大覇星祭から数日経ったある日、上条とインデックスは、小萌からお礼を兼ねた自宅での食事に誘われた。  
「姫神ちゃんが助かったのは、上条ちゃん達とシスターちゃんのお陰なのです。  
 先生、奮発して1ランク上の『豪華絢爛焼肉セットDX』を買っちゃいましたー。  
 半端な量じゃありませんから、今日は遠慮なんかしないで一杯食べて下さいねー」  
との、ありがたい御言葉を小萌から賜り、小躍りしながら有頂天になる二人。  
いざ、小萌のおんぼろアパートに出陣し、焼肉を御馳走になっていたのだが―――。  
――二人はお互いを牽制し競い合いながら、焼けた肉の所有権を争っているが、勝負にすらならない。  
上条が一つの肉を咀嚼し嚥下する間に、鉄板上の他の肉は全てインデックスの胃袋へと収まってしまう。  
「おい、インデックス。少しは俺に対する、労わりと友愛の精神を発露させようとは思わんのか?」  
コメカミに青筋を浮かべ抗議する上条に対し、小バカにする様な蔑みの視線を向けるインデックス。  
「フッ、フーンだ。  
 世の中は弱肉強食が真理なんだよ。博愛なんて所詮はまやかしに過ぎないんだから。  
 悔しかったらそのお箸に己の魂を込めて挑むんだね。とうまのは一寸の虫にも劣るだろう、け・ど・ね」  
「お、オマっ!?言って良い事と悪い事の区別もつかんのか!?曲りなりにも本職のシスターだろうが!」  
「焼肉の前では、そんな些事はどうだっていいんだよ」  
「く、クノー……!食欲の前では信仰心すらハリボテにチェンジしやがりますか、この似非シスターは!」  
今にも血管を破裂させそうな程、青筋を肥大させる上条に対し、余裕の表情でグー握りの箸をちらつかせ、  
挑発を繰り返すインデックス。  
「まあまあ、二人ともー。まだまだお肉はありますから、喧嘩しちゃ駄目ですよー」  
小萌は、このままでは掴み合いにまで発展しそうだと判断し、ヒートアップしている二人の仲裁に入る。  
そして、予てから気になっていた事をインデックスに進言してみた。  
「シスターちゃん、お箸の持ち方ちゃんと覚えませんかー?」  
ええー、と以外な事を言われたと言わんばかりに、少し戸惑った視線を小萌に移すと小首を傾げながら、  
「でも、これで全然問題ないんだよ。ちゃんとゴハン食べれてるし」  
全くやる気ゼロの答えを面倒臭そうに返すインデックス。  
「オメェーは、食うってコト意外はこれっぽっちも眼中にねーのか!  
 先生、こやつにテーブルマナーのイロハを一から徹底的に叩き込んじゃって下さい!」  
プーッ、と膨れっ面をして、無言で不服の態度表明をするインデックス。  
コメカミの青筋をピクピクと引く付かせ、上条は嫌味ったらしい口調で言ってやる。  
「ハッ、テーブルマナーの一つも覚えられねーで、なーにが完全記憶能力だ。この魔術オタクが」  
ムキーッ、と目を三角にして、スクランブル体勢を取ろうとするインデックス。  
「まあまあまあ、二人ともー。ゴハンはいがみ合って食べても美味しくないですよー。  
 シスターちゃん、お箸の持ち方は今度にでも教えますから、楽しく食べましょうねー」  
残念です、と溜め息を吐きながらションボリとしている小萌を見て、罪悪感を感じ目を逸らす上条。  
インデックスも浮かしかけた腰を下ろし、取り敢えず大人しくするみたいだった。  
「フー、確かに罵り合って食ってもシャーネーな。インデックス、ここは一時休戦協定を結ぼう。  
 しっかし、先生も教えるの好きですねー。教師だから、その習性が染み付いてんですか?」  
「習性……って、上条ちゃん、ちょっと失礼ですよその言い方はー。  
 先生は自分の出来る範囲で、その子の為になると思った事を唯やっているだけなのです。  
 今は役に立たなくても、将来何らかの役に立ってくれるかもしれませんからねー。  
 シスターちゃんがやったコトを覚えていたから、姫神ちゃんも助かったんですし」  
「ふーん、何が役に立つか分かんねーんだな。  
 そう言や、姫神の治療の時、先生が教えてステイルが魔術を使ったんだったな。  
 あの時は切羽詰ってて聞けなかったけど、先生は何時インデックスに魔術なんか教えて貰ったんだ?」  
「ふぇっ!?何時って、上条ちゃんが血塗れのシスターちゃんをここに連れて来た時ですよー」  
「え!?俺がここにって……、血塗れって……、どうしてそんな事に……」  
「どうしましたー上条ちゃん?」  
「……ああ、いやいや何でもない。そっかあん時かー、その節はお世話になりました小萌先生」  
「いいですよーお礼なんて、こうして二人も助けられたんですから、先生は大満足なのです」  
何の気負いもなくそう言ってのける小萌に、上条は眩しげに目を細める。  
 
