日曜日の昼下がり、珍しく1人で街中をぶらついた後、公園のベンチで一息ついていた御坂美琴は珍しいものを見つけてジュースを飲む手を止めた。  
 純白に金の刺繍が鮮やかな修道衣に無数の安全ピンをぶら下げた不思議な格好をした人物、インデックスである。  
 インデックスは美琴の視線の先を足早に通り過ぎてゆく。  
 その後姿を何となく眺めていた美琴は、手にしたジュースを一気にあおると、ぴょんとベンチから立ち上がってから、近くのゴミ箱に空き缶を放り込む。  
 そして遠ざかってゆくインデックスの後を追って走り出した。  
「あっ、アンタ。ちょっと待ちなさいよっ!」  
「あ、短髪?」  
 目の前に回りこんで来て道を塞いだ美琴を、インデックスは不機嫌そうに見上げた。  
「ア、アンタ! 私の名前は御坂美琴だって何度も何度も――――」  
「で、私を呼び止めて何の用かな?」  
「ッ!?」  
 美琴の剣幕にもインデックスはにべ無い。  
 と言うかインデックスの様子が少し変だ。  
 肌に感じる拒絶の反応に美琴は一瞬言葉に詰まる。  
 そして、内心声をかけるべきじゃなかったのではと後悔した――だが、そんな弱気を生来の負けん気が一気に吹き飛ばすと、  
「アイツはどうしたのよ。一緒じゃないの?」  
 美琴は体をインデックスから逸らして、目だけチラッと様子を伺うように向けた。  
 そんな美琴を前に、インデックスは怒りを抑えるように下を向いて唇を噛み締めるように引き結んだ。  
 それからイラつく心情を悟られない為に、ことさらにからかうような調子で、  
「アイツって?」  
 こちらも体ごと美琴から視線を逸らした。  
「ア、アイツって言ったらアイツよ。わ、判るでしょ」  
「さぁ? 『アイツ』なんて名前の人は知らない」  
 いつものインデックスとは違う刺す様に冷たい一言に美琴は体を固くする。  
(やっぱり何かおかしい……もしかしてアイツがらみ?)  
 嫌な予感が美琴の頭をふっと過ぎる。  
 そんな美琴の様子をチラッと横目で伺ったインデックスは、内心泣きたくなる様な情けない気持ちを押し殺すと、  
「じゃ、私急いでるから。た、ん、ぱ、つ」  
 別れ際の一言すら、口をついて出たのは毒を含んだ言葉だった事に、自らの言葉に身を切り刻まれたような気がした。  
(人に当るなんて最低……)  
 インデックスはそんな自分を見られまいとフードを引き下げて足早にその場を後にする。  
 暫く黙って遠ざかるインデックスの背中を眺めていた美琴は、先程チラッと見えたインデックスの表情を思い出す。  
(アイツ、泣きそうな顔してた)  
 ちくりと心が痛んだ。  
 最初に出会ったときから何かおかしかったのだから自分が悪い訳では無いと思う。  
 そう考えても美琴のイライラは納まらない。  
 美琴は何度も髪の毛をかき回すと、  
「ちっ。やられっぱなしでこの美琴様が見逃すとでも思ってんの?」  
 そうひとりごちると、遠ざかる白い背中に突進していった。  
 
 
〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜  
 
 
 インデックスは美琴から遠ざかりながらある事を考えていた。  
 今朝目が覚めると書置きと沢山のおにぎりを残して姿を消したある少年の事を。  
(また私を残して何処かに行って。こんな惨めな思いまでさせて……これで無事で帰ってこなかったら絶対、ぜぇーったいに許さないんだからっ!!)  
 怒りの矛先を見えない少年にぶつけても、ささくれ立った心は治まらない。  
 とにかく一秒でも早くこの場から立ち去ろうと思った。  
 こんな醜い自分をこれ以上さらすのは耐えられない。  
 しかし、  
「アンタ、さっきちゃんと名前呼べっ、て……ぇ?」  
 美琴に腕をつかまれて振り返らせられた。  
 
