今、私、御坂美琴の目の前にはベッドに眠るアイツ、上条当麻がいる。
ここは、コイツが怪我をする度入院する病院の、これまた毎度お馴染みの病室。
コイツが何度も入院しては同じ病室に入る――コイツいわく専用個室なんだそうだ、全くアホくさい話を自慢げに言うんじゃないと思うのだが――ものだから私も場所を覚えてしまった。
「はぁ……、アンタはまた何処のどいつを助けたのよ……」
自然と愚痴っぽい台詞が口をついて出た。
話はつい数時間程前まで遡るんだけど、町をぶらついていたら変な格好のクソチビガキに出くわした。
例の白い修道服に安全ピンを無数に付けた銀髪小娘は私の顔を見るなり、
「あっ、短髪!」
と開口一番私をいらつかせた。
しかし私も大人ですからそんな事くらいでキレたりしないわよ。さらっと流すわよ、さらっと……
「ねー短髪、私、お腹が空いてるんだー、何か食べさせてくれると嬉しいかもっ」
「短髪短髪言うなーっ! 私には御坂美琴って名前が有るって何度言えば判んのよ! 大体何で私がアンタの空腹に配慮しなきゃいけないのよーっ!?」
「えーっとね、とうまはやっぱりいつでもとうまのまんまで、また入院しちゃったんだよ」
「あにー!? アイツまた入院したのぉ?」
嘘、アイツ大丈夫なのかしら?
「そうなの。だから私朝から何にも食べてないの。だから――」
そしたら、やっぱりやっぱりお見舞いに行った方がいいわよね。
うん、そう、これはやましい気持ちとか、全然そんなんじゃ無くて――そう、アイツがいっつも不幸不幸って可哀相だから、この美琴様が一肌脱いで……。
いやいや、脱ぐっつっても言葉のあやで、ホントに脱ぐには、まず、ねえ、色々段階ってもんが――
「――なんだよ……って、聞いてるのかな、ねえ、短髪?」
「え? ななな、何? ききき、聞いてるわよ。そそ、それで?」
「あうう……聞いてない。それとも、さらっと流されたのかも……お腹空いたよぉ」
うっ……、だから何でそんな目で私を見んのよ……。そう言う小動物系って私弱いんだから。
「わ、判ったから。ファーストフードとかでいいわよね? その代わり――アイツに何が在ったんだか教えんのよっ、イイわね!」
ヨシ、これで罪悪感は拭え――いやいや!? これでアイツの事聞き出せるわね。フフフ、待ってなさいよぉ!
「さっすが短髪、何時でも何処でも太っ腹だね。そう言う所、とうまにも見習わせたいかも」
「なんか全っ然誉められた気がしないんだけど?」
「気にしない、気にしない。天にまします我らが父よ、願わくは、この胸も性格も貧相な短髪に救いの手を差し延べて下さい」
黙って聞いてりゃこのクソシスターぁぁぁぁぁああああああ!!
「こんのぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおお、おわッ!? き、急に引っ張んないでよっ!」
急に腕を引かれたので前に転びそうになったじゃない! って、大体何でこんな力あんのよコイツ? さっきまでヘロヘロだったのに。
「善は急げなんだよっ! だから早く早くーっ!」
「うわっ、た、だ、だから引っ張んないでよー、歩く、歩くからぁー。も、だ、だれかコイツ止めてーっ!!」
そうしてバカシスターに引き摺られ――いやいや、バカシスターを引き連れて、私は最寄のファーストフード店に行った。
そして、見てるこっちが気持ち悪くなるくらいに食べさせた所で聞き出した話では、イタリア旅行に行った先で、またもアイツは事件に巻き込まれたらしい。
しかも、また女がらみってのが腹立たしい――いや! べ、別にアイツの女性関係なんてどーでもイイのよ。
現に私は、この暴食シスターがアイツと同棲してたって、へ、平気なんだから……、羨ましいとか、ア、アイツがどんな格好で寝るの……、とかなんて、全然、かんけいな……い、いや、そんな事はどーでもいいのよ!
