ここは学園都市でも屈指の名門校、常盤台中学の寮である。  
 夜も更け、門限などとっくに過ぎた今、疲労困憊といった様子で自室の扉をく  
ぐる者が一人。  
「ただいま……、ですわ」 白井黒子。能力は空間移動で大能力者。そして風紀委員でもある。  
「おかえり」  
 室内でそれを迎えるのは白井のルームメイトにしてお姉様、もとい先輩の御坂  
美琴。『超電磁砲』の異名をもつ、学園都市第三位の超能力者である。  
「夕飯には間に合わないってメールはもらったけど、随分遅かったわね。寮監か  
らお咎めはナシ?」  
「お咎めも何も、今回は風紀委員として事前申告できましたから問題無しですわ。  
でなければ、わざわざ正面からドアを開けて帰ってくることもないでしょう」  
「まぁ、それもそうか」  
 
「むしろ、悠長に正式書類が書けるような緊急性の低い仕事に、わたくしが出向  
かなければならないことのほうが問題だと思いますけれど」  
 語気を荒げる黒子の胸のうちは、頭に花瓶をのせたような同僚への不平不満の  
嵐だったりする。  
「まぁ、おつかれ」  
 美琴の軽い、それでいて本気で労っている言葉は、大雨・暴風警報発令中の黒  
子の心を一瞬で凪に変える力がある。  
 実際、瞳を潤ませながら両手を胸の前で組み、いたく感動した様子でお姉様……、  
なんて呟いている。  
 なんだか雲行きがあやしくなってきたので、美琴はさっさと話題を変えること  
にした。  
「で、その紙袋はなんなの?」  
 黒子の手にはいつもの学生カバンに加え、小ぶりの紙袋が二つ提げられている。  
 
 黒子の手にはいつもの学生カバンに加え、小ぶりの紙袋が二つ提げられている。  
「よくぞ聞いてくださいましたわ! 最近話題沸騰中の第五学区のチョコレート  
専門店のものですの」  
 二つのうちの一つ、落ち着いたダークブラウンの紙袋を掲げてみせる。  
「“外”の有名パティシエの手作りを毎日直送っていう例のあそこ? それにし  
ても第五学区までわざわざ行列に並びに行くなんて、どういう風の吹き回しよ。  
あんたそんなにチョコ好きだっけ」  
「チョコレート専門なのでパティシエではなくショコラティエというらしいので  
すけれど−−昨日のリベンジですの!あと、昨日の今日なので、にらんだ通りお  
店はそこそこ空いていましたわ」  
 昨日とはもちろん、日本中で商戦が行われ、恋人達は白熱し、女達は友チョコ  
をばらまきながらお返しに期待し、一部の男達は三倍返しに散財し涙を飲んだと  
いうホワイトデーである。  
「はぁ……、昨日、ね」  
 美琴にとっては、“AV機器”として送られてきた怪しいチョコレートを巡っ  
ての黒子との激しいバトルが記憶に新しすぎて、思い返す度に疲れる始末だ。  
 そして、唯一バレンタインチョコを渡した男からお返しに小綺麗なキャンディ  
ーの詰め合わせをもらえたものの、二言目に妹の居場所を訊かれるという屈辱ま  
でを思い出して、さらに落ち込む。  
「……で、もうひとつは?」  
「紅茶ですの。最高級のチョコレートというくらいですから、あわせる紅茶の茶  
葉もそれに見合うものでありませんと」  
 しっかりとした紙袋から、品のいい小さな缶を取り出してみせる。  
 種類がウバであることと、高級専門店のロゴが描かれている。  
「ふぅん、どっちもちゃんとしてるのね」  
 言外に、昨日の惨事を繰り返さないことを意外に思っていることが滲みででいる。  
「食べてもらえなければ意味がないことに気付きましたので。アレはまたの機会  
にとっておきますわ」  
「反省してるならいいけど……って、とっておく? あんたまだ持ってんの!?」  
 得体の知れないもの程怖いものはない。まして、ここは学園都市。たいていの事  
は最先端科学で話がついてしまう。  
「まぁ、お気になさらずに。今度はお姉様が気付かないうちに、そっと胃の中に  
空間移動させておきますわ」  
「余計、気になるわ!」  
「それは冗談として」  
「……、」  
 どこからどこまでが冗談かつかめないまま(むしろ全部本気に思えて)、疑惑の  
眼差しを向ける。  
 