その時だった、二人のやりとりを黙って聞いていたインデックスが、無言で席を立ったのは……。  
「……お、おい、どうしたインデックス!?」  
上条は、食事の最中に席を立った彼女に対し、驚きに目を丸くしながら声を掛けた。  
「肉とかの食いモン、まだ食い尽くしてねえじゃねーか。一体どこ行くつもりだ?」  
声を掛けられたインデックスは、襖に手を掛けながら首を巡らし幾分機嫌悪そうに返答する。  
「……とうま、レディーに向かって、そう言うデリカシーのない質問は如何なものかと思うんだよ」  
「?………、おっ、おおーっ!そっかそっか便所か!  
 飯食ってるのに急に席を立つもんだから、てっきり天変地異の前触れかナンかだと勘違いしちまった。  
 なーんだ、単に上から下への直通便だっただけかー。あー、良かった良かった」  
「!?」  
フーっと胸を撫で下ろす上条。当然、自分の犯した失言には全く気付いていない。  
インデックスは大きく目を見開いた後、スッ目を細め目尻を吊り上げる。  
まるでそれに連動するかの様に唇の端が吊り上り、間から鋭い犬歯が顔を覗かせギラリと鈍い光沢を放つ。  
恒例の噛み付き攻撃の発動かと思われたが、それは第三者の手によって回避された。  
「上条ちゃんは、ホントに困ったちゃんですねー。  
 シスターちゃんの尊厳をあまり蔑ろにしてる様だと、来週の補修授業は免除して上げますってお話は、  
 やっぱり無かった事にしちゃいますよー。来週の放課後は楽しみですねー、上条ちゃん?」  
「ブっ!?ちょ、先生、そんな御無体な。すいませんゴメンなさい許して下さい。  
 何が悪かったか分かりませんが、上条さんが全面的に悪う御座いました。どうか補修は勘弁して下さい」  
あぐらから土下座モードへと瞬時に移行して、畳に額を擦り付ける上条。  
教科書に見本として載せても良いと思える程、一部の隙も無い完璧な所作を披露する上条を満足げに眺め、  
小萌はウンウンと頷きながら声を掛ける。  
「先生は、おバカさんでも素直な子は大好きなのです。  
 素晴らしい日本の伝統芸能『DOGEZA』も見れた事ですし、補修は勘弁して上げます」  
「ははぁー、小萌奉行様の寛大なる御処置、真に感謝致しまするぅー」  
平伏しながら謝辞を述べる上条に、小萌から更に温かい言葉が掛けられる。  
「上条ちゃん、何時までも畳にへばり付いてると、焼けたお肉が消し炭になっちゃいますよー。  
 せっかく上条ちゃん達の為に買ったんですから、ちゃんと食べて上げないとお肉が可哀想です。  
 シスターちゃんも早く戻って来て、一緒に沢山食べましょう。  
 神父さんも呼ぶつもりでしたから、先生一杯買い過ぎてしまったのです。  
 ちゃんとお礼がしたかったのに、イギリスに帰国してしまっただなんて残念で仕方がないですねー」  
後半、幾分気落ちした声で告げる小萌に、インデックスは慰める様に軽く微笑みながら返答した。  
「……うん。ありがとう、小萌」  
インデックスが部屋から出て行った後、小萌が首を傾げながら上条に言った。  
「シスターちゃん急に元気が無くなっちゃいましたけど、どうしちゃったんでしょうかねー?」  
「ん、そっスか?別に普段と変わり無いと思うし、さっき迄バクバク食ってたから問題ないと思うけどな。  
 そんな事よりインデックスの奴、よくも肉を独り占めしやがって……、今の内に食いまくってやる。  
 先生先生。さあー、どんどん肉乗せちゃって下さい」  
「はぁー、聞いた先生が間違ってました。  
 上条ちゃんに女の子の機微を理解しろって、河馬に逆立ちさせるみたいなモノでしたねー」  
「……先生、今日は何気に酷い事言ってません?上条さん傷付いて泣いちゃいますよ?」  
「上条ちゃんは強い子だから、このくらいは大丈夫なのです。先生が品質保障して上げるのです。  
 そんな事より『豪華絢爛焼肉セットDX』、どんどん行きますよー!」  
「むっ、言いたい事は色々あれど、ここはうっちゃって……、おっしゃー!限界まで詰め込んじゃる!」  
食の主人公を抜きにしての、二人だけの大食い選手権が開催された。  
 
