「ぬおォおおおお!!!しっ、しまったぁあーっ!これじゃあ、飯が食えねぇじゃねえか!」  
手提げ袋に入った弁当を前に、上条の慟哭の叫びが公園に木霊した。  
 
 
「あっちー。こりゃ、体感温度40℃超えてんなー……、それに、腹減ったー……」  
土曜の昼下がり、曇り空の切れ間から時折太陽の姿が覗き、アスファルトの地面を光と影の二色のコントラ  
ストで交互に彩りながら、行き交う人波の静寂(しじま)を照らし出す。  
そんな商店街の雑踏の一角に佇み、『ぐぅきゅううーっ』と鳴き止まない腹の虫を、どう宥めようかと考な  
がら上条はぼやいていた。  
その情けない声が耳に届いたのか、背後から女性の声が掛けられる。  
「ごめんねー。書き入れ時は済んだから、君も1時間位休憩しちゃってー」  
声のした方に方向転換すると、大学生ぐらいのお姉さんがニコニコ微笑んで、そう上条に進言していた。  
「書き入れ時って、あんた商人(あきんど)みたいな台詞言っちゃてるけど、何時から大学は商売参入を本格  
 的に始めたって言うんだよ!?」  
「あはは。この前のアンケート収集の出店が思ったより好評でー、採算ベースが黒字だったのよ。  
 それで地下街以外ではどうかなーって盛り上がっちゃって、商店街の出店が決まったのよねー」  
「むむっ、さすが学園都市。そんな簡単なノリで独自に店まで出すか……」  
(良く考えりゃ、訳の分からんジュースが、そこいらの自販機やコンビニで普通に売ってるからな。  
今更、店の一つや二つ驚くには値しねぇか……)  
そうアッサリ結論付けると同時に、お腹から『ぐぅきゅううーっ』と催促のコールが鳴る。  
「えー、んじゃ、お言葉に甘えまして休憩させて頂きます」  
「はーい。これ、君の分のお昼だけど、持てるー?」  
差し出される紙製の手提げ袋。  
「ご心配には及びません。生地越しとは言え少しは物を掴めますとも。ほれ、この通り」  
そう言って、分厚い生地越しに手提げ紐を握り締めて証明してみせる。  
「そう、それじゃー、休憩室にもう一人先に休んでる娘がいるから、一緒に休憩しててねー」  
ニコニコお姉さんは、そう告げるとお店の中へと消えて行く。  
「さってと、俺もサクッと休憩に突入しますかー。っと、先客が居るっつーてたな……」  
店員とは言え全員大学の学生である。おまけに女子大ゆえに妙齢の女性ばかりである。  
(こ、こりは、年上のお姉様と二人ッキリって事ですかぁー、しかも密室で……)  
上条の頭の中は、瞬く間にピンクの靄に席巻された。  
 
『あら、頬っぺにご飯粒が付いてるわよ。じっとしてて、お姉さんが取ってあ・げ・る』  
緊張でコチコチに固まった上条の頬からご飯粒を摘み上げると、真っ赤なグロスが艶やかに光る唇に持って  
行く。そして、半開きにした口唇から艶かしい舌を覗かせ、摘んだ指の第一関節まで包み込む様に含む。  
唾液により湿り気を帯びた指を上条に見せ付ける様に引き抜くと、口をクチュクチュと動かし、まるで唇を  
軟体動物の様に変化させた後、三日月型に吊り上げ艶然と微笑む。  
漂う色香に当てられ、上条の顔の温度が急激に上昇する。  
『顔が赤いわね。熱中症の心配があるから、お熱の確認をしないと……』  
そう囁き両手を伸ばし上条の顔をソッと手で包み込むと、グッと身を乗り出して来る。  
襟ぐりが大胆に開いた服から、乳白色に輝く柔らかそうな乳房の膨らみが谷間を作り、深い陰影を落として  
いるのが視界に映る。  
近付く顔と乳房の膨らみに、オドオドと交互に瞳を移動させる上条の鼻腔に香水の香りが侵入する。  
普段クラスメート達が漂わせる物とは全く違う大人の香りに頭がクラクラとしてしまう。  
コツンと微かな音を立て二人の額が重なる。  
『熱はないみたいね。じゃあ、どうして顔が赤いのかしら?』  
至近距離で見詰め合う瞳が、悪戯っ子の様に一瞬細まると、頬に添えられていた手が頭の方に回される。  
『あなた、可愛いわね』  
そう言葉を囁くと、上条の唇に自分の唇を重ねる。  
重ねられた相手の唇が少し開き、その隙間から這い出た舌がチロチロと自分の唇を弄えている。  
柔らかい舌先が自分の唇をなぞる感触に、背筋をゾクゾクと震わせ思わず唇を開いてしまう。  
頭を抱える手にグッと力が入り唇がより一層強く押し付けられ、開いた唇の隙間を抉じ開けるかの様に舌が  
侵入する。歯を歯茎を蹂躙した舌先が、口内で縮こまっていた上条の舌を見付けると絡め取る様に舐る。  
舌先からの刺激が体を貫き上条の股間をズクンと鳴動させる。  
まるで、その事を見越していたかの様に頭に置かれていた手が片方外され、首筋から胸へ、そして股間へと  
なぞる様に滑り落ち、熱り立った肉棒をズボン越しに弄り始めた。  
雄の本能の象徴を刺激され、……上条は、……上条はァあああ――――――――――。  
 
「フおぉおおおォォおおおおおおォォおおおおおおお――――――――――ッ!!!!」  
(だ、ダメだ!頭が沸騰しちまう!健全な男子高校性たる上条さんが、そんなハレンチな事をォおおお!)  
己の妄想にヒートアップし、レッドゾーンに突入してしまう上条。  
しかし、針を振り切るほどの高揚の後は、急速なメルトダウンが訪れる。  
(い、いかん。こりゃあ、一人で頭を冷やした方が良いかもしれん。  
この時間帯の公園のあそこなら、誰も人が居ねえだろうから丁度良いだろ……)  
「飯食う前にナンでこんなに疲れてんだろ俺。今日も上条さんの不幸係数は高止まりですよ」  
そう独り言ちると、短い足をチョコマカと動かし公園目指して移動を開始した。  
上条は後に思う、この時素直に休憩室に入っておけば、更なる不幸に遭わずに済んだはずだったと……。  
しかし、そんな未来があったとは露知らず、今日も不幸に向かって自ら突き進むゴーイング上条だった。  
 
