散歩から帰ってくるなり打ち止めが戦利品を自慢するような喜色満面の笑みで、指輪をもらったの、と報告を始めた。  
 
 
 
「指輪だァ?」  
「うん、ってミサカはミサカはにこにこしながら戦果を報告してみる!」  
 
――打ち止めの散歩、というのは一応、治療中の身の上である彼女のリハビリを兼ねているらしい。  
体力のない彼女は、しかし子供故の無謀さか、倒れるまで動きまわるのをやめないもので、一方通行か保護者のどちらかか、誰かしら監督役として一緒に行く事が多い。  
…のだが、彼女はこの日、外で「他のミサカ」と待ち合わせをしているから、と、嬉しそうに一人で出かけて行ったはずだ。  
そうやって散歩から帰った彼女がにこにこしながら一方通行にその日あった出来事を報告するのもいつものことだった。  
一方通行はといえば、それを完全に無視 しても彼女が後でいじけたり涙目になったり、挙句、聞いて聞いてと延々うるさくつきまとってきたりすることを学習したため、  
半分くらいは適当に聞き流し て、半分くらいは適当に相槌を打って済ませることにしている。  
 
「えっとね、ってミサカはミサカは早速報告をしてみるんだけど。商店街の方でね、お姉様と偶然会ったの、  
ってミサカはミサカは思い出しながら言ってみる」  
まぁあの辺りは常盤台からもさほど離れていないし、おかしなことではない。  
「お姉様は上条当麻と一緒にいたんだけど」  
「……ほォ」  
何となく看過しづらい名前が出てきた気がする。  
「それでね、えっと、あれ、ほら、ハンドル回したら景品が出て来るのあるでしょ、ってミサカはミサカは思い出しながら言ってみる  
…えっと、がちゃがちゃ、って言うんだっけ?」  
商店街の玩具屋によく置いてある、学園都市で見るにはちょっとレトロかつアナログな匂いのするあれだろう、多分。  
それがどう指輪につながるというのか。一方通行は無言で話を促す。  
「――お姉様はゲコ太の景品が欲しかったみたいなんだけど、10032号…えっとミサカと一緒に遊びに行ってたミサカのことなんだけどね、  
そのミサカが彼を見て乱入して、ミサカも何となくそこに加わってみたのね、ってミサカはミサカは報告を続けてみる」  
何となく光景は想像がついた。  
「で、せっかくお金入れたのに誰がハンドルを回すかとか、景品をどう分け合うかとか、そういう話で皆してもめていたから、  
ミサカは気を利かせて代わりにハンドル回してあげたの、ってミサカはミサカは胸を張ってみる」  
「まァ何だ、ぶっちゃけどうでもいいっちゃァどうでもいいが余計なお世話って言葉の意味知ってるかクソガキ」  
「む、ミサカの気遣いに対してそれは失礼な言葉じゃないかしらってミサカはミサカは言ってみたり」  
「…気遣い、なァ」  
 
どうせ彼女のことだから本音は「あのハンドルを回してみたかった」とかそんなところだろう。  
その証拠に、一方通行の膝の上に横座りする格好で彼を見上げる打ち止めの目には、悪戯っぽい光が浮かんでいる。  
(何度襟首を掴んで床に落としてもちっとも 懲りずに彼女が膝の上に陣取ろうとするので、一方通行は彼女が膝に座るのを阻止するのはすっかり諦めていた。  
どうせ彼女は一所には10分も大人しくはしていないのだ。その間我慢すれば済む話である。)  
 
「そしたら何故かこれが出て来たのね、ってミサカはミサカは指輪を取り出してみる」  
 
彼女の手のひらの上にころん、と置かれたのはシンプルなシルバーの指輪だった。  
玩具というにはしっかりした作りで、その辺りの露店で1000円弱くらいで売っていそうな代物だ。  
見たところフリーサイズのようだが当然、10歳程度の打ち止めの指にはあまるほど大きい。  
 
「そのがちゃがちゃの中っていうのがゲコ太の景品が入ってるはずなのに、何でか一個だけ、値段も種類も全然違うのが混じってたらしいの、  
ってミサカはミサカはそのラッキーに驚いたんだけど。お姉様と10032号は何だか顔色変わっちゃって、どっちが指輪をもらうかでまたケンカになっちゃって、  
何だか間に挟まれてたあの人が不幸だーとか嘆いててちょっと可哀想になったんでミサカが貰って来る事にしたのね、  
ってミサカはミサカは戦利品を掲げてみる」  
「どさくさに紛れたって言うンじゃねェのかそりゃァ」  
「そうとも言うかも、ってミサカはミサカはちょっと舌を出してみたり。  
…で、何だか三人とも積もる話がありそうだったから、ミサカはお先に帰って来たの、ってミサカはミサカの報告を終了」  
 
