上条当麻は不幸な人間である。  
福引で何かが当たることなどありえない。  
「あ、ありえない!か、上条さんは信じませんよっ!」  
「えっ!い、いや、当たりですから!」  
「嘘だっ!!!!」  
「ひぃ!……ほ、ほら、ほら、この通り」  
赤いはっぴを着た福引のおっさんが、恐る恐る映画のチケットを差し出す。  
「ま、マジで……」  
震える手でチケットを受け取る上条。  
「それ今日までだから、直ぐ行ったほうが良いよ」  
「―――――」  
上条はチケットを凝視したまま、おっさんの言葉にコクコクと頷いた。  
 
 
 
「そういうオチですか……」  
上条は肩を落としながら、手に持っていた映画のチケットを見た。  
「チケット一人分だし、見れるのわけわかんねぇー映画だし、映画館とんでもねぇー所にあるし」  
言いつつ彼は、チケットに載っている小さい地図を頼りに、表通りから裏道へ、更に枝分かれした小道に入って、最終的に隙間のような所を潜り抜け、雑居ビルを上から押し潰したような建物の前に来た。  
「こ、ここか、やっぱやめようかな……」  
煤けたビルを前に弱音を吐き、今来た道をチラリと振り返る。  
「いや、ここまで来たら意地でも見て帰る!何が何でも楽しんでやる!!」  
気合を入れ、無理から楽しむ決意を固めた上条は、大声で今から見る映画を絶賛し始めた。  
「ずっと前から気になってしょうがなかったんだよなぁ〜!楽しみだなぁ〜!」  
※上条がこの映画の存在を知ったのは数十分前である。  
「あの『香港赤龍電影カンパニー』の最新作だもんなぁ〜!楽しみだなぁ〜!」  
※勿論、そんなあやしい会社聞いたこともない。  
そのように、上条が「楽しみ」を連呼していると―――  
「へぇ、私以外にこの映画の良さをわかっている人がいるなんて超驚きです」  
背中からそんな声が聞こえた。  
「はい?」  
振り向けば、クリクリとしたどんぐり眼が印象的な十二歳くらいの少女が、上条を下から覗き込むように見上げていた。  
「あなた、見所ありますね、同じB級映画ファンとして、折り入って超お願いがあるんです」  
 
少女のお願いとは、一緒に映画の受付で身分証を提示してほしい、というものだった。その際、友人として振舞うようにとも付け加えた。少女が見ようとしている映画は上条と同じもので、R15指定のため、身分証の提示が必要なのだった。  
「………いや、小萌先生の例もあるし、私、上条は人を見かけで判断したりしませんとも」  
上条は、どう見ても小学生か、良くて中学一年生くらいの少女を見ながらそう呟く。  
「?」  
そんな上条を見上げ、小首を傾げる少女。内心(人選を間違えたでしょうか)と思ったが、そもそもこの場には他に人がいない。  
「こんな面倒なことになったのも、浜面の超責任です……、滝壺さんもあんな超使えない男のどこが良いんでしょうか……」  
今度は少女がブツブツと言い始めた。  
「おーい」  
「なんですか」  
「いや、行くんだろ?」  
煤けたビルの入り口を指差す上条。  
「そうでした!超ぐだぐだ言ってないで、超急ぎますよ!」  
てってって、と走り出す少女。上条は内心(また、こゆいのと関わってしまったような……)と頭を抱えたい思いになった。  
 
受付に行き、上条と少女、二人揃って受付の売り子さんに学生証を提示する。  
「お二人はお知り合いですか?」  
学生証に警戒視線を走らせる売り子さんが、突然のキラーパスを放つ。  
「ええ」  
それを、少女が動揺することなく自然に受ける。そこに空かさず、  
「おいおい、『絹旗』さんよぉ〜、疑われてますよぉ〜。まぁ、上条さん的に見ても若作りしすぎだと思いますけどねぇ〜」  
上条は、からかうように言って、絹旗に意地の悪い笑みを向けた。  
「む、訴えますよ」  
じと目で答える絹旗。  
「……どうぞ」  
と、警戒していた売り子さんもそれ以上聞かずに通してくれた。  
「学生証ですか?」  
「ああ、悪かったな、勝手に見ちゃって」  
「いえ、むしろ入る前に超確認するべきことでした」  
(とは言ったものの、本名はまずかったでしょうか………というか、本名で身分証偽造してる時点で超アウトです。……浜面、滝壺さんには悪いですが、次あったら超ただじゃおかないです)  
 