 
(フンッ、くのっ、クのッ、だあぁ――ッ!やっぱ、曲がんねぇー!届かねぇー!脱げねぇー!)  
公園の片隅のベンチの前で、コミカルラジオ体操を披露するヒヨコが居た。  
少し正確に言えば、丸っこいヒヨコの着ぐるみを着た上条が、着ぐるみを脱ごうと孤軍奮闘していた。  
(ナン何だよこれ?ある程度は曲がんのに、その先はビクともしやがらねえ……)  
腕を通している筒状の翼の部分が45度の角度以上曲がってくれない。腕を抜く事も出来ない。  
当然、着ぐるみを脱ぐ為のファスナーまで手が届かない。  
この着ぐるみは大学の研究室で作成された物で、ご多分に漏れず普通の物とは少し素材が違っていた。  
経年劣化を防ぎ型崩れを起こさない為、主要な位置には形状記憶素材が使われ、反発力でもって維持する様  
に縫製され、全体の厚手の生地にも試作段階の素材が用いられていた。  
要するに、データ取りの為のサンプル品である。  
最初に着ぐるみを着た時、お姉さん達に着せて貰った為、こんな構造だとは上条が知る由もなかった。  
(ダメだな、こりゃ……)  
いい加減、疲れてきたのでお店の方に戻ろうかと考えていた時、少し離れた位置に人が居る事に気付いた。  
日に照らされて出来た影法師が一つ、上条の視界を掠めたからだ。  
(おおっ、こんな所に天の助けが……。誰だか知らんが御助力願おう。お助け下さい見知らぬ人よ)  
期待一杯に、影の発現点に振り返る上条。  
そこに居たのは一人の少女。常盤台中学の制服を着た、見慣れた顔を持つ人物だった。  
(ありゃ、御坂……、いや、ゴーグル付けてるって事は御坂妹……、あ、それとも他の妹か?)  
御坂美琴のクローン体である妹達の一人が、ジーっとこちらを見詰めている。  
(ん?……ナンか何時もの感じとは、……チョッと違うみたいに感じるけど、……気のせいか?)  
普段の妹達が見せるピシッとした怜悧な雰囲気が、少し距離を置いた所に佇む少女からは感じられない。  
まるで何処かに生命の源を置き忘れてきてしまったかの様に、脱力し切った雰囲気を纏っていた。  
(うーん、ナンか魂が明後日の方向にお散歩に出かけちまった、みてーな感じだな……)  
どう声を掛けて良いのやら考えあぐねていると、ポツリと呟く様に相手が言葉を発した。  
「ヒヨコ……」  
(おっ、このヒヨコの着ぐるみに反応するって事は、やっぱ御坂妹か?)  
「ヒヨコのダンス……」  
どうやら、コミカルラジオ体操の見学者が居たみたいだ。  
今一御坂妹か確信が持てないが、上条は思い切って声を掛けてみる事にした。  
「おーす、御坂妹」  
少しの間、無反応を示す御坂妹(?)だったが、突然『ビクッ』っと、全身を振るわせたかと思うと、まるで  
自分の体を抱き締めるかの様に腕を交差させる。そして、遠めにも分かる程、その顔が紅く染まって行く。  
(何だ何だこの反応は!?一体どうなってんだ!?)  
思いもよらぬ相手の反応に戸惑う上条。とその耳朶に震える様な声が届く。  
「あなたは……」  
そう声を発すると、微かに全身を震わせながら、一歩、また一歩とゆっくりとこちらへと近付いて来る。  
「お、おい、どっか具合でも、悪りーのか……?」  
心配そうに尋ねる上条の問いに答える素振りを見せず、そのまま歩みを進めて目の前迄やって来る。  
そして、そのまま停止もせずに、いきなり『ギュッ』と抱き付いて来た。  
「どァあーっ!?」  
驚きのあまり硬直する上条。  
けれど、そんな事はお構い無しに、胸に埋めた顔を左右に振ってスリスリと擦り付けて来る。  
(うおぅお!?どうなってんの、どうなってんだよ!?)  
暫くその行為を続けた後、顔を離しキョロキョロと辺りを見回し始めると、ある一点でピタッと止まった。  
分厚い生地越しなのが幸いして何とか硬直を解いた上条が、相手が見ている方向へと首を巡らす。  
(ん?……あー、あっちにあるのは、公衆トイレしかないけど、……何見てんだ?)  
訝しんで尋ねようとしたが、その暇も無く左腕(羽)がガシッと相手の両腕に拘束され、細身のその体から出  
ているとは俄かには信じられない位のパワーでもって引き摺られて行く。  
「ちョっ!?……お、おい、……何処に行くって……、そん、……な、引っ張っんなって……」  
強引に引き摺られ、ともすれば前のめりに倒れそうに為りながらも、チョコマカと短い足を繰り出して付い  
て行くしか道がない上条だった。  
 
「ここは一体、……ドコ!?」  
ここは心のオアシス、ラベンダーの芳香が漂う桃源郷。はたまた、男子禁制のパラダイスか。  
現実逃避をしたい上条だったが、目の前に存在する事実がそれを許してはくれない。  
上条はきっちりと女子トイレの中へと連れ込まれていた。  
(たかが公園のトイレ程度に、ムダに金かけてんなぁ……)  
無駄な抵抗に過ぎないと分かっていても、気を紛らわせたくて思考を別な所へとシフトする。  
(人工物に覆われた学園都市の緑に対する、せめてもの贖罪って感じか……。  
正直ンな事どうでも良いけど、それより何つーか、この差はどう言うこった!?  
女子トイレなんて入った事なかったから知らんかったけど、男子より数段豪華じゃねーか!)  
今まで数回トイレを利用した上条の目には、3ランクはアップしていると感じられた。  
(なんだなんだ、一体ナン何ですかー、この女尊男卑っぷりは!?)  
普段から女性に虐げられる事が多い上条の憤りは、半端ではなかった。  
しかし、そんな事は些事だと言わんばかりに事態は進行する。  
『ギュッ』、またもや抱き付き攻撃である。  
男子トイレに比べ格段に広い個室の中の洋式便器の蓋の上で、上条は現実に引き戻された。  
腰を掛けた体勢の着ぐるみ上条に対し、御坂妹(?)は立ったままの体勢で正面から頭を抱き締めていた。  
(視界が塞がれてナンも見えねぇー)  
巨大なヒヨコ頭のせいで直接的な感触は伝えていないが、視界を塞いでいるのは相手の胸だと推測した。  
これが肌の温もりを伝える事態になっていたら、状況把握など到底出来なかったと冷静に考える上条。  
『ギュッ』、またもや抱き付き攻撃である。今度は右腕(翼)へのものだ。  
(え!?えー、えーと、どうして二箇所同時抱き付きなんて芸当が出来るんでしょうか!?)  
自分の頭は、ガッチリと両腕でもってホールドされている。にも拘らず、同時に右腕もホールドされた。  
疑問に思った上条は、右腕を捻る様に動かして確認してみる事にした。  
『グリグリ』、瞬間、相手から反応の声が上がった。  
「キャフぅっ!」  
 