 その驚きの表情から今の自分の顔が見られた事も理解した。  
 誰にも見られたくない醜い顔を、今世界で2番目に見られたくない恋敵の美琴に見られた。  
 インデックスの中で何かが音を立てて切れると、彼女は力いっぱい美琴の手を振り払った。  
 そして涙で曇る目を擦りながら、  
「さ、さっきからアンアアンタってうるさいんだよっ!!」  
 引き裂かれるような悲鳴に近い叫びに美琴はギョッとして体を固くした。  
 そんな美琴などお構い無しにインデックスは次々に言葉を叩きつける。  
「自分だって人の名前ちゃんと呼べないくせにっ!! 私の名前は『インデックス』……だよ。ほ、ほら……、な、名前で呼んで……欲しいなら……、わ、私の事もちゃんと呼んで欲しいかもっ!!」  
「あ、え」  
「大体とうまの事をアイツだのアンタだの失礼にも程があるんだよ!! お嬢様学校か何か知らないけど、日本の英才教育もたかが知れてるねっ!!」  
「なっ!? ンな事までアンタに言わ――――」  
「ほらまた『アンタ』って言った!!」  
「!?」  
 インデックスは、言葉の暴風にさらされて鼻白む美琴を、ぜえぜえと息を切らしながら睨みつける。  
 暫くそうして息を整えたインデックスは、いつの間にか脱げてしまったフードから零れた綺麗な銀髪を、もったいぶるようにかき上げるとワザと蔑むような眼差しを作って見せた。  
「ふふん。ここまで記憶力に乏しいと流石にかわいそうかも」  
 その言葉と視線に耐えかねたのか美琴の視線が下がる。  
 それを見たインデックスは一瞬表情を曇らせるが、  
「返す言葉も無い? なら私は行ってもいいんだよね。それじゃ、バイバーイ」  
 諸刃の剣を振りかざして勝利を手にしたインデックスはくずおれそうになる心を支えて三度美琴に背を向けると、がっくりと肩を落としてとぼとぼと歩き出した。  
 1人取り残された美琴は黙って地面を見つめていた。  
 そもそもインデックスに言葉で敵う筈も無い。  
 ここは黙って彼女を行かせよう。  
 散々言いたい放題言われたが、常日頃『お姉様』と慕われる御坂美琴、ここは度量の広いところを見せ――。  
「ふざ……、ふざけんじゃないわよっ!! ここまでコケにされてただで帰す訳ないでしょ!!」  
 前言撤回。彼女はもしかしたらイノシシの生まれ変わりかもしれない。  
 再び腕をつかまれたインデックス。  
 つかまれた痛みに顔をしかめながら美琴を見上げた。  
「うそ……」  
 明らかに尋常で無い様相の美琴に、今度はインデックスがはなじろむ番だった。  
「イヤッ!? なにすんだよ短髪っ! わ、悪ふざけもいい加減にして欲しいかもっ!!」  
 つかみ掛かられて揺さぶられれば、体格で勝る美琴相手にインデックスが勝てる要素は全く無い。  
 美琴にぐいぐいと押されるようにして、2人は公園の一角の林の中に入ってゆく。  
「ふざけてんのはどっちよ! こ、ここまでコケにされたのはアイツ以来よっ!!」  
「また『アイツ』って言った! 短髪はその馴れ馴れしい感じをやめた方がいいかもっ!!」  
 美琴の言葉にインンデックスの心にも火が付いた。  
 インデックスが怒りに任せて美琴の二の腕に爪を立てると、  
「イタッ!? な、何すんのよっ!!」  
 負けじと美琴も掴む手に力を込める。  
「クウッ……、これくらいの事で短髪なんかに負けないんだからっ!!」  
 つかみ合い引っ張り合い、そうしてもつれ合う2人の足元には太い木の根が横たわっている。  
 普段なら見落とす事などありえない。  
 しかし、  
『あっ!?』  
 そして2人はあっけなく倒れた。  
 次の瞬間、『ガチン』と言う音と衝撃に目の中に火花が散った2人は怒りも忘れて転がるように離れた。  
 落ち葉の積もる林の中で痛みに悶絶する2人は、ふと何かに気付いて我に返ると起き上がって相手の顔をじっと見つめた。  
 何故か目の前の相手も自分と同じように唇を押さえている。  
 と、言う事は――。  
「ば、馬鹿ぁ! ア、アアア、アンタ何してくれんのよ!?」  
「そ、それはこっぴの台詞かもっ! 押し倒してく、くち、くち、くち……」  
「誰がアンタなんか押し倒すもんれすかっ!? アンタの方こそひ、ひほにキ、キ……」  
 口元を押さえて真っ赤になって言い争う2人。  
 現実を受け入れるにはあまりにも衝撃的だったのか微妙に言語中枢がやられたようだ。  
 それでも先に復活したのはインデックスで、真っ赤な顔はそのまま妙に得意げに胸を張ると、  
「ふ、ふっふーん。あ、あんなお子様みたいなのがキスだと思ってるんだ」  
 
