「お礼だけでも言わせてください!」  
 少女の一声が、彼をその場に縫い付ける。  
 杖が地面を叩いた音が小さく反響する。  
 白髪に白い服装。白尽くめ故に黒い首輪と赤い瞳の存在が鮮明に浮かぶ。  
 一方通行―アクセラレーター―と呼ばれる彼は、気だるそうに振り返った。  
 駆け足で近づいてくる中学生の少女が一人。  
 頭にいくつもの造花を取り付けた少女の名は初春飾利。  
 
 彼は知っている。  
 少女が風紀委員―ジャッジメント―であることを。  
 
 初春は知っている。  
 彼が超能力者―レベル5―の頂点に立つ怪物であることを。  
 
 
 それでも初春は引き下がらない。  
 ただ、お礼が言いたいと離れない。  
 そんな少女に、彼は自分の存在を示すしかない。  
 立ち止まって少女を見る。  
「俺はなァ、悪党なんだよォ。通りすがりの悪党が気に入らねェ奴を  
 ぶん殴っただけだろォが。それだけで悪党に感謝すンのかよォ」  
 赤い瞳が初春を射抜く。  
 初春にはそれが『怖い』とは感じられなかった。  
 恐れる理由がない。  
 それはきっと。『遠ざけたい』という心が込められたものだから。  
 だから初春は強い意志を持って、赤い瞳を真っ直ぐに見る。  
「悪党でも何でも同じです。あなたはあなたです。  
 私はあなたに助けられました。だから」  
「あァ?」  
「だから、ありがとうございました!」  
 素直に、感謝という気持ちを込めて深々と頭を下げる。  
 彼は眩しいものでも見るかのように目を細めた。  
 初春は顔を上げると無邪気に笑った。  
 花のような笑顔だった。  
「次から次へとよォ。物好きな連中ばっかァ寄って来やがる」  
 呆れたように肩をすくめると、彼は杖をついて歩き出す。  
 
 
「どうしたの初春のお姉ちゃんってミサカはミサカはスカートを引っ張ってみたり」  
 空色のキャミソールを着た少女の声に初春の意識が引き戻される。  
 初春は数日前の出来事を何度も思い出してしまう。  
 何度も思い返す。  
「な、なんでもないです。えっと、アホ毛ちゃんはどうしたんですか?」  
 また迷子の人を捜しているのかな、と考えて初春は思う。  
 あの白い少年はこうも言っていた。  
『迷子みたいなもンかもなァ。何時頃からだったかなんざ、覚えちゃいねェけどよォ』  
 白い少年のことは、同僚の白井黒子には報告していない。  
 自分しか知らない秘密。  
 その小さな秘密の共有に、初春は心が暖かくなるのを感じた。  
「……あの人の匂いがするかもってミサカはミサカは匂いに敏感になったり」  
 打ち止め―ラストオーダー―と呼ばれる少女が小鼻をくんくんさせる。  
 突然、初春の袖を掴むと匂いを嗅ぎ始める。  
「に…匂い!?」  
 秘密の共有に早くも危機が迫る。  
 
 

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