(へ!?)  
相手が上げた聞き慣れない種類の声に戸惑い、取り敢えず、もう一度『グリグリ』してみる。  
「クゥウウゥぅっ!」  
くぐもった声が上がると、『ギュッ』と右腕を拘束する力が強まる。  
ここに来て、上条は右腕に感じる感触に違和感を感じた。  
(変だな?掴んでる、にしちゃー妙に柔らけーし、ナンかに挟まれてるって感じだ)  
上条が感じたその違和感は、直ぐに解き明かされる事となった。  
頭の拘束が解かれ、視界を覆っていた胸が少し離れたからだ。  
(な〜んだ、手じゃなくて太腿の間に挟まれてたんだ。道理で柔っこいと思った。はっはっは……!?)  
「なヌッ!?」  
驚愕する上条を置いてきぼりにして、御坂妹(?)は太腿の力を緩めて上条の右腕を少し開放したが、今度は  
両手を右腕に沿って滑らせて、手の平の辺りをガッチリと掴んでしまう。  
そして、掴んだその手を自らの太腿の間、と言うよりスカートの中へと潜りこませて行く。  
上条の手がスカートの奥に到達し、分厚い生地を通してさえ分かる程の熱さを持った最深部に触れると、  
「キュウゥゥーンっ!」  
と、声を上げ背中を仰け反らせる。  
(こ、このスカートの奥にある自分の手が感じる、着ぐるみ越しでも仄かに温かくて、プニプニとした柔らか  
い感触を与えているモノは、アレですか?アレ何ですか?)  
動揺し思考停止状態に陥りかけている上条に対し、御坂妹(?)の方は容赦がなかった。  
「アッ……アンッ……イッ……キモヒィィっ……イイッ……キャウっ……ダ、ダメェっ……」  
上条の手の平をパンツ越しの陰部に激しく擦り付け、それでも未だ刺激が足りないと言わんばかりに、刺激  
を求め自らの腰を振り立てる御坂妹(?)。そして、唇からは悩ましげな喘ぎ声を断続的に上げる。  
「…………………………………………………」  
視界に映る少女の顔は情欲に紅く染まり、噴き出した汗に幾筋かの髪が纏わり付く。  
半まで細められた瞳は濡れた様にけぶり、激しい吐息を洩らす唇からは喘ぎ声が絶え間なく発せられる。  
自分の右手が激しく揺す振られ、パンツ越しに感じる熱い秘唇からは、クチュクチュと湿った水音と共に、  
大量の蜜が分泌され、分厚い生地を浸透して直接手の平を湿らせる。  
目の前で繰り広げられている現実に、上条の脳内処理は完全にフリーズしていた。  
それでも幾許かの時が流れ、物語に終幕が訪れる。  
「ィイレヒュっ……ク、クリュぅ……アァッ……ンアァっ、……ぃィイ、イックウウゥゥっううう!!!」  
そう絶叫すると、太腿を絞り込み上条の手の平を陰部に減り込ませる様に強く押し付け、その右腕を支点に  
するかの様に背筋を弓なりに反らせる。  
まるで瘧にかかったかの様に全身をブルブルと震わせた後、フッとそれが緩む。  
『プシャァァァァァァァ――――――――ッ!!!』  
(うおッ、ナンだ何だ手が急に温ったかくなってんぞ!?)  
陰部に押し当てられていた時とは、明らかに違う温かさを手の平に感じ、上条の意識が覚醒する。  
それと同時に、鼻腔に微かな刺激臭が放つ特有の匂いが漂って来た。  
(あれ?……この匂いってあれだよな、アンモニア臭。それに、手を濡らす感じからして……)  
二つの要素から導き出される結論は、たった一つしか無かった。  
「おしっこ……」  
 
上条の右手をお漏らしで水没させた後、全身の力を失ったかの様にクタッと倒れ込む御坂妹(?)。  
慌てて自分に凭れ掛かせ、床との挨拶を回避させる事に成功するが、目を閉じグンニャリとした様子から気  
を失っている事が推測出来た。  
(こ、これはイワユル、気を失った少女を介抱する、って定番のシチュエーションの始まりですかー!?  
ならばお任せあれ、不肖このわたくし上条当麻の手に掛かれば、その様な些細な問題など、  
いとも簡単、お茶の子さいさいっと華麗に解決して見せましょう。  
……えーと、先ずは横に寝かせられる場所を確保してっと……)  
ヒヨコ頭をフリフリ動かして、適切な場所を確保すべくサーチする。  
しかし、壁……、壁……、壁……、視界に映る場所は壁しか無かった。  
(ぬオーッ!?そうだった、すっかり忘れてた、……ここってトイレの中じゃねーか!?)  
ようやく状況を理解するも、進退窮まってオロオロするしか対処法が見付からない。  
(落ち着け俺。ここは一つ一つ問題を解決して行けば、必ず幸せな明日が見え……、見え、見えんのか?  
えーっと、そうだそうだ、先ずは右手を何とかしよう……)  
第一歩として、未だ太腿に挟まれたままの右手を解放する事に従事する。  
(よっと――、あれ?結構ガッチリ決まってんなー、手も掴まれたまんまだし……、外れんのかコレ?  
こう手の平の角度を……、うおっ……、や……、ヤべー!?なな何だこの柔らかさは……)  
己の手の平を左右から包み込む太腿の柔らかさに加え、魅惑のデルタゾーンの頂点に位置している場所から  
感じられる柔肉特有のプニプニ感が、上条の理性を掻き乱す。  
左肩に凭れ掛けさせている体勢の為、若干見にくく為っているとは言え、己の右腕(翼)がスカートを捲り上  
げ、その奥へと吸い込まれる様に伸びている。まさに、大事な要素である視覚情報にも死角無し。  
更に、その体勢が相手に由ってもたらされたという事実が、上条の理性を追い詰める。  
(は、鼻血、出そう……)  
ここで上条の理性を保たたせてくれたのは唯一つ、手の平を包み込む温もり。  
彼女から溢れる程注がれた温もりが、一重に上条の理性を救ったのである。  
要するに、お漏らしがもたらした手が濡れていると言う事実せいで、そこに幾許かの気を取られていたに過  
ぎなかったって事なんだけどねぇー。  
(力いれて強引にすりゃー抜けそうだけど、肌とか傷付けちゃいそうだ。やっぱソフトに抜いてみるか……)  
そう結論付けると、早速行動を開始する。  
先ずは、手の平の位置を小刻みに動かして可動範囲の確認をする事にした。  
『プニプニ』、更に『プニュプニュ』、今度は『スリスリ』、もう一丁『ズリュズリュ』、  
最後に『ブルブル』、おまけに『クチュクチュ』、と一心不乱に動かして確認作業を行う上条。  
夢中になり過ぎて気付かなかったが、何時の間にか御坂妹(?)の体に少し力が戻っていた。  
遅れてその事に気付き肩の方に意識を向けた時、上条の手は偶然こんな動きをした。『クリクリ』。  
「アンッっ!」  
そう艶めかしい一声を発すると、『ビクン』と体を仰け反らせ上条の肩から離れる。  
(うわぁー!?また、さっきみたいなコトになんのか?)  
戦々恐々として硬直する上条だったが、どうも相手の様子が予想とは違う。  
先刻迄とは違い、離れた状態のままヒヨコ上条の顔を凝視しているのだ。  
(?)  
訳が分からないが、取り敢えず、こちらも様子伺いに相手を観察してみる事にした。  
 