――御坂妹と御坂美琴に挟まれて取り残された上条当麻がその後どうなったのか想像はしたくない。  
にこにこ笑う打ち止めはというと  
「あの人は誰が好きなのか、ちゃんと態度をはっきりさせるべきだと思うの、ってミサカはミサカは他人事なので他人事のように言ってみたりー」  
と感想を述べていた。  
案外酷いなこのガキ、と一方通行はそう思ったが、同情するような相手でもないし(むしろ指さして笑ってやりたい)、適当な同意に留めておく。  
 
 
「えへへ、他のミサカ達に自慢しちゃおってミサカはミサカはネットワークでも戦果報告してみちゃったり」  
 
膝の上の打ち止めは上機嫌でそんなことを言って、指輪を自分の左手の薬指にはめている。  
ネットワークで他の妹達と会話をしているのか沈黙する彼女の左手からその指輪を抜き取って、何となしに一方通行はそれを眺めた。  
玩具にしてはしっかりした造りではあったが、所詮は景品、安っぽく飾り気もない。  
何がそんなに嬉しいのやら、などと思っていると、ネットワークでの会話を終えたのか打ち止めが顔をあげた。  
指輪が無いのに気付いて口を尖らせる。  
 
「指輪返して、ってミサカはミサカはあなたに猛抗議!」  
「お前にゃでかいだろ、どォすンだよこンな物」  
「んー、どうするかは考えてなかった、ってミサカはミサカは言ってみたりー」  
一方通行の膝の上、彼が取り上げた指輪を追いかけるように身を乗り出した打ち止めはあっさりそう言った。  
「他のミサカがみんなしてあの人からの指輪を貰いたがってたから、ミサカも欲しがってみただけだったりするんだよね、  
 ってミサカはミサカの補足説明をしておくー。…それより早く返してよぅ、ってミサカはミサカは手を伸ばしてみたり」  
「何で指輪なンだよ」  
「え? うーん、そういえば何でだろうってミサカはミサカは首を傾げてみる」  
生後数か月の打ち止めと比べればそれなり程度の社会常識を弁えている一方通行は、ふとある可能性に思い至ってしまった。  
そういえば――この少女はさっき意識してか無意識にか、左手の薬指に指輪をはめようとしてはいなかったか。  
一方通行もさして気にしていなかったが、考えてみると、普通その場所にはめる指輪と言えば一種類しかない。  
 
「すきあり、ってミサカはミサカは指輪奪還!」  
 
そんなことを考えて動きを止めた隙に、打ち止めはめいっぱい手を伸ばして指輪を取り返していた。  
そうしてまた左手の薬指にはめようとしている。  
一応、この小さいのの保護監督役としては、彼女の知識の間違いについては指摘しておくべきだろう。  
と、一方通行は端的な一言でそれを押しとどめた。  
 
「そこじゃねェだろ」  
「え? 指輪ってここに着けるものじゃないの? ってミサカはミサカはあなたを見上げてみる」  
 
一体どう説明したものやら言葉に詰まった一方通行を、打ち止めは不思議そうに見て、それからまた指輪に目を落とした。  
自分の指にはどうやってもはまらない大きな指輪に肩をすくめる。  
 
「まぁ、ミサカはどっちにしても、この指輪を身につけられない訳だけど、ってミサカはミサカは言ってみる」  
「ガキに指輪は早ェってことだなァ」  
「むー。ミサカはこれでも立派なレディなんだからってミサカはミサカはあなたに主張したいんだけど、  
 あ、もう、また指輪取り上げないでよーってミサカはミサカは文句を言ってみる!」  
「ガキだろォがよ、実年齢含めて」  
「う、うわぁ、実年齢のことは言わないのがマナーじゃないかなぁってミサカはミサカは抗議してみるっ…!   
 あなたってばデリカシーないよってミサカはミサカはちょっぴり怒ってみたり!」  
 