「な、あ」  
 その言葉に美琴は何を言い出すのかと、返す言葉も見つからない。  
 それを勝利と確信したのかインデックスは、したり顔で美琴の鼻先に人差し指を突きつけた。  
「あんなのは猫(スフィンクス)に舐められた様なものなんだよ。大人のキスってのはもっと凄いんだから」  
 美琴の顔がさらに赤くなったのは、何を思ってのことなのか。  
 インデックスの手を払うと、今度は美琴が得意げに胸を張った。  
 そんな美琴をいぶかしむインデックスに、美琴は余裕の笑みを見せながら、  
「フ、フフン。そ、そんなのは知ってるわよ。ちょ、ちょっと気が動転して言っただけ。それよりお子様のアンタに大人のキスなんて、フフ、フフフフフ……」  
 明らかにギリギリな感じの美琴の態度に余裕などと言う言葉は一片も見当たらなかった。  
 しかし、こちらもいっぱいいっぱいのインデックスは簡単に挑発に乗った。  
「た、短髪の癖に私を笑うなんて一〇〇年早いんだよっ! 出来るか出来ないかなんて試してみれば一目瞭然なんだから!」  
「試すったって誰がそれを立証するのよ」  
 当然の質問――の筈だった。  
 しかし、インデックスはここで美琴の予想を大きく裏切る行動をする。  
 インデックスの指が、美琴をピッとロックオンした。  
「私?」  
 美琴も自分を指差した。  
 暫く沈黙が2人の間を駆け抜ける。  
「じょ、冗談じゃないわよ!? 何で私がアンタとぉ……」  
「私の方が一歩進んでるって知るのが怖いんでしょ。ならそう言った方が少しはかわいげがあるかも」  
 これがインデックスの勝利の方程式だった。  
 これで美琴に逃げ場は無い――インデックスはそう確信したその時、  
「だ、誰が逃げるもんですか!? や、やってもらおうじゃないのよ」  
 この時インデックスは自分のした選択の過ちを心底呪ったのだった。  
 