暫くの間、上条の顔を見ていた目が、パチパチと何度も続け様に開閉運動をする。  
次に、キョロキョロと顔を左右に振りながら、首の柔軟運動を何度か繰り返し元の位置に戻る。  
そして、顔の前屈運動へと移行し、ゆっくりとその顔が下降して行く。  
その顔からの視線は、右肩、右腕、右腕を掴む自分の両腕、そしてスカートに隠れる二人の手の先へと。  
暫くの間、そこで動かなかった顔が、今度は逆の軌跡を辿り再び元の位置へと戻って行く。  
上条を見詰める顔。  
やがて、その表面に水滴が滲み出し、次に赤色が表出し瞬く間に全面を赤くコーティングする。  
最後には、『プルプルプル』と、小刻みな振動運動まで始めた。  
更におまけとして、音の出ない滑らかな動きで両手をわたわた振り、飛行運動の見本までも披露する。  
(うん、面白い子だ)  
ヒヨコの着ぐるみの中で上条は誓う、  
『何時か大空へ飛び立てるその日には……、共に太陽を目指し一緒に飛ぼう!』、とその胸に誓いながら、  
自分の為に献身的に翼の動かし方を教えてくれている少女に向かって……、ニッコリと微笑んだ。  
 
両手をわたわた振る少女は、恐らくパニックに陥って声も出せないのではないか、と推察し上条は尋ねた。  
「御坂妹、だよな……?」  
上条の問い掛けが耳に届いたのか、少女はピタッと動きを止めるとノロノロと腕を下ろし俯いてしまう。  
暫し沈黙していたが、クッと顔を上げると、上条に向かって小さな声で答えた。  
「……このミサカは何時もあなたにそう呼ばれているミサカです、とミサカは一〇〇三二号と検体番号を告  
 げつつ虚偽の申告であなたを誤魔化そうかと考えていました、と正直に告白します」  
「う……、い、いやー、正直者はエライと思うぞ。上条さんとしては……」  
再度俯いてしまっている御坂妹に対し、上条はイッパイイッパイの状態で返答する。  
やがて、上条の耳にか細い声が聞こえた。  
「……どうかミサカを嫌いにならないで下さい、とミサカはあなたに心情を吐露します」  
今にも消え入りそうな程弱々しい声に、上条は声も出ない。  
俯き微かに震えてさえいる御坂妹に対し、上条は―――――。  
『ポン。ナデナデナデ』  
「あ……」  
顔を上げ、驚きに目を見開く御坂妹。  
上条は左腕(翼)を伸ばし、手の平(翼の先端)を彼女の頭に乗せ、優しく優しく動かしていた。  
『ナデナデナデ』  
驚きが薄れたのか、御坂妹の見開かれていた瞳がゆっくりと閉じられ、やがて、くすぐったそうに首を竦め  
、まるで子犬の様にその手に身を委ねていた。  
 
(お、どうやら落ち着いてくれたみたいだな……)  
体の震えが治まり、頭を撫でている手に首を竦めている御坂妹を認め、上条は声を掛けた。  
「こ〜んなコトくらいで、誰かを嫌う上条さんじゃありませんの事よ」  
「……でもミサカはあなたに醜態を曝したばかりか粗相までしてしまいました、とミサカは羞恥に身を竦め  
 つつ赤裸々にあなたに事実を告げます」  
「ノープロブレム。上条さんの愛は、そ〜んなコトくらいじゃ全く揺るがない程、この世界を遍く照らす光  
 にも似た広大無辺さを誇っているんですのよ」  
「あ……」  
「だから、な、そのー、気にすんな」  
「…………………………」  
上条の言葉を聞き、呆然としている御坂妹。  
やがて、その言葉が心の内に浸透し、想いが伝わったのか彼女が口を開く。  
「それでは不公平です、とミサカは不満を露わに着ぐるみの胸倉を掴みながら答えます。  
 あなたの愛をミサカだけに向けて欲しい、とミサカは顔を着ぐるみに近付けながら切に語ってみます」  
「ハッ!?」  
「ミサカの愛を受け取って欲しい、とミサカはあなたの胸から手を離しつつ次のステップへと移行します」  
御坂妹はそう言うと、着ぐるみ上条の胸に『ギュッ』、と抱き付いて来た。  
突然の愛の告白に機能不全を起こした脳内で、上条は様々な対処法を検索する。  
(どどどどうすりゃ良い!?こんな時には……、こんな時の対応は……、ああーっ、経験ねーから分からん!  
冷静になれ俺。まず最初は、最初にすべきなのは、解決への第一歩は、んっ?第一歩……)  
「なぁー、御坂妹。そんなコトより、先ず最初にやる事あんだけど……」  
「ここは愛を囁く場面なのに、あなたは何を無粋な事を言っているのですか、とミサカはチッと舌打ちをし  
 つつ寛容な女であるとアピールするチャンスだ、とほくそ笑みながらあなたの言う事に耳を傾けます」  
「色々ツッコミ所満載の返答だが、右手を離して欲しいから力を緩めてくれ」  
「あなたの言っている意味は分かりかねますが、右手がどうしたのですか、とミサカはあなたの右手を視界  
 に収めようとしますが全く見えません」  
胸に顔を埋める様に抱き付いている為、見えないのは当然である。  
「このままでは見えないと結論付けます、とミサカ名残惜しそうに顔を埋めていたあなたの胸から離脱して  
 右手の調査を開始します」  
上条を抱擁していた腕を緩め上体を放す御坂妹。視線を右肩に移し、先程行った顔の前屈運動を開始した。  
そして、……停止している。先程と全く同じ場所で。  
しかし、今回は前回とは異なり顔が戻る事もなく、違う選択肢を実行したみたいだ。  
更なる調査の為、両手でスカートの前面の裾を掴み、大きく捲り上げて覗き込む御坂妹。  
当然、上条の視界にもその光景がバッチリと公開される。  
機能不全を起こした脳内で考えた事を、素直に口にする上条。  
 