板張りの廊下に出たインデックスは、襖をきちんと閉めた。  
部屋の中から聞こえる賑やかな喧騒は、薄い襖や壁では完全に遮る事は出来ないが随分と小さくなる。  
明かりが少し弱いのか薄暗い廊下を歩き出すと、距離が離れるに連れ聞こえる声が更に小さくなる。  
此処からでは、余程大きな声を出さない限り部屋の中の二人には声が届かないだろう。  
そう意識した途端、全身から力が失われて行き、僅かに開いた唇から掠れた声を押し出す。  
「……と…ぅま……」  
力が抜け足の踏ん張りが利かない……、体重を支えていられず崩れ落ちる様に両膝を着いてしまう。  
グニャリ、と視界に映る光景がぼやけ、波打つ様に引き歪められる。  
トッ、片手を廊下の床へ、追う様にもう片方も、上半身を支える為に後に続いた。  
「……とうま……」  
小さく、もう一度名前を呟く。  
インデックスの顔は床に向かって俯き、フードから零れ落ち床にまで垂れ下がった銀髪に覆われてしまい、  
その表情を伺い知る事が出来ない。  
「……くっ、……ううっ、………」  
耐え切れずに思わず漏れてしまった、そんな苦しそうな声が、見えない顔の辺りから漏れ聞こえた。  
「……ぐすっ、……とう…まぁ、……ぅうっ、……ご、ごめん…ね」  
次に漏れた言葉、それは謝罪の言葉。微かに体を震わせながらも告げる上条への赦しを請う言葉だった。  
「ごめんね……、とうま……、ごめんね……」  
床に向かって何度も呟き続ける彼女から、ポトッ、ポトッと水滴が何滴も零れ落ち、床を濡らして行く。  
彼女の表情は見えない。唯、廊下の床だけが、彼女の隠された表情を見ていた。  
 