 
〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜  
 
 
 林の中に向かい合わせに座る、インデックスと美琴の顔は真っ赤だった。  
 じっと見詰め合う2人。  
 その状態がどれくらい続いたのだろうか?  
 先に焦れたのはインデックスだった。  
「目くらい瞑って欲しいかも」  
 妙にそわそわしながらそんな事を言うと、美琴にもうつったのか落ち着きなくきょろきょろし出した。  
「ひ、人に物を頼む時は頼み方くらいあるでしょ」  
 頼まないと目も瞑らないのかと、一瞬憤慨しかけるインデックスだったが、これ以上もめるのも、引き伸ばすのも心身ともに限界だった。  
「た……」  
 『短髪』と言おうとして、ふとある事を思いついた。  
 ただこれは恥ずかしい。  
 凄く恥ずかしいが、  
「みこと、目を瞑って」  
「ア、アアア……」  
 効果は予想以上で、美琴は面食らって言葉も出ない。  
 本日最高の表情に、インデックスは少し満足げな笑みを浮かべるが、  
「ち、ちゃんと言ったでしょ? はは、早く目を瞑ってほしいかもっ」  
 やはり恥ずかしかったのか美琴を急かしにかかる。  
 一方美琴は、じわじわとだが復活してきて、  
「馬鹿ぁ……、こんな時に名前呼ばなくたっていいじゃない」  
 妙に艶っぽい声で節目がちにしていた目をそっと閉じた。  
 目を閉じた美琴を前に緊張したインデックスがごくりと生唾を飲み込んだ。  
 それからそっと顔を近づけると美琴に囁くように、  
「こ、これも一つの『大人の駆け引き』なんだよ。覚えとくと得するかも」  
 インデックスの声の近さに美琴の体がピクンと震えた。  
 そして羞恥心を紛らわす為にか、美琴は目を瞑ったままでインデックスに抗議した。  
「だ、誰に物言っ――――」  
 だが、美琴の抗議の言葉はインデックスに吸い取られて消えた。  
 
 美琴の唇にインデックスの唇が優しく重ねられる。  
 始めは軽く触れるだけ。  
 次にインデックスが上唇を吸いながら、舌先でくすぐるようにすると美琴の舌が出迎えに来た。  
 舌先と舌先のが軽く触れる。  
 すると合わされた唇と舌の隙間を縫って、お互いの甘い吐息が交錯する。  
 たったそれだけ、時間にすればほんの数瞬の出来事。  
 それでも沸騰した2人の頭の中を、とろとろに溶けさせるには十分だった。  
「ふは」  
 どちらからとも無く吐息が漏れて、そこで初めてお互いの唇が離れた事に気がついた。  
 蕩け切った頭の中で、お互い相手の方がちょっぴり余裕があるように感じて悔しい。  
 今度は自分が勝つ――だからもう一回くらいなら試してもいいかな、と悪魔のささやきが聞こえる。  
「どう?」  
「ま、まだまだよ。こんなのじゃ納得出来ないわ」  
 互いに交わした言葉にどれほどの意味があったのだろうか?  
 今度は躊躇無く唇を合わせた。  
 お互いの舌がお互いの口の中を行き来してダンスを踊る。  
 微かな息苦しさと、口腔から来る刺激と、舌先に広がるえもいわれぬ甘露の味わいが頭の中の霞を一層濃くしてゆく。  
 あまりに2人が激しくお互いの唇を求めたが為に、思わず唇が離れてしまった。  
 すると堰を切ったように2人の唇からは唾液の蜜が零れ落ちた。  
 それを舐め取ろうとお互いに顔中をむさぼりあう姿には、かわいらしかった時の面影は一つも無い。  
 薄暗い林の中、お互いの体を求め合う淫靡な妖しい獣たちがそこにいた……。  
「ま、まらよぉ……。も、もいっかい……」  
 美琴は呂律の回らない舌で何か言葉らしきものを口にしながら、インデックスの服の隙間から腕を差し込んだ。  
 その行動の意味する所も判らず億劫そうに身じろぎするインデックスの体が突然ピクンと跳ねた。  
「ふぇ? ひぃ」  
 とろんとした瞳で美琴を見つめる間も、体は定期的に跳ね続ける。  
 インデックスは、じわじわと心を侵食し甘く痺れるように染め上げて行くものの存在に身を震わせながら、  
「ひぁ……、なぁに?」  
 銀の瞳からはらはらと涙を流す。  
 美琴はそんなインデックスの涙を唇で吸い上げてこくんと飲み込むと、  
「今度は私が……見せてあげる……」  
 そして耳元に口を近づけると、  
「インデックス」  
 これ以上無いくらいに優しく甘く囁く。  
 その言葉にインデックスが一際大きく震えた。  
 そしてめいっぱい空気を飲み込むように喉を鳴らすと心の内を吐き出すかのように、  
「い……や……」  
「何がイヤなの」  
 美琴は焦らずに優しく問いかける。  
 すると、  
「ひと……りは……いや」  
 その言葉と共に、インデックスの指が美琴の体の上で踊る。  
「!?」  
 それはまるで、ピアニストが最高のピアノを奏でるかのように。  
 そして奏でられるピアノとは……?  
「ぁぁ……。んっ、は……あんっ、ぁあっ!」  
 今度は美琴の方が甘美な刺激に仰け反る番だった。  
 美しい楽器のように甘い音色を奏でる美琴に、インデックスは至極満足そうな笑みを浮かべる。  
「な、に、したの……」  
「みこ……とも……ふわって……なれ……る……おまじ……ない……」  
 美琴は快感に霞む瞳でインデックスの顔を覗き込んだ。  
「なん……でうっ!?」  
 美琴の言葉は、またもインデックスの唇に吸い取られて霧散する。  
 その疑問を美味しそうに飲み込んだインデックスは、しっとりと濡れた唇を笑いの形にして、  
「ひ、み、あはぁ!?」  
 つかの間の勝利はインデックス自身の嬌声で幕を閉じた。  
「な、ん、で……?」  
「ひとり……はいや……でしょ?」  
 