兎に角私は、ついでに、本っ当についでにさり気無ーくバカシスターの予定も確認して、今日は病院に来ない事を確認すると、まだ食べ続けるバカシスターを置いて先に店を出た。
そして、最寄のお店に飛び込んでお見舞い用のクッキーを購入しようと手に取った所で、以前アイツに言われた事を思い出して一瞬躊躇した。
「お客様、新発売になりましたこちらの生チョコなど如何でしょう? 高級ブランデーをふんだんに使いました大人の味に仕上がっております」
などと後ろから店員に声を掛けられて、気が付いたら生チョコを購入していた。
まだ時折、強い日差しに見舞われるようなこの時期に何で生チョコなんか買っちゃったんだろう?
とりあえず保冷バッグに入れてもらったから病院までは平気そうだけど、これを持って行ったらまたアイツに何を言われるかと思うと……、このまま川にでも放り込んでしまいたいくらいだ。
だがしかーし、同じ放り込むならアイツの減らず口の方がなんぼか私の気持ちもスッキリするに違いない。
大体、食べ物を粗末にしたとあっては作った人に申し訳が立たないってもんよね。
てな訳で、大分話が横道にそれた気がするけど、私は病院に来たわけよ。
で、コイツが起きるのを待ってるんだけど……
「起きない」
全っ然起きる気配が無い!
確かにここに来る前に、ゲコ太似の院長先生――何時か写真撮ってやろうと思ってるんだけど、今だ成功せず――からはこの時間は寝てるかもって言われたけど。
「この美琴さんがお見舞いに来たってのに、何でコイツは起きないのよ」
本当ならここで叩き起こしても構わないんだけど、あちこち包帯を巻いたちょっと痛々しい姿を見ると流石に起こすのは気が引けた。
ちょっと唇が半開きになってて――喉が渇かないのかしらコイツ?
しっかし、普段は憎まれ口しか叩かないコイツも、寝てりゃ少しは可愛げがあるもんね。
後で写真でも撮っておこうかしら? あ、いや、そんな事より――
「どうしようかしら、これ」
そう、これ、生チョコよ。
そんなに時間は掛らないだろうと大して保冷材も入れてもらってないので、いい加減食べてしまわないといけないんだけど。
「うーん、どーしたもんかしらねぇー……、おっ! いい事思いついたわ」
私は、保冷バッグから生チョコの箱を取り出すと、包みをビリビリと破いて中身を取り出す。
箱の中には切れ目が入れられた生チョコ、うっすらと汗をかいた生チョコを一つ串に刺すと、アイツの口に押し付けてみた。
すると――
「食べたっ!」
フフフ、大成功。
もごもごと口を動かすアイツの顔を見ながら私は小さくガッツポーズを決めた!
しかし喜んでばかりはいられないのよね。次はどうやって食べさせようかしら……あっ!?
「また口開いてる……、と、とりあえずもう一個……」
アイツの口に運んでやると、もごもごと食べ始めた。
「ホントは起きてんじゃないのコイツ?」
顔を近づけて、じーっと覗き込んでみたけど……、寝……てる……みたいね。
それよりこの生チョコ、どんだけブランデー入ってんのよ!?
コイツの口から漂う甘ーいチョコの香りと一緒にお酒のにおいが鼻をくすぐる。
はぁー、しっかしこうして見ると睫毛長いのねぇーコイツ……。
「!?」
な、何してんの私、か、顔近すぎじゃない! 思わず飛びのいちゃったけど、び、びびび、びっくりしたぁ。
「よ、よぉし、お、落ち着け御坂美琴、ア、アンタが今やらなきゃいけない事は、コイツに生チョコを……、食べ、食べさせる事よ」
ところが、落ち着きたくても心臓は勝手に早鐘打ってるし、頭には血が上って今にも破裂しそう……。
おまけに串を持った手が小刻みに震えて満足に生チョコも刺せやしない。
それでもやっと一つ生チョコを串に刺すと、震える手にもう片方の手を添えてアイツの口に慎重に運ぶ。
「じ、自分がした事とは言え何か変な気分ね。親鳥がエサをあげるのってこんな――あっ!?」
気持ちを落ち着けようと軽口を叩いていたのがいけなかったのか生チョコが串から落ちた!
布団を汚してはいけないと、咄嗟に私は落ちる生チョコに串を持っていない方の手を伸ばして――
「ぁ!?」
ア、アイツの口の中に、ゆ、指……ぃ!?