どれ程そうしていただろう、嗚咽を漏らし謝罪の言葉を繰り返していたインデックスが顔を上げた。  
その顔はクシャクシャに歪み、大きな緑眼は涙の雫を湛え、溢れた涙は幾筋もの跡を頬に刻み付けつつ、  
今もその跡を伝いながら顎先から床へと滴っている。  
「……ぐすっ……」  
右手を上げ目元を擦りながら、インデックスは上条の事を想う。  
(……やっぱり、とうまは……、覚えてなかったんだね……)  
溢れてくる涙を止めようと、何度も両の目元を擦る。  
(ぐしゅ……、分かってたのに……、本当は気付いてたのに……)  
押し込めていた、……少年の側があまりに心地良かったから。  
見て見ぬ振りをしていた、……心地良い場所を壊したく無かったから。  
黙ったまま忘れようとしていた、……何時までもこの場所に居たかったから。  
(わ、私……、うっく……、逃げて……たんだ……)  
不安と違和感……。最初からそれらを感じていた。  
少年が、本当は思い出を忘れてしまっているのではないかと言う不安。  
ずっと側で少年を見続けていれば、違和感に気付いてしまう。  
ふとした日常で、時折、少年が垣間見せる表情。  
知ってるのに良く知らない、矛盾した戸惑いに躊躇い。  
普通の人なら気付かないかもしれない。でも、私は気付いてしまう。  
何時も少年を見ているから、その表情や顔を、仕草を始とした全身を、そしてその後姿を。  
何より、その事に気付いてしまうのは、自分自身にも同じ経験があったから、……一年以上前の辛い経験。  
……孤独、当惑、焦燥、恐怖、そんな感情が入り混じった辛い経験をしていたから。  
(ふえっ……、怖かった……ううっ……、と…とうま、に、……忘れ…られるの……)  
見ず知らずの自分を助けてくれた。命懸けで守ってくれた。  
そして、魔術とは対極にあるこの科学の街で、自分に居場所を与えてくれた。  
それらを失うのが、少年に忘れられるのが、堪らなく怖かった。  
(甘えてた、ずっと――)  
――少年は何も言わない。一言も自分を責める言葉は口にしない。  
怖くて、自分を守りたくて、目を逸らして考えないようにしていた。  
でも、今日はっきりと分かってしまった。  
少年が記憶を失っている事を―――、そして、もう一つの事を―――、  
(……守って、くれてたんだ……)  
ずっと……、記憶を失ってからもずっと、そして、今も少年に守られている。  
少年が私を助ける為に支払った代償は、あまりにも大きかった。  
それでも、何も言わずにずっと私を守ってくれている。  
記憶を、大事な思い出を失いながら、少年は誰にもそれを知られない様に嘘を突き通している。  
誰よりも不幸な目に遭う少年は、誰かが自分の為に不幸な目に遭う事から守り通している。  
自己満足、自己犠牲、ううん、そんなありきたりなモノじゃない。  
誰かが不幸な目に遭わない様に、誰もが笑っていられる様に、ただ自分に出来る事を――。  
打算も見返りも無く、ただ前に進む事で守り通すのが、上条当麻という少年の強さ。  
それは、あまりに悲しく、あまりに眩しい強さだった。  
 
インデックスは、涙を止めようと何度も何度も目元を擦りながら、小さな声で呟く。  
「今まで…ごめんね……、ぐすっ……、ありがとう……」  
自分の為に大事な思い出を失った事への謝罪と、今も守ってくれている事への感謝の気持ちを込めて――。  
少年の悲しくも眩しい程の強さを持った優しい心を想い、………涙が止まらない。  
 