薄暗く汚い廊下の奥、両開きのドアの先が上映室である。―――上条は顔を引きつらせた。  
「客が一人もいない」  
「ああん☆」  
上条の呟きに対し、絹旗が妙な喘ぎ声を上げる。  
「今回も!私だけ!この作品の素晴らしさを超分っているのは私だけ!!」  
小さな身体をくねらせ、何やらトリップしている絹旗。  
「あの〜……」  
絹旗の異常行動にドン引きした上条は恐る恐る声を掛けてみた。  
「ん?ああ、そうでした。あなたも、でしたね」  
そう言って、幼い少女らしい笑顔を見せた。先程との変わりように面食いつつ上条は思う。  
(なんか、すっかりB級映画ファンにされてしまったような……)  
そうこうしている内に上映室が暗くなり、びー、というおざなりなブザーと共にスクリーンに光が当てられ、いきなり映画本編が始まった。  
 
 
「「………超つまんねー」」  
開始二十分後のことだった、上条、絹旗の声がハモった。  
「後十分以内にはヒロインが超死にますね」  
「ああ、そんで、ゾンビ化したヒロインと主人公が対面するな」  
映画の展開を眠そうな目で当て続ける二人。  
「最後は主人公も超死んで終わりですね」  
「んん?いや、主人公は生き残るんじゃねぇか?」  
映画のラストにおいて初めて意見が別れた。絹旗は不敵な笑みを浮かべ、  
「超賭けますか?」  
「負けたほうがジュースな」  
上条もそれに応じる。  
そうなると、映画の終わりだけ確認できれば良いので、後は映画そっち退けでB級映画談議となった。  
以外だったのは、上条が絹旗の話に付いて行けたことである。  
「最近では『T4』が超良かったです。もちろん、大ヒットしたヤツじゃなくて、『香港赤龍電影カンパニー』製のパチモンのほうですが」  
「主人公のサイボーグ役の俳優が、ハリウッドスターじゃなくて、モロ東洋人のヤツだろ?」  
「超そうです。あれをチェックしてるなんて、なかなかやりますね」  
「いえいえ、見るつもりは全く……いや、まぁ、いつもの不幸だったんですよ」  
「?」  
遠い目をする上条。  
彼は家で映画を見るときでさえ、持ち前の不幸を発揮し、大ヒットした本物の『T4』ではなく、パチモノの『香港赤龍電影カンパニー』製のほうをダウンロードしてしまうのだった。  
そんなことが度々あり、悲しいことに上条はB級映画に詳しくなっていたのである。  
その後も、素人さんおネムな恐怖会話は映画のラストシーンまで続いたのであった。  
 
映画館を出た時は既に夕方というより夜だった。表通りに出るために暗く狭い道を二人で歩く。  
手にはお互いLサイズのジュースを持っている。  
「超意外な展開でした」  
「というか、良いのか?あれは」  
思い出されるのは映画のラストシーン。  
ゾンビ化したヒロインに追い詰められた主人公は、ついに噛み殺されてしまった。  
上条が頭を抱え、絹旗の『ジュース超げっとー』という声が上映室に響いた。  
しかし、次の瞬間、ゾンビ化した主人公が、これまたゾンビ化したヒロインを抱きかかえ、『これからはずっと一緒さ』などと言い、とどめには『二人は幸せに暮らした』という絵本の終わりのようなテロップが表示され幕を閉じた。  
結局、主人公が死んでしまったことは事実なので、上条がジュースを奢らされるハメになった。  
「さすが『香港赤龍電影カンパニー』です。想像の遥か上空を飛んでいきました。B級映画は奥が深い奥が深い……」  
「ラストもだけど、上条さん的には、開始五分で意味深発言して消えた主人公のオヤジが気になってしかたがないんですが」  
「むむ、確かに超気になります。続編で超出てくるんじゃないですか?」  
「まだ続くのか……」  
と、映画に評価を下している内に表通りに出た。  
「では」  
「ああ」  
自然と出た言葉だった。「さよなら」とも「また」とも言わない挨拶。二人はそれぞれ自分の帰り道を歩き出す。  
 
夜の繁華街を歩く十二歳くらいの少女、絹旗最愛。  
(超有意義な時間でした。やはり、オフはB級映画に限ります)  
「まぁ、映画自体は超大したことなかったですが」  
彼女は思ったことと、口にしたことの矛盾に気付かない。  
彼女は自身の足取りが軽やかなのに気付かない。  
彼女は、この後『アイテム』の構成員として、上条と再び会うことになろうとは知る由もなかった。  
 
 

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