってミサカはミサカは今更ながら正論を口にしてみる」  
「ホンっっっトに今更だなァ…?」  
 
出来ればそんな正論、もっと早い段階で気付いておいて欲しいものである。  
だが悪びれる風もなく、打ち止めは次にどれを食べようかとカラフルなマカロンを真剣に見比べながら、  
苛立つ彼にさらりと告げた。  
 
「うん、だから来年のバレンタインにはあなたにもっといいものをプレゼントするって、  
 ミサカはミサカは今から約束してみる」  
 
だからね、と彼女はマカロンから顔をあげ、真正面から一方通行を見上げた。  
 
「来年のホワイトデーを今から楽しみにしてる、ってミサカはミサカは今から来年のあなたを予約しておくことにする」  
「…メンドクセェな」  
 
溜息をひとつこぼす。  
来年もこんな騒ぎになるというのなら、それは間違いなく、途方もなく面倒な事態になるに違いなかった。  
今年と同じように、来年も。  
ただ彼女があんまり真剣にそう言うから、否定も肯定もできないまま、一方通行は甘ったるいマカロンの二つ目を口に放り込んだ。  
指先に僅かに残るチョコレートブラウンを差し出すと、打ち止めは特に躊躇も遠慮もせずにまた、その指先を、ぱくりと、食べた。  
あんまり素直すぎて拍子ぬけするくらいだ。  
 
(誰かコイツに羞恥心とか教えた方がイインじゃねェのか…?)  
 
瞬間そんなことを考えてしまったが。  
まぁ別に悪い事を教え込んでいる訳でもないし。  
誰にともなくそんな言い訳をする。  
 
 
 
***  
 
 
 
 
さてここから先はどうでもいい余談である。  
翌日3月15日。  
寝坊しがちな一方通行を打ち止めが叩き起し、朝食の席を囲んだ状態で、その爆弾は落とされた。  
 
「あ、そうだ、二人に訊きたいことがあったの、ってミサカはミサカは尋ねてみる」  
「どうしたの? …打ち止め、あんまりジャムを塗らないの」  
「なんでも訊くといいじゃん」  
「昨日、ミサカネットワークで誰かが言ってたんだけどね、  
ってミサカはミサカは昨日の皆の様子を思い出して首を傾げながら続けてみる」  
 
―― 既知の通りの事実であるが、打ち止めの思い出や体験は全てミサカネットワークを通じて全ての「妹達」へと送信されている。  
他の個体にどうしても知られたくないことがあれば秘匿することも可能だが、  
まだ精神的に幼い部分のある打ち止めはあまりそうしたことをしない。  
加えて元々「同じミサカ」という意識が根強かった訳だから、互いのプライバシーという概念がまだまだ薄いのかもしれない。  
そう言う訳で、一方通行と生活している打ち止めの日常はほとんど全て他の個体に筒抜けの状態である。  
どうやら彼女が疑問に感じたのは、その日常に対するどこかの「ミサカ」の意見というか発言だったらしいのだが。  
 
 
 
 
「ゆびふぇら、って何?ってミサカはミサカは尋ねてみる」  
 
 
 
 
 
――穏やかな朝の食卓は次の瞬間、阿鼻叫喚の場と化した。  
 
 
 
終わり  
 

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