「寝る前になってしまいますけれど、少しなら食べていただけますわね?」  
「そうね、せっかくだし……。太りそうだけど……」  
「あら、きっとお姉様はココが育ちますわ」  
 言うと同時に、黒子は空間移動で美琴の背後にまわると、慎ましい胸に手をの  
ばした。  
「触るな、撫でるな、揉むなー!!」  
 慌てて電撃を飛ばしたが、黒子はすでに元の向かい合う位置に戻っている。  
「わたくしはシャワーを浴びてしまいますので、その間に準備をお願いしても……?」  
 わたくしがいれた紅茶を飲んで頂くのもいいのですけど、ぐふふげへ……、な  
んて怪しく笑われては承諾するしかない。  
「いいわよ、準備しておくからゆっくり入ってきなさい」  
「ウバは、たっぷりのミルクがあいますので、お願いしますわ」  
 美琴は、鼻唄混じりにバスルームに消えた後輩を見送ってから、準備に取り掛  
かる。  
「ふぅ……。紅茶は、ティーバッグじゃないのね。お湯をもらってこないと。あ  
とは……」  
 ふと、テーブルの上のチョコレート色の紙袋が気になって、中身を出してみる。  
もちろん、怪しいものだったらごみ箱に投げ捨てるつもりで。  
「普通、ね」  
 入っていたのは二つの箱。  
 一つは仕切りのある正方形の箱に、九つの小さなチョコレートが並んでいるもの。  
「これ一粒で千何百円もするなんて、あの馬鹿が聞いたらどんな顔するのかちょ  
っと見てみたいわね」  
 もう一つは小さなチョコレートケーキが入った箱。  
「両方は食べられないから、日持ちしなさそうなこっちからね」  
 ケーキを切り分けて、食器を出して、ミルクティーを温度や時間を計って淹れて  
−−それでもまだ、奥からの水音は止まない。  
「黒子、先に食べてるわよー」  
 聞こえてないのか、返事はない。  
「断ったから、平気よね……。  
 ん、結構ブランデーが利いてる!」  
 
 その頃の黒子はというと。  
(お姉様とふたりっきりの茶話会、そのあとは夜の闇に乗じてあんなことやこん  
なことを……うふ、ぐふふふふふ)  
 危ない妄想にふけっていた。  
 時間と温水が無情にも流れていく。  
 
 しばらくしてから戻った黒子は、おろした濡れ髪に上気した頬、布の面積が極  
端に少ない下着とそれを透かせたネグリジェと、見る人が見たら非常に官能的な  
格好だった。  
 見る人が同性で、まるで興味を持っていない場合は意味がないのだが。  
「あら?」  
 黒子が最初に見たのは、小さなテーブルにうつぶせになった美琴。  
「ねぇ、アンタ。ねぇってば……」  
 黒子を呼んでいるようにも思えるが、何か様子がおかしい。  
「無視すんじゃないわよ。人がせっかく呼んでるのに。用なんてないけど……」  
 近づいてみると、テーブルの上にはティーカップが二つ。  
 まだ薄く湯気をたてているのと、飲み干されているのと。  
 そして、元の大きさの半分以下になったケーキ。  
「酔ってますの? 確かにケーキにはブランデーが使われていましたけど、そこ  
まででは−−」  
 美琴に触れられるところまで、もう一歩踏み出した黒子の足に何か硬いものが  
あたる。  
 拾いあげてみると、それはチョコレート・リキュールの小さなボトル。  
「…………飲みましたわね」  
 夏休み中、その頃何故か眠りの浅かった美琴のために黒子が手に入れたものだ  
が、一度も開封されることはなかったはずだ。  
 今、その残量は限りなく0に近い。  
「ホットミルクやミルクティーにたらして飲むと美味しくて安眠に効果的だとは  
言いましたのですけれど、お姉様は一体どれほどいれたのでしょう……。迂闊で  
したわ」  
「こっち見なさいよぉぉぉ〜」  
 急に美琴が足元も覚束ない状態で立ち上がり、案の定バランスを崩す。  
「お姉様……」  
 慌てて支えるが、力が入っていない分少し重い。  
「なにうちの後輩みたいな呼び方してるのよ。ふざけないで。……名前で、呼んで」  
 全くふざけてなどいないのだが。  
 黒子は、美琴が自分を誰と間違えているのか、なんとなくわかってしまった。  
「……み、こと」  
「最初から素直にそう呼べばいいのよ。私も呼ぶから、さ」  
 支えていた美琴の体に力が戻ったと思ったら、逆に抱きすくめられた。  
 耳元に口が寄せられる。  
「当麻」  
 耳にかかる熱いくらいのこそばゆい吐息。  
 反比例して、黒子の心は冷えていく。  
 
