ぎいとドアが手も触れずに開く。  
暗い部屋の中でびくりとその音に反応して、目めをぱちぱちとしばたかせながら少女が起きる。  
「帰ってきてくれたの?」  
その体から血の臭いがしようが、白目を剥く尋常でない目つきをしていようが、口の中でくぐもった笑い声を響かせていようが、その少年だけが少女にとって、たったひとりの待ち人だった。  
「お早いお目覚めだな。イイ子でおねんねしてたかなア?」  
けれど、いつもとは違う。  
常ならば一方通行は殺しの臭いを落として帰ってくる。  
眠っている打ち止めを起こすようなこともしない。  
何より彼女に向けてこんな残忍な表情を向けはしない。  
きいきいと金属製の杖をきしませる不吉な音とともに、一方通行は打ち止めに近づく。  
「おかえりなさいとミサカはミサカは疲れたあなたを心からお迎えするんだけど、もう夜も遅いから何も用意してなくてちょっとあせってみ」  
どんっ、と少年の手が打ち止めの肩をベッドに押しつける。  
「え?」  
「さァ、始めようかア」  
一方通行の口元は笑みを象る。  
 
いらいらとどす黒い感情が、一方通行の体の中で昇華されないまま駆けめぐっていた。  
蒸し暑い夜に、そのまま眠ってしまった打ち止めのワンピースに手を掛ける。  
抉り取るような動きで手を引けば、びいっと糸を残しながら布地は簡単に裂けてしまう。  
剥き出しになった、まだほとんどふくらみのない胸に手を伸ばして無理矢理掴むように揉みしだくと、ひゃあと驚いたような声があがった。  
「五月蠅ェよ、それともそのちッちゃなお口をふさいでほしいのかァ?」  
少女の驚きを意に介さず、一方通行は乱暴な言葉とともに口づけた。  
それは触れ合わせると言ったなまやさしいものではなかった。  
歯がぶつかる勢いで噛み付くように唇を合わせる。  
舌を無理矢理ねじ込み、打ち止めのちぢこまった舌を引きずりだすように絡ませ、逃げ腰になる頭に手を回し追いかける。  
口内を擦り合わせて追い立て、咳き込む息をふさぐ。  
こぼれた唾液やままならない息が苦しそうでも、それでも頭を押さえつけて離さずにいると、打ち止めの体が細かく震え始めた。  
ようやく離してやれば、充血した唇はぽってりと紅く、開いた口の周りには唾液が濡れて光っている。  
「だらだらと濡らしちゃッて、そんなに待ちきれなイようなら…」  
ぜいぜいと息をつく打ち止めに言葉を返す余裕はない。  
気付けば何に興奮しているのか、一方通行自身の息も荒い。  
そのまま、残った端切れがまとわりつく下肢にに手を伸ばした。  
「これくらいしてやンなきゃなア?」  
 
邪魔な下着を取り払って、差しいれた指で単純に抜き差しを繰り返す。  
愛撫などではなく、単なる前準備の作業でしかないそれは当たり前だが気持ちよいはずがなく、打ち止めは戸惑いの表情を浮かべるしかない。  
行為自体は初めてではないが、馴らすも何もない仕打ちにまとわりつく感触はきつい。  
「ッたく、面倒かけさせやがッて」  
中に指を入れたまま、首元のスイッチをオンにする。  
「ひぁ?やあああっ、いっ、ふああああぁん、ぅあ」  
神経系から伝達されるとんでもない量の刺激に打ち止めの悲鳴が上がる。  
「あァ?そンなイイ声が出ンじゃねェか、出し惜しみしてねェでもっと鳴イとけよ」  
一方通行の能力にしてみれば数十秒ほど残っているバッテリーで、打ち止めの体に張り巡らされたあらゆる電気パルスをベクトル操作することなど造作もない。  
カチ、カチ、カチと小刻みにオン・オフを繰り返し、そのたびにびくりと打ち止めの体が跳ね上がる。  
中に入れたままの指に面白いくらい吸い付き締め付ける柔らかい肉の感触に、一方通行は揶揄混じりの感嘆を加える。  
「オレのほうが喰われちまイそうだなァ、ッて、聞こえてンのか?」  
普通に生きていれば知ることのない、肉体を介さない神経から直接の刺激が少女を責め苛む。  
快楽と言うよりすでに苦痛に近い感覚に身をよじる打ち止めの眼から、透明な液体が絞り出されて止まらない。  
まなじりに口付けた一方通行の唇が滴をきつく吸い取ったのと同時に、ひときわ高い声とはげしく震えたからだが、少女が限界を迎えたことを告げていた。  
 