「きひゃ!?」
咄嗟に串を避けて手の甲で自分の口を塞いだけど、コ、コイツ、わた、わた、私の指ぃぃぃぃぃいいいいいいい……。
「ン、ング! ンンンン!!」
止めて、止めて、止めてぇぇぇ……。
指に、溶けた生チョコと、アイツの指が絡みついてくる何ともいえない感触に背筋にゾクゾクと何かが這い上がってくる。
嫌なら、手を引っ込めればイイんだけど、これ……駄目……、体が、言う事聞かない……。
あ……、指……、吸われてる……。きゅきゅって赤ちゃんがオッパイ吸うみたいに……、オッパイ……、オッパ……。
「フゥゥゥンンンン!!」
私の体がふわぁって持ち上がったような感じがして急に気が遠のいた。
膝がカクンと折れて、私はベッドの側に尻餅をついてしまった。
そのまま暫く呆然としていたが、ふとアイツがしゃぶっていた指が気になってぼやけた目の前に手を持ち上げてみた。
「あ、赤くなっひゃったらない」
あ、あれ? 呂律がおかしい……って、私、その指、どおす、る、つ、も――あぁ!?
口の中に生チョコの微かな甘味と、ブランデー特有の重厚な香りと、それと、そ、れ……。
「ンンンンン!!」
また来た、頭が真っ白になってく……、ふぅわぁぁぁ、イイ気持ちぃ……。
「って、オイッ!?」
な、何してんの私!?
とりあえず口の中にあった自分の指を引き抜いて暫しクールダウン。美琴、冷静に……、冷静になるのよぉ。
「ふぅ」
何回か深呼吸したらとりあえず落ち着いたわ。精神的にちょっと疲れたけど、変な満足感があるのは……何故かしらね?
「と、そんな場合じゃない! ア、アイツは……!? あ……、寝てる」
どんだけ寝んのよアンタはっ!? こっちは色々と大変だったってのにっ!
いや、勝手に騒いでるのは私なんだけどね、なんか、ほら、やっぱムカつくじゃない?
「おら、起きろ、うり、うりうり」
だから指で頬をつついてやった。
アルコールなんか入ってるもの食べさせたせいかしら? 触れた頬が温かい。
「うーん……」
「!?」
急にアイツが唸ったんで、私はびっくりしてベッドから飛び退いた。
「お、起きた、の?」
「…………」
「起きてないの?」
「…………」
「はー……、まったく、なんなのよコイツ」
私は手近にあった椅子にドスンと腰掛けた。
「あーもー、寝ててもこの私をおちょくんのかアンタは。くそー、寝てるやつに負けるなんて余計にしゃくだわね」
どうしてくれよう、と私は頬杖を付いて寝ているアイツを見つめながら考える――あ、布団から右手が飛び出してるわね。
「ホント口だけじゃなくて寝相も悪いなんて――はいはい、この美琴さんが手を仕舞ってあげるんだから感謝……おっ! うふふ、いい事閃いちゃったわ」
ベッドの側まで来ていた私は、アイツの体をぐいぐいっと私が立っている方と反対側に押しやる。
そうすると、そこに1人何とか寝られそうなスペースが出来た。
くいっと、掛け布団を持ち上げた所で、きょろきょろと辺りを見回す。
「い、いつもならここで邪魔が入るんだけど……」
今日は邪魔者は来ないようね――でわ。
私はもそもそとアイツの布団の中に入ってゆく。
フフフ、これぞびっくりどっきり大作戦!?
これで、コイツが起きた所で「おはよ」とか囁いであげれば、小心者のコイツの事だから飛び上がるほどびっく――
「きゃ!?」
シマッ!? 寝返り、い、いやっ!? だ、抱きしめられた!?
こんな事になるなんて想定していなかった私は、すっかり抱きすくめられて動けなくなってから、自分の失敗に愕然とした。
暫く色々抵抗してみたけど、何ら解決の糸口が見つからないので諦めた私は、疲れもあってか急に眠くなって来た。
それにここは何だかほわーんとしていて居心地がいい……。
もういい加減メンドくなってきたので意識を手放す事にしすると、すぅっと意識が落ちてゆく。
きっとコイツは、目覚めた時に私を見つけて驚くんだろうなぁ……、その時が楽しみだわぁ……、えへへ、とうまぁ……お、や、す、みぃ。
END