「ふーん、今日は紐パンかぁー。  
 濡れて張り付いてるから良くみえるけど、陰毛薄くて上条さん的に好みのタイプだ。  
 そう言や、髪の毛より陰毛の方が色が濃いって言われてるけど、御坂妹の髪って茶色いよな。  
 黒く見えんのは濡れてるからか?普段、乾いてる時ってどうなんだ?」  
そう口にした瞬間、御坂妹の右ストレートがヒヨコの顔面に減り込み、上条の右手は解放された。  
 
「大丈夫ですか、とミサカは先程咄嗟に取った自分の行動に驚愕を露わにしつつポツンと佇むヒヨコに向か  
 って御機嫌伺いを行います」  
公衆トイレの建物の前で、御坂妹はそう上条に声を掛けた。  
トイレの個室で良い右ストレートを貰って頭がクラクラしていた上条は、そのまま女子トイレの外まで連れ  
出され放置されてしまったのだ。  
打たれ強い上条は直ぐにダメージから回復し、女子トイレの中に『おーい』と声を掛けたのだが、  
『外で待って居て下さい』との返答が返って来たので、しかたなく待つしかなかった。  
「ああ、こんくらいどーって事ないが、そっちこそ……、その、後始末とか、大丈夫か……?」  
「ミサカは内心の動揺を抑えつつ、一つ以外問題はありませんでした、とミサカは事実を正確に伝えます」  
「一つ以外って、それホントに大丈夫なのか?……っと、あれ?」  
「どうしたのですか、とミサカは何故不思議そうにこちらを見ているのかと戦々恐々とします」  
「い、いや、見た目ナンも変わってないなーって思って……、あんなに盛大にお漏らししてた割りに……」  
「なッ!?」  
その時、一陣の突風が吹き二人の周りを通り過ぎた。  
地面を滑るように進み吹き上がった風が、二人の周りの木々を揺らし葉擦れの音を鼓膜に伝え震わせる。  
御坂妹は風に掻き乱される髪を両手で押さえ、上条は着ぐるみ故に全くの無害でその光景を見詰めていた。  
風に舞いはためくスカート、大きく捲くれ上がり惜しげもなくその中身を曝す光景を……。  
慌ててスカートを押さえ付ける御坂妹。  
上条は瞼に焼きついた光景に心を奪われながら口を開いた。  
「ふむ。乾いた状態を見る限り、髪の毛よりも若干色が濃いようだな。  
 濡れてた時の色合いとは較ぶるべくも無いが、やはり通説は正しかった事が証明された訳だ」  
言い終わると同時に、御坂妹のハイキックがヒヨコの側頭部に叩き込まれ、上条は吹っ飛ばされた。  
スラリとした片脚を伸ばし綺麗に半円を描く御坂妹。  
宙を舞う上条の視界には、捲れ上がったスカートから覗く、何物にも覆われていない白く輝く綺麗に形が整  
ったお尻が、まるでスローモーションの映像を見るかの様に映っていた。  
 
地面との激烈な抱擁を交わした上条は、さすがにかなりのダメージを頂戴したらしく、中々起き上がれずに  
いた。上条の様子に、さすがに心配したのか御坂妹が慌てて駆け寄って来た。  
地面に肩膝を付いて、ヒヨコの頭に手を掛け助け起こそうとする御坂妹。  
上条の視界には、しゃがんで立て膝をしたその奥が丸見えになってしまっていた。  
柔毛が恥丘の上にちょこんと煙り、その下で息づく膨らみは肩膝を立てられた事に依り形を崩し、内に秘め  
られた薄桃色の媚肉を微かに覗かせている。  
男の本能を刺激する被写体を目にし、……上条は、……上条はァあああ――――――――――。  
 
「ピイィぃィヨョょォオオオぉぉオオオオオオぉぉオオオオオオオ――――――――――ッ!!!!」  
まるで朝日の到来を告げる親鶏の如く魂の雄叫びを公園に鳴き響かせる。  
「突然どうしたのですか、とミサカはあなたの精神に疑問を投げかけます」  
「大丈夫だピー」  
「まさか頭でも打ったのですか、とミサカは内心の動揺を隠し切れずブルブルと震えてみます」  
「打ってないピー」  
「それでは一体どうしたのですか、とミサカは疑問符を浮かべながら尋ねてみます」  
「見えてるピー」  
「何が見えているのですか、とミサカは問いかけます」  
「おまんこピー」  
「『おまんこ』とは何でしょう、とミサカはミサカネットワークに検索をかけながら疑問を呈します」  
「女の子の大事なトコロだピー」  
「言葉の意味は分かりかねますが、とミサカは……一〇〇三九号から返答がありました、とミサ……!?」  
御坂妹は途中で言葉を途切れさせると、地面から少し持ち上げていたヒヨコの顔を確認する。  
そして、顔にある瞳の位置と角度を計算し、どこに視線が向いているかを辿る。  
「!?」  
瞬間、ヒヨコの頭を地面に向かって突き飛ばし、『ズザ―――ッ!』と一気に後方へと5m程後ずさる。  
「ブごォッ!?」  
ヒヨコの頭を地面へと叩き付けられ悶絶する上条であったが、着ぐるみ故に大事には至らない。  
それより頭部への衝撃が幸いしたのか、動物(ヒヨコ)から人間(上条)へと意識をシフトさせてくれていた。  
人間上条として覚醒した勢いで立ち上がると、現在状況を把握するべく辺りを見回す。  
一通り見回し、記憶と照合すると近くのベンチへと向かい腰掛けた。  
 