「もウ、イっちまッたのかよ。ヒトの話はよく聞けッて習ったはずだよなア?」  
それでも終わるはずはなく。  
一方通行は肉食獣が舌なめずりでもするかのように唇を舐めた。  
ぐっと打ち止めの薄い肩を食む。  
そのまま歯を立てると、ほんの少し血の味が滲む。跡を舌でなぞりあげる。  
ようやく手に入れた獲物をいたぶる猟犬のように、執拗に獰猛に。  
まるで愛し方も際限も忘れてしまった犬のように何度も何度も。  
少女の口から漏れる呻きとも喘ぎともつかない声が、口に広がる鉄の味が、濃度の高いアルコールのようにぐらぐらと一方通行の体を巡り、さらなる衝動へと追い立てる。  
シーツに埋もれる少女に歯を立てながら、一方通行は初めて出会った時も少女は毛布しか身にまとっていなかったことを思い出す。  
何も持たない迷子だったくせに、少女は迷いから逃れられない一方通行を見つけてしまったのだ。  
学園都市最強の力を持ちながら何一つ手に入れられなかった彼に、少女はまばゆいほどの光を与えてしまったのだ。  
 
ほの白い体に浮かぶ気持ち悪いくらいの数の紅い痕が、下手なマーキングの痕跡が、少女を彩る。  
妙な興奮を誘うその体に向けて、ずっと吐き出したくてどうしようもなかった欲望を一方通行は少女へとねじ込んでいく。  
すっかり力の抜けてしまった体は、その狭さにもかかわらずあっけないほど簡単に一方通行を呑み込んだ。  
がつ、がつ、がつ、と罪人の掌に打ち込む釘のように、楔が打ち止めの体を穿っていく。  
振動で少女のからだが跳ねる。  
未だ幼く、受け止めることだけで精一杯のはずの打ち止めの身体は、きしんで悲鳴をあげているにちがいなかった。  
それでも彼女は、怯えの言葉も否定の言葉も吐かなかった。  
一方通行に向かい合った誰もが、そんな言葉しか投げつけなかったのに。  
だから一方通行は変えてしまいたかった。  
殺しても殺しても湧いてくるウジ虫どもを始末しなければならない徒労感も、  
自分どころか打ち止めの身も自由になれないことへの苛立ちも、  
いましがたの殺戮で興奮しきった体を荒れ狂う殺意も、  
溢れてやまない打ち止めへの欲情も、  
すべて、全部、彼と彼女の快楽に変えてしまいたかった。  
「ミっ、ミサカ、はっ…!」  
「まァだ足りねェよなァ、そんなムダ口叩くような余裕があるンならなァ!」  
一方通行は、打ち止めが彼へとのばした手をつかんて、ベッドに縫い止める。  
もう一方の手で打ち止めの腰を引き上げ、最奥までねじ込み、押しつける。  
変えた体勢の重みのせいで、さらにきつく食い込む中を擦りあげ放つ。  
「あ、ああ、あ、あっ…」  
同時に悲鳴のような途切れた声があがり、打ち止めの体がふるふると震えて達していた。  
くったりと力の抜けた体を抱きしめれば、湿った肌はあわ立ち、驚くほど軽かった。  
ひどい開放感と余韻に頭が眩む。  
けれど白い奔流に身を委ねながら、一方通行は恐ろしいことに気付いた。  
まだまだ全然足りなかったのだ。  
 
