きっかけは些細なことだったのかもしれない。
義賊を自認する彼は、人助け(この世界では女性を助けることだ)をする機会がはからずとも多い。
学園最強という称号となぞめいた噂、そして影をまとった彼の立ち居振る舞いは数多の女性を引きつけるには十分すぎるほどだ。
性格が破綻しかけている彼も、なんやかんやと言って、自分を頼ってくるものを邪険にすることはできない。
強引に迫られでもしたら突き放せずにどうなるか、知れたものではない。
何より、先日一方通行はどこにでもフラグを立てるあの男にまで抱きつかれていたのだ。
ミサカネットワーク経由でその男が色んな女性や自分の一万人もの姉妹達やオリジナルと
非常に複雑な関係を築いているのは、もちろん打ち止めも知っていた。
だが、男性まで守備範囲だというのには想定外だった。
状況からするに、偶然彼が突き飛ばされた先に一方通行がいて、『触るンじゃねエよ』とものすごい勢いで払いのけられたというだけのことだが油断はできない。
何しろ歩くフラグといっても差しつかえない彼ならば、男も女も見境なく、ひとたび触れ合っただけでこの後の展開がどうなるかは言わずもがななのだ。
つまり、状況は非常に危ういということだ。
というわけで、今の状況にいたったわけだ。
「風速が地盤沈下によるスタグフレーション的法則を見舞いまして乱降下!」
脳の損傷をおぎなっているミサカネットワークの管理権限を持つ打ち止めに言語野を没収されて、
一方通行の発する言葉は意味をなさない。
警備員たる保護者からいつの間にかぶんどってきたのか、彼の手首には手錠が嵌っている。
「どうしてこんなことになってしまったのだろうとミサカはミサカは首をかしげてみる」
首に嵌められているスイッチの電源も、少女がオリジナルから受け継いだ電気操作能力によって
すでにオンに切り替えることは不可能だ。
「だけどあなたが悪いんだよ、ってミサカはミサカは大主張」
今の一方通行の脳ではすでに少女の言葉の意味も認識することはできないが、かまわず少女は一方通行に囁きかけた。
「だって、あなたにミサカしかいないのとおんなじくらい、ミサカにはあなたしかいないのに」
不自由な両手に苦戦しながらばたばたと暴れる一方通行を、少女の小さな手がそっと押し倒す。
「ミサカのためにこんなになってまで守ってくれるようなひとは、あなた以外どこにもいないし…」
少女はいとおしむように、彼女を守るために一方通行が嵌めることになった彼の生き死にを左右する首輪をなぞる。
「姉妹達(シスターズ)とか上位個体じゃなくって、『ミサカ』を一番大事にしてくれるのもあなただけなんだよって…」
色素が欠如しているために血の色を透かしている一方通行の瞳を、少女が見つめる。
「ミサカはミサカは下手な言いわけ」
少女の話す内容も分からないまま抵抗する一方通行をあやすように、小さな手のひらがふわりと白い髪を撫でた。
「エンドロール洗礼ッ!形而上擬態ッ!!」
「だからどうしてあなたがミサカから離れて他のひととふらふらするのなんて、ミサカはミサカは認められないの」
打ち止めは、彼が彼女を想うのと同じくらい一途な狂気をもって、彼のまぶたに口付けた。
それがはじまりだった。
手錠が邪魔になって脱がすことはできないので、少女は一方通行のシャツをずりあげた。
まっしろな彼の体でそこだけ色づいている胸元に手を伸ばす。
年相応の顔つきでビー玉でも転がすように指で弄っていると、押しのけるような力がゆるみ、くすぐったさに戸惑うような声がした。
抵抗が少なくなったことを幸いに、少女はさらに反対側に口付ける。
これまたあめ玉でも舐め溶かすように、舌でなぞり口で食み、時折軽く齧ってみると、意味をなさない抗議の声があがる。
それが面白くなって打ち止めが続けているうちに、やがて罵声以外のものが少しずつ入り交じるようになってきた。
「これはなかなか感度良好ってミサカはミサカは意外な事実を新発見」
少女は嬉々として、幼い子供が好きなおもちゃで遊ぶように、一方通行の全身を弄り尽くしていく。