実年齢1歳未満の少女は膝の上でじたばたと暴れてから、一方通行が再び取り上げた指輪を恨めしそうに眺めて溜息をつく。  
 
「なんかくやしい、ってミサカはミサカは言ってみたり。  
 お姉様達くらい大きかったらミサカだってその指輪をちゃんと着けられたはずなのにってミサカはミサカは…  
 …痛い、何でいきなりチョップ?」  
「バカ言ってンじゃねェよ、成長促進やら何やら変な調整が少なかった分治療の期間短くて済ンでンの分かってンだろォがお前は」  
「それは知ってるーけどーってミサカはミサカは、言っても仕方のないことを言ってみるー」  
「言っても仕方ねェのが分かってンなら言うなメンドクセェ。ったく何なンだ、さっきから…」  
「んー…できるだけあなたに子供扱いされたくないのかなぁ? ってミサカはミサカの自己分析?」  
「…」  
 
疑問形かよ。とは思ったものの、一方通行は特に突っ込まなかった。  
彼女はこれで結構大人びている所も持ち合わせているので、自分で自分の言っていることがどれだけ身勝手なワガママなのかきちんと理解はしているだろう。多分。  
指輪を彼女の手の上に返してやりながら、一方通行は代わりに、こう尋ねてみた。  
 
「そンなにその指輪が着けてェのかよ」  
「うん、せっかく貰ったんだし、ってミサカはミサカは頷いてみたり。  
 あ、もしかしてあなたならこの指輪、どうにか出来ちゃったりする? ってミサカはミサカは便利能力を持ってるあなたを期待を込めた視線で――」  
「十徳ナイフじゃねェンだぞ俺ァ。何だと思ってやがンだオイ」  
「学園都市最強、でしょ? ってミサカはミサカは答えてみるー」  
 
えへへと何でだか彼女は誇らしげにそんなことを言った。  
自分が褒められた訳でもないだろうし加えて言えばその「最強」の上には一度だけ無能力者に敗北して以来「元」という忌々しい一言が付随するのだが、彼女はあんまりその辺りには頓着がないらしい。  
一方通行もあえて指摘することはない。打ち止めがそう信じているのなら、それでいい。  
 
「…とりあえず、着けンのなら左手の薬指以外にしとけ」  
「うん、分かった、ってミサカはミサカは素直に頷いておくね。  
 何でって問い詰めてみたいけど、何でかあなたが言葉に困ってたみたいだし、ってミサカはミサカは余計な気を回してみる」  
 
彼女は「左手の薬指の指輪」の意味を、まだ当分は、知ることはないだろう。  
あの指輪がちょうどいいサイズになる頃にはどうだか分からないが、とりあえず、しばらくは。何だか一方通行はそのことで執行猶予を与えられたような気分になるが、それが一体何の猶予なんだか、本人にも分からない。  
ただ、打ち止めが嬉しそうに手の上で転がす指輪が再度彼女の左手の薬指を占めてしまわないよう、一方通行は彼女の左手を捕えて薬指を軽く噛んで戒めておいた。  
驚いてかぴくりと肩を震わせて固まってしまった打ち止めの、目を丸くしたその表情にささやかな満足を覚えて、少し強く歯を立てる。  
 
「…!?」  
 
得体の知れぬ感覚に、彼の膝の上の打ち止めは僅かに身じろいで、目を閉じてしまう。  
指先は思いのほか鋭敏で、痛いのとくすぐったいのとを同時に伝えて来る。血が出るほどの強さではなく何度も何度も甘く噛まれる感覚。  
おまけにいきなり背中を何度も撫であげられて、打ち止めは混乱のあまりに声も出せずに硬直してしまった。  
ぎゅう、と、空いた右手で自分の服の裾を握りしめる。背筋がぞわぞわして粟立つのが何でかなんて、そんなことは考えて居られない。  
――いつの間にか左手にあった指輪は床に転がり落ちていたが、そんなこと二人とも気に留めない。  
 