 淫蕩に霞む瞳と瞳をあわせると、この瞬間だけはお互いが満たされているのだと言う事が伝わってきて、自然と笑みがこぼれた。  
「ぁ……、もぅ……かも……」  
「わたしぃ……もぉ……」  
 どちらからとも無く手を伸ばし、何一つ逃すまいと相手を抱きしめ、そして――。  
「「あぁはぁぁぁぁああああああああああああああああああああ!!」」  
 
 
〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜  
 
 
 公園のベンチに佇む2人は間に2つの空き缶を挟んで黙って座っていた。  
「そっか……、アイツまたどっかに行っちゃったのね」  
 インデックスは美琴の言葉に噛み付かずに素直に頷いた。  
「とうまは私なんか必要ないのかなぁ」  
「それは私も同じよ。結局アイツが頼ってくれたのは一度っきり」  
 2人は同時に深い溜息をつく。  
「とうまが帰ってこなかったらどうしよ」  
 インデックスの言葉に美琴はギョッとしてそちらを振り返る。  
「んな事言わないでよ……考えた事も……無いわよ」  
 否定の言葉には力がこもらない。  
 美琴は泣きたい気持ちになって、それを振り払うように天を仰ぐと、  
「私たちってそんなに頼りにならないかなー」  
 そんな事をぼそりと呟いた。  
「みことのビリビリ能力はすごいってとうまはいつも誉めてたよ」  
「そ、そうなの?」  
「うれしそうだね、みこと」  
 ジト目のインデックスに美琴の頬が若干引き攣る。  
「な、何言ってんのよ、インデックスだって大事にされてるじゃない」  
 その言葉にインデックスは照れくさそうに笑顔で答えた。  
 そして、インデックスがぽつりと「とうまが走り回るのはいつだって」と言うと、後を拾うように美琴が「困っている人のため」と言う。  
 ふと物寂しさを感じて、手を伸ばすとベンチの上でお互いの指先が触れた。  
 そして、お互いに人肌のぬくもりが心地よくて、更に求めるようにお互いに指を絡める。  
「とうまー、あなたが帰ってこないと私もみことも困るんだよー」  
「そうだそうだー、アンタがいないと私もインデックスも困るんだからねー」  
 何とも力のこもらない、しかし心からの叫びは果たして届くのか?  
「で、どう困るんだおまえら?」  
「「へ?」」  
 目の前に現われた、休日なのに何故か学生服を着て、まるで昔の写真に出てくる戦後の闇市帰りのように両手にビニール袋を3つずつ持って背中には米袋と段ボール箱を背負ったツンツン頭の少年、上条当麻であった。  
 上条の姿を目に留めた途端、2人は挟み込むように左右に立つ。  
「と、とうまぁ!?」  
「アンタッ!?」  
「うわ、うっせっ!? ステレオで叫ぶなおまえら。カミジョーさんの繊細なお耳はびりびりですよー」  
 手がふさがった上条は、肩をすくめて抗議の声を上げる。  
「何処行ってたか教えて欲しいかも!」  
「何処行ってたか教えてなさいよ!」  
「んな!? 珍しい2人がセットで黄昏てると思って声掛けりゃ、やっぱり不幸ですか?」  
「「そんな事より何処行ってたの(よ)!!」」  
 妙に息の合ったコンビネーションに上条は身の危険を感じて少しでも離れようと爪先立ちになったりしていた。  
「ひっ!? か、買い物だよ。交通費掛けてもかなりお安い買い物だったんで遠出したんだけど、ちと買いすぎちまって足が出たんで歩いて帰ってきたんだよ。悪かったよちゃんと説明しておかないで」  
「「そ、それだけ?」」  
 いぶかしむ2人に、上条は、『何でそんなに疑われにゃならんのだ?』と言うような顔をする。  
「他に何があんだよ。お、それより御坂いいところにいたわ。お前料理は得意だったよな?」  
「え? あ、前にも言ったけど一通りの事は……」  
 