そもそも脳の機能の一部分を失っている一方通行には、今の状況を秩序立てて理解できない。
なぜ自分の手が不自由なのか、自分の上に少女が乗っているのか、何を話しているのか、
一方通行には分からない。
ただ皮膚から伝わる暖かい重みと、ゆるゆるとやって来る気持ちよさが本能で理解できるだけだ。
あらゆるものが意味をなさない混沌とした彼の頭のなかで、その感覚だけがリアルだった。
「この新発見に免じて少し言語を返すよってミサカはミサカは大サービスしてみるね」
さらに下って臍のあたりに口付けながら打ち止めが囁いた。
それと同時にしばらくぶりに一方通行の口から意味の通る言葉が響く。
「…打ち止め」
「アプリコット対照の干魃名鑑による向上がエンスト事象で天下泰平ッ!」
続く彼の猛抗議の言葉は、やはり意味をなさないままだった。
少女が返したのはたった一つの言葉だけだったのだ。
大サービスにはほど遠い仕打ちもそのままに、少女は一方通行の細身のジーンズのジッパーに手を掛ける。
空いたすき間から妙に手際よく引き出して、形を変えかけていたものを打ち止めは躊躇わず口に含んだ。
もちろん小さな口に全てを収めるのは不可能なので、先端だけを口内で愛撫し、残りはゆるやかに手でさすっている。
戯れるかのように口内で転がされ、ひっかくように爪先で浮き出た血管をなぞられれば、学園最強といえども為す術はない。
「っぐ…、…はッ…」
一方通行の口からくぐもった呻きが漏れる。
艶っぽい反応が返ってきたことが嬉しいらしく、打ち止めはますます献身的とも言えるほどに打ち込んでいく。
少女は滲み始めたものまで丁寧に舌先ですくい取って、また塗りつける。
幼子とは思えない、どこから仕入れたのか今ひとつ不明な技巧で、少女はそれは楽しそうに彼を追いつめる。
心地よさに沈みゆく頭では、状況一つ判断することもできない。
どんな経緯で、なぜこんなことになっているのか、理解することのできない一方通行には、まともな抵抗をすることもできず、ただ感じる快楽の狭間にいることしかできなかった。
痛いことや痛めつけることなら彼の体は知りすぎるほど知っていたけれど、こんなに気持ちイイことは初めてだった。
もたらされるものが憎悪や恐怖によるものだったら、いつかのようにきっと体が反射的にはねつけていただろう。
けれど底抜けの愛情には、一方通行はまったくの無防備だった。
今まで受けたことのなかったそんな愛情にも愛撫にも、彼の体はどう対処して良いのか分からなかったのだ。
少女の手が動きを早める。終わりは近い。
まぶたの裏がひきつるような痺れと、腰からとろけていくような暖かさが、混乱して何も分からない一方通行の頭をさらに蝕んでいく。
ぐちゃぐちゃに乱れきった彼の頭の中に、たったひとつだけクリアな言葉があった。
その言葉だけが変わらず彼の全てで、その言葉だけが彼の理だった。
濁り澱む脳内でただひとつきらめくそれを掴み取り、一方通行は混沌とした世界での最後の秩序の名を呼んだ。
「ラストオーダーァっ!」
そして白い少年の見る世界が真っ白に染め上がる。
同時に、彼の先端から放たれた飛沫が少女の顔も白く染めた。
幼い顔には不似合いの粘液を、少女は舌でぺろりと舐め取る。
何も分からないまま快感の余韻に漂う一方通行のうつろな目をうっとりと見つめ、打ち止めは微笑んだ。
そして精液くさいキスを一方通行の唇へとほどこす。
ぐちゃりと生臭い液体が口の中でかき混ぜられても、もう彼は抵抗しない。
そんな一方通行をいたわるように、打ち止めは優しく彼の頬を撫でてやる。
全ての感情を打ち止めに捧げ、いつだって彼女のことを一番に考えて行動する男からこれ以上のことを望むには、どんなに努力すれば足りるというのだろう。
荒くなった息を鎮めて、打ち止めは一方通行の耳を舌でなぞりながら湿った声を吹き込んだ。
「あなたはこれで満足したかもしれないけれど…」
そう言って、少女は笑みを深くした。
「ミサカはミサカはまだまだ全然足りないの」