「……とりあえず、寝かせるべきですわね」  
 努めて冷静にと自分に言い聞かせるようにして、二人分の体を美琴のベッドに  
空間移動させる。  
 そして息苦しくないようにと、まだ制服姿だった美琴のスカートのホックをは  
ずし、ブラジャーは能力を使って取り除いてしまう。  
 黒子の目の前には、愛しい人のアルコールによって潤んだ瞳、朱に染まった頬、  
荒い呼吸、投げ出された四肢。  
「…………」  
 そっと、俯くように目を反らす。  
 それが自分にむけられたものでないのなら−−。  
「どこにも行かないで、当麻」  
 服の裾を掴まれる。  
 熱のこもったその瞳が見つめるのは目の前の人物か否か。  
「また、“あの馬鹿”ですの? お姉様も罪な人ですわ、こんなに近くに素晴ら  
しい人物がいますのに」  
 背を向け、呟く。  
「ねぇ、“好き”って言って」  
 酔いの回ったツンデレ少女は、いつにも増して積極的なようだ。  
「わたくしも、甘いですわね」  
 自らを嘲るように淋しく笑って、愛しい温もりに縋り付く。  
「黒子はお姉様のことが大好き、いいえ、愛していますわ」  
「あっ、ふぅ……」  
 敏感になっているのか、腰に手を回しただけで甘い吐息が漏れる。  
「わたくしで、感じていらっしゃるのですね。……嬉しいですわ」  
 心が手に入らないなら、ほんのつかの間の躯だけでも−−。  
 まずはキス。  
 掠めるだけのを、頬に、額に、眦に。口角を舐め上げて、初めて唇に触れる。  
 啄むようなものからすぐに深くなり、歯列をなぞり吸い上げ誘うと、美琴の方  
からも舌を絡めてくるようになった。  
「ぴちゃ、は、ひゅう」  
「あふ、ぷちゅくちゅ」  
 淫靡な水音をたてながら、さらに深く深く、時間をかけてゆっくりと。  
 
 その間に右手はベストとスカート、短パンを空間移動して、ワイシャツのボタ  
ンを外す。  
 すでに下着を取り払われていた胸が露になった。  
「綺麗ですわ……」  
 黒子の小さな掌に収まってしまう慎ましやかなふくらみ。その先端はすでに色  
付いている。  
 一旦美琴の唇から離れ、その熟した果実を味わう。  
 舌でつつき、転がし、甘噛みをし、両手で揉みしだく。  
「きゃ。あ、あぁ……」  
 吐息は嬌声に変わる。  
「イヤラシイ眺めですの」  
 焦らすような動きをすれば、すぐさまねだるように身体を擦り寄せる。  
「もっと、はぁ……う、はぁ、イイ、イイ…」  
 快楽に染まる美琴は、美しかった。  
「こちらはどうなってますの?」  
 ショーツをなぞった指は、確かに濡れた感触を得る。  
「ひゃっ!? と、うま……」  
「……、」  
 呟かれた名前に納得がいかない黒子は、乱暴に美琴のショーツを剥ぎ取った。  
 臍に舌を這わせてから、さらに下へ下へ、女の香りが溢れる場所へ向かう。  
 音をたてて愛液をすすると、びくびくと震えだし、さらに流れ出る。  
 
「きゃっ、やぁ……だ、めぇ」  
 悦びに震える口が紡ぐ言葉は、否定の意味をなしてはいない。  
 最も敏感な場所を一際強く噛み付くと、身体は電気が流れたようにはねる。  
「あっ……」  
「ッ!!」  
 黒子の舌が感じたのは、乾電池を舐めた時のような痺れ。  
 比喩ではなく、この最強の電撃使いの身体には本当に電気が流れたのだ。  
「わたくしはあの殿方のように、電撃を無効化はできませんわよ」  
 でも、これも一興、と妖艶に微笑む。  
 溢れる泉に指を一本、二本−−。  
「……、」  
 すぐにそれを阻むモノがある。  
 乙女の純潔の証。  
「ここまでヤっておいて、こう言うのもなんですけど……」  
 そっと指を引き抜く。  
 それすらも美琴には快楽であるようで、先程から声を抑えようともしない。  
 そのうるさい口を塞ぐようにキスをしてから、  
「本人の同意無しでは、意味がありませんの。ここは、ここは……上条当麻さん、  
貴方にお譲りします」  
 天を仰ぎ、呟く。  
 その悲痛ともとれるような声を聞く者は、笑みを見る者はいない。  
「でも、最高に気持ち良くして差し上げますわ」  
 
 永い夜は始まったばかりだ。  
 
.  
 
 
 
 
「さて、お姉様が起きたらなんて言い訳をしましょう……」  
 乱れた髪や衣服、ぐっしょりと濡れたシーツ。  
 その真ん中で安らかな寝息をたてている少女。  
 黒子は新しい能力を開花させてしまいそうなぐらいに思い悩む。  
「とにかく片付けですの。洗濯は、寮監を含めてだれにも気付かれないよう、早  
朝に空間移動でコインランドリーで。お姉様を起こさないに掃除をして、定時に  
お目覚めになったお姉様を納得させる嘘を考えて……と、なかなかにハードです  
わね。  
 ……ふ、不幸ですわ」  
 深夜の寮に少女の心の叫びが吸い込まれる。  
 
 −−黒子はまだ気付いていない。  
 テーブルの上は黒子がバスルームから出てきた時のままになっていて、まだ手  
がつけられていない正方形の箱に最高級のウィスキーを使ったチョコレートボン  
ボンがはいっていることを。  
 明日も、白井黒子無双のホワイトデーは続くのかもしれない。  
 
 
 
物語はここでおしまいですのよ?  
 

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