「おーい、上条さんは気にしてないから、こっちおいでー御坂妹」  
御坂妹が羞恥心を覚えたみたいだ。  
上条は子供の成長を喜ぶ父親の心境にも似た感慨に耽りながら、ベンチに座る自分から少し距離を置いて、  
スカートの裾を手で押さえながら佇む少女に向かって手招きをした。  
トイレでの衝撃的な事件のエピローグとしては随分と暢気な感じだが、単に上条お得意の現実逃避が発動し  
ているだけで、未だ根本的には何も解決していなかったのだが……。  
 
オズオズとスカートの裾を手で押さえながら上条の側に近付く御坂妹。その顔は仄かに赤らんでいる。  
やはりその事に疑問を感じ上条は尋ねてみた。  
「なー、御坂妹。一体どうしちゃったんだ?パンツはおろか、裸見られても平気だっただろ?」  
「ミサカにも良く分かりませんが、あなたに見られると思うとこうなってしまうのです、とミサカは自分の  
 心理状態に疑問を投げかけます」  
「うーん、本人にも分からんコトじゃ益々俺にはわかんねーか。じゃあ、他にも聞いてみるけど良いか?」  
「はい、とミサカは素直に頷きながら質問を促します」  
「どうしてパンツ穿いてねーんだ?それと靴下や靴はどうした?」  
「そ、それは……、とミサカはまた同じ心理状態に陥りかけているのを無理やり抑え付け質問に答えます。  
 シンクで洗いましたが濡れていて気持ち悪いのでスカートのポケットに入れています、とミサカは羞恥に  
 頬を若干赤らめながら答えます。  
 靴下や靴は濡れていませんでした、とミサカは衝撃の事実をありのままに報告します」  
「へッ!?そんなコトあんのか?今だって、俺の右手は濡れてチョッと重いくらいだぜ」  
「その着ぐるみに秘密があるのでは、とミサカは自信なさげに疑問を投げ返します」  
(そういやコイツは普通の着ぐるみじゃ無かったな……)  
試しに右手を『パタパタ』と振ってみる。『?』。次にベンチへ『ペチペチ』と打ち付けてみる。『?』。  
今度は手の平で着ぐるみの生地を掴んで『ギュギュ〜ッ』と絞ってみる。『!?』。  
「なな何だこれ!?どうして水滴が、一滴すらでねーんだ?や、やっぱり、これもアレか?」  
上条は学園都市名物とも言える様々なサンプル品を思い出し、着ぐるみが原因であると結論付けた。  
「まったく、とんでもねーな学園都市は……」  
上条は思う、流石は用途不明の試作段階の素材だと……。  
市販の紙オムツなど比較にすらならない抜群の吸水性と浸透力を発揮し、御坂妹のお漏らしを難なく受け止  
め切ったのだ。その上、水分を一滴すら逃さない不可逆性に脅威の保水力。  
まさにゴアテックスの超強化バージョン、こんなのオムツか濾過にしか使えんだろと思わないでもないが。  
ただし、パンツは流石に濡れて駄目になってしまっていたので、今の御坂妹はノーパンなのであろう。  
それと、裏地には施されていなかった様で上条の右手は『ビチョビチョ』のままだった。  
 
(現状は分かった。今度は原因に付いて聞いてみるか……)  
「今日、最初に会った時からナンか変だったな、一体どうした?」  
「実はミサカは昨日から体調が優れなかったのです、とミサカは状況を説明します」  
「どっか具合が悪りーのか?ちゃんと医者に見て貰ったのか?」  
「月に一度定期的にあるモノなので医者に見て貰う程ではありません、とミサカは今回は酷く重いのですと 重ねて状況説明を行いあなたの心配を否定します」  
「なんだなんだ酷く重いって、重症ってコトか?」  
「やはりあなたにはハッキリ言わないと伝わらないのですね、とミサカは溜め息を付きつつ自分も赤ちゃん  
 が生める立派な女であるとアピールする為に生理です、と簡潔に答えます」  
「あ」  
「今回は少しおかしいのです、とミサカは前回までの状況と照らし合わせ比較検討を行います。  
 生理期間中は気に入ったモノが欲しくなるのです、とミサカはさりげなく自分の悪癖を白状します。  
 それを手に入れる若しくは触れるかなどすれば落ち着くのです、とミサカは対応方法を白日の下に晒し暗 にプレゼントの要求を突き付けつつ前回までの状況を解説します。  
 しかし今回は気に入ったモノが近くにあると力が抜けてしまうのです、とミサカは肉体的精神的にも安定  
 が損なわれた忌々しき状況であると分析します。  
 今日はたまたま生理用品が切れたので気分転換に買い物に出かけたのです、とミサカは決して無断で病院  
 を抜け出したのではないと外出の正当性を主張します。  
 けれども街中には誘惑がいっぱいです、とミサカは可愛いモノに近づけない自分を慰めながら外出は失敗  
 だったと正直に告白します。  
 ミサカは公園へと逃げ込みましたがそこでヒヨコと出会いました、とミサカはあなたに会うまでの経緯を  
 懇切丁寧に説明しました」  
「な、何と言う衝動買いの化身様的発言だそれは!家や飛行機が欲しくなっちまったらどうすんだ!」  
「まったく困ったものです、とミサカは視線を逸らしつつまるで他人事の様に答えます」  
「く、クのォー……、ま、まぁー良い。そこまでの事情は分かった。  
 でもあれだ、そのー……、その後、おかしくなっちまっただろ?アレはどうしたんだ?」  
「そ……、それは……、その、あ、あなた、が……、原因です、とミサカはあの時の状況を克明に思い出し  
 顔を真っ赤に染めつつシドロモドロになりながら答えます」  
「……俺、が原因って、俺あの時ナンかしたっけ?」  
「そう言うコトではなくて、ヒヨコの着ぐるみを着ていたのがあなただったからです、とミサカはヒヨコの  
 顔を見詰めながら相乗効果が原因だったと説明します」  
「?」  
「やはり懇切丁寧に説明しないと分からないのですね、とミサカはこの鈍感野郎と心の中で罵りながら落胆  
 の溜め息を吐きます」  
「ず、随分な言われようだな、俺って……」  
「あの時の心理状態を包み隠さず伝えます、とミサカは覚悟を決めながら最終通告の確認を取ります」  
「最終通告って、なな何言っちゃってんですか!?」  
「聞きなさい」  
「は、はい……」  
ベンチに座る上条の前に佇む御坂妹が、ユックリと瞼を閉じる。  
静かに時が流れる中、上条はその様子に只ならぬ覚悟を感じ、一言も聞き漏らすまいと居住まいを正す。  
「あの時ミサカは……」  
やがて瞼を開いた御坂妹が語り始めた……、とその時、二人の横合いから一つの声が放たれた。   
「……アンタこんなトコで何やってんのよ?」  
 
