「『学習中の身ですから多少はね』って前に言ってたけどさ、  
 お嬢様なら家に専属のコックがいて料理は全部その人任せなんじゃないのか?  
 習う必要あんのかよ」  
 夕飯作ってくれるのは感謝するけど。  
 上条当麻は作業を続けながら付け加えた。  
 キッチンからは『いいからさっさと片付けなさいよ』という声が返ってくる。  
 学生寮の一室。部屋の主である上条は小さなテーブルの上の教科書やノート、  
 プリント用紙を片付けていた。  
 鞄に筆記用具と明日の授業で使う教科書と提出するノートを入れていく。  
 課題を終えたのはいいが、提出できなければ意味がない。  
 だから課題が終わったらすぐに鞄に入れて、明日の用意もしておくように“言い付け”られている。  
 おかげで課題の提出忘れをする回数は大幅に減っているしている。(0ではない)  
 しかも、その課題についても“家庭教師”から基礎的な部分について解説してもらい、  
 細かいアドバイスまでしてもらっている。  
 上条の成績は徐々に良くなっている。  
 試験は赤点確実から赤点すれすれか、4割以上取れるようになってきている。  
 “家庭教師”曰く『頭が悪いわけじゃないんだから』とのこと。  
 片付けと用意が終わるなり、キッチンから何かが飛んでくる。  
 タイミングを見計らったかのように投げ込まれたそれを、上条は右手で受け止める。  
 ひんやりとした湿った布が書き疲れた右手に気持ち良かった。  
 手の中には綺麗に折り畳まれた濡れ布巾がある。  
「先にテーブル拭いちゃってー。こっちはもうすぐできるから。  
 消しゴムのカスは床に落とさないでゴミ箱にちゃんと捨てて、手も洗うのよ」  
 キッチンから“家庭教師”の声が届く。  
 上条は『はいはい』と軽く返事をして鞄から下敷きを取り出す。  
 テーブルの上で散乱している消しカスを手で?き集めると、テーブルの端に集めていく。  
 その先に下敷きを片手で持って寄せると、透明のプラ板の先端をテーブルの底面に付けて  
 消しカスをもう片方の手で落としていく。  
 受け皿にした下敷きの上に黒く変色したゴムが溜まっていく。  
 それをゴミ箱に流し込むように捨てる。  
 あとは濡れ布巾でテーブルを綺麗に拭いていく。  
 その約一分後。  
 自称“家庭教師”―頼んだのは上条だが―エプロンを外した制服姿の御坂美琴が料理を運んできた。  
 
 上条と美琴は向かい合って座ると『いただきます』と声を揃えて言うと箸を取った。  
 テーブルに並べられた料理は決して贅沢なものではなく、質素なものばかりだ。  
 お椀には白米と味噌汁、皿にはハンバーグとレタスなど一般的な家庭料理だ。  
「さっきの話だけど。常盤台の教育方針でそういう授業もやってるのと、  
 淑女としての嗜みだとか趣味で個人的に習ってる人もいるのよ。  
 中には好きな男に手料理作ってあげたいって人もいるわ。花嫁修業も兼ねてる場合もあるみたいね」  
 美琴は食べた物をちゃんと咀嚼して、飲み込んでから喋る。  
 上条は一緒に居るようになってから分かったことだが、箸の進め方に迷いはないし順番に食べる。  
 ちなみに上条は箸の持ち方からマナーまで美琴から指導中の身である。  
「じゃあ、お前の場合教えられたからできるってだけなのか。  
 趣味って感じには見えないしな。嗜みとか花嫁修業に近いのか」  
 うーん、と美琴は唸ってから、  
「まあ、そうね。……私には、自分がお嫁に行くっていうか、  
 誰かに自分が料理を作るような光景が想像できなかったんだけど……」  
「だけど?」  
「だけど、初めて誰かに料理を作ってあげて、その人が美味しいって言って、  
 嬉しそうに食べてくれたとき……私もすごく嬉しかった」  
 美琴の頬に、仄かに赤みがさす。視線が俯きぎみになる。  
 その様子を小さなテーブル一つ挟んで上条は見た。  
 一瞬だけ心臓が高鳴った。  
「そしたら、今度はもっと美味しいものを食べさせてあげたいって思った。  
 どんな料理を作ったら美味しいって言ってもらえるかな。  
 もし不味いって言われたらどうしよう。  
 悩んだり不安になったりするけど、でも美味しいって言ってもらいたい。  
 そう思うと頑張っちゃうの。それで、いつの間にか料理をするのが楽しくなってた。  
 料理ができて良かったって心の底から思えた」  
 思い出を語る美琴の表情は幸せそうだった。  
 嬉しくて、楽しくて。上条にはその笑みがとても綺麗に見えた。  
 こんな風にも笑うのか…と魅入っている。  
 