最後に指先をぺろりと舐められて、薬指がようやく解放される。  
恐る恐る打ち止めが目を開くと、いつも通りに涼しい顔をした少年は、ぺろりと唇を舐めて、  
「…やっぱガキだなァ、お前」  
しみじみそんなことを言い出した。  
――打ち止めはひとつ小さく息をつく。  
何だかまだ心拍数がおかしい気がするのだけれど、吐き出した息が自分のものじゃないみたいに熱っぽい気がするのだけれど、それが何でかなんて彼女には分からない。  
分からないが。ただ何だかすごく恥ずかしい気がしたので、彼女は、  
「い…意味が分かんないんだけど、あなたにひとつ言っておきたい、ってミサカはミサカは何だかあなたの顔が見れないので抱きつきつつ言ってみる」  
一方通行の肩のあたりに顔を押しつけて、そのままもごもご呻くように言った。  
「――その『ガキ』相手にこんなことしちゃうあなたは何なの、って、ミサカはミサカは照れ隠しに指摘してみちゃったり」  
「お前さっき自分がなンっつったかもォ忘れたかァ?」  
「確かに子供扱いされたくないとは言ったけどひゃうううう!?   
 や、やめ、だめだめやめて背中をつつーってするのはお願いやめてって、ミサカはミサカはー!」  
「…ほォ。背中が弱かったンだなァお前」  
「明らかに今『面白い事に気付いた』って感じの顔したよねあなた、ってミサカはミサカは言ってみ…ひゃうっ、やめて、ってばー!」  
 
***  
 
「…ということがあったの、ってミサカはミサカは10032号に報告してみたりする」  
「そうですか、惚気なら余所でやって頂けますかコノヤロウ、とミサカは20001号に対して冷たい視線を向けます」  
翌日、学園都市のどこかの病院内でそんな会話がかわされていた。  
二人の瓜二つの姉妹みたいな少女達は、それぞれに溜息をついている。  
小さい方の少女の胸元には、ちゃっかり昨日確保した指輪が、チェーンを通してぶら下げられていた。  
結局あの後、指輪をどうするか散々考え込んだ後、こうやってチェーンに通してぶら下げておくという案で落ち着いたのだが、  
(あの人ってば何だかすごーく不機嫌だったなぁ、ってミサカはミサカは考え込んでみたり)  
彼女は真剣にその理由について考え込んでいる。  
…いくら漁夫の利で奪い取ってきた戦利品とはいえ、この指輪は他の男からの贈り物に等しいアイテムな訳で、  
それを彼女が嬉しそうに身に着けようとしていたのが彼は気に入らなかったのだ――とは。  
打ち止めは思い至らないし一方通行も自覚していないのであった。  
一人は知識不足と経験不足の幼い少女、もう一人は自分の気持ちに鈍感な少年、と、傍迷惑な上に面倒くさい二人である。  
 
「…痴話喧嘩なら余所でやってください、とミサカは20001号に進言します」  
「別にケンカなんかしてないよ? ってミサカはミサカは答えてみる」  
「訂正します。早いところ彼の機嫌を取ることに専念してください、とミサカは20001号の無自覚ぶりに呆れます。  
 …アレがご機嫌斜めという状況は、何だかあまりぞっとしません、とミサカは言ってみますが」  
「大丈夫だよー、幾らあの人が短気でちょっぴりキレやすい最近の若者だっていっても、  
 無意味にその辺りの普通の高校生の人とかを攻撃したりはしないから、ってミサカはミサカは保証してみたり」  
「ちょっぴり…ですか、アレが、とミサカは上司の言葉の信憑性の薄さを指摘します」  
「……うん、正直、かなりかも、ってミサカもミサカも10032号の指摘に訂正してみる」  
 
***  
 
一方その頃学園都市のどこかでは、うっかりいつものハードラックを発揮して、学園都市最強の白い少年(しかもご機嫌斜め)と遭遇してしまった上条当麻(普通の高校生)が、  
何故か全く唐突に殺意たっぷりの笑顔で襲撃されているところだった。  
肩がぶつかったとかそんなチンピラ臭い理由の方がまだマシ、そんなレベルの絡まれ方だった。  
 
「ここで会ったが百年目、ってなァ…!ちょっと面貸せテメェ」  
「ぎゃああああ!!いやちょっとちょっと待って下さい俺何もしてないから!」  
「今日は運がイイみてェだなァ、昨日から何故かテメェに腹が立って仕方ねェンだわ」  
「いやちょっと何で!?理不尽すぎるだろその理由!!上条さんはそんな理不尽な理由で殺されようとしてんですかこんちくしょう!!  
 爽やかに殺意込めて笑ってんじゃねぇぞこの学園都市最強の理不尽めー!!」  
「とりあえずアレだ。ブチ殺し確定、ってなァ!」  
「そのセリフ違う人だから!!なんかそれ別のレベル0に倒されちゃったレベル5のセリフだからぁああ!」  
 
不幸だああああああああ、という絶叫が、響いたとか響かなかったとか。  
 
 

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