「ダあーッ!一体ナンなのよ今回の生理はッ!?」  
御坂美琴は人気の無い公園の遊歩道を歩きながらそう毒づいていた。  
(今迄こんなの無かったじゃない……)  
『ズンッ』と下腹部が異常に重い。  
そればかり『ジリジリ』とした熱を発しているかの様に体の芯を焦がしている。  
更に最悪なのは、今迄の対処法が全く効かない事ばかりか、危険を招き寄せた事だ。  
美琴の自宅の部屋の一角には、衝動買いした様々なモノを収めたダンボールがうず高く積まれている。  
可愛いモノを手に入れれば嬉しさで力が溢れ下腹部の重みを忘れられた。……前回までは。  
今回は違う。逆に力が抜けてしまう。そして、一度女子寮の部屋で白井黒子に襲われかけた。  
本気で貞操の危機を感じ、その事で力が復活しなんとか撃退できたのだが……。  
……電撃の出力を誤ったのか、黒子は体から煙を上げ『ピクピク』と痙攣して意識を失っていたが。  
女子寮の部屋にはお気に入りのモノ数点しか置いていなかったが、身の安全の為、泣く泣く封印を施した。  
街中では至る所に興味をそそるモノがある為、公園へと避難したのだがナンとも遣る瀬無い気分だ。  
人気の無い道を周りの木々達に目を遣りながら進んで行くと、遠めにも自分と瓜二つの容姿をした少女が、  
何か黄色く丸っこい物体と一緒に居るのが透かし見えた。  
(ナンなのよあの物体は……、チョッと気になるわね)  
近付いて行くと、どうやらベンチに置かれた着ぐるみらしい事が判明した。  
自分の妹達の一人が、着ぐるみに話し掛けている事から中に人が入っているのも分かった。  
(横からじゃ何のキャラクターか分かんないわね。あれって翼?『パタパタ』してて、とってもラブリ〜♪)  
何故この公園に来たのか?との目的も忘れ、一直線に翼に向かって行く。  
(あの娘と話してるって事は知り合いよね。チョッと声掛けて触らせて貰おっと♪)  
近くまで近付いた美琴は遊歩道から出ると、妹達の一人に声を掛けた。  
 
横合いからの声に振り向き、声を発した者が誰であるか確認した後、その人物に声を掛ける御坂妹。  
「お姉様」  
(ん?お姉様って事は御坂か……)  
少し遅れて横手に振り向く上条。  
「ねぇ、その着ぐるみの人アンタの知り合い?良かったらチョッと翼を触らして欲しいんだけど?」  
「本人の許可を取ってみない事には分かりかねますが、とミサカはこの人はお姉様も良く知っている人です  
 と認識を改めさせつつ質問に答えます」  
「え!?私も知ってるって、この着ぐるみ着てんのってどこの人な……」  
美琴が視線を向けた先の着ぐるみが自分の方に振り向いていた。つぶらな瞳が美琴の脳髄を虜にする。  
美琴は喋る事さえ出来ない程の脱力感に襲われた。  
 
突然喋っている途中で、いきなり黙り込んでしまった美琴を訝しみ御坂妹に尋ねる上条。  
「なぁー、御坂妹。おまえのお姉様はどうしちまったんだ?突然、電池切れみたいになっちまってるが?」  
「詳しいコトは分かりかねますが、とミサカはどうやらお姉様もミサカと同じ状態であると推測しつつ質問  
 に答えます」  
「同じ?」  
「はい、とミサカはミサカの生みの親でもある素直になれないお姉様が、素直になれる最大のチャンスでは  
 ないかと考えながらお姉様の様子から質問に確信を持って肯定します」  
「言ってる意味が分からんが?」  
「ミサカは好きな人が自分を振り向いてくれない苦しさを理解しています、とミサカはこのままでは何時か  
 別の女性の元へ行くのではとの懸念が消えませんとあなたの浮気性を恨みつつお姉様と共にタッグを組む  
 と言う新たな選択肢を選ぶ事にします」  
「うーん、してその心は?」  
「あなたを縛り付けるにはお姉様との二人が掛かりの方が確実です、とミサカは恥ずかしい思いをした仲間  
 が欲しいとの本音の一つをひた隠しにしつつお姉様に行動を促します」  
「ナンだか知らんが不穏な発言するな!……それと、サッパリ分からんが行動を促すってどうすんだ?」  
「こうやって……」  
そう一言告げると、御坂妹は美琴に向かって普段の音量とは違う大きな声を出した。  
『お姉様、この着ぐるみの中の人は、上条当麻さんです』  
 
声が聞こえた……、あの娘の声だ。  
体の力が根こそぎ奪われ、……下腹部の重みと熱さに支配されていた体に、人の名前が響く。  
その名前は鼓膜を震わせながら体の中に侵入すると、そのまま滑り落ちある一点に留まる。  
下腹部である子宮へと……。  
熱さが爆発する。  
それは重みを簡単に打ち消し、体の隅々にまで燃え広がって行く。  
熱い。熱さは普段とはまるで違う種類の力へと変換され、その力の凄まじさに体が脈動する。  
体に力が戻り意識が覚醒する。  
視界に映るヒヨコが子宮に留まる名前の持ち主へと変換される。  
このままでは抑え切れない、体を内部から爆砕する様な力に腕を廻して押さえ付けようとする。  
無駄な努力だと直ぐに知れた。  
この体を焼き焦がす力を抑える術は一つであると、子宮が教えてくれる。  
美琴は、震える体を抱き締めたまま、子宮が教える術を知る人物の名前を呟き、一歩踏み出す。  
 
上条は美琴が目の前で見せる姿にデジャビュを感じた。  
それはつい先刻見た、御坂妹が見せた反応。  
変化が生じた。  
美琴の体全体が薄く青白い光に包まれる。  
「流石はお姉様です、とミサカは驚愕を露わにしつつこのままではミサカも巻き込まれて被害を受ける可能  
 性があると戦々恐々とします」  
「お、おい、御坂妹。俺はどうすりゃ良いんだ?こんなの手に負えそうにないぞ!」  
「頑張って下さい、とミサカはミサカの先程の恥ずかしい記録を反芻しながら簡単な対処法はお姉様を絶頂  
 に導くコトだと答えつつあなたに熱いエールを送り戦線離脱します」  
上条に熱いエールを送り、木立ちの中へスタコラサッサーと消える御坂妹。  
上条はベンチから立ち上がり、美琴と正面から相対する。  
美琴が呟く。  
「当麻……」  
その声を聞いたヒヨコ上条の体が『ビクッ』と震える。  
視界に映る美琴が一歩、上条に向かって踏み出した光景を映した時、  
上条はその場で180度の高速ターンを決め、翼を『パタパタ』と振りながら、  
短い足をチョコマカと高速回転させながら逃走を開始した。  
背後に聞こえる美琴の『ちょッとー』と呼び掛ける声を華麗にスルーしつつ、鳴き叫んだ。  
「今日も、不幸だピぃィィイイイぃぃイイイイイイ―――――――――――ッ!!!!」  
 
