ある晩、夕食を食べ終えた上条当麻とインデックスはリビングで寛ぎながら一緒にとあるテレビ番組を見ていた。  
 その番組は学園都市のテレビ番組としては珍しく都市外で放映されている物で、オカルトやら超能力やらと言った不思議な能力を一緒くたにして検証や実演をする、季節の節目などで良くある特番だった。  
 その中の一コーナーを見ていた時の事だ。  
 画面の中では、催眠術師を名乗る壮年の男性がタレントの女性に対して催眠術を試みていた。しばらくすると術にかかったのか、女性の頭がゆっくりと垂れる。それから奇怪なポーズをとったり小さい頃の秘密の暴露など男性の指示の通りに動いていく。  
 その様を見て床に寝そべりながら画面を見ていたインデックスが、ベッドに腰掛け同じく画面に視線を向けている上条に問いかけた。  
 「とうまー。とうまは催眠術って信じてる?」  
 「はい?」  
 唐突な問いに、上条の口から疑問符つきの声が上がる。  
 「だからー。今やってるみたいなのって本当に出来ると思う?」  
 再度の質問を受け、上条はあまり深く考えずに答える。  
 「どうかなー。これは所謂テレビのお芝居(おやくそく)だと思うし、学園都市の中には催眠使い(ヒュプノス)だっているけどそりゃ催眠術とは別の代物だしな」  
 「ほう。つまりとうまは信じてないんだね?」  
 「まーな」  
 この返答を聞いてインデックスはうむうむと頷いた後、むくりと上体を起こして近くに積まれていた本の山から一冊の本を手に取った。  
 「じゃあこの本は何なのかな」  
 「ん?」  
 インデックスが差し出してきた本は、『誰にでも出来る! カンタン催眠入門』と銘打たれた如何にもイカニモな本だった。  
 「催眠術を信じてないとうまが、なんでこんな本を持ってるのかな?」  
 ふっふーんと、どこか勝ち誇ったような雰囲気を漂わせながらインデックスが重ねて問うてくる。  
 が、しかし。上条当麻にはその問いに答えうる回答を持ち合わせていなかった。何せ彼は今年の夏以前の記憶が無い、簡単に言うところの記憶喪失者である故に。  
 「……えーと。こんな本持ってたかなー、なんて」  
 とりあえず、誤魔化しに聞こえるような調子で真実を告げてみる事にする。  
 「恥ずかしがる事は無いんだよ、とうま。年頃の男の子はこういう方面に興味を抱く物なんだぞー、って舞夏が言ってたかも」  
 上条の返答を照れ隠しと判断したのか、インデックスはどこかフォローのような台詞を言ってきた。  
 「ちょっと待てインデックス。お前の頭の中じゃどういう論理が働いてるんだ」  
 「え、だってとうまは催眠術を使って色々な事を女の子にやらせるつもりだったんだよね?」  
 「いやだから!! どうしてそんな結論に到るのかを説明していただきたいんですが!?」  
 インデックスのあんまりにも飛躍した論説に、思わず声高に問いただしてしまう。  
 「えっとね、きょうのお昼にまいかが部屋にやってきた時にね、こっちの本とかそっちの本とかを見て……」  
   
 『上条当麻も所詮は兄貴の友達だからなー。きっとそう言う特殊性癖があるんだぞー銀髪シスター。でもだからってそれで上条当麻を批難しちゃダメなんだぞー。男ってのは多かれ少なかれそんな奴らだからなー』  
   
 「……って言ってたんだよ。だからとうまがそんな秘めた欲望を持っていたとしても、私はとうまを卑下したりはしないかも」  
 「……………………」  
 こういう時は変に理解を示されるより普段のように噛まれた方が精神的に楽だなぁ、と思ったり思わなかったり。  
     