涙が止め処なく零れ落ちる瞳を閉じて、インデックスはそっと胸の内に上条を想う。  
少年が失くした思い出を、今は無い自分との思い出を――――。  
あの日、行き場のない異邦人の自分に差し伸べられた優しい救いの手と言葉を――――。  
私はここに居て良いのだろうか、思い出を奪ってしまった咎人の私が。  
縋り付いてても良いのだろうか、今も救いの手差し伸べてくれる優しい少年に。  
何時しかインデックスは、両の手の平を胸の前で組み、祈りを捧げる姿勢になっていた。  
それは主に対するものではなく、自分への問い掛け、そして少年に対する祈りにも似ていた。  
教会の清浄さも壮麗さも無い、唯のおんぼろアパートの廊下で行われる、独りだけの礼拝。  
インデックスは、真摯に自らに祈る様に問い掛ける。  
(私はどうしたいの……)  
側に居たい。真っ先に浮かんだ言葉。否、それしか浮かばなかった言葉。  
右も左も分からない、檻にも似た孤独な地下の迷宮を彷徨っていた私に、  
誰も巻き込まない様に、拒絶と言う名の壁を心に築いていた私に、  
あの少年は壁を壊し、迷宮から拾い上げてくれた。  
私の心が辿り着いた、たった一つの居場所。  
側に居たい。それが私の唯一つの望み。  
(私はどうすれば良いの……)  
謝りたい。だけど、少年は謝罪の言葉など望んではいない。逆に、その行為は、優しい心を踏み躙るだけ。  
それだけは決して出来ない。優しい嘘を吐き続ける少年に対する背信など考えられない。  
私を守ってくれる少年が傷付かない様に、私も守りたい。  
優しい嘘を壊さない様に、綻びが出ない様に、私も守りたい。  
私に出来る事、それは少年と同じコトをする事だけ。  
少年を守る為に、私も同じ様に嘘を吐き続ける事だけ。  
それが私に出来る、……唯一つの現実だった。  
 
インデックスの組み合わさった両の手に力が入り、受け止め切れなかった力が、手をぶるぶると震わせる。  
(私は、とうまに何もして上げられないの……)  
嘘を吐く事、それ意外に上条に対して現実に出来る事など何も無いのだ、と自分の無力さを思い知らされ、  
インデックスはわななく唇を噛み締める。  
魔道図書館と呼ばれ、十万三〇〇〇冊もの魔術の叡智を所有する身でありながら、何もして上げられない。  
何も……、上条の記憶の断片を、思い出のフラグメントを掬い上げる事すら出来ない。  
(……とうま……)  
病室で見た透明な少年を思い出す。  
そして、上手く笑う事すら出来なかった自分を思い出す。  
この時から、少年は優しい嘘を吐き偽りの色彩の衣をその身に纏い、上条当麻になった。  
誰かすら分からなかった自分を守ってくれる為に。  
(とうま……)  
あの時、透明な少年に向かって聞いた言葉を思い出す。  
よく分からないまま素直に感じた自分の気持ちを載せた言葉。  
少年が透明になる前に感じた自分の気持ち。  
(私は……)  
既に少年からは消えてしまった思い出にある、自分だけが今も持っている嘘偽りない自分の気持ち。  
でも、現実から逃げていた私は、その気持ちからも逃げていた。  
時折、頭をもたげて来るそれを無意識に押さえ込んでいた。  
でも、現実を受け入れて、思い出の中に沈めていた気持ちを掬い上げてみると、それは色褪せもせずに、  
私の心の中を鮮やかな色彩で彩ってくれる。  
そして、これ迄の時間の中で培った思い出と合わさり、私の心の中を暖かな色彩で満たしてくれる。  
何よりも大切な私の気持ちで……。  
(とうまは、私をどう想ってるの……)  
聞いてみたい。  
現実を受け入れた事で心の中を大きく占めてしまった気持ちが、そう私に囁く。  
しかし現実は、それが許されない事であると、私に悟らさせる。  
聞きたい、聞けない、相反する感情に今も掠める怖さが勇気を殺ぎ、私を躊躇わさせる。  
(伝えたい、私の気持ちを……)  
それでも、今は伝える事が出来ない気持ちを、心の中で溢れている少年に対する気持ちを、心の中で紡ぐ。  
聖書や魔道書の言葉ではない、自分自身の心の言葉で……、ありったけの言葉で紡ぐ。  
今も心に残る思い出から、不確定な未来へと続く、これから新に紡ぐ思い出へとの祈りを籠めて―――。  
私は、ありったけの言葉で紡いだ。  
 
