―――あなたに魔法をかけてあげましょう。
「ふにゃ?」
学園都市屈指の厳格さを誇る常盤台中学。その生徒たちの朝は早い。それが生徒に好評かどうかはともかく。
「ふぁ〜あ」
そんな厳しさトップクラスの学校に通うのは、御坂美琴は2年生だ。
(………変な夢)
ベッドで上体を起こし、適当に曲げ伸ばしながら思い返すのは、さっきまで見ていた夢のこと。
「魔法って言われてもねー」
自分が見た、あまりに非科学的な夢を一笑に付し、美琴は起き上がって洗面所で顔を洗いに行くことにした。
御坂美琴は常盤台中学の二年生である。
彼女自身の優秀さと勤勉さのために、これといった浪人生活(つまづき)もなく、順調に成長し生活している。
「おっとと。……なんか体が重いわねー。風邪かしら?」
それは彼女が今、普通の中学二年生の年齢であるということであり、
普通の中学二年生の年齢とは14歳のことであり、
「なんか胸も痛いし肩も凝るし…最近いろいろあったからなあ。疲れでもたまったかしら?」
14歳というのは産まれてから14年経ったということであり、
産まれてから14年というのはそれ相応に幼い外見をしているということであり、
「うわぁ髪もボサボサ…美容室も行かなきゃかな…」
それ相応に幼い外見をしているということはつまり、
「ま、いいか。さーて今日も1日頑張るとしますか!!」
ぱっと見18歳が鏡に写っているのは間違いなのだ。
「………は?」
スラッと伸びた背丈に、大人びた顔立ち。いつもは肩に掛かるかどうかの髪の毛も、腰まで届いている。
そしてコンプレックスのひとつだった小さな胸は面影もなく、
彼女の母親からの遺伝を感じさせる重量感を誇っている。
「…いかんいかん早く目覚めなきゃ」
ポカポカ頭を叩き、バシャバシャ顔を洗い、ギリリと頬をつねってみる。
「…………はぁ?」
しかし鏡は、現実の厳しさを屈指の厳格校生徒に突きつける。
「はあぁぁぁぁ?」
「お姉様〜?朝からあまりうるさくするとまた寮監にどやされ…」
13歳が着るにはどう考えても不相応な寝間着を着た白井黒子は、見た。見てしまった。
ぱっと見18歳のルームメイトの姿を。
「…ぅ」
「く…ろこ?」
「ぅぉおぅぬぅぇぇさまぁぁぁぁぁ!!」
「ぎゃあああああぁぁぁぁぁぁぁ」
バチーンとコミカルな効果音。平手打ち?いいえ電撃です。
「はあ…はあ……」
最も頼れるパートナーから最も恐ろしい敵にジョブチェンジした白井を一撃で滅し、
息を落ち着かせる美琴(14)。
「落ち着け私落ち着くんだそうだこーゆーときは素数でも数えてる場合かどちくしょー!!」
ドンドンドンドン!!!
ビクウッと美琴(ぱっと見18)の体をひきつらせる、扉をたたく音。
寮監だ。
(ま、ずい!!)
ガチャガチャと扉を開けようとする音。向こうはマスターキーを持っている。鍵など無意味だ。
(ヤバい!ヤバいヤバいヤバい!!)
慌てふためく美琴。しかし扉は、現実の厳しさを屈指の厳格校生徒に以下略。
ガチャ
「おい御坂美琴、白井黒子。朝から寮内を騒がせるとはいい度胸だ。これは早々に部屋替えを―」
「……………」
「………ん?」
気まずい沈黙が流れる。
ちくしょーここは寮監をやるしかないのかでも敵はレベル4をいともたやすく叩きのめす化け物だ
いやいやそれならこちらも7人のレベル5の第3位の化け物だ最悪相打ちにでも持ち込んで!!
「御坂美琴の姉上ですか?」
「へぇえ?」
かなり不穏な思考を巡らせていた美琴は、大人の笑みを浮かべる寮監に肩透かしを食らった。
「今日こちらに来られる旨を事務に知らせましたか?」
「えっ?ああ!すいません急に妹に呼ばれたものでしてハハハ!!」
「そうですか…大変申し訳ありませんが、他の生徒への影響も懸念されますし、
なによりも規律に反するため、早急に寮からの退出をおねがいしたいのですが…」
「は、はいい!!もちろんでございますはい」
「本当に申し訳ありません…ところで妹君の行方をご存知でしょうか?」
「へぇえ!?えと、あの黒…あー白井さん?とトイレに行くってー」
「そうですか…わかりました。それでは身仕度を済ませてください。外までお送りしますので」
「は、はぁ…」
現実とは、何が起こるかわからないものである。