 「でも、実際にこんな稚拙な理論で催眠術が出来るとは思わないんだよ」  
 ちょっと心のステータスが透明に近いブルーに陥った上条を尻目に、件の本のページを捲りながらインデックスが言った。  
 「確かに基本とか基礎からはそんなに外れてないんだけど、こんなので催眠術が掛けれたら苦労は無いかも」  
 うん? と、インデックスの言葉を耳にした上条の頭に疑問が過ぎる。  
 「なあインデックス。もしかして催眠術って元々は魔術(そっち)なのか?」  
 「正確には魔術って訳でもないんだけれどね。催眠に関しての知識を記した魔道書だってあるにはあるんだよ」  
 それはつまり、彼女の中にある10万3000冊の知識の中にも催眠術に関する知識が蔵されてることを意味する。  
 「ふうん? 俺はてっきり科学(こっち)側の技術だと思ってたけど」  
 学園都市のカリキュラムには催眠状態の脳にプログラムを叩き込むと言う項目も含まれる場合がある。そんな知識(記憶ではない)が頭にあった上条は、己の認識をインデックスへと告げる。  
 「まー、魔術じゃないって言うなら俺にも掛かるのかも知れないな」  
 右手をひらひらさせながら上条はインデックスに笑いかけた。  
 何しろ彼の右手には魔術・超能力を問わずに無効化してしまう幻想殺しが宿っている。その手の異能は掛かる端からキャンセルしてしまうだろう。  
 だが催眠術なら、それは技術であって異能ではない。  
 「あーゆー風にヘンテコな事をするのは考え物だけど、それでも掛かってみたら面白いかもしれねーし」  
 先程までTV画面に映っていたタレント達の奇行を思いながらも、そう考える。  
 その彼の言葉を聞いて、そんな彼の願望を叶えてあげたいと感じたインデックスが提案してきた。  
 「……じゃあ掛けてあげるよ、とうま!」  
   
 十五分後。  
 「……………………あれー?」  
 上条当麻の眼前には、安らかな寝息を立てて横たわるインデックスの姿があった。  
 「なんてお約束な……」  
 よもや術者側が寝てしまう展開になるとはこの上条の目を持ってしてもわからなんだ、などと呟きつつ床に寝せたままにしておくのも忍びないので、インデックスの小さな体を抱き起こしてベッドへと運ぶ。  
 「……でもこれって催眠術が掛かって寝てるのかねぇ?」  
 ただ単に腹が膨れて眠くなった可能性も無きにしも非ず、って言うかその可能性のほうが高いんじゃなかろうか。  
 そう言う思考に到った上条は、好奇心も手伝って彼女が催眠術に掛かってるかどうかを確かめて見る事にした。  
 「インデックスさーん? あなたは今鳥ですよー。大空を羽ばたく鳥ですよー? さぁ、羽ばたいてみましょうか」  
 眠るインデックスの耳元で囁く。言い終わるや否や、両手を上下に動かし始めるインデックス。  
 どうやら本当に掛かってるらしい。  
 (単純だなーオイ)  
 そんな感想を抱くとともに、先程の番組の事を思い出す。  
 この状態では質問にも嘘偽り無く答えるらしい。では、今から尋ねる質問にも明確な答えが返ってくるのではなかろうか?  
 「おーいインデックス、羽ばたくの止めて質問に答えてくれないか」  
 ピタ、と両手の動きが止まる。  
 「インデックスさんや、あなたの好きなものはなんですかー?」  
 何しろこの娘さんはどんな料理を出しても美味しい美味しいと言ってくるばかりで、これだけ一緒に暮らしているのに好物が未だにわからないのだ。  
 食事を作る上での指針が聞ければいいなー、と。  
 上条の考えとしてはそうだった。  
 だが。  
 「……ま」  
 「…………え?」  
 「とうま、が、すき……」  
 返ってきた返事は上条の斜め上の更に上だった。  
 両頬に熱を帯びてくるのがわかる。それはもう端から見て挙動不審が明らかなくらいにうろたえてしまう程に思考がテンパってくる。  
 「あ、や、えーと……あ、ああ?」  
 言葉にならない声が口から漏れる。  
   
 その晩、上条当麻がどうやって風呂場にて眠ることが出来たのか。  
 それを知る者はいない。  
   
 (ふっ、紳士だな家主。だがあまりお預けを長引かせないでやって欲しい物だが)  
   
 あ、一匹いた。  
 

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