インデックスは、紡ぎ上がった言葉をそっと口の端に乗せ、小さな声で呟く。  
何処とも知れぬ、何時の時代かも知れない異国の言葉が、廊下に小さく響く―――。  
彼女の透き通る様な綺麗な声に乗せられた言葉は、まるで一節の歌の様に聴こえた。  
彼女の心を乗せた上条へと捧げる聖歌の様に、その旋律は廊下に小さく響いていた。  
 
 
 
歌の余韻が消えて暫くして、インデックスは静かに瞳を開く。  
あれだけ止めようとしても止まらなかった涙が、何時の間にか止まっていた。  
立ち上がろうと片手を廊下の床についた途端、その口から、ひゃいっ!?と驚きの声を上げる。  
手が冷たい、慌てて床を見下ろしたインデックスは、何これ?と疑問符を浮かべた。  
足元前方が濡れている、もっと正確に言うなら小さな水溜りが出来ている。  
(あ、あれ?膝の方も濡れてるって事は、この水溜りって……!?)  
少し顔を引き攣らせ、現実逃避に辺りをキョロキョロと見回すが、現実は何時も厳しい。  
(私、どれだけ泣いてたんだろ……?)  
自分で自分に感心してしまう。良くぞここまで水分を搾り出せるものだと。  
感心しながら暫く、ボケーっと水溜りを眺めていたが、急にハッと気が付くと慌て出す。  
(あ、後始末、後始末しなきゃ、泣いてたのバレちゃう!?)  
最早そう言う次元では無く、誰が見ても失禁したとしか思わないだろうが、テンパッてるインデックスには  
正常な判断能力は残っていないと見え、以前見かけた雑巾の在りかへと猛ダッシュをしていた。  
 
(おかしな所ないよね……?)  
部屋の襖を前に、インデックスは自分の身なりをチェックする。  
ビショビショになっていた膝の辺りは念入りにタオルで拭き取り、顔も洗面所で洗って鏡で確認していた。  
廊下の後始末も何とか終えて、ここに居る訳だが、どうも部屋の中の様子がおかしい。  
話し声が少しも聞こえて来ず、シーンと静まりかえってしまっている。  
まさか自分の気付かない内に、泣いてる所を見られたのかと考えてしまい、中々襖を開ける事が出来ない。  
(ううっ、緊張するかも。でも、お腹減っちゃったし……)  
グゥーとお腹の虫が、ゴハンを食べさせろと催促の擬音を盛大に合唱する。  
嘗て無い程、泣いた事により、食べた分の焼肉のカロリーを消費して振り出しに戻ってしまった所か、  
食べる前以上にお腹が空いてしまっている始末だ。  
インデックスは覚悟を決め、襖に手を掛けると思い切り開け放ち、威風堂々と中に進んだ。  
部屋が静かだと思ったら、上条と小萌は卓袱台を挟んで大の字になって寝転んでいた。  
?どうしたんだろ、とキョロキョロと部屋の中を見回し仔細に観察すると、上条の元に静かに歩を進める。  
上条の頭を見下ろす位置まで来ると、腰を下ろしペタンと女の子座りをする。  
身を乗り出して顔を見てみると、眠っているのが分かった。  
インデックスはそっと手を伸ばし、優しく上条の頭を持ち上げると自分の膝の上へと移動させる。  
だらしなく口を開けて眠る上条の顔を見詰めながら、愛しげにツンツン頭を撫でる。  
そして口を開き掛けて、クッと唇を引き結ぶ様に口を閉じてしまう。  
口にしたい言葉をグッと飲み込んで、心の中でその言葉を口にする。  
インデックスは上条の頭に両手を掛けると、改めて口を開き、そして、―――――、  
 
