「ヤンデレとは、ある対象――多くは異性―に対する過剰な愛情のあまり精神的に病んでしまった状態を
さすのだよ」
「………それと今の俺の状態に何の関係が有るんだ?」
緑色の手術衣を着て逆さに赤い液体に浸かっている『人間』アレイスター・クロウリー。
その水槽の前で、両腕を背もたれに縛りつけられ椅子に座っている上条当麻。
いつものようにユニットバスの中で目覚めた彼を、軍用ジャケットとバイザーという如何にも特殊部隊な集団が拉致したのは三十分ほど前。
薬物を嗅がされ、気がついた時には既に拘束され、意識がはっきりすると同時に目の前の水槽に浮かぶ『人間』がよく分からない事を説明し始め、不審の目を向ける上条。
「……わからないのかね?」
「わかるわからないの前にどうしてこんなことになってるのか説明が欲しい」
「ふむ。今から三時間ほど前、ある現象が確認された」
「だから説明を……」
聞く気零のプランクトンもどきに脱力を覚える上条。
「単刀直入に言おう上条当麻。君がフラグを立てた女性に前述の症状が確認された」
「……は?」
目が点です。
「現在学園都市内で確認が取れるだけでも姫神秋沙、吹寄制理、御坂美琴にそのクローン体が複数……」
「……はい? ちょっとまて姫神に吹寄にビリビリに御坂妹がどうしたって?」
「精神的に病んだ状態にある。簡単に言うなら『ヤンデレ化した』ということだ。君の住居に向かっているのが確認されている。それぞれ結構な状態だそうだ。あと十分遅ければどうなっていたか……」
「……いや、だから……そうだ、インデックスは?」
目が点状態から引き戻って同居人の噛み付きシスターの安否を問う上条。
「……かなり危険な目付きでバスルームの扉に手を掛けていたところを無力化されている。
……君に使ったのと同じ物を用いて眠らせただけだ。もう起きているだろうからそんな怖い顔はよしたまえ」
「……それで、俺にどうしろって?」
一瞬険しくなった視線を緩め、上条が言う。
「逃げたまえ。今の所此処にいると気がついた発症者はいないが、時間の問題だろう」
「逃げろったって、何処に……イギリスとか?」
できるならばそうしたいと考え、打診したのだが――アレイスターが呟き、水槽にウィンドウが浮かび上がる。
「一時間前の映像だが、見るかね?……正直、お勧めはしないが」
「何のだよ……見せてくれ」
ふむ、と逆さ男が頷き、展開されていたウィンドウに光がともる。
そこに映し出されたのは――
『……映りけり? 映りけりね? 此方としては大歓迎なりけり……どの位で着くか連絡を求むるのy』
「……此処まで受信したところで危険と判断し通信を切断した。今のを見ただろう?」
「…………」
どう見ても危ない目つきで何処と無く暗い喜びに溢れたような最大主教の顔に呆然ですと
でも言いたげな上条。
ぽかんと開いた口が塞がらない。
「頭の彼女があんな状態にある以上、あちら側はほぼ全員発症したと見ていい。故に英国及び清教会勢力圏は却下……ヒースローから入った連絡によると、今日予定されていた便が幾つか貸し切られたそうだ……乗り込んでくる気と見ていいだろう」
「……はあ」
あまりにあんまりな事態に頭が追いつかない。
そうとでも言いたいような呆けた表情で呻く上条。
それを無視して言葉を続ける似非観賞魚。
「そうそう、余波か何かは知らないが、君以外が立てたフラグにも影響があったようだ」
此方は音声のみだ、という言葉とともに再びウィンドウが開く。
『待て、待てっていッてンだろクソガキィ!』
『今のあなたの言葉は全部却下されるとミサカはミサカは今一度言ってみたり』
『わかッたから待てエ! 今のてめェ目つきが何時も以上ニ逝ッちまッてンだヨ!』
『いいからいいから黙ってミサカの愛を受け止めてとミサカはミサカは拘束を強めつつネットワークに作用してみたり……』
『むむ、暴れられると困るのですよー』
『今の貴女は正気じゃない。今なら間に合うから考え直してくれ……ぐ、あっ……!』
『駄目なのですよー。今度こそは確りとステイルちゃんに先生の存在を刻み込んであげるのですよー』
「ふむ、こんなところかな? 聞こえているかね? 確りしたまえ」
「…………」
sound onlyと表示されたウィンドウから聞こえてきた聞き覚えのある音声に混乱の度合いを強める上条。
両腕が自由なら頭を抱えていたかもしれない。
「さて、どうするかね……どうやら此処を感づかれたようだ。時間はないぞ?」
後に彼は言った。不幸だ、と。