 急に話を振られて慌てる美琴に上条は、  
「シチューとかそういうのは出来るか?」  
「ま、まあそれくらいは材料さえあれば簡単に」  
 上条は美琴の返事に満足そうに頷くと、  
「よし、御坂、とりあえずこれを持て」  
 そう言いながら手にしていたビニール袋を数個美琴に手渡した。  
「へ?」  
 美琴はあまりの話の流れの速さについてゆけずに不思議そうな顔で上条を見つめ返した。  
「よかったね、みこと」  
「は?」  
 美琴は不意の呼びかけに振り返ると、そこにはジト目でこちらを見るインデックスがいた。  
 その目は明らかに『この裏切り者』と語っている。  
「みことは早速とうまの役にたてそうだね」  
「な!? インデックスは急になに言ってんのよ」  
 上条は、インデックスの指摘に慌てる美琴と、やきもちを焼くような態度を示すインデックスを交互に眺めながら、  
「あの……な、おまえら……さ」  
「何かな?」  
「な、何よ」  
「いつから名前で呼び合うような中に?」  
「「ひへ?」」  
 上条の一言に何故か抜群のタイミングで2人の肩が同時に跳ねた。  
「な、なななな、何言ってるのかなとうまー、わ、わた、わた、私が短髪の事を名前でなんてねー」  
「そ、そそそそ、そうよー、私がいつコイツの事を名前で何か」  
 上条は、慌てる2人をこんな時ばかり鋭く的確に追い詰めてゆく。  
「ん? やっぱ何か変じゃないかおまえら? 大体頭の葉っぱは一体何のおまじない――」  
 上条が言葉を言い終わる前に、インデックスと美琴は目配せすると素早く行動を開始した。  
 まず冷静にお互いの体についた落ち葉や埃を払い落とす。  
 続いて両サイドから上条の腕をがっちり――わざとある部分が上条の腕に当る様に――キープすると、  
「ほらぁ、いいから行こうよとうまぁ」  
「よし、美琴様が腕を奮ってあげるから覚悟しなさいよ」  
 怖いくらいの笑みを貼り付けてぐいぐいと上条を引っ張りながら歩き出す2人に、上条は腕に伝わる感触に「あっ、うおっ、腕にぃぃ!?」とか内心ドキドキしながらも、  
「な、何か今日はホント息合ってるよなーおまえら。なぁーんか、疎外感でぷち不幸じゃねぇ?」  
「「男がぐちぐち言わない!!」」  
 2人の一喝と共に絶妙のタイミングで放たれた肘が上条の両のわき腹を抉る。  
「ぐえぇ!?」  
 上条は体を九の字に折り曲げて潰れたカエルのような声を上げると、  
「や、やっぱ……不幸だ、ぁ……」  
 荷物のように抱えられて運ばれて行くのだった。  
 
 
 
END  
 
 

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