「がぶりっ!!」  
 
―――――、上条の頭に噛り付いた。  
 
「ぐぎャァあああぁぁああああぁぁああああああッ!!!」  
絶叫を迸らせながら、一瞬で夢の世界から帰還する上条。  
そんな上条に対し、インデックスは頭に噛り付いたまま糾弾するかの如く問い掛ける。  
「何でお肉が一つも残ってないんだよ!ちゃんと説明して欲しいかも!!」  
ガジガジと頭に噛り付くインデックスに、説明責任を果たす為、必死に起き上がろうとするが、  
ガッシリと頭を掴まれている上に、大きく膨れ上がり圧迫する腹部が、それを許してくれない。  
「まま待ッちくれー!?は、吐く!?このままじゃ、ゲロ吐いちまうぅ!ヘルプミー!!」  
インデックスは、ムーッと不承不承、上条の頭から口を離すと、手は離さないままで詰問する。  
「あんなに残ってたのに一つも無いなんておかしいんだよ。何処に隠したか白状して欲しいかも」  
「何処って、そりゃ、俺と先生の胃袋の中としか、その……、言えんのだが……」  
「……………………………………」  
無言でこちらを睨むインデックスの目が、飢えた野獣の様なギラギラとした凶悪な光を放つのを目にし、  
上条は生命の危機を感じたのか、尻窄みになっていた返答から一転、開き直りとも言える反論を試みる。  
「大体、オメェーが何時までも戻って来ねーのが悪いんだろうが!  
 弱肉強食なんてほざくくせに、いざ弱者の立場になったら切れて噛み付きやがるのか!  
 へへーんだ!肉は俺達が一つ残らず平らげてやったぜ!  
 どーだ?悔しいか?これに懲りたら、普段の食生活から悔い改めやがれ!」  
一気に言い放つ上条。ちなみに、小萌の方はこの騒ぎにも関わらず『もう、これ以上は食べれましぇん』、  
などと暢気な寝言を呟きながら、周りにビールの空き缶を散乱させたままお休みしていた。  
「…………………………、とうま」  
地獄の底から響いて来る様な、暗い平坦な声音で上条の名を呼ぶインデックス。  
「な、ななな何だよ?」  
顔面から汗をダラダラ流しながら、小動物の様に怯えた様子を見せ、引っくり返った声音で返答する上条。  
「辞世の句は、それだけで良いんだね?」  
「あ、あのー……、優しくしてね♪」  
今宵、二度目の絶叫が上条の口から迸った。  
 
上条の頭を齧りながら、インデックスは想う。  
数日前に噛み付くのを躊躇ったのは、抑えていた気持ちが頭をもたげて来ていた、せいかもしれないと。  
今の自分は、あの時以上の気持ちを持っているのに、こうして普通に噛み付いていられる。  
そうする事が、少年の気持ちに応える事へと繋がるから。  
私は少年の頭を齧りながら、心の中で言葉を呟く。  
今は伝える事が出来ない、もしかすると、ずっと伝える事が出来ないかもしれない言葉を。  
何時の日か、伝える事が出来るのだろうか、私の口から、少年へと。  
伝えたい、言葉に込められた大切な気持ちを。  
少年が与えてくれた思い出と共に育まれて来た気持ちを。  
何時か伝えられる日が来ると信じて、少年の側にずっと居よう。  
そして、少年に噛み付く時は、何時もこの言葉を心の中で呟いていよう。  
何時か伝えられる未来への祈りを籠めて。  
(とうまには、大迷惑かもしれないけど)  
インデックスはそう心の中で想いながら、  
愛情を込めて、何時までも何時までも上条の頭を齧り続ける。  
おんぼろアパートの安普請の壁を突き抜け、  
上条の絶叫が、何時までも何時までも夜の静寂に響いていた。  
 
 
 
    Fine.  
 
 

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