 
 
(な、何とか無事に、一日勤め上げたな……)  
今日の出来事を反芻しながら、学生寮のエレベーターに揺られる上条。  
あの後、何とか美琴の追跡を振り切り、お店の中へと駆け込んだのだ。  
これまで体験した豊富な追いかけっこの賜物か、単に追跡者を振り切るだけでは無く、相手に自分の目的地  
を悟らせない完璧とも言える逃走劇を成し遂げていた。  
しかし、そんな努力をしたにも関わらず、お仕事はお店の外で行わなければならない。  
上条は始終ビクビクしながらも、道行く人々に愛嬌を振り撒くと言う苦行を強いられた。  
偶然、普段の美琴の行動範囲内に、商店街を含むこの辺りが含まれていなかったらしいのが幸いして、  
大きなトラブルも特に無く、終了時刻を迎える事が出来たのだ。  
肉体に加え精神もヘトヘトに疲弊した体を宥めながら、自分の部屋の階でエレベーターを降りるとフラフラ  
と歩き出したが、目的地は自分の部屋などではなく、お隣りさんである。  
寮に着いた時、外から明かりが点いているのを確認したので住人は在宅しているだろう。  
ドアの横のインターフォンのチャイムを押し反応を待っていると、ドア越しに『鍵は掛かってないぜー』、  
との声が聞こえて来た。入室の言質を確認したのでドアを開け中に入り込む。  
そして入って直ぐ目に飛び込んで来た光景に、上条は思わず住人に声を上げた。  
 
「……何やってんだ、オメェーは!?」  
「おーっ、カミやん。今日はお疲れさん。何って……、見て分かんねーか?  
 注文してた品がようやく届いたから、細部を色々チェックしてるんだにゃー」  
平然とそう答えると、全身が映る姿見に、体の前面に服を当てた自分の姿を映しこんで何やら体を動かして  
いる。袖を持って広げて見たりと色々調べているみたいだが、その服に付いて上条は聞いてみた。  
「なぁー、土御門。メイド服なんて、お前一杯持ってるじゃねーか。  
 見たとこマットーなデザインみたいだけど、今更そんなの手に入れてどーすんだ?」  
「甘いな、カミやん。一見普通に見えるが、これは幾通りにも変化させられる多機能メイド服だぜい。  
 一例を挙げれば、袖を外すとノースリーブメイド服に早や変わり、スカート丈もお好みの長さに調整可能  
 となっております。ミニスカメイド用には、オプションとして編み上げブーツも取り寄せてあるぜい」  
「そ、そっか……、でもなー、舞夏用にしちゃー、チョッとサイズがデカ過ぎだと思うんだが……?  
 !?まさか……、お前が着んのか?」  
「バカ言っちゃいけないにゃー、カミやん。土御門さんにレイヤー趣味なんて無いぜよ。  
 これは別人用に用意した品だ。舞夏には、当然別にちゃんと用意して大事に仕舞ってある」  
「そ、そっか……、じゃあそれ誰用だ?」  
「それは秘密だにゃー」  
「あ……、あれ?……ナンつーか、妙な寒気を感じ取ったんだが?  
 まー、いっか。それより何か食わしてくれ。昼飯食いっぱぐれて行き倒れ寸前だ」  
「カミやんも大変だにゃー、禁書の餌代にバイトまでやる羽目になってんだからなー」  
「餌代って、オマッ、インデックスをペットみたいに、……一応、必要悪の教会の同僚だろうが」  
「しかしだな、カミやん。  
 はっきり言うと、禁書目録は魔術と名の付くモノに関わった時、その知識を持って大いに力を発揮はする  
 が、その時以外の普段の禁書は、唯の大飯喰らいの暴食魔人に過ぎんぜ。  
 フーっ……、思い出すにゃー、イギリスに居た頃を……。しょっちゅう厨房に忍び込んでは食材を始め、  
 作り置きの料理やらを食べ尽くして、コックやメンバーを阿鼻叫喚の坩堝に叩き込んでた光景を……」  
「コらーッ!なに遠い目になって昔を懐かしんでんだ!こっちは現在進行形で被害に遭ってんだぞ!  
 あの暴食シスター、ナケナシの金で買った1週間分の食材をたった半日で食い尽くしやがって!  
 おまけに、『とうまが晩ご飯食べさせてくれないから小萌のとこ行くね』とか、ぬかしやがって!  
 オメェーは、それまでに1週間×2人分喰らってんだろーがッ!  
 こちとら週末バイトする羽目になっちまったんだぞ!」  
「まあまあ、落ち着きなって、カミやん。そこんとこ憐れに思った心優しきナイスガイの土御門さんが、  
 単発で高収入のバイトを斡旋してやったんだから、感謝ぐらいはして欲しいにゃー」  
「フー、フー、……ま、まぁー、その点だけは感謝する土御門」  
「それじゃあ、カミやん。明日は地下街でお仕事だぜい。指定の衣装はそこに準備してあるにゃー」  
そう言って、横手の壁の方に顎をしゃくる土御門。  
「ナニが衣装だ。どんなに気取ったって、要は唯の着ぐるみじゃねえか。  
 まっ、明日は違うヤツみたいだから、今日みたいな目には……」  
首を横に回し、その着ぐるみを確認した上条が、まるで魂が抜けたかの様な虚ろな声で呟いた。  
「嘘だろ……」  
壁に引っ掛けられた着ぐるみの大きな瞳が、上条を見詰める。  
上条当麻は知っている。その着ぐるみのモチーフとなったキャラクターの名前を……。  
呆けた表情で、着ぐるみの大きな瞳と見詰め合っていた上条であったが、  
我知らず、虚ろな声でそのキャラクターの名前を呟いていた。  
 
「ゲコ太……」  
 
まるで、その声に応えるかの様に、蛍光灯の光を受けた大きな瞳が『キラリ』と輝いた。  
 
 
 
 
    終わりだピー  
 
 

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