一度引き抜き、ベッドへと打ち止めを下ろしてやる。  
死んでも守りたかった少女が、うち捨てられた人形のようにぼうっと焦点の合わない瞳で一方通行を見つめていた。  
起きる気力も残っていない打ち止めの体は一方通行の欲望を吸って、ほんのりと色づいている。  
たとえまだ成長途中の未熟な手足であっても、ほとんど女性らしい曲線がみられなくても、その姿態は一方通行にとって触れずにはいられないほど蠱惑的だった。  
白い髪にこびりついていた血の臭いが、汗で溶けだして鼻先に漂う。  
暴力的なその臭いは閉め切った部屋で、打ち止めの気配と混じり合って、一方通行はどんどん楽しくなってくる。  
「ははッ、ヒャはははははッ、まさかこれで終わりだとでも思ってンのか?」  
体の中で脈打つ鼓動がさらなる刺激を求めて鳴り狂う。きしむ心に体が疼く。  
喉が渇いてたまらない。  
「さァて、続きをはじめようかァ?」  
 
※  
 
そんな真夜中を抜け出した一方通行の眠りは、それでも穏やかだった。  
傍らの気配のかすかな身じろぎに目を開けてみれば、昨夜の惨状がむき出しに思い出せる。  
肩や首筋や腕に残る噛み跡と吸い跡が紅く体中に浮き出し、痛々しいことこの上ない。  
彼女が決して受けるべきでなかった暴力も陵辱も身に受けて、それでも彼の隣に眠っていることを、一方通行は愚かなことだと分かっているのに感謝せずにはいられなかった。  
ミサカネットワークとのリンクを切断することで、いつでも打ち止めは一方通行を止めることができたはずなのに、彼女は最後までそうしなかった。  
「ガキのくせに強がってンじゃねェよ…」  
呟いた独り言はまるで自分のことのようで、一方通行の口から乾いた笑いが漏れた。  
それが聞こえたのか、うっすらと打ち止めの瞼が開く。  
いまさら過ぎても、大丈夫か、と声をかけようとしたのだと思う。  
けれど打ち止めのほうが一拍早かった。  
「もう大丈夫だよとミサカはミサカはあなたを抱きしめてみたり」  
きゅっ、と小さな腕が一方通行の背中にまわる。  
不意打ちだった。  
それは帰ってきてからずっと、一方通行が求めていたものだった。  
あんなに身勝手に振る舞ったあげくに少女を傷つけた一方通行がそれでもなお、行為の間中何よりも求めていたものだった。  
信じてもいない何かに祈るような、願うような気持ちで、一方通行は目をつむる。  
己の体に吹きすさぶ熱さに、戸惑いながら決して手を伸ばすことを止まなかったぬくもりを感じ取るために。  
この細くて華奢な腕だけが、この世の何よりも確かに一方通行を繋ぎ止めるのだ。  
ぎゅうっと抱きついたままで、何が嬉しいのか楽しそうに打ち止めが囁く。  
「寂しがりやさんのあなたのサインはときどきびっくりするけど、ミサカはミサカはそんなわかりやすいところもきらいじゃないよって告白してみる」  
「ムカつくことぬかしてンじゃねェよ、クソガキが」  
「何なら今からだってとミサカはミサカは若さにまかせつつちょっと大胆に言ってみたり」  
「…バカじゃねェの」  
好き放題に甘やかしてくれたおかえしに、一方通行はせめてぐしゃぐしゃと打ち止めの髪をかき混ぜてやる。  
くすくすと嬉しそうにひっついたまま、打ち止めが囁いた。  
「だけどいつもはすごく優しく抱いてくれてるんだなってミサカはミサカはあらためてあなたの深い愛情に頬を染めて」  
「言うなアアアアアアアっ!」  
 
 

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