「ただ誰かに作るんじゃなくて、喜んでもらいたいって気持ちがあって、  
 一緒いるのが楽しくて、ずっと一緒にいたいから結婚とかしたいのかなって。  
 そう思うようになったの。一緒に居られるなら結婚しない人もいるらしいけど」  
 美琴が視線を上条に戻すと、ちょうど目が合った。  
 上条は慌てて『け、結婚のことはともかく』と動揺を隠しながら、  
「俺も料理作って嬉しくなる気持ちは分かるよ。  
 喜んでくれたり、幸せそうだったりすると、何でだろうな…  
 もう一回頑張りたくなるんだよな。  
 もう一回、嬉しそうに笑ってくれるなら、笑わせてあげたい。  
 いつも、笑っていて欲しいって」  
 上条の目は美琴を見ていない。顔を向かい合わせてお互いを見ているはずなのに、美琴にはそう見えた。  
 今はもういない、この部屋に住んでいたらしい少女のことを美琴は思う。  
 白い少女。  
 上条の中の白い少女は消えない。その記憶がどんなものなのか、きっと最後まで分からない。  
 それが美琴には少しだけ悔しくて、悲しくて、罪悪感があった。  
 美琴はあの白い少女にはなれない。なろうとも思わない。  
 だから――強くなりたい。美琴は、御坂美琴として上条当麻を信じられるようになりたい。  
「だから、その逆は絶対に見たくない。  
 その逆の思いをさせるようなものがあるなら、もし、そんな幻想があるなら俺は――」  
「『その幻想をぶち殺す』――でしょ?」  
「俺は、上条当麻だから」  
 自分の道を進む。絶対に後悔しないように。  
 
「俺は上条当麻だから」  
 この少年は進む。自分の道を自分の足で歩いていく。  
 美琴も、美琴の道を進む。この少年と同じ方向に進んでいる。  
 その道が交わることがある。  
 逆に離れるように分かれてしまうことがある。  
 一緒に居たい。傍に居たい。ずっと二人で居たい。  
 どんなに強く想っても、離れるときが必ず来る。  
 美琴は勉強を教えて欲しいと頼まれたとき、迷った。  
 いずれ遠くへ行ってしまう。  
 遠く離れた世界へ。  
 美琴一人を置き去りにするように。  
 この少年の道は美琴よりも遠いところへ繋がっているはずだから。  
   
 今、こうして一緒に居られるのはいつまでだろうか?  
 二人で他愛もない話をして、一緒にご飯を食べて、二人寄り添っていられるのはいつまでだろうか。  
 時間が許さないのではない。  
 二人の道は同じではない。  
 同じ方向に進んでいるはずなのに。どれだけ進めば道が交わるのか、どれだけ進むと分かれてしまうのか。  
 それが分からない。それが、とても怖い。  
 
 それでも。道が分かれてしまっても、想い続けたい。  
 二度と会えないわけではない。また必ず会える。  
 そのときは離れ離れだったのが嘘になるくらい一緒に居よう。  
 そのためにも、少しでも手助けになるのならと、美琴は英語や超能力関連の勉強も教えることにした。  
   
「…ところで、その初めて作ってやった相手って誰」  
(場合によっては一戦交えるかもしれないな)  
 上条は未知の敵の出現に危機感のようなものを感じていた。  
 それを知ってか知らずか、美琴は満面の笑みを浮かべて『気になる?』と聞き返した。  
(でも、こいつはきっと…そんな悪い幻想―ユメ―があるなら、全部壊してくれる)  
 
 

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